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その他の寄稿

根本 敬 「トイレ使用は課長決裁」
2009年11月1日配信 『青淵』728号(2009年11月号)

 不思議なもので、海外においてあれほど切羽詰った体験というものはほかにそんなにないはずなのに、旅に出かけるたびに書き連ねている自分の日誌には一行も記されていない。やはり、書き残すには恥ずかしいエピソードだったのだろうか。

 ビルマ(ミャンマー)の歴史研究を専門とする私は、2回にわたる長期滞在を含め、この国を計19回訪れている。そのうちの1回である1994年暮れの3週間ほどの滞在において、ビルマ中央部の大平原地帯をビルマ人の知り合いと一緒に車で移動中、非常につらい経験をした。本稿のタイトルから想像がつくように、それはトイレに関する「事件」であった。

 東南アジア大陸部の西側に位置する上座仏教国のビルマは、熱帯モンスーンの気候帯に属するだけに、当然のことながら、日本のような温帯の国から来た人間は水や食べ物に十分注意しないと、下痢やアメーバ赤痢などで苦しむことになる。隣のタイは1960年代以来の経済発展のおかげで、首都のバンコクはもちろん、地方をまわってもこのような苦しみと直面することはほとんどないが、ビルマの場合、長期にわたる経済停滞のなか、ヤンゴンの上下水道環境の悪さや、地方都市の衛生水準の低さが災いして、たとえ水や食事に注意を怠らなくても、一過性ないしは悪性の下痢に苦しむことが多い。

ビルマのトイレ事情

 この国の一般的なトイレ事情から先に説明しておこう。ビルマでは、ごく一部の裕福な市民や外国人が住む豪華な家、また彼らが泊まる外資系ホテルを別にすれば、水洗トイレというものは例外的にしか存在しない。よくあるパターンは、便器の横のドラム缶に水が溜まっていて、それを小さなプラスチック容器で汲んで自分の排泄物を流すという原始的な「水洗」トイレである。汚物はそのまま地中に流れて溜まり、その後「自然に戻る」というシステムなので、私たちが日本で使っている水洗トイレとは基本的に異なる。農村部に行けばこのようなトイレのほかに、高床式の家のトイレの真下に家畜として飼われている豚が待機して、人間の「落し物」を食べるという光景に出くわす。環境の面では地球に負荷をかけないすばらしいシステムだが、衛生面では疑問符がつく。ただ、このようなビルマ式の一般トイレでも、個室空間は保証されているし、また台所や居間とは離れたところに存在するのが普通なので、その点はほっとさせられる(インドや西アジアの国々ではこれが守られていない場合がある)。

 問題は地方旅行でのトイレだ。ビルマではいわゆる公衆トイレというものが非常に少ない。あっても都市部や一部の観光名所に限られる。バスで長距離を移動する場合、金持ちや外国人を乗せる豪華バスは別として、一般人を乗せる通常のバスは、2、3時間に1回くらい、トイレ休みのために人のいない草原地帯に止まり、用足しをしたい乗客を降ろす。人々はあちこちに散らばり、男でも女でもそれぞれ上手にしゃがんで用を足す。車で移動している場合も同じで、トイレに行きたくなったら、運転手に「適当なところで止めて」と頼み、あとは降りてしゃがんで草むらでする。

 しかし、大のほうになると、当然のことながら、草むらでというわけにはいかない。これは外国人もビルマ人も同じである。何かトイレらしきものがどうしても必要になってくる。小さな町に入れば、飲食店があり、そこにはたいてい個室のトイレがあるので、それを利用させてもらうことになる。それらは例外なく上述した原始的「水洗」トイレであり、想像を絶するような汚れ方で排泄の気すらうせる「壮絶」トイレから、比較的きれいに掃除がしてある「許せる」トイレまでさまざまで、まさに運しだいである。

最悪の経験

 こうしたビルマの地方旅行における私の辛いトイレ体験は、次のようなものである。その日、昼食で食べた何かがいけなかったのか、それとも昼食後に飲んだビルマ独特の甘ったるいミルクコーヒーが入ったティーカップにハエがたかっていたのが原因だったのか、いまだに理由は断定できないのだが、車で乾季のビルマ草原地帯を南に向かって移動中、急な下痢に襲われ、運転手に「どこかきちんとしたトイレのあるところに行っておろして」と頼んだ。同乗していたビルマ人の知り合いもすぐに事情を察してくれ、運転手と相談しながら、運良く通過中の小さな町のなかで、役場をみつけることができた。役場ならまともなトイレがある。私は一安心した。しかし事態は緊急で、車から降りてトイレまで歩くのすら必死といった状況であった。脂汗がしたたり落ち、顔面蒼白のなか、運転手とビルマ人の知り合いのつきそいで役場の玄関を入り、トイレを目指した。しかし、なんと、トイレには外から鍵がかかっていた。

 急いで1階の受付らしきところに座る女性のところへ行き、知り合いが「この日本人にトイレを使わせてやってほしい。鍵を貸してあげてくれ」と頼んでくれたが、その女性の返事は全く想定外のもので、瞬間とはいえ、私は人生で最大の絶望感を味わった。

「トイレの鍵は2階の課長のところにあります。課長の許可をとって借りてください。」

 トイレ使用が課長決裁だなんて!しかし、ここで怒ったり力を抜いたりしたら最後、それこそ人生最悪の事態を人前で演じてしまうことになるので、さらなる油汗をしたたらせながら、根性で階段をよたよたとのぼり、2階の課長の席の前までたどり着いた。ビルマでは役所の課長クラスでもよくサボって外にお茶を飲みにいったりしていることが多いので、階段を上っているときその心配が脳裏をかすめたが、幸い、まじめな課長さんだったらしく、着席して仕事をしていた。知り合いが再び、今度は丁寧なビルマ語で私の「事情」を説明してくれ、鍵を貸してくれるよう頼んでくれた。課長は笑顔で「そういうことなら、どうぞ」と言って、引き出しから鍵を取り出し、女性職員に手渡してくれた。

 あと15秒もしたら人生最悪の瞬間に至るという限界状況にあった私は、そのときお礼の言葉を言ったかどうか覚えていない。案内をしてくれる若い女性職員のあとを必死についていって、彼女がトイレの鍵をあけてくれたと同時に中に飛び込んでドアをバタンと閉め、ぎりぎりセーフで事に及んだ。ふーっ、と安心のため息が出た。

 自分で水を汲んで流す典型的なビルマ式「水洗」トイレだったが、役所の鍵付きトイレだけあって、とてもきれいに維持してあり、外国人の私でも不快感なく使えた。事を終えたあと、物理的にも精神的にも余裕ができた私は、あらためて2階の課長席まで行き、今度はしっかりお礼を言った。課長はこのときも笑顔だった。トイレの鍵をあけてくれた女性にも感謝の挨拶をして、役場をあとにした。車の中ではしばらく無言だったが、知り合いが「大丈夫だったか」と聞いてきたので、「大丈夫。トイレ使用が課長決裁というのは驚いたけど、ビルマ研究者としてはたいへん貴重な経験をしましたよ」と返事をしたら、大笑いされた。知り合いもトイレ使用に課長の許可がいるということは想像していなかったらしい。幸い、一過性の下痢に終わり、その日の夕方には無事目的地に着いて荷を解くことができた。

 あれから15年たった今では思い出話のひとつとして語れるが、当時の状況を細かく思いだせば思い出すほど、今でも脂汗がしたたりおちる錯覚に陥る。もう二度としたくない経験である。


(上智大学外国語学部教授)