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田辺寿夫(シュエバ)

暑い夏は去ったけれど
2005年9月30日配信 

パスポートはかばんの中に

2005年は夏休みをとらなかった。汗をかきかき東京の街を走りまわっていた。時折り「昨年の夏はバングラデシュのチッタゴンやラオスのルアンプラバンなどへ二回も外国旅行をしたのになあ」などと、心の中でぶつぶつつぶやいていた。一年も前の海外旅行を時々思い出すのは、いつもパスポートを携帯しているせいもある。そのパスポートには旅の記憶につながるタイ、バングラデシュ、ラオスなどの入国・出国スタンプが押してある。

海外旅行に出かけるわけでもないのに、パスポートは必ずかばんの中に入れている。運転免許証を持たない自分の身分証明としてである。日本人が日本にいながらなぜ身分証明が必要なのか? 警察署で、入国管理局の収容施設で常に提出を求められるから。つまり警察や入管へ行くのがぼくの仕事の欠かせない一部なのである。

何のために警察や入管に足を運ぶのか? いうまでもなく滞留期限超過(オーバーステイ)や不法入国の故に逮捕され、警察に留置されていたり、東京入管(品川区港南)に収容されていたり、そこから入国管理局東日本収容センター(茨城県牛久市)に身柄を移されていたりするビルマ国籍者に面会するためである。そのビルマ人たちと面会する弁護士の通訳として同行する。弁護士とだけではない。NPO・難民支援協会(JAR)の担当者と一緒に行ったこともあった。警察署は都内にあるとはいえ、なかには葛飾署や月島署など駅から随分離れている警察もある。品川駅からさらにバスに乗る入管も自宅からだと2時間ぐらいかかる。牛久となると、上野から常磐線で一時間、さらに牛久駅からタクシーで20分ほどかかる。これはもう行って帰るだけで一日仕事である。そういえば8月30日には広島刑務所まで足を伸ばした。弁護士もぼくも日程がつまっていたから、たった3時間の面会のために飛行機で日帰りという強行スケジュールだった。

そうしたビルマ人の多くは難民認定を申請していたり、これから申請しようとしている。だから弁護士や支援団体の担当者とともに面会し、ぼくが通訳をして、事情を訊き、陳述書を作り、今後の流れを説明したりして、難民認定申請や裁判(難民不認定取消し訴訟)の準備をすることになる。

ビルマ人といってもいろいろ

もちろんパスポートを提示する必要のない仕事場もある。難民認定申請希望者や申請者を呼んでの弁護士事務所や難民支援協会でのききとりや裁判所での通訳などである。これもしかし長時間にわたることが多い。ききとりでは一度に何人もの面談希望者と話をするのが普通である。裁判でも、普通の出入国管理及び難民認定法違反(不法滞在)の裁判(刑事)は40分程度で終わるが、本人の希望で弁護人が被告の「難民性」を公判で主張するとなると長引く。まして「難民として認めない処分の取消し」と「退去強制処分の取消し」と求める訴訟(民事)の本人尋問となると、原告側90分、被告(国・法務省)側90分ぐらいを使うから、休憩10分をはさんで3時間もの長丁場をこなさなければならない。声が涸れる。

2003年の後半からビルマ国籍者の難民認定申請は目立って増えてきている。ビルマ軍事政権が「反政府」勢力(すなわち民主化陣営)への弾圧を一層強化したために、帰国すれば迫害をうける恐れのある人が増えた。一方で、日本の不法滞在外国人に対する取締りが厳しくなってきた。だから帰れない、しかし日本に居つづけて捕まると帰される、じゃどうするのだ、難民認定申請しかないと考えるビルマ国籍者が急増している。

新宿区四谷にある在日ビルマ人難民弁護団事務局ではほぼ隔週一回難民認定申請希望者のインタビューを行なっている。弁護団に所属する弁護士たちが、一人につき1時間ぐらいかけてききとりをする。希望者は一回につき3~4人いる。となると3、4時間かかる。その人たちの出身地は広いミャンマー(ビルマ)連邦の全国にわたっているから、きわめてわかりにくい方言丸出しの人もいる。少数民族の人たちは母語がビルマ語ではないから、ビルマ語がおぼつかない人も居る。神経をつかわなければならない。またこうした通訳の仕事は単にビルマ語を日本語に置き換えているだけでは足りない。民主化運動の歴史や軍事政権と民主化勢力の対峙の現状、少数民族であるならば、それぞれの迫害・差別の歴史や現状を知っていないと的確な通訳はできない。教育制度や社会的な慣習についての知識も必要である。となると予習や復習も少しはしなければつとまらない。くたびれる。

そんなこんなで、8月1ヶ月でしっかり話をきいたビルマ人の数はなんと20人を越えている。名前を全部覚えていないのは止むを得ないとして、今度会ったときに、その人物の特徴なり、活動歴などについては、少しは思い出し、相槌を打てる程度にはしておかなければなるまい。これもたいへんだ。

忙中閑あり

不思議なもので忙しくなればなるほど仕事の合間を縫って関係のない本を読みたくなる。8月中に読んだ本の冊数は20冊。ほとんどが小説である。そのうちビルマの小説が3冊。日本語のものを読んでいると、一日一冊ぐらいのペースになってしまうので、味わいが薄まってしまい、気分転換にもならなくなる。そんな時、ペースを変え、あたまを切り替えるためにビルマ語の小説を読む。ほとんど他愛のない恋愛小説である。それでも日本語を読むようなわけには行かない。一冊読み終えるのに少なくとも3日はかかる。野球でいえばチェンジオブペース、緩急自在の読書である。

読む本に不自由はしない。高田馬場や大久保にはビルマ人向けのコンビニストアがあり、そこには書籍を置いてあり、新刊書も古本も簡単に手に入る。それに東京にはぼくのことを「オヤジ(アバ)」と親しんでくれるビルマ人の青年がいる。その「息子」が、年甲斐もなく、恋愛小説を好む「親父」のために、「これ面白いぜ」とか「これは親父向けだ」とか言いながらビルマの恋愛小説を次々に持って来てくれる。

ビルマの小説を読んでいると、たとえいい加減に読んでいたとしても思わぬ副次効果があることに最近気づいた。まずビルマ語が豊かになる。普段、毎日のように放送の仕事で慣れ親しんでいるビルマ語はニュースであり、解説であり、情報番組である。そういうジャンルで使われているビルマ語と小説のビルマ語はかなり違う。もちろん語彙や文体は作家によってそれぞれ異なる。読者であるぼくは惚れたはれたのストーリー追いながら、千差万別、今まで知らなかった単語・語彙・言いまわしにごく自然に接することになる。勉強をしようとしているのではないのに勉強になっている。ちょうどビルマ語の小説を読んでいる時期には、通訳の仕事が入ると、読んだばかりのことばが自然に出てくる。ぼくの武骨なビルマ語も少しはやわらかく、なめらかになるのである。ありがたい。

もうひとつ、ビルマの小説を読んでいると友達の輪が広がる。ふだんはやれビルマ民主化のためには日本でどう活動すべきかといった政治論議、難民認定申請にともなう諸々のことどもなど、ビルマ人たちと話す話題はカタイものが多い。それが「おい、ミンルー(人気作家の一人)のあの小説は読んだかい? おもしろかったぜ」といった糸口からやわらかい話題が展開できる。こぶしをふりあげて民主化を叫んでいる活動家のなかにも、実は文学好きといった青年もいることがわかる。やはり人間である。おたがい読んだ小説をネタに会話が弾む。政治活動の合間の一服の清涼剤である。楽しい。

IWGP読んだかい?

日本の小説ではこのところ石田衣良のIWGP(池袋西口公園)シリーズにはまっている。若い作家のようだが、文章がしっかりしている。読みやすい。若者の生き様を生き生きと描いている。読み始めたらとまらない。シリーズ四作目『電子の星』を読んでいて驚いた。おさめられている何本かの中篇小説の一つに「黒いフードの夜」という作品があった。なんと主人公真島誠の前にビルマ人少年が姿をあらわす。このやさしげな少年がマコトの果物屋へやって来て古くなった果物をもらって行くという設定である。しかもこの14歳の少年は日本で暮らす両親・妹二人の一家の生活を支えるために身を売っている。少年の父は1988年のビルマ民主化闘争に加わり、逮捕・投獄され、拷問を受け、今は体をこわしていて働けない。拷問されるときにすっぽりと黒いフードをかぶせられ、恐怖を味わった経験がこのタイトルにつながっているらしい。少年の名前がサヤー(先生の意味)になっているなど、不自然なところはあるが在日ビルマ人社会をよく取材して書かれている。

この小説を読んでさっそくビルマ人の友人の一人T君にメールで紹介した。ビルマ小説談義をかわす友人の一人である。T君の在日10年をはるかに越え、母国民主化をめざす活動家でもあるが、絵画や音楽にも造詣の深い芸術家肌の男である。昨年の暮れから今年にかけて不法滞在で摘発され、二ヶ月ほど入管に収容されたが、苦難の末に在留特別許可を得た。ビルマ人の奥さんとともに高田馬場に住み、今は熟達した日本語を駆使して法廷通訳の登録もしたという。

数日後T君からメールが届いた。このメールには脱帽である。(以下原文のまま)

……・本のご紹介ありがとうございます。さっそく読みました。ビルマ人、特に民主化にかかわっている者としてはちょっと腑に落ちないところもありますが、面白かったです。池袋ウェストゲートパークをドラマ化したものは見ました。脚本を手がけたのが宮藤官九郎と言う若い人で、彼の作品はけっこ好きだったので見てました。……

「腑に落ちない」なんて実に端倪すべからざる日本語である。おまけにぼくはTVドラマになっていたなんて知らなかったし、宮藤(クドウと読むらしい)官九郎と言われてもなんとも答えようがない。まいった。これからはT君とはビルマの小説談義をかわすだけではすまない。日本の小説についても大いに談論風発、語り合うことになりそうである。そのうちにT君といつもの溜まり場である高田馬場のビルマ・スナック『ルビー』で顔を合わすことになるだろう。話したいことがいっぱいある。今から待ち遠しい。