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その他の寄稿

君の瞳に乾杯、ミスター・タンシュエ!
2008年6月19日配信 熊澤新(アムネスティ・インターナショナル)

アムネスティ・インターナショナルの熊澤新さんから、特別寄稿「君の瞳に乾杯、ミスター・タンシュエ!」をいただきました。

5月の週末、都内のライブハウスにブルースバンド「ROLLER COASTER(ローラーコースター)」のライブを見に行った。もはや中年のオヤジとなってしまった私、ライブハウスなんて縁遠い存在ではあるが、今回「ROLLER COASTER」は、ビルマのアウンサンスーチーさんの誕生日に合わせて、「ハッピーバースデー」の歌を歌ってくれる、というので見てみたい、と思ったのだ。彼らが「ハッピーバースデー、アウンサンスーチー」と歌うのは、遠くヤンゴンで自宅軟禁中のスーチーさんに贈る歌。彼女に届けばいい、そして、自由になってこの歌を聴いてほしいと心から思う。

 しかし、ぜひともあなたに話したいのはこのことだけじゃない。歌ってくれたバンド、「ローラーコースター」そのもののことなのだ。いかにもブルージーなフレーズを深みのある音で次々に繰り出すギター、むせび泣くようなハープ、はじめは控えめに、やがて踊り狂う両手が鍵盤を叩くピアノ。そして言葉を畳み掛けるようなボーカル。「My sweet home Chicago」「Honey bee」「Mustang Sally」といった有名どころのブルースを中心に聴かせるのだが、スローブルースは、妖艶で官能的な色香をまきちらし、アップテンポな曲はさながら聴く者の体を踊らせる操り人形のストリング。

 2ステージ、1時間半ほどのライブで踊りながら、ひとつひとつの音に酔い、ひとつひとつの音に愛撫されるかのような夜が更けていく。こうした夜に「渋かった、よかった、楽しかった」などと月並みな言葉は要らない…。

 翌朝(ブルースの余韻が残る中)、起きるのめんどくさいなと思いつつ、仕事があるので仕方なしにベッドを出た。新聞の朝刊を見たら、一 面トップに「ミャンマー、人的援助受け入れ」という見出し、そしてタンシュエSPDC議長、国連事務総長の写真があった。サイクロン被害の救援に関して「もっと積極的に国際社会の援助、特にマンパワーの援助を受けれるように」、国連事務総長が軍事政権を「説得に」出向いた上での話しだ。軍事政権としては、さまざまな思惑があったに違いないが、とにかくこの「説得」に応じた、といわけだ。だから、これはニュースとして見れば、「朗報」なんだろう。しかし、新聞の紙面、特に軍服を着たタンシュエの写真をみていたらなんだか虚しさを伴った悲しさがこみ上げてきて、涙が出てきた。人的援助を受け入れる、なんて当たり前のことを言うのに、なぜ三週間もかかるのか。その間どれほどの国民が苦しみ、あるいは死んでしまったのか、想像もつかない状態なのに。大規模災害の時は、初動救助が肝心だということくらい、中学生でも知っている。一握りのバカなやつら、力を持っているバカなやつらのせいで、たくさんの人々が苦しまなきゃならんのかと思うと、ほんとに、ほんとに、ほんとに、やりきれない。

 私は、ビルマの軍事政権との「付き合い」は長い。だから、彼らのやり口に怒りを覚えることは珍しいことではない。しかし、今回は別格だった。そして、怒りとやりきれなさが極限まで増幅されると、もはやそこには、悲しみと虚しさしか残らない。

 そうは言っても、「悲しみと虚しさ」で終わるわけにはいかない。昨夜のライブ、とりわけ珠玉の一曲はラストのスローブルース。「same old blues」というフレーズが、やけに心に しみる一曲だった。「いつも同じ、古臭いブルース」というわけだ。

 私がいつも心に抱く怒り、相も変わらずビルマ軍事政権に投げつける言葉は、シンプルなリズム、わかりやすいフレーズに乗せて切々と歌う「same old blues」かもしれない。それでもかまわない、いや、そうであってほしいと思う。

 ブルースの余韻とタンシュエの写真。一杯飲みたくなる朝だった。

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