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弾圧を逃れて潜伏する仏教僧
2007年10月7日 【ヤンゴン・AFP】ほんの2週間前まで、インポートゥーさん(15)は見習い僧としてこの5年間、禁欲的ではあるが平和な日課をヤンゴンの僧院で送っていた。 毎朝4時には起床し、夜明けには朝食を摂り、黄衣を纏って付近を托鉢に回る日々を過ごしていた。
しかし、仏教僧が10万人の市民の先頭に立った民主化デモを、ミャンマー政府が激しく弾圧したために、現在インポートゥーさんは、日頃から食物や小額のお金の布施を受けていた、信徒の家に身を潜めている。 僧侶たちの平和的な抵抗運動を打ち砕くために治安部隊は警棒、催涙ガス、実弾射撃を行った。少なくとも3の僧侶が死亡し、何百もの僧侶が暴行を受け、逮捕された。 軍による僧侶への暴力は、敬虔な仏教国であるミャンマーに衝撃を与えている。僧院の付近住民には家に僧侶をかくまう人もいる。
夜10時になると外出禁止令が発動され、僧侶たちは恐怖の中でまんじりともしない。軍用トラックが近所を行ったり来たりする。トラックに乗った兵士は抵抗運動にかかわる者は誰でも逮捕すると拡声器で威嚇する。
9月27日、治安部隊はヤンゴンの僧院を急襲し、少なくとも500人の僧侶を逮捕した。現軍政にとってほぼ20年ぶりとなる大規模な反政府運動の指導者を捜索してのことだ。
とりわけ流血の惨事を引き起こしたングエチャーヤン僧院の襲撃に周辺住民は激怒し、僧院のある南オッカラパ区では大規模な抗議行動が勃発した。治安部隊が群衆を排除しようとして発砲、9人が死亡した。
インポートゥーさんをかくまう女性は、見習い僧は帰郷する途中で捕まる可能性があるので、自分が世話したほうが良いのではと考えている。
ヤンゴン市内では多くの僧院が空になっている。このことはヤンゴンの宗教生活を崩壊させるだけではなく、僧侶が担ってきた社会奉仕活動もなくしてしまった。
そのこと自体はまったく目新しい状況というわけでもない。僧侶はつねに、地域住民からの寄進(ふつうは食べ物)によって生活しているからだ。
インポートゥーさんは、恐怖の中で潜伏生活を送っているにもかかわらず、祈りと読経だけで軍事政権に異議を唱えた今回の抗議運動がなければよかったとは一切思っていないとし、次のように述べた。
(訳、中山利彦、BurmaInfo) 原文:'After crackdown, Myanmar's monks go into hiding,' AFP, October 7, 2007. |
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