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2007年8月15日から9月11日までの情勢

ビルマ情報ネットワーク

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・最新情報:2007年反軍政・民主化蜂起の動向
2007年9月22日から9月25日までの情勢
2007年9月18日から9月21日までの情勢
2007年8月15日から9月11日までの情勢

 

9月10〜11日の情勢

9月12日
ビルマ情報ネットワーク

 内務大臣のマウンウー中将が9月9日にビルマ全国の平和発展評議会(管区・州・郡レベル)の職員と警察職員を招集し、デモが起きた際の対応のしかたについて指導した。この中でマウンウー中将は、武力は使わないこと、必要に応じて暴動鎮圧専門の警察機動隊や消防隊を投入すること、「スワンアーシン」を待機させておくこと、などと指示した。なお「スワンアーシン」とは、軍政の御用大衆組織・連邦団結発展協会(USDA)の特別治安部門で、抗議行動の暴力的に鎮圧する訓練などを受けており、今年初めに組織され、治安諜報機能を担っていることが確認されていると言われる(ラリー・ジャーガン「大衆化間近のミャンマーでの抗議行動」、2007年9月12日、アジア・タイムズ)。これに先立ち内務省は9月6日に指令を出し、警察機動隊に無線機、カメラ、警棒、パチンコ、手錠、電気ショックを与える装置、盾、鉄条網、双眼鏡、ガスマスクなどを準備し、暴動鎮圧の練習をするよう求めている。

 軍政は前日に続いて9月10日に「発表(2/2007)」を出し、国民民主連盟(NLD)が燃料値上げ措置を利用し、党員がデモを組織するよう仕向けた、などと主張した。さらに、NLDと88世代学生グループに対し措置を取ると述べた。これを受けてNLDは緊急会議を開き、対応を検討している。

 軍政は、NLD幹部など主要な民主化活動家の携帯電話接続を停止した。海外のマスコミなどと通話できないようにするのが主な目的と見られる。軍政が近く、NLD幹部や1990年総選挙で当選したNLD党員を一斉に逮捕する予定だとの情報もある。これらの党員の自宅周辺では治安部隊が増強された。

 88世代学生グループほか、拘束されているデモ参加者の家族が9月11日にインセイン刑務所と赤十字国際委員会(ICRC)の事務所を訪れ、被収容者の状況について情報を求めた。刑務所側は質問には答えなかった。ICRCは、軍政の許可がないため、2005年12月以来ビルマ国内の刑務所を訪問していない、と答えた。

 軍政は9月11日に、7日に逮捕されたウィンミン(ラングーン管区トンクワ郡NLD支部長)と、イェモン、インエイ、フラソー、ミャーセイン、オーンタウン(別名モンジー)、ミンテイン(同カヤン郡NLD青年部)各氏(計7人すべてNLD党員)を釈放した。7人はラングーンの外れのシュエピターの第7警察連隊に収容されていた。

 アラカン(ヤカイン)州の情勢。タウンゴックで9月11日にソーウィン氏が単独デモを行った。氏はどの組織にも属していない。住んでいる村からタウンゴックの中心部にある市場まで20マイル(約32キロメートル)を歩き、日用品の値下げを求めた。また、軍政トップ・タンシュエ将軍を仏教から追放することも呼びかけた。警察がソーウィン氏を逮捕した。

 マグエー管区の情勢。イェサキョー郡在住のビジネスマン36人が9月11日に郡当局に手紙を出した。手紙では、燃料値上げのせいでイェサキョー・マンダレー間のバスを運行できず、この路線を使って輸送される日用品すべての値段が急激に上がったと述べ、燃料の値下げを求めた。

 カチン州の情勢。ミッチーナでは、学生が反軍政のチラシを街中に貼る運動を始めた。チラシには政治囚の解放、デモ参加者に暴力をふるうのをやめること、等の要求が書かれている。

 ビルマ国内の著名人の動き。数人がビルマ民主の声(DVB)を通じてデモ参加者への暴力行使に遺憾を表明した。発言をしたのは文筆家のダゴンターヤー氏、マウンモートゥ氏、ミンルー氏、有名な映画俳優のチョートゥ氏、映画監督のチーソートゥン氏。

 米国国務省は9月11日に声明を出し、燃料値上げに反対して平和的なデモに参加した150人以上が逮捕されたことに懸念を示した。また、赤十字国際委員会(ICRC)などの国際人道団体が収容されているデモ参加者と面会するのを認めるよう軍政に求めた(原文(英語)はこちら:http://www.state.gov/r/pa/prs/ps/2007/sep/91984.htm


9月9日の情勢

2007年9月10日

 収容先で激しい拷問を受けて死亡したという噂が流れている88世代学生グループのチョーミンユ(通称ジミー)氏について。家族からの問い合わせに内務省は一切答えていない。赤十字国際委員会(ICRC)も拘禁施設に入ることができないため、安否の確認が遅れている。軍政が、氏の妻で潜伏中のニラーテイン氏をあぶり出すためにこのような噂を故意に広めたということは十分考えられる。夫婦には生後4か月の娘がおり、ニラーテイン氏の両親の家に預けられている。治安部隊が24時間体制で家を見張っている。

 僧侶連盟など多数の仏教僧侶団体が本日「僧侶全国戦線」(「僧侶全国戦線」は暫定的な訳語です。団体の全体像が明らかになっていない ので、ビルマ語の表現をそのまま用います)を結成し、声明を発表した。声明には(1)パコックでデモに参加した僧侶たちに暴力を振るったことへの謝罪、(2)日用品の値下げ、(3)アウンサンスーチー氏や元学生リーダー等の政治囚全員の解放、(4)スーチー氏を初めとする民主化勢力との政治的対話、という4つの要望が盛り込まれている。
 僧侶全国戦線は軍政に対し9月17日までにこれらの要望を実現するよう求め、17日までに実現されない場合には、9月18日に覆鉢(鉢伏せ行)を始めるとした。
 覆鉢というのは僧侶による抗議の形態としてはもっとも深刻なもので、軍政や親軍政の連邦団結発展協会(USDA)関係者からの布施を受けとらず、一切の関係を断ち切ることを意味する。前回、大規模な覆鉢が行われたのは1990年。軍政は直後に「サンガ(僧団)組織関連法」(「サンガ法」)を成立させ、この年だけで200人以上の僧侶、見習僧に有罪を宣告し、僧籍を剥奪した。また最近では、2003年11月にラングーン管区の僧院で見習僧26人が逮捕される弾圧があった(政治囚支援協会:『僧侶が還俗させられ、投獄される国』の紹介と、報告書本体(未邦訳)を参照)。

 ラングーン管区ニャウンドン郡で僧侶2人が午前9時半から30分間、デモを行った。逮捕はされていない模様。

 イラワディ(エーヤワディ)管区の情勢。ラプッタで9月8日に逮捕されたうち4人(セインタン、ミンシン、テッティントゥン、タンウィン各氏)が今日釈放された。
 イラワディ管区ワケマ郡では、警察や連邦団結発展協会(USDA)関係者らが引き続き国民民主連盟(NLD)党員に嫌がらせや脅迫を行っている。今日は郡NLDのチーウィン(注:ウィンチーか?)議長とマウンカン書記長ほか合わせて5人が逮捕された。

 軍政は「発表(1/2007)」を出し、88世代学生グループはテロリスト集団で、国外の反政府団体に導かれてビルマを不穏な状況に陥れていると非難した。同じ発表の中で軍政はまた、国民民主連盟(NLD)が国内の不安定な状況を利用して権力の座につこうと企んでいるとした。


9月8日の情勢

2007年9月10日

 ラングーン市内の複数の消息筋から、チョーミンユ(ジミー)が拷問が原因で死亡し、ミンゼーヤとチョーチョートウェ(マーキー)は拷問による衰弱で入院したとの情報が寄せられている。真偽のほどは不明。ただしこれまでにも多くの活動家が獄死していることを考えれば、非常に憂慮すべき事態である。
 家族は国際赤十字委員会(ICRC)ヤンゴン事務所に駆けつけ、収容先を訪問し、現状をすぐに確認するよう求めた。しかしICRCは現在、国内の拘禁施設を訪問することが一切できない。ビルマ政治囚支援協会(AAPP)は声明を発表し、国際社会に注視を促した。

 最近抗議行動が起きている地域では引き続き動きがあった。8日は50人以上が逮捕された。

 マグエー管区の情勢。パコック郡では5日に仏教僧侶が抗議行動を行い、翌6日には当局者を数時間人質に取る事件が起きたが、8日になって当局は事情聴取のためとして市民数人を逮捕し、外国のマスコミと接触して抗議行動の情報を伝えたとの容疑をかけた。現時点でターアウン、タンシン、ネーラ、セインレーの各氏が警察署で拘束されている。

 イラワディ(エイヤワディー管区)の情勢。ボガレー郡では8日、NLD党員15人以上が逮捕された。全員が5日のデモに参加した。5日にはNLD同支部のアウンキンボー議長が、7日にはキンマウンチット書記長、組織部のキンキンレー、ミーミーセイン両氏が逮捕された。この他15人が5日と8日に逮捕された。現在までの逮捕者は約20人となった。
 ラプッタ郡では、街の住人が3日に、ヤンゴンに向けて約260kmの行進を行おうとしたが、この行動に参加した15人以上が8日に逮捕された。3日にはリーダー3人(アウンモーウィン、チーテイン、テイウィン各氏)が逮捕されていた。8日時点でこの3人以外に16人以上が逮捕されている。警察は当日の写真を元にして参加者を逮捕している。
 パセイン郡では、8日、抗議行動を計画しているとして少なくともNLD党員7人が逮捕された(エイウィン、ミンセイン、エイエイカイン、ミョウルウィン、テッルウィン、フラタンチョー、フラーテイの各氏)。エイウィン氏は8月24日に単身デモを行って逮捕され、後に釈放されていたが、新たな抗議行動を計画しているとして再び逮捕された。
 ワケーマ郡では、当局と連邦団結発展協会(USDA)メンバーが当地のNLD党員による抗議行動を防ぐために嫌がらせと脅迫を開始した。現在、状況は緊迫しており、NLD党員宅の周りを、竹の棒や鉄の棒を持ったUSDAメンバーが総出でうろつき周っている。

 マンダレー管区の情勢。NLD党員のティンコー、ティーハ両氏が8日、警察に逮捕された。メイクティーラ郡に行く途中だった。理由は不明。
 タンリン郡では7日、NLD党員三人(ウィンミィン、イェモン、インエー各氏)が抗議行動を計画しているとして逮捕された。
 マンダレー市では、国内第2の宗派シュエジン派の僧長が、ビルマ国民のために平和と安定を求める僧侶による平和的なデモを支持している。

 ラングーン管区の情勢。88学生世代グループは声明を発表し、高僧に対して、軍政による暴力を止めるよう助力を求めた。
ドーボン郡では、NLD党員12人による小規模な抗議行動が起きた。逮捕者なし。

 首都ネイピドーの情勢。軍政はプレスリリースを発表し、国内外の民主化勢力が情勢不安を煽っていると非難し、この動きを沈静化させるとした。
  タンハン警視監が抗議行動の鎮圧と拘束中の学生運動指導者の尋問の責任者となったことが確認された。同警視監は、2003年5月30日にビルマ北部ザガイン管区シュエボー郡ディペインでアウンサンスーチー氏らが襲撃された際、同郡平和開発委員会議長として事態を監視したことから「ディペインの殺人鬼」と呼ばれている。その後に警視監と暴動鎮圧警察連隊司令官まで昇進した。同警視監は7日、国内に16ある暴動鎮圧の警察連隊のすべてに対し、デモ参加者と戦う準備をせよとの命令を下したとされる。


9月7日の情勢

2007年9月10日

 マンダレー管区の情勢。僧侶によるデモの拡大を防ぐため、ビルマ第二の都市マンダレーでも当局が警備を強化。特に僧院の周辺で厳しい警戒をしているほか、高僧に対して指導下の僧の管理を徹底するよう言い渡している。
 マンダレーの強力な僧侶団体「僧侶連盟」が強い声明を出した。軍政が僧侶や他のデモ参加者に暴力を振るったことを強く非難し、拘束されている人全員の解放と謝罪を求めた。さらに、軍政が謝罪しなければ、9月11日から軍政と連邦団結発展協会(USDA)との関係を断ち切るよう全国の僧侶に呼びかけた。

 マグエー管区の情勢。パコックでは当局が僧院の周りに兵士を配置するなどして警備を強めている。学校は休みになり、外出を控えて家にいる人が多い。
 この他マグエー管区ミャイン郡と、アラカン(ヤカイン)州グワ郡で小規模のデモがあった。詳細は不明。

 イラワデイ管区の情勢。ボガレーでは、ラングーンまでの行進を指揮した国民民主連盟(NLD)党員3人(キンマウンチット、キンキンレー、ミーミーセイン各氏)が新たに逮捕された。

 ラングーンの情勢。8月28日のデモに参加し、逮捕される際に足の骨を折ったイェテインナイン(別名ウーウェイ)氏が今日午前零時頃に解放され病院に収容された。氏が収容されていたチャイッカサン拘置所では、仲間たちが治療を求めてハンガーストライキを行っていたが、9月5日に当局が治療を許したため、7日間続けたストライキを終了。
 イェテインナイン氏によれば、拘置所では飲み水や食べ物が不足し、収容状況は非常に悪いとのこと。水浴び用の水も足りず、雨が降っているときにだけ水浴びができた。 ハンストしていた被収容者たちは9月3日にチャイッカサン拘置所からシュエピタ警察の支部2か所に移された。
 拘束されている88世代学生グループの主要メンバーが拷問を受けていて、健康状態が悪い人もいるという情報が広まっている。チョーミンユ(通称ジミー)氏がすでに死亡し、ミンゼヤー氏とミャーエイ氏が入院しているという未確認情報もある。
 9月4日にシュエダゴン・パゴダでアウンサンスーチー氏らの解放を祈っている際に逮捕されたミャーミャーサン氏が解放された。

 ラングーン管区の情勢。カヤン郡に住むミンテイン氏が逮捕された。氏はスースーヌウェ氏にごく近い同僚で、スースーヌウェ氏が強制労働の実態や子ども兵士の使用について情報収集するのを手伝っていた。
 フラインタヤー工業団地で労働者200人が賃上げを求めて平和的なデモを行った。逮捕者や妨害などはなかった模様。

 ヤカイン州の情勢。グワでは約10人が地元当局に出向き、物価値下げを求める書簡を提出した。


9月6日の情勢

2007年9月7日

 マグエー管区パコックの情勢。9月5日に起きたデモで仏教僧侶たちがビルマ軍兵士や連邦団結発展協会(USDA)のメンバーらに激しい暴行を受け(図参照)、僧侶6人が逮捕されたことを受けて動きがあった。


「僧侶3人が電柱に縛り付けられ、ライフルなどで殴られていた」(目撃者談。イラワディ誌より)

 6日朝、管区職員や郡当局、警察の幹部ら約10人がパコックの複数の僧院を訪れ、院長に対し若い僧侶の管理を徹底するよう申し渡して回った。午前10時に一向は中央仏教僧院に到着。院長らと会っている間に見習い僧たちが僧院を封鎖して出られないようにし、前日に逮捕された僧侶全員を解放するよう求めた。また当局関係者が乗ってきた車のうち4台に火をつけ燃やした。パコックの住民約1000人がこの僧院の前に集まり、こうした行動を応援した。高僧の説得に応じて、見習い僧たちは午後4時に当局関係者全員を解放した。

 パコックの緊張は緩まず、僧侶たちへの暴行に加わったUSDAのメンバーを探して住民数千人が町に出ており、USDAメンバーは復讐を恐れて隠れている。パコックやマンダレーの僧侶たちは、住民たちに対して、暴力をふるったり、ものを破壊したりしないように注意を呼びかけているが、夜に入るとパコックのUSDA幹部が所有する店に火がつけられた。さらに一部の僧侶が、一連のデモで参加者に暴行を加えている「スワンアーシン」のメンバーだとされているキンマウンウィン氏の自宅を訪問し、家にあったものを破壊した。

 マンダレー管区の情勢。パコック最寄の都市マンダレーでは、パコックでの騒動が飛び火するのを恐れた当局が厳重な警戒をしている。

 イラワディ管区の情勢。ボガレー郡では、ラングーンまでの行進を指揮した活動家が新たに2人逮捕された。

 88世代学生グループが国連事務総長に手紙を出し、ビルマ問題を国連安保理の正式議題に復活させるよう求めた。

 国際的な動き。ロビン・ウィリアムズ、ダスティン・ホフマン、ジェニファー・アニストンらハリウッドの有名人など28人が国連事務総長に手紙を出し、スーチー氏の解放などに取り組むよう要請した。

 手紙(英語)はこちら(28人のリスト付) http://www.uscampaignforburma.org/assk/otherquotes.html


9月5日の情勢

2007年9月6日

 イラワディ(エーヤワディー)管区の情勢。ボガレー郡では、郡の国民民主連盟(NLD)のアウンキンボー議長ら党員15人が午前8時45分からデモを行った。日用品の値下げやアウンサンスーチー氏を初めとする政治囚の解放などを求めるプラカードを持って町中を行進。沿道では大勢の人が応援していた。郡の平和発展評議会議長と連邦団結発展協会(USDA)メンバーらが来て、アウンキンボー氏を連行した。デモは続き、最終的には演説集会のようになり、見物人の数は1000人に膨れ上がった。当局は道路を封鎖して、もう1人のリーダー、キンマウンチット氏を逮捕しようとしたが、見物人らが間に入り、氏は逮捕を免れた。デモは午後まで続いた後、解散した。
 ラプッタ郡では、9月3日に行われたデモ行進を指揮したとして新たに4人が逮捕された。これで、3日のデモ行進に関連して逮捕されたのは合計7人になる(当日逮捕されたアウンモーウィン、チーテイン、テイウィン各氏、5日に逮捕されたパウッサ、ポーチョー、マウンチョー、フラソー各氏)。

 マグエー管区の情勢。パコック郡でもデモがあった。パコックは仏教僧侶の町で、複数の仏教系大学のほか、仏教教育施設が集まっている。ここで午後2時から僧侶約500人が、日用品の値下げや拘束されている活動家たちの解放を求めるプラカードを持ち、お経を唱えながら町を行進した。数千人の住民が一行を歓迎し、飲み水を供えるなどして応援したが、郡当局は治安部隊を動員してデモを解散させた。
 軍の兵士が(ロイター伝。警察との情報もある)が空に向けて威嚇発砲し、僧侶約10人が逮捕された。沿道にいた人々も竹棒などで殴られ、僧侶の1人が頭に重傷を負って病院に収容された。

 アラカン(ヤカイン)州タウンゴック郡では、8月31日に行われたデモで逮捕された2人が解放された。

 ラングーン市内の情勢。9月4日にシュエダゴン・パゴダでスーチー氏の解放を祈っていたグループのリーダー、ミャーミャーサン氏が逮捕された。チャイッカサン拘置所に収容されている。
 イギリス大使館と米国大使館前に何者かがチラシを置いた。チラシには、両国政府がビルマの内政に干渉し、反政府活動家を支援していることを非難する内容が書かれていた。
 アウンサンスーチー氏が率いる国民民主連盟(NLD)は声明を出し、燃料の値上げに反対してデモを行っている人々は希望を平和的に表現しているのであって、不法行為をしているのではないと主張した。

 国連の動き。ミャンマーに関する国連事務総長特別顧問のガンバリ氏は国連本部で記者会見した。氏は最近の国内情勢に懸念を示したが、国連は仲介の努力を継続するとし、来月にもビルマを訪問する予定だと述べた。


9月4日の情勢

2007年9月5日

 ヤンゴン管区の情勢。チャイッカサン拘置所でハンガーストライキを行っていた被収容者は3日に移送され、2カ所に分散収容された。行き先は不明。米国ビルマキャンペーンは、国際赤十字委員会(ICRC)ヤンゴン事務所に対し、被収容者への医療提供を求めたが、ICRC側からは、ビルマ軍政が拘禁施設の訪問を一切許可していないとの回答があった。

 チン州の情勢。州都ハーカーでデモ。国民民主連盟(NLD)ハーカー支部長のバンリアン氏ら党員25人が午前に街頭をデモして郡平和発展評議会事務所に出向き、議長に書簡を提出した。内容は軍政に対して、燃料価格の引き下げと被拘束者全員の釈放を求めるもの。

 ヤカイン(アラカン)州の情勢。タウンゴッ郡でデモ。NLD支部党員15人が始めたデモは、街頭演説などを通してふくれあがり、最終的に約1000〜2000人を集めて郡平和発展評議会事務所へと行進した。デモ参加者は、8月31日の街頭行動で逮捕されたシートゥ氏とタンルウィン氏の釈放を要求した。当局は両氏をタンダウェーに移送したと伝えられる。デモ隊は警察と国軍、軍政の大衆組織である連邦団結発展協会(USDA)のメンバーに阻止され、解散を命じられた。

 シャン州の情勢。タウンジー郡ではNLD支部党員17人が朝10時から24時間のハンガーストライキに入り、チャイカッサン拘置所でのハンスト参加者への連帯を示した。また声明を発表し、平和的な抗議行動を行う人々を暴力的に弾圧する軍政を非難した。

 カチン州の情勢。州都ミッチーナにあるミッチーナ大学の構内では3日、キャンパス各所に反軍政ポスターが貼られた。主張は4つ。(1)燃料価格と生活必需品の価格引き下げ、(2)ミッチーナ近郊のミッソン水力発電所の建設中止、(3)カチン州での土地の強制収容の停止、(4)制憲国民会議が出した結論(注、新憲法草案のこと)の破棄。当局は構内の取締りを強化し、牧師と教授陣に学生を監督するよう命令した。


9月3日の情勢

2007年9月3日

 ラングーン市内の情勢。チャイッカサン拘置所でのハンガーストライキが5日目に入った。ハンスト参加者らは民主主義の歌を合唱するなどしていた。午後6時にはチャイッカサン拘置所から別の場所に移送されたが、行き先は不明。

 イラワディ管区。数日前から予告されていた通り、ラプッタ郡から数百人がラングーンをめざしてデモ行進を始めた。マハトマ・ガンディーが1930年に行った「塩の行進」にインスピレーションを得たもの。午前8時に歩き始め、町の3か所で止まり、リーダーらが演説をした。町外れのバス停に到着したところで軍当局が行き手をふさぎ、リーダー3人(アウンモーウィン、チーテイン、テイウィン各氏)を逮捕した。3人はミャウンミャ刑務所に連行された。このデモの参加者は最初は約300人だったが、次第に増え、最終的には約1000人に上った。

 マンダレー管区。チャウセー(軍政トップのタンシュエ将軍の出身地)でデモがあった。文筆家のニュンルウィン、ティンラッコー、ジンパインチョー氏など14人が1時間半ほど町を歩いた。燃料や日用品の値下げのほか、前日逮捕されたチョートゥモーミン(チャウセーのNLD党員)など、拘束されている人々の解放を求めた。治安部隊が交通量の多い通りを封鎖し、一行について歩いたが、逮捕された人はいなかった。

 マグエー管区。パコックでデモがあった。1990年総選挙で当選した国民解放戦線(NLF)のフラインエイ氏が先導し、2時間かけて町を歩いた。数百人が歓迎した。郡平和開発評議会議長の事務所に行き、拘束された人々の解放や、燃料や日用品の値下げを求める内容を述べた手紙を議長に手渡した。

【今後の予定】 9月4日には民主化活動家への弾圧に抗議して、ヨーロッパの約20か国で24時間のハンストが行われる予定。


9月2日の情勢

2007年9月3日

 潜伏中の88世代学生グループのメンバー8人の捜索が続く。ラングーンでは当局が住民に、テイチュエ氏などを見たら連行するか、通報するように命じてまわった。住民にその旨の書面に署名させたとの情報もある。長距離バス路線では検問所の数が増え、乗客は検問所ごとにバスを降りて検査を受けなければならない。

 アラカン(ヤカイン)州。北部のブティーダウン郡で午前10時、国民民主連盟(NLD)党員のイェテイン(ブーマウン)氏が燃料や日用品の値下げを求めるプラカードを掲げて単独でデモを行った。見物人らが拍手して支持を表明したが、氏は1時間後に警察に逮捕された。

 イギリスのブラウン首相が、ビルマ軍政が平和的に行われているデモを暴力で抑圧していることを非難し、デモに参加して拘束された人たち全員の即時解放などを求める声明を出した。

声明の原文:http://www.gnn.gov.uk/Content/Detail.asp?ReleaseID=311466&NewsAreaID=2


9月1日の情勢

2007年9月2日

 ラングーン管区の情勢。チャイカッサン拘置所でのハンストは3日目に入った。参加者は41人(うち女性7人)。要求は、収容中の国民民主連盟(NLD)チャウッ郡支部青年部イェテインナイン(別名ウーウェイ)氏への治療である。氏は28日のデモで逮捕・連行される際に、連邦団結発展協会(USDA)メンバーから暴行を受けて足を骨折したものの、当局は氏に所内での治療を認めていない。

 エイヤワディー管区の情勢。ラップッタ郡では、経済状態と貧困の解決を掲げた行進の計画が開始された。もし計画が実行されれば、3日に始まる行進は7つの郡を通過して、約260km先のラングーンを目指す予定。

 ヤカイン(アラカン)州の情勢。州都シットウェで8月28日にデモがあった際、僧侶に水を供えた3人が逮捕された。氏名などは不明。

 「88世代学生グループ」の情報。メンバーのタンティン氏が潜伏先で警察に逮捕されたの情報がある。
 同グループは1日に声明を発表し、ビルマ軍政に対し、被拘束者全員の釈放とビルマ国民との対話の開始、暴力の停止を求めた。また連邦団結発展協会(USDA)メンバーに対し、軍政の手先として活動することを止めるとともに、経済的な苦境と全般的な危機からの解放を心から願い、平和的手段を用いてその思いを表現しているビルマ国民の側に立つよう求めた。


8月31日の情勢

2007年9月2日

 ラングーン管区の情勢。チャイカッサン拘置所でのハンストは2日目に入った。要求は、収容中の国民民主連盟(NLD)チャウッ郡支部青年部イェテインナイン(別名ウーウェイ)氏への治療である。氏は28日のデモで逮捕・連行される際に、連邦団結発展協会(USDA)メンバーから暴行を受けて足を骨折したものの、当局は氏に所内での治療を認めていない。

 マンダレー管区の情勢。チャウッパダウン郡では、約200人がNLD支部のメンバーらに率いられてパゴダまでデモを行った。

 エイヤワディー管区の情勢。ヒンタダ(ヘンザダ)郡では教師のチータン氏と妻が逮捕された。既に逮捕されている学生指導者とのつながりがあるとの容疑。24日に同郡で逮捕されたエイウィン氏は本日釈放された。

 バゴー(ベグー)管区の情勢。ナッタリン郡では前日30日、ニーニーマウン(モーチー)氏が単身で抗議行動を行い、警察に逮捕された。

 ヤカイン(アラカン)州の情勢。タウンゴッ郡ではシートゥ、タンルウィンの両氏が、朝6時から1時間ほど抗議行動を行った。二人は街を行進し、ポスターを掲げて、物価の引き下げと被拘束者全員の解放を訴えたが、警察と国軍、USDAに逮捕された。逮捕時の暴行現場をカメラで撮影した見物人の一人が郡当局に呼び出され、フィルムを没収された。

 軍政は、まだ逮捕されていない「88世代学生グループ」メンバーへの捜索を執拗に続けているが、新たな逮捕者は出ていない。
 被逮捕者の家族は当局から当人の居場所を知らされていない。チャイカッサン拘置所とインセイン刑務所に出向いた家族もいたが、面会は許可されなかった。
 31日時点で、被逮捕者の数は推定150人以上であり、4箇所に分散されて拘置されている。50人以上がチャイカッサン拘置所で、シュエピター警察連隊に収容されている人もいる。88世代学生グループのメンバーの収容先はインセイン刑務所で、ミンコーナイン氏はラングーン管区ミンガラドン郡に新設された拘置所に収容されている。


各国政府などの声明

2007年9月2日

 現時点で日本政府や外務省からは今回の事態に関する声明などは一切出ていません。


8月30日の情勢

2007年8月31日

 ラングーン市内の情勢。チャイッカサン拘置所にいる被収容者数人がハンガーストライキを始めた。8月28日にフレーダン市場でのデモで拘束され、同拘置所に収容されているイェテインナイン(別名ウーウェイ)氏は、連行される際にひどく殴打され、足の骨を折るけがをした。しかし当局はイェテインナイン氏に所内での治療を認めていない。このため、センターに一緒に収容されているミョーキン氏(NLDヤンキン郡支部長)などが抗議の意思を示すためにハンガーストライキを行った。
 ラングーン管区クンジャンゴン郡では30日夜にデモがあった。真夜中に約20人がオートバイに乗って警察署の前に集まり、拘束された活動家の解放などを求めて声を上げた。警察が逮捕しようとするとオートバイで逃げ、誰も逮捕されなかった。

 88世代学生グループの幹部などの捜索が続いている。軍政は警察署やホテル、旅館などにテイチュエ、スースーヌウェ、ミーミー、ニラーテイン、アウンナイン各氏の写真を配り、居場所についての情報を提供するように指示している。88世代学生グループの家族や友人、親戚の自宅は何度も予告なしに家宅捜索をされ、厳しく見張られている。完全武装した兵士を乗せた軍のトラックがラングーンを走り、街の主要な地点にも止まっている。

 マンダレー管区の情勢。ビルマ第二の都市マンダレー市では、厳しい警備にもかわららず約50人がデモを行った。1990年の総選挙で当選した議員12人(ボーザン、ティンアウンアウン、ティンチョー、マウンマウンタン、ティンチョーウー、テインルウィン、マウンマウンレイ、オーンチー、ポーキン、マウンマウンウィン、タンルウィン各氏)が先導。国民民主連盟(NLD)の事務所からマンダレーの街中まで約1時間行進し、燃料の値段の引き下げや、拘束されている活動家すべての即時解放などを求めた。誰も逮捕されなかった。
  同管区チャウッパダウン郡でもデモがあった。このデモも国民民主連盟(NLD)支部が先導し、約50人が参加した。午前10時に事務所を出発し街中のパゴダに向けて行進したが、パゴダに着く前に郡平和発展評議会議長や軍政の翼賛組織・連邦団結発展協会(USDA)のメンバーが道をふさいだため、方向転換をした。デモは平和的に終わったが、デモを指導したエイカイン氏が郡平和発展評議会議長の事務所に呼ばれ、議長から二度とデモを行わないよう要求された。

ブッシュ米大統領がビルマ軍政を非難する声明

 ブッシュ米大統領が30日、平和的なデモを行った民主化活動家を逮捕、脅迫、襲撃していることについてビルマ軍政を強く非難する声明を出した。
 http://www.whitehouse.gov/news/releases/2007/08/20070830-3.html


8月29日の情勢

2007年8月30日

 ラングーン市内の情勢。昨日28日のデモ(下の動画と8月28日の情勢を参照)に参加した後、フレーダン市場近くの家に隠れていた活動家ら約20人が軍政の翼賛団体・連邦団結発展協会(USDA)や警察に逮捕された。大半がフラインタヤー郡の国民民主連盟(NLD)青年部メンバーや西部大学の学生だった。全員がタムウェ郡にあるチャイカッサン拘置所に連行された。

【動画】8月28日にスースーヌウェ氏らが中心となって行ったデモで、USDAメンバーなど私服の集団がデモ参加者を乱暴に連行する様子(MySpaceより)

スースーヌウェ氏らによるデモの様子(8月28日)

スースーヌウェ氏(スクラムを組んだ隊列の中央で白い服を着ている女性)は連行される途中で意識を失い、現在はラングーンのムスリム・チャリティ病院に入院中。このデモに関連して10人以上が逮捕された。

 テイチュエ氏など、逮捕を免れている88世代学生グループの主要メンバーたちの捜索が続けられた。

 ヤカイン(ラカイン)州シットウェでは、前日28日に行われた仏教僧侶らのデモを受けて当局が警備を強化した。僧侶に飲料水を渡してデモを支援した5人が出頭を命じられ、1時間に渡り警察から尋問を受けたが、釈放された。

 下ビルマのタニンダーイ管区では、タヴォイ(ダウェー)郡でも平和的な、しかし活発なデモが行われた。ダウェー大学の学生約50人が午前11時にキャンパスを出発し、オートバイ20台に乗って地区発展評議会事務所まで行進した。1時間街を行進した後、地区発展評議会議長に手紙を渡した。手紙は、燃料の値段の引き下げや、燃料の急な値上げに抗議する行動を取って逮捕された全員の解放を求める内容だった。今のところ誰も逮捕されていない。


ジム・キャリー、スーチー氏解放などを呼びかける

2007年8月30日

 人気コメディ俳優ジム・キャリーが、YouTubeでスーチー氏解放などを呼びかけるメッセージを出した。


8月28日の情勢

2007年8月29日

 ヤンゴン市内の情勢。午後1時30分、NLD党員ら約20人がカマユッ区のフレーダン市場前からインセイン通りを行進し、別々に行進を開始していた約50人のデモ隊と合流した。強制労働問題などで活躍する活動家スースーヌウェ氏らが中心となった行動だった。軍政の大衆団体である連邦団結発展協会(USDA)が3台のトラックに分乗して待ちかまえ、参加者に暴力を振るい、持ち物を奪った。通行人はデモ隊に歓声を送り、USDAに罵声を浴びせた。参加者と見物人を合わせて少なくとも10人程度がトラックに引きずり込まれて連行された。スースーヌウェ氏も暴行を受けた。周りの支援でかろうじて逮捕を免れたものの、意識を失って病院に運び込まれた。シュエダゴン・パゴダ付近では、パゴダに供え物をしようとしていたNLD党員二人が警察とUSDA団員に逮捕された。
 ヤンゴン管区フラインターヤー郡では、国立技術専門学校の学生がキャンパス内をデモした。逮捕者はなし。同管区タムウェ郡のタムウェ市場では午後2時頃、5人がスローガンを叫び、燃料価格と物価の上昇に抗議した。警察とUSDAが到着したが、参加者は全員逃げることに成功した。
 マンダレー管区メイックティーラ郡ではNLD党員約20人が燃料価格の値上げに抗議するデモを行った。逮捕者はなし。
 ヤカイン(ラカイン)州の中心都市シットウェでは午後2時、約200〜300人の仏教僧侶(見習僧が多い模様)がパゴダの前から出発して市内を歩いた。30分後には参加者は800人にふくれあがり、燃料価格の値下げと政治囚全員の釈放を求めるスローガンを連呼した。デモは数時間続いた。僧侶が目立つ形で参加したのは今回が初めて。国軍が到着した時点で参加者はちりぢりになって逃げた。逮捕者はなし。
 BBCによれば、主要都市の要所には治安部隊が配備されており、更なるデモを起こすのは難しい状況にある。またシャン州からの情報によれば当地の軍政司令官は24日、パラウン人の居住地域を管理するパラウン人勢力(軍政との休戦協定済)に対して、地域住民がデモなどを行わないよう注意せよと命令した。

 フレーダン交差点でのデモと、軍政による弾圧の模様(youtubeより)


8月27日の情勢

2007年8月28日

 ヤンゴンでは、活動家の一人チョーサン氏(三色学生青年戦線=TCSYF)が逮捕された。88世代学生グループの指導者で警察が行方を追っているテイチュエ氏の潜伏先が捜索されたが、本人は一足先に脱出して難を逃れた。ヤンゴンの青年僧連合(YMU)は高僧と青年僧に軍政に手紙を送るとともに、事態の収拾に動くよう求める声明を発表した。
 バゴー管区の中心都市バゴー(ペグー)で50人規模のデモ。朝9時30分に開始したデモは、ペグー、カワ、ワー各郡のNLD支部と大学生が2列縦隊で市内中心部を歩いた。沿道では1000人余りがデモ隊を歓迎し、横歩きをした。軍政の大衆団体である連邦団結発展協会(USDA)がデモ隊を終始監視し、写真撮影や投石などの挑発に出た。参加者はこれに取り合わなかったが、多くの通行人が協会員に抗議した。10時30分、デモ隊を協会員と警察が包囲し、郡当局事務所に連行したが、見物人は事務所の前に集まり、デモ隊の釈放を要求して解散命令を拒否した。最終的にデモ隊が釈放されると、人々は歓喜の声で出迎えた。
 連日デモのあったマグエー管区では、同管区NLD青年部の会合を当局が実力で阻止した。各郡から派遣された代表者20人の宿舎になった家をUSDAと警官200人で包囲した上で全員を拘束し、自宅へ送還した。この他の参加者も会議への参加を阻止され、自宅に送還された。
 マンダレーは、過去にも軍政の布施を拒否する仏教僧侶の大規模な抗議行動が起こったことで知られるが、軍政は高僧に接触し、青年僧を抗議行動に参加させないよう要請した。各寺院の前には治安部隊が配置されている。


8月26日の情勢

2007年8月28日

 マグエー管区イエナンチャウンでは午前中にNLD支部約20人がデモを行った。当局は治安部隊を出動させると警告したが、介入は行わなかった。


オンタン氏による米国大使館前単身抗議の模様(8月22日)

2007年8月28日

 オンタン氏(61)がヤンゴンの米国大使館前でスローガンを掲げて単身抗議行動を行い(写真1参照)、警官と私服の公安に逮捕された。氏はこれまで何度も単身でのデモや少人数での行動を組織してきた。


ティンチョー氏の逮捕時の映像(8月25日)

2007年8月28日

 物価値上げに抗議してこれまでも果敢に抗議行動に取り組んできたティンチョー氏(ミャンマー発展委員会=MDCのリーダー)は25日にテインジー市場前で抗議行動を開始した直後、軍政によって逮捕されました。以下は逮捕時の映像です。


8月25日のデモの写真

2007年8月28日

 マンダレー管区モゴックで25日に行われたデモの写真(Mogok Mediaより)


ビルマ政治囚支援協会 25日までの被逮捕者は100人と発表

2007年8月28日

 ビルマ政治囚支援協会(AAPPB)は27日、今回のデモによる被逮捕者の一覧を発表した。軍政の公式発表の数字である「65人」を退け、実際の被逮捕者は100人であることを明らかにした。
日付 被逮捕者数 内訳
8月21日 19人(ヤンゴン) 喫茶店でのビラ配布(5人)、自宅での逮捕(14人)
8月22日 7人(ヤンゴン) デモ参加者(7人)
8月23日 32人(ヤンゴン) バハン区でのデモ(21人)、米国大使館前での単身抗議行動(1人)、場所不明(7人)、ダゴン区(2人)、自宅(1人)
8月24日 37人(ヤンゴン)、1人(エイヤワディー管区) エイヤワディー管区パセインでの単身抗議行動(1人)、自宅(1人、ヤンゴン)、ヤンゴン市庁舎前抗議行動(17人)、ヤンゴン・セントラルホテル付近の抗議行動(19人)
8月25日 4人(ヤンゴン) 自宅(2人)、ヤンゴン中心部での抗議行動(2人)


軍政、ミンコーナインらをインセイン刑務所に移送 長期収容の恐れ

2007年8月26日

 軍政は24日の国営紙で、21日に逮捕したミンコーナイン氏ら主要な活動家13人を1996年法第5号違反で拘束し、取り調べていると発表した。これは「国家責任の平和的で系統的な委譲と、制憲国民会議が担う役割の円滑な実施を妨害行動や反対行動から守る法」という名前で、治安立法として活動家の取り締まりに広く適用されている(注)。法律違反が確定すると最高で20年の刑が宣告される。これまでの被逮捕者は最低でも63人になった模様。なおミンコーナイン氏らの身柄はビルマ最大のインセイン刑務所に移されたと見られる。

【注】「1996年法第5号」
 1996年6月7日に発布された法律で、正式名称は「国家責任の平和的で系統的な委譲と、制憲国民会議が担う役割の円滑な実施を妨害行動や反対行動から守る法」(第1章1条)である。
 同法の第2章3条は「いかなる人物あるいは組織も、直接的か間接的かを問わず、以下の禁止事項を破ることは許されない」としている。禁止されているのは、国民会議の運営を妨害すること(同第c項、以下同じ)、憲法草案を独自作成すること(第d項)のほか、次のような広範な活動である。
・国家の安定や社会の平和と平穏、法と秩序の支配を害する目的で、扇動し、抗議活動し、演説し、口頭あるいは書面で声明を作成し、それを発布すること(第a項)
・国家の再統合を害する目的で、扇動し、演説し、口頭あるいは書面で声明を作成し、それを発布すること(第b項)
・以上の禁止事項に違反することを試みること、または教唆すること(第e項)
この法律に違反すると、3年から20年の刑(と罰金刑)が科される(第3章4条)。


各国政府などの声明

2007年8月26日


8月25日の情勢

2007年8月26日

 ヤンゴン市ラター区では午後1時、物価上昇に抗議する街頭行動をこれまでも繰り返し展開してきたミャンマー発展委員会の指導者ティンチョー氏(写真1)らが、テインジー市場前で抗議行動を開始した直後、警察に逮捕された。ティンチョー氏をかばおうとしたゾーニュッ氏(88年当時の活動家)も逮捕された。ティンチョー氏は23日にヤンゴン市庁舎前で抗議行動を行っており、次回の予告もしていた。氏の逮捕に当局は50万チャット(約5万円)の賞金をかけていた。
 マンダレー管区モゴックでは午前11時30分、現地のNLD支部の青年部と女性部のメンバーらが中央市場を起点に約25人で開始したデモが、午後2時の終了時点には150人になった。デモ隊は国営給油所に立ち寄り、責任者にエネルギー省宛の書簡を手渡すなどした。当局はデモ隊のカメラやビデオを一旦取り上げたが、再び返却した。妨害は行われなかった。NLDモゴック郡支部幹部のミントゥ氏は、他の地域でも街頭行動を行うよう呼びかけている。マグエー管区イエナンチャウン郡では、23日と24日に連続で街頭行動が行われたが、さらなる行動を防ぐため当局が警備態勢を強化している。(以上、イラワディの記事より抄訳)
 軍政当局は、88世代学生グループの幹部ティチュエ氏ら、逮捕を免れた主要活動家の行方を追っており、バスや車、ターミナル駅などでも捜索を行っている。

(写真1)ティンチョー氏(BBC) (写真2):今回の行動の指導者の一人ティチュエ氏

8月24日の情勢

2007年8月25日

 ヤンゴン市内の情勢。午前11時頃、人権活動家のミンエイ氏はチミンダインにある自宅から外出しようとしたところを拘束された。中心部では午後2時頃、英領下での独立運動以来の象徴的な存在であるヤンゴン市庁舎前で抗議行動を準備していた約100人に対し、制服警官と親軍政組織の人間が襲いかかり、20人ほどが拘束され、市庁舎の内部に連れて行かれた。被逮捕者の大半が女性で、ミニバスに押し込められる際に暴力を受けた。うち8人の氏名が明らかになっている(Ma Nge, U Saw Hlaing, Aung Zaw Oo, Myo Min, Thein Myint, Tun Tun, Tun Oo, Daw San San Myint, Ko Khin Maung Cho)。
 午後にはボージョーアウンサン通りにある旧鉄道省とセントラルホテルの付近で活動家約20人が拘束された。南ダゴン区では午前中に、NLDの活動家4人(アウンソーウー、ソールィン、テインアウンミン、ニュンウィンの各氏)がバスを待っているところを逮捕された。現在の所在は不明である。タムウェ区では親軍政の暴漢約100人がデモ妨害のために配備されていた。
 イラワジ(エーヤワディー)管区のパテイン(バセイン)では、エイウィン氏が単身で、燃料費値上げに抗議するプラカードを掲げたところ、当局によって数分後に逮捕された。
 マグエー管区イエナンチャウンでは、この地域のNLD支部の幹部が率いる約20人が郡平和開発評議会事務所で議長に会い、交通費と燃料価格の高騰に抗議した。参加者は会議後に同事務所から中心部までデモを行ったが、当局からの妨害はなかった。

 1998年に反政府活動を行い、42年の刑で投獄されたノーベルエイ(ニンメイアウン)氏が午前に、88年民主化運動の女性指導者で88世代学生グループのメンバーのサンダーミン氏がバハン区の自宅で深夜に逮捕された。ティントゥアウン氏の自宅には40人の警官が家宅捜索に来たが、本人は裏口から出て逮捕を免れた。この他にも被逮捕者の自宅が連日のように捜索されており、パソコン、携帯電話、詩集、書類、写真アルバム、スーチー氏の写真などが暴力的に押収されている。
 被逮捕者は24日深夜までに最低45人に達している模様で、現在も逮捕されていない活動家は、逮捕の恐れがあるため帰宅することができないでいる。当局は約40人の活動家の自宅を監視下に置くと共に、ヤンゴン市内のホテルには活動家70人余りのリストを示し、当人もしくは似た人物が宿泊したら連絡するよう命じている。
 海外メディアのビルマ人記者などジャーナリストは、取材中に親軍政組織の人間から写真撮影を妨害されたり、殴られるなどの不当な暴力を受けている。


8月23日の情勢

2007年8月25日

 オンタン氏(61)がヤンゴンの米国大使館前でスローガンを掲げて単身抗議行動を行い(写真1参照)、警官と私服の公安に逮捕された。氏はこれまで何度も単身でのデモや少人数での行動を組織してきた。
 ヤンゴン市南ダゴン区でのデモでは30人ほどが竹製の武器による襲撃を受け、3人が逮捕された。連邦団結発展協会(USDA)と、地元の地区発展平和評議会議長が指揮する親軍政組織の犯行。バハン区でもNLD党員約40人がデモを行ったところ、同じ2組織から攻撃を受け、30人が逮捕された(写真2参照)。HIV/エイズのアドヴォカシー活動家として知られる、NLD党員のピューピューティンら一部の参加者は逮捕の難を逃れた。氏は5月にアウンサンスーチー氏釈放を求める祈りのキャンペーンを主催したとして逮捕された。
 マグエー管区イェナンチャウン郡では午前中に約50人がデモした。当局からの妨害はなかった。夕方、午前中のデモを率いた地元のNLD支部の幹部2人が郡平和開発評議会議長と会談したところ、5人以上の集まりを禁じる法の条項の存在を認識していると一筆を書くように強く求められた。結局2人は署名しなかった。

 当局は地下に潜行した指導的な活動家の行方を追うと共に、現在は投獄されていない活動家についても監視を強めている。深夜には民主化活動家のテイチュエ、エイエイトゥン、フラミョウタウン、ニラーテイン(逮捕されたチョーミンユー氏の妻)各氏の居宅が捜索された。テイチュエ氏は今回の行動の有力な指導者で逮捕を逃れている一人だが、氏の写真が複数の軍政の地区事務所に貼られており、同氏の弟は深夜の家宅捜索後、12時間ほど身柄拘束された。またフラミョウタウン氏の自宅の前には警察が張り付いている。

写真1:単独抗議を行うオンタン氏

写真2:バハン区でのデモを止めさせた私服公安と、 政府の大衆団体である連邦団結発展協会(USDA)のメンバー(ロイター/イラワディ)

 


8月22日の動画

2007年8月23日

 22日にヤンゴンで行われたデモの様子を映した動画。


女性活動家を中心としたデモの模様と写真

2007年8月23日

 以下の写真は、8月22日にヤンゴンで行われた女性主体の抗議行動の模様である。タイで活動するキンオマー氏(「ビルマに関するアジア太平洋パートナーシップ」=APPPB)によれば、同日朝9時30分、50人ほどの女性活動家がミニゴンを出発し、これに多数の女性と男性が加わり、フレーダンへ向かった。フレーダンにさしかかる頃には隊列は300人ほどになり、最終的には2000人に達した。沿道からは歓声が沸き、自動車を止めてデモ隊に食べ物や水の差入をするものもいた。
 ビルマ民主の声(DVB)の記事によれば、治安部隊や公安、政府関係組織のメンバーは当初デモに並行して移動するだけで、妨害は行わなかった。しかし、軍政の大衆組織である連邦団結発展協会(USDA)メンバー多数が武装してトラックに乗り、デモ隊を待ちかまえているとの情報を受けて、隊列が途中で停止すると、治安部隊や公安が参加者に対して棍棒で殴るなど暴行し、カメラや所持品を略奪した。ノー・オンフラ氏(下の写真を参照)ら7人は、USDAメンバーを載せたトラックのところまで直進したところを拘束され、警察の覆面車両に引きづりこまれた(付記:24日に釈放された)。シュエダゴン・パゴダでは毎週火曜日に、アウンサンスーチー氏の釈放を求めて祈りのキャンペーンが行われているが、ノー・オンフラ氏はNLDの活動家としてこの行動を呼びかけていた。


デモ開始時点の様子

(上段)有名な活動家ノー・オンフラ氏。デモ終了時に当局により暴力的に連行された(付記:24日に釈放された)。
(下段)演説する女性

デモ行進の様子 デモ行進の様子
デモ隊に手を振る沿道の人 沿道の様子
photos: coutersy of Asia Pacific People's Partnership on Burma (APPPB)

政府や人権NGOなどの声明

2007年8月23日

 米国国務省は22日、「ビルマの民主化活動家の逮捕について」と題する声明を発表し、軍政に対して、人権侵害の停止、被逮捕者やアウンサンスーチー氏ら政治囚の釈放、民主化勢力と民族勢力との対話を求めた。また英国外務省も同日、外相名で「ビルマ:民主化活動家の逮捕」とのコメントを発表した。
 国際人権NGOのヒューマン・ライツ・ウォッチは同日付でプレスリリース「ビルマ:デモ参加者への恣意的逮捕 政府による燃料価格の大幅引き上げに続く弾圧」を発表し、この間の経緯について解説を行った上で、ビルマ政府に対し、物価暴騰と経済の悪化に対して平和的に抗議したデモ参加者を即時釈放することを求めた。


ヤンゴン 指導者の逮捕にもかかわらずデモが続く

2007年8月23日

 22日はヤンゴン各所でデモが行われた。 22日のビルマ国営紙は、逮捕された「88世代学生グループ」の主要メンバー13人の氏名を明らかにした(記事)。ミンコーナイン 、ミンゼーヤ 、コーコージー 、チョウミンユー(ジミー) 、ミャーエイ 、テイウィンアウン(ピョウンチョー) 、アンブウェチョウ 、ゼーヤ 、チョウチョウトウェ(マーキー) 、パンディトゥン 、テッゾウ、ゾウゾウミン 、ニャンリントゥンである。また「ミャンマー発展委員会」(MDC)のティンチョーも逮捕者リストに名前があった。同氏は2月に物価上昇に抗議して単独抗議行動を行って逮捕されていた。同委員会は抗議行動を連続して計画中と発表したが、前日の段階では確認されなかった。
 軍政は被逮捕者の自宅を令状なしで捜索し、資料や携帯電話などを押収した。ノルウェーの民主化放送「ビルマ民主の声」(DVB)は、逮捕されたアンブウェチョウの母親に電話インタビューしたところ、ちょうど自宅が捜索されている最中だった。インタビュアーは警察の責任者に電話に出るよう求めたが拒否され、最終的に電話線が切断された。


ミンコーナインら逮捕される

2007年8月22日

 「88世代学生グループ」の主要メンバーであるテイウィンアウン(ピョウンチョー)、アンブウェチョウ、チョウミンユ(ジミー)、ミャーエイら5人が21日夜半(現地時間)に警察に逮捕された。ミンコーナイン、コーコージーも逮捕された模様。この他に少なくとも5人の学生が21日、燃料価格と日用品の値下げを求めるポスターを貼っていたところを、連邦団結発展協会(USDA)と私服警官に逮捕された。またミャンマー発展委員会の3人も逮捕された。
 ラングーンのタムウェでは20日と21日に若者による抗議行動が行われた。またラングーン近郊の北オッカラッパ郡では19日に、88年当時の女性学生活動家を中心に、貧しい人向けに米を配る活動が行われた。19日と21日の行動は軍政や軍政系組織による妨害を受けた。


「88世代学生グループ」(88 Generation Student Group)による抗議行動の写真

ヤンゴン、2007年8月19日

(以下、 Asia Pacific People's Partnership on Burma (APPPB)の速報を抄訳)
 88世代学生グループは8月18日午前、ラングーンで3時間近くにわたって抗議行動を行い、参加者約500人を集めた。プラカードやスローガンはなく、ただ歩くというスタイルで行われた。
 沿道の市民は拍手や手を振るなどして参加者への支持を表わした。終了間際になって警察官と連邦団結発展協会(USDA)メンバーが計2、3人姿を見せた。
 前日の17日、同グループは燃料の高騰に対する声明を発表した。その中で軍政に対し、今後予想される日用品価格の高騰とインフレーションに対処すると共に、国民が直面している経済社会的な苦境を打開するよう求めた。また国内には天然ガスが大量に埋蔵されているにもかかわらず、価格が暴騰するのはおかしいと指摘した。
  グループの幹部テイチュエ氏によれば、「歩く」という今回の行動は、燃料高騰により、文字通り「歩く」以外の交通手段を利用することができなくなった庶民の苦境を象徴している。


【解説】ビルマ軍政は2007年8月15日、天然ガスと石油の公定価格を大幅に引き上げた。

  値上がり幅は以下の通り:
・ガソリン…1ガロン(4.5リットル):1500チャット(140円)→2500チャット(230円)、
・ 軽油…同1500チャット→3000チャット(280円)
・ 天然ガス…5倍

 タクシーやバスも運賃が大幅に値上がりするだけでなく、上昇が続く食料品などの物価水準にも大きな影響が出ている。

photos: coutersy of MKD/ Asia Pacific People's Partnership on Burma (APPPB)

・最新情報:88GSG_200708.html
2007年9月22日から9月25日までの情勢
2007年9月18日から9月21日までの情勢
2007年8月15日から9月11日までの情勢





(c) ビルマ情報ネットワーク(BurmaInfo) 1997〜



(c) ビルマ情報ネットワーク(BurmaInfo) 1997〜