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その他の寄稿

創造的なビルマ連帯へ向けて 映画『ビルマVJ』原作者に聞く
2010年10月7日配信 『情況』第三期第11巻第6号、情況社、2010年6月、45~54頁

  二〇〇七年八月半ば、ビルマ(ミャンマー)では、軍事政権が燃料の公定価格を突如大幅に引き上げた。これを契機に、最大都市ラングーン(ヤンゴン)で小規模な抗議行動が断続的に発生した。政府の弾圧によりいったんは下火になったものの、九月以降は次第に規模を拡大し、僧侶ら数万人が参加する大衆デモへと拡大した。大規模な反政府行動の発生は一九八八年以来、約二十年ぶりのことだった。
  ビルマでは国営メディアが新聞、ラジオ、テレビを独占するため、軍政に都合の悪い情報は一切報道されない。しかし当時国内では、ビルマ人の映像記者(VJ=ビデオ・ジャーナリスト)たちが危険を冒して取材し、映像や画像を国外に送信していた。その内容は世界中のマスコミで取り上げられると共に、本部をノルウェーに置く独立系放送局DVB(ビルマ民主の声)によってビルマ国内に配信されていた。
  世界各地の映画祭で四〇以上の賞に輝き、アカデミー賞長編ドキュメンタリー部門にもノミネートされた本作『ビルマVJ 消された革命』は、VJが撮影した貴重な映像や、かれらの緊迫した会話のやりとりも織り交ぜながら、当時の状況をダイナミックに伝えている。ビルマでは厳しい情報統制が敷かれ、自由な報道を目指せば数十年の刑が待っている。VJたちはただの記者ではない。情報とメディアの支配を巡って戦う闘士でもある。
  この映画の「精神」を自認する原作者のヤン・クログスガード氏の来日に際し、二〇〇七年民主化蜂起では現地の最新情勢を日本国内に伝え続けたNGO「ビルマ情報ネットワーク」の秋元由紀と箱田徹が話を聞いた。

本文

秋元由紀  ヤンさんは「この作品の大きな狙いは、ビルマ民主化運動や、世界の支援者に役立つツールを提供することだ」と何度かおっしゃっています。支援の側からすればこの映画は実に有用な素晴らしいツールです。一般の人たちにビルマ民主化問題に関心を持ってもらう上で、まったく新たな視角を切り開いてくれました。
  日本では署名や政府に対するアクションの呼びかけはなかなか困難で、政治家へのロビイングも低調です。ビルマに限らず、政治に関すること、特に外国の問題に声を上げるのは大ごとだと思われている。例えば在日ビルマ人が東京でデモをやっても日本人の姿はまばらです。もちろん私たちNGOが発表する情報に触れれば、ビルマ問題に関心を持つ人は少なくない。でもそれを持続し、行動へと結びつける回路が弱い。その意味でこの映画は、観た人の心に深い印象を残して、ビルマ問題への関心を勝ち取ってしまう。私たちが長年苦労してきたことを、わずか数十分でやってのけた! 民主化支援に関わる者として、この作品が製作されて本当に良かったと感じています。

ヤン・クログスガード ありがとうございます。でも民主化蜂起の参加者や活動家たちにまず感謝しましょう。この映画はあの出来事の必然な帰結の一つでしたからね! 運動全体という観点からしても、こうしたアプローチには意義があると思います。NGOの出す報告書の類は内容が良くても、読者は限られている。もちろん客観的な情報提供は重要です。でも関心を集めたいなら、違ったアプローチが求められる。この映画くらい簡潔でないと。

秋元  反政府デモの期間中、ビルマ国内からは画像や動画が絶え間なく送られてきました。衝撃的な体験でした。人を介してはいましたが、マスコミより早く入手していた。そして裏が取れたものをウェブサイトに掲載していきました。活動家ネットワークの情報を元にしていたから、銃撃場所や死傷者数などは通信社を出し抜くこともあった。私たちのサイトの規模は、日本語のビルマ情報に関しては国内最大ですが、二〇〇七年当時も、デモの様子や運動の状況、詳しい解説を日本語で提供するほぼ唯一のサイトでした。本当に寝る間もなかった。

箱田徹  映画には馴染みのある動画や写真も出てきた。だから『ビルマVJ』を観ていると、当時のことがありありと蘇ってきます。

ヤン  映画の主人公、ジョシュアの仕事にもお二人の仕事に近い部分がある。彼は国内から動画や写真を受け取るだけでなく、国内のビルマ人が書いたブログなどで情報収集し、ラングーンにいるVJたちに伝えていた。ネット事情が悪い国内の方が、国外よりも情報が集めにくかったのです。VJたちがジョシュアに「お坊さんたちはどこだ?」と尋ねる場面もあった(笑)。だからジョシュアが司令部役と言ったところでしょうか。日本での話をもう少し教えてもらえますか。

箱田  八月半ばに「八八世代学生グループ」(注:ネウィン体制を崩壊させた一九八八年民主化運動で主導的役割を果たした、当時の学生活動家らが主体のグループ)がデモを始めたときには、これほど広がるとは正直思いませんでした。しかし九月五日に中部の都市パコックで街を行進していた仏教僧が警官隊に暴行される事件があってから一気に動きが広がります。それからはPCに張りつく日々でした。

秋元  こちらの情報をマスコミが引用したこともありましたね。私は事件の数カ月前にラングーンで開発援助のワークショップで講師を務めてきたところでした。そこで国民民主連盟(NLD)関係者や八八世代学生グループのメンバーに出会っています。だから八月下旬にメンバーがあらかた逮捕された時の衝撃はそれまでにないものでした。逮捕直前までメールのやりとりをしていましたから。

ヤン  八月段階では小規模な動きだった。単身決起もありましたね。

秋元  作品を観ると当時に戻ったような気分になります。初めて観たのはニューヨークでした。世界各地のビルマ民主化支援団体の代表数十人が会議していた時に、長年の仲間たちと一緒に観たのです。全員が大泣きですよ。寝食を忘れて作業したこと、国内からの映像や動画を見てデモの規模に衝撃を受け、とうとう変わるかもしれないと期待を抱いたこと、そしてまた、その後どんなに落胆したかを鮮明に思い出したからです。映画が終わるとどうでしょう。ステージには国外に逃れたお坊さんたちがいるではないですか。再び皆涙です。

ヤン  涙を誘われた観客は多いでしょう。先日の国会内試写でも目頭を熱くしていた議員がいましたね。

箱田  作品について話を伺います。この映画では距離が重要な要素だと感じました。作品中にはいくつもの距離があります。撮影するVJと編集するジョシュアとの距離、それはビルマとタイとの距離でもありますね。映画制作者と素材との距離もある。それに観客と映画の中の実際の出来事との距離もあります。こうした距離が考えるきっかけなのではありませんか。もし対象との間に距離を感じないならば、例えばCNNはこの意味で距離をなくすメディアだと思いますが、考える契機自体がなくなってしまうように思えます。

ヤン  人が涙を流すとき、そこには「距離」がない。自分たちが何もできないという意味での距離は除いてね。今の話を引き取ると、ジョシュアはタイ・ビルマ国境の街メーソットにいるが、事態が発生しているのはラングーンです。だが両者は衛星とインターネットでつながっている。したがって近さと遠さが同時に存在する。さらに言えば、ジョシュアは街頭の人々の象徴なのです。逆に言えば人々はジョシュアに「なった」のです。街頭のシーンを見て観客が感じるあらゆる感情は、またジョシュアのものでもあり、ジョシュアはその距離も共有する。媒体としてのメディアは、うまく使えばきちんと機能するのですよ。ニューヨークでこの映画を観たら、二〇〇七年九月当時が一気に思い出されたという体験と直につながることです。
  たしかに事実として距離はある。ビルマ国内へのアクセスすることがきわめて難しいのはその通りです。観客が共感を覚え、連帯を志向しても、実際に何かをするのは大変です。演出の効果について言えば、映画の作り手を出さないことで、映画の出演者への親近感を引き出しています。もし解説者役の外国人ジャーナリストでも出てきたら興ざめだったでしょう。ジョシュアがしゃべることの意味はそこにある。彼を通してビルマの人々が語りかけるから、観客はぐっとかれらに近づくのです。

箱田  『ビルマVJ』が起きたことを順に見せるだけの映画だったら、作品としてはそう面白くはなかったとも言えます。

ヤン  この映画の生命線は信憑性ですからね。作品を観れば、目の前で起きていることが実際の出来事だったことはわかります。VJたちが危険を冒してカメラを回していたこともわかる。そう「感じる」のです。再現シーンに関して特に注意したのはこのことでした。再現シーンの撮影直前に、私はアンダース[・オステルガルド]にメールを打ちました。「信憑性」とだけ書いてね。VJとまったく同じように撮るべきという意味です。あの出来事を「再現」するにはそれしかなかったし、多くの観客を獲得する上でもそうするべきだった。アンダースも同意見だったはずですが、私はとにかくそこにこだわった。もちろんもっと「リアル」に撮ることもできた。ハンディカムを使ったら、再現シーンとそれ以外との見分けがまったくつかなかったはずです。
  VJによる映像をとにかくよどみなく見せたかった。確かに皆口を揃えて言います。「再現部分では画面隅に赤い録画マークでも入れて、一目でわかるようにすべきだったのでは」とね。でも私はこう反論しています。「それはありえない。映画の根幹が観客の心にすっと入っていくのが何より大切なんだ。考えるより先に感じてもらう。そのためには観る側が映画の中で体験することを尊重しなきゃいけない。実際に起きたことをこっちで撮って、観客をスクリーンに釘付けにすればいいじゃないか。」 再現自体がVJへの冒涜だという意見もありますが、私たちは正反対のことをしたと考えています。かれらの意思を尊重し、その仕事にできる限りの敬意を払ったのです。

箱田  そもそもドキュメンタリーには出来事や現実の再現あるいは再構成という側面が必ずあります。台本があるのも普通です。

ヤン  今回の取材で何度か言ったのですが、現実の断片的な再構成という意味では言葉だって再現です。観客が作り手を信頼できるかどうかが鍵としか言いようがない。

秋元  映画には「BBC、RFA(ラジオ・フリー・エイジア)、VOA(ヴォイス・オブ・アメリカ)は嘘だらけ」というビルマ国営テレビの有名なプロパガンダ映像が引用されていますが、DVBの名前がありませんね。

ヤン  DVBの影響力を相対化するためです。名指しすれば存在を認めたことになる。だからこそ軍政はDVBを黙らせようとしたのです。ビルマ国内の人々の姿はこれまでなかなか見えなかった。VJたちやDVBの活動の大きな意義は、それを可視化した点にあります。たとえて言うなら、ビルマ国民はある意味で疎外されている。自分が普段使う言語を自由に使うことができない状態にあるからです。一般的に言って、そうした状況下では人は十全な状態にあるとは言えない。自分の言語を自由に使えない状態とは、その言語から疎外されることであり、いわば自国で異邦人になることです。さらにこれが難民となると、二重の意味で異邦人となる。自分の言語からだけでなく、今住んでいる場所の言語からも疎外されるからです。
  国民は国営放送こそ嘘だらけと確信している。だからVOA、RFA、BBCに周波数を合わせる(注:いずれもビルマ国外から放送される短波放送)。しかしこの三局はビルマ国内の記者が報道する国内ニュースはやらない。このためリスナーは報道内容にどうしても距離感を抱いてしまう。そこにこそ、国内記者の取材による国内報道に力を入れるDVBのオルタナティブ・メディアとしての意義がある。だからこそビルマ国内で活動する記者を支えることがきわめて重要なのです。
  ビルマを脱出せざるを得なかったジョシュアたちは、自らの現状に強い不満を抱いている。映画に出てくるアウントゥンは「難民認定なんて知ったことか、ビルマにいさせろ」と思っているでしょう。ここには一種の奇妙な逆説があります。いったん疎外されれば、その事実が更なる疎外を何重にも引き起こす。
  政治囚をめぐる状況もこれと似ている。かれらが逮捕・投獄されたのは社会的責任を果たそうとしたためです。しかし刑務所帰りという事実によって、社会からは特別視され、トラブルメーカー扱いです。これも一つの逆説です。社会のためを思って活動したせいで異邦人になってしまうのですから。もちろん素晴らしい活動を続ける元政治囚もいますが、一部は社会との接点を失ってしまっている。軍政はこうして人々の善意を破壊するのです。

秋元  今のお話は民主化活動家のあり方にも関係します。現在、国際的なビルマ民主化支援運動の中心は、今の表現を借りれば、二重の異邦人状態にある亡命ビルマ人です。祖国を離れて二〇年という人も多い。ビルマ国内との連携を模索するにしてもある種の限界があります。もちろんかれらも、支援する私たちも、その点は常に意識しています。私たちは国際社会の働きかけを求めて動いてもいますが、最終的にはそれだけではどうにもなりません。

ヤン  信頼の置ける比較的小規模なネットワークによって国内外がつながることは極めて重要です。もちろん国内の動きを受けて外が支援するという順序が絶対ですが。

箱田  ヤンさんの個人的なことを少し。元々はメディアと演劇を学ばれていて、ドキュメンタリーは最近始めたとのことですが、そうした経験と本作品との関係についてお願いできますか。

ヤン  創作活動もしていました。表現主義的なビデオ・アート作品の製作と、ノイズ・ミュージックのバンドです。二〇年前にノイバウテンみたいな音楽をやっていた。あの時は楽しかった。作曲らしきことは若い時分にやっていたのですが、一九九〇年代に大学にいたときに再開したのです。ビデオ・アートをやり始めたのもこの頃でした。なんと初作品が評価されて、世界各地の七〇以上の芸術祭に招待された。この映画も初のドキュメンタリーで、高く評価してもらっている。初めてやったことが二度も大きく注目されるなんて本当に幸運なことです。さすがに三度目はないでしょう(笑)。
  ビデオ・アート作品は数多く作ってきました。でもオリジナリティばかりが求められるのもね……。アートの世界では新しいことをやることが、少なくともそう言ってのけることが、常に求められます。ただそれが転じてドキュメンタリーの原動力になったのかも。ある時「新しいことがここにある。誰がやるべきだ」と思いましたから。そしてドキュメンタリー映画の新しいアプローチを模索するアンダースに出会った。こうして私のアート関係のキャリアが『ビルマVJ』の一部になったのです。ただ音楽の経験は活かせなかった。劇中でノイズ・ミュージックを無理矢理使うわけにもいきませんでしたし(笑)。
  映画のスタッフは素晴らしい人たちでした。編集のヤヌス[・ビレスコフ=ヤンセン]は数百本の映画を編集・監督していて、『ペレ』(一九八七年)はカンヌのパルム・ドールとアカデミー外国語映画賞を受賞しました。撮影監督のシモン[・プルム]は有名なドキュメンタリストで、撮影本数は一五〇を超えています。最低限の約束はもちろんのこと、新しいことにチャレンジする方法にも通じていながら、安全運転も心得ているベテランたちです。基本はきっちり押さえた上で、一、二割はしっかり冒険する。なるほどと思いましたね。これなら観客の不興を買うこともない。でも自分でやるのは無理ですね。安全運転なんて退屈のきわみです。

秋元  その「新しさ」を私たちも常に模索しています。関心を広げるにはどうしたよいかを考えています。前は「外務省に抗議のファックスを!」といった呼びかけもしていましたが、最近はアプローチを変えています。ビルマの状況は深刻ですが、それに触れるきっかけは面白くてもいいと考えています。
  二〇〇七年の民主化蜂起後には映像作品をいくつか作りました。日本人のブルースバンドのライブで、メンバーに民主化支援Tシャツを着てもらい、アウンサンスーチーさんの誕生日祝いとして一曲演奏してもらいました。それをYouTubeに載せて宣伝した。二〇〇九年には、各国のビルマ民主化支援団体と協力して、スーチーさんの誕生日祝いのメッセージを募り、芸能人(サンプラザ中野くんさん他)や国会議員にも参加してもらいました。
  『ビルマVJ』を見た人の多くが何かをしたいと感じると思います。うちのウェブサイトにも来てもらえればもちろんうれしいですが、情報を発信してもらうのもありだと思っています。例えばDVBで日本での映画を観た人の感想を流すとか、ビルマ国内の人たちにメッセージを送るとかね。お互いに楽しめると思うのです。

ヤン  双方向のやりとりは激励になります。是非お願いします。少し話を戻しますが『ビルマVJ』は民主化蜂起があったからこその作品です。これは改めて確認しておきたい。作品への評価は素直にうれしい。でもビルマ人自身が立ち上がったからこそ、私たちはそれを映画にするチャンスを得た。しかも私はちょうどビルマのことをやりたくてうずうずしていたときだった。『ビルマVJ』と私は一期一会の関係なのです。私は映画という形で二〇〇七年の出来事に向き合いましたが、もちろんこれが唯一のやり方ではない。その意味で、この作品は行動には様々な選択肢があることを示してもいます。いまVJに関する本を書く企画があり、出版社を探しているところです。本決まりになったら、こうした話題もしっかりまとめられるでしょう。

秋元  日本のマスコミはビルマ問題を突っ込んで取り上げることがあまりない。日常的な報道量も英語に比べたら微々たるものです。それなのに政治家やマスコミの多くが、そのわずかな報道を元に判断しがちです。

ヤン  注目度では中国や北朝鮮にはかないませんね。私がビルマの映画の企画を携えてプロデューサー回りをした時も「アウンサンスーチーが目新しいことでも言わなければ無理」という返事ばかりでした。ビルマ人は語り口を変えてみる必要があるし、そういう部分にこそ支援が必要です。関連しますが、タイ・ビルマ国境で活動するNGOの中には、活動家向けのアドヴォカシー教育のやり方がおかしいところもある。NGO用語だらけのビルマ人に会うと勘弁してくれという気分になります。
  とにかく表現方法の見直しが急務です。人権問題を訴えるのがダメという意味ではありません。でも「人権」という言葉を何度も耳にすれば、そのうち誰でもうんざりしますよ。「地雷被害者」にしても同じです。ヨーロッパでは対人地雷は大きな問題で、巨額の寄付が集まります。確かに事態は非常に深刻です。しかし寄付を求める広告やCM、あるいは「片脚を失ったアフリカの可哀想な子ども」のイメージの洪水に人々はうんざりしている。一部では問題への関心自体が薄らいでいるのが現状です。
  NGOは手垢の付いた従来のやり方を見直し、自分たちが語っていることの中身や表現の仕方を変えていくべきです。優秀なライターや、アーティスト、進歩的なデザイナーといったクリエイティブな人々の力を借りないといけない。そして問題に関わることに躊躇している人たちや、関心はあっても運動なんて時代遅れと思っている人たちに話を聞いてもらうことを目指すべきです。

箱田  語り方という点では次の話を思い出します。タイ・ビルマ国境の難民キャンプに行ったときに、カレン人の若い女性活動家がアテンドしてくれました。きわめて優秀で、コミュニケーション能力も高く英語も上手だった。キャンプ内の学校を訪れ、私が子どもたちに自己紹介するとき、彼女から大学院で何を勉強しているのかと聞かれたので「哲学」と答えた。すると「その『哲学』とはどういうもの?」と言われました。それは哲学的な問いかけではなかった。彼女は哲学という言葉そのものを知らなかったのです。ショックでした。彼女はいったいどんな教育や研修を受けてきたのかと。当事者が自分の置かれた客観的な立場を知るのに役立つ学問的な内容を提供する必要があると思います。他方で哲学や文学を教えているという話も聞いたことがない。ともかく一連の研修が実用偏重なことには強い疑問を感じます。

ヤン  実用性が判断基準になっている現状は問題ですね。その女性について言えば、そうした人々にこそ新しい考え方を実践する開拓者になってもらうべき人なのかもしれません。資金の豊富なNGOこそそうした創造的な取り組みをすべきです。他方で新しい比喩を編み出し、ビルマの描き方を変える必要もある。受け手が自分と関連づけて考えられるきっかけを探すべきです。私は今回の訪日で何度かそれを試みました。日本とビルマの状況をどう結びつけたら「それは私のことだ」という反応があるのかと考えていました。ビルマに関する比喩や表象が変わらない限り、事態は動きません。だからこそVJたちの仕事は素晴らしいのです。かれらは若いし、よく勉強している。ジョシュアのような人は世界のどこにでもいます。ビルマ人は「被害者」ではなく、世界のどこにでもいる当たり前の存在であるべきです。きわめて不幸な状況にたまたま置かれただけの人々なのですから。

箱田  VJへの研修はタイで行われているとのことですが、今おっしゃったような視点が採用されたものなのでしょうか。

ヤン  私自身はやっていませんが、研修では一連のスキルを習得します。難民もいますよ。かれらが自分自身の物語や悲惨な経験を語れるようになることはとても重要です。自分の主張を広める独自の手法を発明してもらわないといけない。そのためには、さきほどのカレン人活動家のような人々に対して、これまでとは異なる、抽象的思考や創造性の発揮に焦点をあてた教育の機会が必要です。
  外から「かわいそうな無力な難民」という表象を押しつけるやり方はご免です。人々が自らの考え方に基づいたオリジナルなアプローチを取るための新たな道具、新たな言葉が創造されなければならない。ビルマ軍政ですらそれをやっていますよ。新設のテレビ局「チャンネル五」は外国のメロドラマを二十四時間流しています。国民の関心をDVBから逸らせるために何をしたらいいのかよくわかっている。それでDVBも結局メロドラマを流すことにした。視聴者をつなぎ止めるためにね。

秋元  振り返って日本のテレビのことを考えると……。

ヤン  実際ひどいものです。『ビルマVJ』でも取り上げた、メディアの持つ力あるいは権力という問題は日本にも当てはまります。例えばこの作品のDVDがリリースされ、私が再来日するとしますね。そうしたら大学の授業などで、日本とビルマの類似性を指摘しながら、突っ込んでメディアの問題を取り上げてみたい。両国のテレビ番組を比較するとかね。テレビは主要な情報源であり、私たちの世界認識をなにがしか規定する「第二の地平線」のようなものです。もし、その第二の地平線上に見えるものがリアリティ・ショーや動物番組だらけなら、私たちは思考停止状態になるでしょう。テレビは娯楽の提供が社会的責任だと開き直り、中身はゼロになる。もちろん今だってプログラムはCMに合わせて構成されているわけですが。ともかくメディアの問題は日本のような国でこそ取り上げられるべきでしょう。

秋元・箱田  次の来日が本当に楽しみです。今日はありがとうございました。


編注:本鼎談は、雑誌『情況』(2010年7月号)に掲載されたものです。転載を許可していただいた『情況』編集部に感謝します。なお『情況』掲載時に、取材当日の写真撮影をしていただいたフォトジャーナリストの渋谷敦志さんへのクレジットが欠けていました。お詫び申し上げます。(2010年10月記)

映画『ビルマVJ』について

「ビルマVJ 消された革命」
監督:アンダース・オステルガルド
原案・脚本:ヤン・クログスガード
二〇〇八年/ビルマ/一時間二五分。全国順次公開中。
最新情報は公式サイトhttp://burmaVJ.jp/まで

著者について

ビルマ情報ネットワーク 前身を含めると1997年以来、ビルマ(ミャンマー)の民主化や人権問題に関する日本語情報の充実と、情報提供・調査・提言を行う。新刊『ビルマ仏教徒 民主化蜂起の背景と弾圧の記録――軍事政権下の非暴力抵抗』(守屋友江=編訳、明石書店、2010)にも翻訳協力。ウェブサイト http://www.burmainfo.org

ヤン・クログスガード(Jan Krogsgaard) デンマーク出身の映画監督・フィルムアーティスト。コペンハーゲン大学芸術学部修士(演劇・メディア理論)。アート・ビデオと映画制作の分野で二〇年の経験を持つ。現在、犯罪者や被害者、兵士、民間人が眠っている間にみる、戦争や紛争の間に経験したことと関連する夢を世界中から集めるフィルムプロジェクト『I Have a Dream』を制作中。ヴェトナム在住。

秋元由紀 ビルマ情報ネットワーク・ディレクター。ジョージ・ワシントン大学ロースクール(ジュリス・ドクター)、米国弁護士(ニューヨーク州)。在日ビルマ人の難民申請支援からビルマ民主化支援に関わる。企業の海外活動を通じて起きた人権侵害について、その責任を問う「ユノカル(現シェブロン)訴訟」などの原告弁護団に参加。その後もビルマでの開発事業による人権侵害・環境破壊について調査を続ける。

箱田徹 立命館大学グローバルCOE「生存学」ポストドクトラル・フェロー。神戸大学大学院総合人間科学研究科博士課程修了(社会思想史)。一九九七年、大学在学中にタイ・ビルマ国境を訪れて以来、ビルマ問題に継続的に取り組む。ビルマ情報ネットワークの創設メンバー、現ディレクター。ミシェル・フーコーに関する博士論文の出版を準備中。

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