
人権侵害を受けている人数の実数
モン州、カレン州、シャン州、アラカン州などで、政府軍と地方ゲリラの戦闘が続いている。、戦闘による死亡者の約9割が女性、子どもなどの非戦闘員。戦闘地域では無差別襲撃や村落焼き討ち、ゲリラとの関係を疑われる拷問などによる殺害がおびただしい。
反差別国際運動(国連NGO、日本支部代表・武者小路公秀)のビルマ担当マーティン・スミス氏によれば、これら地域の女性・子どもの死亡者は年間平均1万人。大規模戦争地域と規定される年間1千人規模をはるかに上回っている。また、NLD(国民民主連盟)などの支持者で未だに刑務所に収監されている政治犯は約2000人と推定される。
軍事政権は国内各地で強制労働、強制移住を行っており、これらの被害は年間20万人から50万人程度と推定される。また山岳地域での国軍の戦闘には地域住民男女がポーターとしてかり出され、約30キロ平均の重量の荷物を担いで山岳地帯を行軍させられる。
ポーターかり出しの被害を受ける住民は年平均10万人程度、うち数百人の死亡が例年確認されている。
国軍の展開による地方住民の被害状況
国軍の下級兵士は月当たり500チャット(1ドル半)程度の給料しかもらっておらず、さらに彼らと同様に困窮している下士官から軍の団体の会費や罰金の名目で、金品を奪われている。給与も装備もまともでない状態で兵士たちはゲリラの陰におびやかされており、中央による「4つの分断作戦」によるゲリラ討伐を展開している。
食料、資金、情報、兵站の遮断を目的とするこの作戦は、非戦闘員へのあらゆる人権侵害を合法化している。国軍下級兵士は村々を襲撃し、金品と食料および家畜を奪い生活の足しにしている。またこの襲撃過程で、村民への無差別銃撃、不当逮捕、女子への強姦、村落の焼き払いなどが多発している。
また地方各地に埋設されている地雷が爆発した場合は住民の責任とされ、軍用トラックが地雷を踏んだ場合は地方軍本部が村長に対して高額の賠償金の支払いを求めている。収入がほとんどない地方村落ではこの罰金の支払いは不可能なので、代わりにポーター、ニワトリ、馬、豚、米、カルダモンなどが徴収される。
おびただしい住民が焼け出されたり、軍の弾圧を逃れ、着の身着のままで隣国に逃げ込んでいる。
隣国に流入した難民の状況
ビルマはタイ、バングラデシュ、中国、ラオス、インドと国境を接している。
このうちタイ国境、バングラデシュ国境付近での軍による人権侵害が多発しており、数多くの難民が隣国に避難している。現在タイ領内には3万人から7万人程度の難民がいると思われる。またバングラデッシュ領内の難民は一時は20万人を越えたが、UNHCRなどの介入があり人数は減っている。タイ領内の難民は諸外国のNGOの援助で生活しており、居留地はタイ政府から提供されている。
日本のNGOはタイ現地での難民救援活動を行っていない。アジア経済危機の影響でタイ政府は難民および不法就労者を強制送還すると言う方針を出している。
また今年2月には国境付近の4つのキャンプの住民1万5千人を西部に移動させる計画だった。付近の国立公園での木材の伐採が難民によるものとされての移動だったが、難民がビルマのすぐそばに移動させられたのではまた人権侵害に出会うとして強硬に反対。3月現在計画は頓挫している。
なお、ビルマ国軍は国境を越えて難民の襲撃をくり返している。また現在シャン州に面したタイ北部領内に約千人のビルマ国軍が越境しており、タイ領土内に地雷を埋設する作業をしている。タイ軍当局が撤退に向けて交渉を行っているが、ビルマ軍は3月4日現在駐留をとこうとしていない。最近元麻薬王クンサーの軍隊が1万五千の兵を挙げてビルマ国軍に反撃を開始しており、地雷埋設は反乱軍がタイ領内に逃げられないようにするためと思われる。
バングラデシュの難民の一部はビルマへの送還を恐れてハンストなどによる抵抗をしており、女性、子どもの衰弱のはげしいキャンプが見られる。
子ども、教育、医療
ビルマ国内の大学は1996年12月の学生による座り込み抗議デモが発生して以来、全国の大学を閉鎖している。学生たちは勉学の機会を奪われとほうにくれている。乳児死亡率は国連発表では1000人中78.5(1995年)軍事政見発表では47.0=都市部、48.7=農村部(1996年)となっており、かなり深刻である。農村部には医療機関が全く存在せず、都市部の医療機関でも支払い能力のない患者は受け入れられない。
1997年8月には元ビルマ厚生大臣トゥンエイ氏が車に当て逃げされ病院に運ばれた。しかし親族が現金を持ち合わせていなかったことと、病院側が本人が元厚生大臣だと知らなかったことで、診療を拒否され死亡している。トゥンエイ氏は1988年のデモの際に病院に運び込まれた学生への医療を拒否するように命令した大臣として知られている。
医療はごく一部の裕福な階級だけが享受できるものとなっており、日本の医療関係者によっても、どの病院にもまともな診療機材、薬品がないことが盛んに報告されている。
国家予算の半分が軍事費に使われており、医療機関の医師の手当は月1500チャット(5ドル)程度になっており、医療行為の持続自体が不可能な状態になっている。
刑務所の状況
ラングーン市内北部のインセイン刑務所がビルマ最大のものであり、政治犯を収監することで有名である。最近は刑務所が手狭になったことや、今年1月の国連特使の訪問などをきっかけに別な刑務所への移送が目立っている。刑務所内の状況は釈放された囚人から報告されているが、しゃがんだ姿勢のまま数時間ポーズをとらせられたり、1メートル四方の部屋に長期間収監されるなどの虐待が継続されている。
弁護士への接見や医療などは拒否されることが多く、たまに受け入れられても消毒なしの注射により薬を投入されるので、収容者はエイズへの罹患を恐れて、病気になっても申告しない。また、マラリア、結核、ライ病、エイズなどが蔓延しており、刑務所当局は意識的に伝染病を罹患させるという拷問システムをとっている。著名な文化人や、政治家の獄死が頻繁に報告されている。
通信・言論
通信のための電話はすべて盗聴されており、また個人が当局の許可を受けずに連絡のためにファックスやインターネットを使うことは禁じられている。ビルマ軍事政権SPDC(国家平和発展評議会=旧称,SLORC国家法秩序回復評議会)は昨年シンガポールの援助で大型コンピューターを購入し情報省内にインターネット対策部門を設置した。
このコンピューターで諸外国のインターネットを盗聴しており、コンピューター・ビールスを製作して海外の民主活動家に送りつけるなどの作業を続けている。1996年には許可なくファックスを保有していたという容疑でノルウエー、スイスなどの名誉領事として仕事をしていたレオ・ニコルス氏が逮捕され、獄中で拷問を受け死亡している。
5人以上が集まる集会は当局への届けを義務づけられており、違反した場合は7年の禁固刑を受ける。また国家反逆罪と認定された場合は20年の禁固刑に処せられる。
NLDの集会は当局により許可されたりされなかったりしているが、集会のたびに逮捕者が発生している。集会場に向け家から出ようとすると軍に尋問をされ、転向を拒否すると親族を国営アパートから追い出すとか、公務員の職を奪うなどの脅迫をされ、やむなく転向する人も多い。
新聞、雑誌での表現の自由はまったくなく、メディアはすべて国によって管理されており、政府の方針に反対する記事の報道は完全に駆逐されている。したがって、民主化勢力は口コミか、海外との秘密の連絡で状況を伝えている。
スーチーさんは1995年に7月に自宅軟禁から解放されたが、1997年の10月から現在まで法的理由なしに再度自宅軟禁されている。外国報道機関が彼女の自宅を訪れることも禁止されたままである。
強制労働、強制移住
ビルマ軍事政権はインフラの整備に近隣の住民を無償で駆り立てる強制労働をおこなっている。有名なのはタイへの天然ガスパイプラインをひくための鉄道工事に駆り立てられたのべ100万人以上の人々である。次々にタイに逃げてきてその窮状を訴えたことで事実が明るみに出た。単なる強制労働ではなく、自分の食事もまかなわなければならない上に監督する兵隊への食料も調達しなければならないという悲惨なものであった。
このガスパイプラインの工事を担当する米企業ユノカルは株主総会で強制労働を質問され、その実態はないと答えた。この答えに怒ったアメリカ市民が各地の自治体で「ビルマ制裁法」を可決させた。日本がWTO違反だとして提訴しているマサチューセッツ州の「ビルマ制裁法」はそのひとつである。軍事政権は、現在もビルマ各地で強制労働を続けており、最近ではサガイン州の水田の真ん中に空軍空港を建設し始め、連日3500人の住民を無償で働かせている。
ビルマ制裁法
アメリカ政府は各自治体のビルマ制裁法を受けて、継続案件以外には、ビルマへの新規投資を認めない方針を打ち出した。また、ビルマの軍事政権の高官とその家族にはビザを発給しないことにした。これらの法的規制の結果、テキサコなどを初め数十社がビルマから撤退した。アメリカで営業する日本の企業もこれらの法律の規制を受けることになり、三菱重工を初め有名企業各社がアメリカの自治体からの発注を拒否され始めている。
NLDの国民会議からの撤退
ビルマ軍事政権は1990年の選挙で、圧勝したNLDに対して政権移譲をしなかったが、憲法を作ってから民政移管をするという理由付けをして、選挙の結果とは別に自らが選んだ代表者たちによる憲法制定のための国民会議を継続している。当初NLDはこの会議に参加していたが、途中でボイコットする形になった。(実際は軍事政権が先にNLDを追い出した)。
NLDはこの会議で自分たちの意見を反映させようとしたが、それは不可能な仕組みになっていた。議案は議事運営委員会に提出した上で審議されてから許可され、他の議員への文書配布は認められない、発言は事前に届け出て内容を許可される必要があるなど、およそ常識から離れた議事運営であった。NLDは悩みながらも、国際社会に何度も実状を訴えた、欧米各国はNLDの国民会議からの撤退は止むなしとしているが、日本の評論家はこの撤退を「一方的に会議をボイコットした」として非難している。
外務省の円借款一部再開計画
今回の空港整備のための27億円の円借款再開は小渕外務大臣主導のものであるが、この計画再開を最初に語ったのは田島元ミャンマー特命全権大使である。
また昨年橋本龍太郎首相がビルマに特使を派遣した際にタンシュエ首相に宛てた親書の中にも、「民主化を促進するならヤンゴン空港整備への援助をする」という具体的な内容が記入されており、このアイデアが外務省や自民党の中に広く広まっていると思われるが、その意図ははっきりしない。
運輸省はこの件で全く相談を受けておらず、同空港の安全基準の認知は外務省が独自で行ったものと思われる。なお、運輸省はビルマとの航空協定の付属書の中で、ヤンゴン国際空港の安全性をチェックする立場にあり、現在のところ最低限度の国際安全基準は満たされているとの理解をしている。
さらに週に1便就航させている全日空は、計画策定時に同空港の安全チェックをしており、問題なしとの結論を出している。また、アメリカ政府は軍は自前で空港を作る能力を持っているのだから、必要なのなら軍事政権が勝手に作ればいいと言う態度をとっている。外務省は、ミャンマー政府からの要請があったと新聞発表しているが、その経緯は不明確である。