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黄金の三角地帯旅行のすすめ

金色の門

東南アジアで最も悪名高い、タイ・ビルマ国境の麻薬栽培地域は、もの好きな旅行者に対して、魅力的な目的地を提供している。

バーティル・リントナー【テェーットタイ】
ファーイースタン・エコノミック・レビュー
2002年2月14日号

 かつての黄金の三角地帯の麻薬王の古い本部が、いまや旅行の目的地になっている。時間はすっかり変化してしまった。

 20年前、テェーットタイの青々として穏やかな高地と谷は、麻薬密輸業者を根こそぎにしようとするタイ軍による攻撃にさらされていた。その場所は、いまやリゾート地域であることを誇っている。ここは、日没にかけてのんびりと、ちびちびビールを飲んだり、近くの流れのやわらかいせせらぎの音を楽しむところになっている。村のあまりにも遅い生活のペースに疲れれば、山の周囲をめぐる丘でマウンテン・バイクを楽しむこともできる。北部タイの中でも、ここの景色は最高で、息を飲むほどに素晴らしい。

 さびれた軍のキャンプを訪ねるのも一興だ。ここは、昔の将軍チャン・チーフ(別名、クンサー)の名前を掲げた博物館になっている。そこから坂の上に歩いて行くと、クンサーの家と古い防空壕の廃墟にたどり着く。

 タイ軍による1982年1月の攻撃までは、黄金の三角地帯がこれまでに生み出した最も悪名高いアヘン王クンサーは、ここを本拠地としていた。激しい戦いが数日間続き、クンサーは破れた。この勝利を記念するため、タイは以前のバーン・ヒンテック(ひび岩村)という暗い名前を、輝かしいバーン・テェーットタイ(タイ精神を支える村)と改めた。(訳注:「バーン」はタイ語で村を指す)

 クンサーは、東部ビルマのシャン人の独立のために戦っていると主張していた。彼はタイの町メーホンソーンの反対側のホーモンに新しい基地を作り、自分の故国に国境を渡って退いていった。そこに、バーン・ヒンテックよりも広く繁栄した町と基地を建設した。数年後の1996年1月、彼はビルマ当局に降伏し、自分が雇った1万5千人の軍を解散し、自分の財産と3人の若妻とともにラングーンへ移住した。

 話の全部を知りたければ、テェーットタイを流れる川端のバンガローを経営しているクン・ジョンに尋ねるがいい。ジョンは、1960年代にラオスでアメリカの支援を受けた秘密部隊の仕事をしていたので、優れた英語を話す。彼の英語力は、1977年4月に大いに役立った。米国政府代表のジョセフ・ネリスが、村にヘリコプターで降り立ち、クンサーが収穫したアヘンすべてをアメリカが買い取る交渉のために、ジョンが通訳として選ばれた。クンサーはこの申し出を拒否した、その結果アメリカは、クンサーに対して、最終的には不成功に終わる軍事行動を行う決定を下した。

 ジョンが現在経営しているリムタアン・ゲストハウス(川岸の意味)は、計14棟の原始的だか、まずまずの部屋があつらえられている一連のバンガローだ。エアコンはないが、扇風機がある。さらに山の早朝の冷気に対処するためにお湯が出る。一晩400バーツ(9ドル)以下というのは、実に格安だ。隣接したティンティン・レストランのタイと中国の料理は優れものだ。さらに、地元の市場に行けば、バーン・テェーットタイが多様な少数民族の村であることを知ることが出来る。あふれるばかりの食料が並ぶ屋台は、その多様性を示しており、一見の価値がある。アカ、リス、ラフーやその他の山岳民族だけでなく、大勢のシャン人と雲南人が居住しているのである。

詳細:リムタアン・ゲストハウス。
15 Mu 1, Thoed Thai, Mae Fah Luang, Chiang Rai
ジョンの携帯電話は、(01)883-1401。テェーットタイにはなかなか信号が届かないので、通じない場合には(053)771-223の地元の電話交換台を呼んで、クン・ジョンを捕まえるように頼み、10分から15分後に再度電話する。

行き方:テェーットタイに行くのは、最近とても簡単になった。昔は、でこぼこの道をトラックでほこりを上げながら、村々を走り抜けるしかなかったのだか。まったく様変わりした。広い、舗装された道路がチェンライから北に向かって、パサン丘陵をうねりながら続いている。または、25キロメートル離れた旧国民党定住地として有名なメーサロンを経由しても良い。こちらのほうが、旅行者が良く行く場所だ。テェーットタイは、メーサロンからパサンに至るハイウェイから10キロメートル東に入った場所にある。(訳:菅原 秀)

出典: Bertil Lintner, 'Travel: The Golden Triangle -Golden Getaway', (Far Eastern Economic Review, Feb 14th, 2002)





(c) ビルマ情報ネットワーク(BurmaInfo) 1997〜



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