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田辺寿夫(シュエバ)

ビルマは民主化に向かうのか?~最近のニュース報道から~
2002年11月15日配信 

俺はもういやだ、ラザリ・イスマイル特使の憂鬱

アナン国連事務総長のビルマ問題特使であるラザリ・イスマイルは12日(火)から16日(土)までミャンマーを訪問している。一昨年(2000年)の10月に、ミャンマー(ビルマ)軍事政権とアウンサンスーチー率いる民主化勢力との間の調停活動を開始して以来、9回目のミャンマー訪問である。今回も政権指導者のほかアウンサンスーチーとも会う予定になっている。

今回の訪問を前にして、クアラルンプールでマレーシアのメディアから取材を受けた際、ラザリ・イスマイル特使は注目すべき発言をした。「民主化に向かう歩みは遅々としている。これ以上成果があがらないなら、自分はもうこのポストを離れる」というのである。

国際社会の意をたいしてのラザリ・イスマイル特使のこれまでの努力はそれなりに評価されてきた。とくに軍事政権を説得し、今年5月アウンサンスーチーを19ヶ月ぶりに自宅軟禁からの解放にこぎつけた時には、世界中から賞賛された。政治犯の釈放も進んでいる。まだ1300人もの政治囚がミャンマー各地の刑務所に居ると伝えられてはいるが、少なくともこれまで特使の訪問のたびに、政府は政治犯をすこしづつ釈放してきた。

それでは何故、ラザリ・イスマイル特使をして、「もう辞めたい」などと言わせるのか? アウンサンスーチーは自宅軟禁を解かれ、地方旅行なども出来るようにはなっているが、5月以降、肝心の政治対話がまったく進んでいないからである。

閣僚が13回、連絡将校は107回

小泉首相は、カンボジアのプノンペンで開かれたアセアン+日中韓+インド首脳会議に出席し、11月5日にはミャンマーのタンシュエ上級大将(国家平和発展評議会=SPDC議長=元首。首相でもある)と会談した。小泉総理は「ミャンマーの国づくりが成功するには、民主化に向けた努力が必要だ。とくにアウンサンスーチーさんは、国際社会から見て民主化の象徴で、その処遇に配慮してほしい」と要請した。

これに対するタンシュエ議長の答えがふるっている。「アウンサンスーチー女史はいま、ミャンマー国内をどこでも自由に訪問できるし、政党活動も自由に行なうことを認めている。またスーチー女史とは政府の関係閣僚が13回、連絡将校が107回も会談している」

このニュースをきくかぎり、両国首脳の話は結局すれ違いに終わっている。タンシュエ議長は閣僚や連絡将校が会いに行くのが「対話」であると強弁しているようだ。また、たしかにアウンサンスーチーは自宅軟禁から解放された後、首都ヤンゴンを出て何回か地方都市を訪れてはいる。しかし、それは国民民主連盟(NLD)の組織建て直しの意味合いが強く、国民を巻き込むような政治活動の域には至っていない。彼女自身が政府に配慮して、行く先についても、行動に関しても、摩擦が出ない程度に活動を小出しにしているように見える。外国要人との会談、外国メディアとの会見といった場でも、軍事政権を直接に非難するような言葉は注意深く避けている。

その意味では、12日(火曜日)から彼女がシャン州に出かけるとされているのが注目される。シャン州は中国・ラオス・タイと国境を接し、少数民族や麻薬、あるいは最近では人権NGO団体が国連に訴え出た、ミャンマー国軍による少数民族女性への組織的なレイプ(軍事政権はそういう事実はまったくないと全面否定している)など問題山積の地域である。どんな旅になるのだろうか。目的地やスケジュールは明らかにされていないが、彼女の行動がどこまで許容されるのか、あるいは軍事政権がなんらかの制限を加えようとするのかを見ることで、タンシュエ議長のいう「アウンサンスーチーの自由」なるものがどの程度のものなのかを判断できる機会になるかも知れない。

対話の兆しが見えない

政治対話が行なわれていないことは、外国メディアのインタビューや外国要人とのミャンマー訪問後の会見から明らかである。8月6日のNHKとのインタビューでアウンサンスーチーは「まだ実質的な対話は何も行なわれていない」と話している。

10月2日、3日にはオーストラリアのダウナー外相がミャンマーを訪問した。ダウナー外相は軍事政権指導者とも、アウンサンスーチーとも個別に会談した。そしてこう語っている。

「軍政の首脳陣は民主化の必要性への理解は示したが、今後の対話に向けた具体的な日程は一切示さなかった。一方、スーチーさんは、軍事政権側に民政移管に向けて取り組む意志があるのかどうか懐疑的になっている様子だった」、「双方の間にいまだ対話の兆しが見えていない」と述べている。

10月末にミャンマーを訪問し、アウンサンスーチーとも会見したピネイロ国連人権委員会ミャンマー問題特別報告官も同じ主旨の発言をしている。

つまり対話について言えば、5月以降何の進展もない、いまだ何も始まってはいない状態なのである。

アウンサンスーチーは声がかかればNLDはいつでも対話に応じると何度も表明している。対話の兆しが見えないのは軍事政権側が積極的ではないからだろう。そうした軍事政権にとって心強い援軍もいる。例えばマレーシアのマハティール首相は今年8月中旬に、両国の経済交流を活発化する目的を持った代表団を率いてミャンマーを訪問し、次のように述べている。

「民主化への過程は段階的であるべきで急ぐ必要はない」、「混乱をさける意味からも民主化は慎重に進めるべきで、時間がかかるのは当然である」

軍事政権はこうした応援に安心しているようである。権力を手放す気配はまったくない。

国家の一大事、軍事政権を支持しよう!

その一方で、軍事政権は次々と「重大なニュース」を作り出しているように見える。国家の「一大事」に対して、政府はその全力をあげて立ち向かっている、国民も協力するようにと言わんばかりに。

例えば、かつての権力者ネウィンの娘婿とその子供(ネウィンの孫)たちによる「クーデター計画」が今年3月に摘発され、国営メディアを通じて大々的に報道された。

今年の5月以降は、ミャンマー=タイ国境をまたにかけて麻薬を扱っているとされる少数民族武装集団に関して、隣国タイと意見が対立し、軍事政権はタイという国称を、見下す言い方であるヨーダヤーと呼んだり、全国各地で少数民族集団とその「後ろにいる」タイ政府を非難する集会を次々と開催し、それを国営メディアを通じて大きく報道したこともある。

こうした報道ぶりは国民の目をアウンサンスーチーの動向や民主化の進展状況からそらそうとしているように読み取れる。こうした「焦点そらし・引き延ばし・ガス抜き」は当分つづきそうである。

1990年5月の総選挙からすでに12年もの歳月がたっている。この選挙では国民議会の総議席485のうちNLDが392を獲得した。国民の民主化への熱意がNLDの圧倒的勝利という結果をもたらした。ところが、その後、国民議会は一度も招集されず、政権委譲ももちろん無し、選挙結果は今に至るまで軍事政権によって、まったく無視されている。

しかし、アウンサンスーチーの行くところ、人だかりが絶えないことが示すように、国民の民主化への熱望は消えてはいない。言論や政治活動はきわめて厳しく制限されているから、国民の声が大きく取り上げられることは少ないし、外国に伝えられることもないが、物価高に苦しむ生活の負担もあいまって、軍事政権への不満や怨念は深く、静かに広がっているものと思われる。

マハティール首相のミャンマー訪問にあわせて、厳戒体制の首都ヤンゴンの中心部で学生グループが軍事政権に「真の政治対話開始」を求めてデモを決行した。すぐに鎮圧され10数人が逮捕されたが、この逮捕・投獄覚悟の行動を見ても、国民が「政治対話」の進展を求め、軍事政権のやり方に不満を持っていることがうかがい知れる。