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2007年9月18日から9月21日までの情勢

ビルマ情報ネットワーク

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・最新情報:2007年反軍政・民主化蜂起の動向
2007年9月22日から9月25日までの情勢
2007年9月18日から9月21日までの情勢
2007年8月15日から9月11日までの情勢

9月21日の情勢

ビルマ情報ネットワーク
9月24日

 旧首都ラングーン(ヤンゴン)の情勢。大雨で通りには水があふれていたが、僧侶千人が午後1時にシュエダゴン・パゴダ前に集まり、礼拝を行ってから市街への行進に出発した。400人以上の学生が隊列に加わった。2時にスーレー・パゴダに到着して礼拝を行ってから、ヤンゴン市庁舎前で止まって「慈経」を15分間唱えた。
 中国大使館まで行進する計画だったが、雨が強く、一部の青年僧に疲れがあったので予定を中止して2時30分に解散した。散々な天候にもかかわらず市民数千人が出迎え、歓声をあげ、飲み水を差し出した。市役所内で勤務する公務員の中にさえ、建物内から僧侶に声援を送る人もいた。

 北オッカラパ区、メラム・パゴダに僧侶500人以上が集合し、パゴダの前で覆鉢行への参加を誓い、午後2時から4時まで街頭を整然と行進した。

 南オッカラパ区、複数の僧院から集まった僧侶約150人がシュエダゴン・パゴダまで行進し、パゴダの前で覆鉢行への参加を誓った。

 ヤンキン区、僧侶200人以上がヤンゴン市街に行進し、スーレー・パゴダに向かっていた僧侶の隊列に加わった。

 マヤンゴン区、国家仏教徒大学とマソーイェィン僧院の僧侶約500人が午前10時に平和的な抗議行動を始めた。大学の学生僧は午前中の講義が終わった後、近くのマソーイェィン僧院の僧侶と合流して、午前10時にキャンパスを出発した。カバーエー・パゴダの敷地内にある国家サンガ大長老委員会(SMNC、ビルマ軍政が定めた仏教の最高機関)本部まで行進し、委員長との面会を申し入れ、参加した僧侶からの書簡を渡すことを求めた。書簡は委員会のメンバーである高僧に対し、覆鉢を行う僧侶と軍政との仲介を支援し、僧侶側の軍政に対する要求を支持するよう要請するものだった。内容は、当局から暴行を受けた僧侶への謝罪、燃料価格と生活必需品の価格引き下げ、アウンサンスーチー氏ら全政治囚の解放、国民民主連盟(NLD)との対話の実施の4点。高僧側は当初面会を拒否したが、僧侶側が2時間の座り込みを行った後、一人が面会に応じて書簡を受け取った。行動は午後1時に解散した。既に正午を過ぎていたので、僧侶たちは一日の最後の食事である昼食をとることができなかった

 マグエー管区パコックでは、午後2時に僧侶千人以上が整然と行進を行った。市民数千人が後に続いて僧侶の行動への賛意を示した。

 ペグー(バゴー)管区の情勢。ヤンゴンの北80kmのペグー市では、強い雨の中、午後1時に僧侶500人以上が行進を開始し、市内からシュエモードー・パゴダまで歩いた。パゴダでは、集まった市民数千人に対して法話を行った。
 ダイッウー郡では僧侶200人以上が整然と行進し、軍政当局とUSDAに対する覆鉢行への参加を表明した。僧侶は午前11時から1時間ほど、読経をしながら市内を行進した。

 マンダレー管区の情勢。アマラプラ郡では、マハーガンダーヨン僧院の僧侶700人以上が午後1時から1時間ほど市内を行進した。
 モゴック郡では、僧侶約300人が2時間ほど行進した。
 ザガイン管区シュエボー郡では、僧侶約100人が1時間ほど「慈経」を唱えて街頭を行進した。

 全国僧侶戦線は声明を発表した。その中で自分たちが呼びかけた9月18日から21日までの覆鉢行は成功を収めたとし、学生や一般市民を含むすべての参加者に謝意を示すと共に、今回の平和的な行動を継続するよう求めた。またすべての人々に対して、9月23日〜25日の午後8時から15分間、自宅や僧院、職場の戸口に立って「慈経」の次のつのフレーズを大声で美しく唱えるよう求めた。

 「一、人々が互いに虐待から免れていますように。
 二、私たちの慈愛の威力により、世界が平和でありますように」
(注:これは「慈経」の文言自体にはないが、現在各所で使われている模様)

 有名な芸能人や文学者が、すべての仲間に対して学生と僧侶の平和的な抗議行動を支持し、加わるよう訴えを始めた。映画俳優のチョートゥ氏、コメディアンのザガナー(トゥラ)氏、詩人のアウンウェイ氏の3人が、ラジオ局(RFAとDVB)に出演し、作家、映画俳優、モデル、詩人、音楽家などすべてのアーティストに対し、ビルマ国民が行っている抗議行動を支持するよう訴えた。

 インセイン刑務所の消息筋によれば、僧侶40人以上が収容され、多くが激しい拷問を受けている。全員が最近の抗議行動で逮捕された模様。女性出家者(ティーラシン)3人も同刑務所に収容されている。

 現在拘束中の88世代学生グループの指導者のうち、ミンコーナイン氏、チョーミンユ(ジミー)氏、ミャーエイ氏、チョーチョートゥエ(マーキー)氏は拷問を受けたため、インセイン刑務所病院に入院していることが確認された。
 また同グループの女性指導者の一人サンダーミン氏が、非合法結社法の第17条2で訴追された。氏は数カ月前に米国を訪問していた。


アウンサンスーチー氏、僧侶の行進を出迎える

9月22日

スーチー氏自宅前の僧侶とデモ隊
  APPPB、BBC、AFP、Mizzima、Irrawaddyなどによれば、22日現地時間午後2時50分頃、ヤンゴン市内の大学通りにあるアウンサンスーチーの自宅前に1000人余りの僧侶と一般市民の行進が到着した。一行は午後2時前に革命公園から行進を開始して、3時過ぎにスーチー氏の自宅の付近まで達した。うち200人がスーチー氏宅の門前に入った。
 目撃者の話によれば、僧侶が「慈経」を読経する声を聞きつけたスーチー氏は雨の降る中、外に出た。僧侶に向かって礼拝し、僧侶は15分ほど氏の自宅前に立ち止まって読経した。氏は目に涙を浮かべていたという。市民のデモ隊からは「お元気で」「すぐに解放されますように」「アウンサンスーチー 万歳」といった歓声があがった。スーチー氏は、行進を指揮したと思われる僧侶と言葉を交わした模様。
 2003年6月以来、3度目の自宅軟禁に置かれているスーチー氏の自宅前に配備された警官隊は、僧侶の要請に対してバリケードを開けた。妨害も一切行われなかった。僧侶の行進が終わるとバリケードは閉じられた。
 一行はその後スーレーパゴダまで行進した。最終的な人の数は5000人に達したという。


9月20日のラングーンでの僧侶によるデモ(映像)


9月19日のラングーンでの僧侶によるデモ(映像)


9月19日の情勢

9月20日
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*覆鉢(パッタムニックッジャナカンマ、鉢伏せ行)とは僧侶による抗議の形態としてはもっとも深刻なもので、軍政や親軍政の連邦団結発展協会(USDA)関係者からの布施を受けとらず、一切の関係を断ち切ることを意味する。前回、大規模な覆鉢が行われたのは1990年。

なお、仏典上の該当箇所によれば、「覆鉢」(鉢伏せ行、パッタムニックッジャナカンマ)」の要件とは以下の8つの行為である。これのいずれかに該当することを為した在家に対しては、覆鉢をなすことが許されている。またこの覆鉢を解く為には、本人が過失を認め懺悔し、仏陀がそれを過失として認め、受け入れ、作法に則って覆鉢を解くことが記されている(参考、『南伝大蔵経』第4巻、律、小品、190頁6行目〜194頁9行目。大蔵出版、昭和15年)。

(1) 僧侶たちへの布施を妨げる
(2) 僧侶たちの福利を損なう
(3) 僧侶たちの住処を荒廃させる
(4) 虚偽の中傷によって僧侶たちに汚名を着せる
(5) 僧侶たちの和合を乱す(破和合僧)
(6) 仏陀を誹謗する
(7) 仏法を誹謗する
(8) 僧団(サンガ)を誹謗する

 ラングーンの情勢。午後1時半に僧侶約500人がシュエダゴン・パゴダの前に集まった。中に入ろうとしたが治安部隊に阻まれたため、はげしい雨の中ラングーンの中心部に向かった。数千人の一般市民が一緒に歩き、3時間かけてスーレー・パゴダに到着。当局が入り口に鍵をかけていたが、僧侶たちは鍵を壊して中に入り、15分間祈った。群衆を前に演説した僧侶もいた。4時半頃に解散した。
 アーロン区のアウンミンガラ僧院の僧侶約100人がデモ行進をした。お経を唱えながら歩き、1時間後に解散した。
 南オッカラパ区でも、複数の僧院から僧侶約100人が参加して約1時間デモ行進をした。
 マヤンゴン区では、僧侶約400人がカバーエイ・パゴダに隣接する聖洞窟(注:平和パゴダと共に1952年に当時の首相ウー・ヌが建立。聖洞窟は1954年〜56年の第6回仏典結集の会場となった)に集まり、覆鉢への参加を誓った。

 マンダレー管区の情勢。ビルマ第二の都市マンダレーでは午前8時から1000人以上の僧侶がデモに参加した。全国的に有名なマハムニ(マハミャットムニ)・パゴダに集まり、市内を歩いた。マンダレーの南の街アマラプラからも、僧侶たちがマハムニ・パゴダまで行進した。
 マンダレーではまた、有名なマソーイェィン僧院の僧侶約700人が覆鉢を誓い、午前7時半にデモ行進を始めた。
 ビルマ全土には約30万の僧侶がいるが、マンダレーにはうち半分が住んでおり、ビルマ仏教の中心地である。前回の1990年の大規模な覆鉢もマンダレーから全国に波及した。今回マンダレーで覆鉢が行われたのはこれが初めてとなる。
 モゴックでは、アウンチャンター僧院の僧侶約170人が僧院内で覆鉢への参加を誓った。その後、町に出て約1時間デモ行進した。

 ペグー(バゴー)管区の情勢。ペグーの町では、チャカットウィン僧院の僧侶2000人以上が早朝にデモ行進をし、覆鉢への参加を誓った。
 ピー郡では、僧侶約600人が約2時間、列を作って行進し、覆鉢への参加を表明した。
 ニャウンドン郡では、僧侶約50人が約1時間、静かにデモを行った。

 マグエー管区の情勢。ピィー(プロム)では、僧侶約500人が全国的に有名なシュエサンドー・パゴダに集まり、覆鉢への参加を表明した。
 ミンジャンでも僧侶約150人がデモ行進をした。

 ザガイン管区カレーでは、僧侶約200人が町の中心部のパゴダに集まり、45分間デモ抗議を行った。

 アラカン(ヤカイン)州シットウェでは、約5000人の僧侶が2時間ほどデモ行進をした後、州平和発展評議会の事務所の前に坐って、当局が拘束した僧侶や市民の解放を求めた。僧侶たちは当局関係者と議論を交わし、3日以内に被拘束者全員を解放する、という約束を取りつけた。これを受けて僧侶たちは、今後3日間はデモ行進を行わないが、当局が約束を守らない場合にはデモを再開すると述べた。

 カチン州の情勢。ミッチーナでミッチーナ大学の学生が始めた反軍政ポスター掲示運動が同州のバーモにも広がった。バーモ大学の学生が同様のポスターを街中に貼った。ポスターには、燃料や日用品の値下げ、ミッソン水力発電所建設の停止、政治囚の解放、三者対話(民主化勢力、民族指導者、軍政)によるビルマの現状の打開の要求が書かれている。

 軍政機関紙「ニューライト・オブ・ミャンマー」は、デモ行進に参加する僧侶は偽僧侶だとした。

 僧侶全国戦線(注:「僧侶全国戦線」は暫定的な訳語。英語表記が定まっていないので、ビルマ語の表現をそのまま用います)は声明を発表し、覆鉢が無事に始まり、一般市民からも歓迎されているとした。そしてすべての僧侶や市民に対し、正義と自由を勝ち取るまで平和的な運動を続けるように呼びかけた。
 拘束されている88世代学生グループの中心メンバー4人がインセイン刑務所の病院に入院していることが報じられた。入院しているとされるのはミンコーナイン、ミャーエイ、ジミー(別名チョーミンユ)、マーキー(別名チョウチョウトウェ)各氏。けがや病気の詳細などは不明だが、4人は厳しい拷問を受けたとされている。同じく88世代学生グループのミンゼーヤ氏も入院したという情報があるが、既に退院したかどうかはわかっていない。


9月19日の情勢(写真)

ラングーンのデモの様子

上、スーレーパゴダ前で僧侶の説法を聞く人々。下、ヤンゴン市内をデモする僧侶と沿道の人々

9月18日の写真(2):仏旗を掲げて行進する僧侶


9月18日のラングーンでの僧侶によるデモ(映像)

紹介記事「僧侶による軍政への覆鉢(ボイコット)が始まる。当局は催涙ガスを使用」(イラワディ、2007年9月18日)も、どうぞあわせてご覧ください。


9月18日の情勢

9月19日
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 パコックでのデモで僧侶に暴力を振るったことについて軍政が期限日の9月17日までに謝罪をしなかったため、18日から仏教僧侶たちが全国で覆鉢を開始。(「覆鉢」とは僧侶による抗議の形態としてはもっとも深刻なもので、軍政や親軍政の連邦団結発展協会(USDA)関係者からの布施を受けとらず、一切の関係を断ち切ることを意味する。前回、大規模な覆鉢が行われたのは1990年。)

 軍政は政府機関職員全員に対し、9月18日には必ず通常通りに出勤し、勤務時間中は外出してはいけない、という通達を出していた。

 
ボータタウン・パゴダで礼拝する僧侶(BBC)
  ラングーンでは数百人の僧侶が行進をした。数千人もの一般市民が一緒に歩き、飲み水などを供えた。午後1時に僧侶たちがシュエダゴン・パゴダにパゴダに着くと、私服の軍政関係者らがパゴダに入る扉を閉めたため僧侶たちは中に入れず、ラングーンの中心部に向かった。中心部にあるスーレー・パゴダも当局が閉鎖していたため中には入れず、川沿いのボータタウン・パゴダに向かった。ボータタウン・パゴダで僧侶たちは中に入り、10分ほどお祈りをしてから解散し、それぞれの僧院に戻った。軍政は数百人の治安部隊を動員し、写真やビデオ撮影をしたが、その場で逮捕された人はいなかった。デモは午後3時頃に終了。

 ラングーン市南オッカラパ区でもデモがあった。僧侶約30人が午後3時にチャイッカサン・パゴダに集まり、1時間半ほど静かに行進した。

 ラングーン市ティンガンジュン区でも僧侶約90人が正午からチャウサーダイン・パゴダに集まり、覆鉢の開始を誓った。

 ラングーンでは、活動家2人(ノーオンフラ氏、テッテッウーウェイ氏)が逮捕された。ノーオンフラ氏はアウンサンスーチー氏の解放を求めて祈るグループのリーダーだった。

 マンダレー管区チャウパダウン郡では、僧侶約100人が午前8時から9時まで、托鉢用の鉢を逆さにして持ち(布施を受け取らないことを示す)、お経を唱えながらデモ行進をした。当局関係者が僧侶の写真を取りながらついて歩いたが、デモを阻止しようとはしなかった。 同郡内では少なくとも3つの僧院が、軍政やUSDAからの布施を受け取らないという宣言をした。

 9月5日のデモで当局が僧侶にはげしい暴行を加えたマグエー管区パコックでは、午後1時から僧侶1000人以上がデモを始め、列を作って「護経」(パーリ語の有名なお経で、危険や良くないことから身を護るとされる)を唱えながらティホーシン・パゴダまで行進した。パゴダの前で祈った後、それぞれの僧院に戻った。当局はデモを厳しく監視していたが、その場で逮捕された人はいなかった。

 マグエー管区アウンラン郡でも明け方からデモがあり、僧侶約100人が行進した。今のところ逮捕された人はいない。「スワンアーシン」のメンバーや警察官らがオートバイで後をつけたが、特に騒ぎは起きなかった。

 マグエー管区チャウクでも午前5時半から僧侶200人以上がデモ行進をした。多数の市民が沿道に出た。当局関係者による妨害行為等はなかった。

 ペグー(バゴー)では、僧侶約1000人〜1500人が正午からデモを行い、列をつくって街中のシュエモードー・パゴダまで行進した。僧侶たちは一般市民がデモに参加するのは認めなかったが、数千人の市民が沿道から応援し、飲み水を供えた。数百人の治安部隊や連邦団結発展協会(USDA)関係者が写真やビデオ撮影をしたが、その場で逮捕された人はいなかった。

 ペグー管区ジョービングア郡では前日17日にも僧侶約200人が午前9時からデモを行った。お経を唱えながら行進し、数百人の一般市民が沿道から応援していた。

 アラカン(ヤカイン)州シットウェでは僧侶約500人が午後2時からデモを行い、数百人の市民が加わった。参加者が1000人を超えると当局は催涙ガスを使って解散させようとし、威嚇射撃も行った。僧侶のうち少なくとも3人が逮捕され、USDA関係者や治安部隊に暴行を受けて数人がけがをした。

 アラカン州ではまた、国民民主連盟(NLD)のグワ郡支部のセインチョー議長と、タントウェ郡支部のポーチー副議長が逮捕された。NLDアラカン州支部の組織委員会会合に出席するためタウンゴクに来たところだった。


9月18日の情勢(写真)

ラングーンのデモの様子

モゴックでのデモの様子

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