田辺寿夫(シュエバ)

豪放磊落で行こうぜ
2003年9月20日配信 「ビルマ人のスキップ」第34回(『恋するアジア』第41号)

駅のホームにビルマ語がひびく

前回のエッセイの主人公である在日ビルマ人・独身男性・滞在資格なし・仮放免中・居酒屋の自称イタチョウ(板長)Kは一時の落ち込みを脱して、ここのところ元気を取り戻している。Kは八月三日に誕生日を迎えた。三七歳になったそうである。ノホホンとした風貌、子どもっぽいしゃべり方に接していると、とてもそんな歳とは思えないが。めでたいというべきか、いい歳こいて、ふらふらするなと言うべきか。

八月三日はたまたま日曜日にあたっていた。午後二時ごろ、シュエバはコーディネーターをつとめることになっている翌週水曜日開催予定のシンポジウム「ディぺーイン流血事件とビルマの将来」について打ち合わせるため、北区東十条にある都議会議員Wさんの事務所へ向かっていた。山手線から京浜東北線に乗り換えるべく田端駅のホームにいた時、シュエバの携帯電話に着信があった。

「ウー(おじさん)、今どこに居るの?」

シュエバにいきなりウーと呼びかけるのはKただ一人である。

「田端だ。これから東十条へゆくところだよ」

「ちょうど良かった。今日はボクの誕生日なんだ。ガールフレンドと二人でお祝いするんだ」

「そうかい。それはおめでとう。祝ってくれる相手がいてよかったなあ」

「七時頃まで高田馬場のナガニにいるからウーもおいでよ。なんたってボクのお父さんなんだから」

この野郎、殺し文句を心得ていやがる。そう言われたらなにはさておき駆けつけざるを得ないじゃないか。憎まれ口を叩きながらも、話題が話題だけに弾んだ調子で、声も大きくなっていた。Kと電話で話しながらシュエバは近寄ってくる男の姿を目で追っていた。知り合いのビルマ人Yさんである。会話が終わるのを待ってYさんが声をかけてきた。

「なんだ。ウー・シュエバか」

「やあYさん。久しぶりだね」

YさんはKとは違って、きちんと就労資格のあるビザを持ち、東京・築地の水産会社につとめている。長く日本で暮らしており、家族も呼び寄せている。こういう安定した生活を営むビルマ人は日本には数少なく、貴重な存在である。ビルマ人同士の結婚披露宴によばれてルージー(社会的に尊敬される大人)として祝辞を述べたりもする。披露宴の司会をすることが多いシュエバとはよく顔を合わせる。Yさんは、駅のホームに響く母国語をききつけて、同胞に注意しようと近づいて来たのだと言う。

「デカイ声でビルマ語しゃべっているから、オーバーステイだったら捕まるぞって言うつもりでさ」

そうだったのか。オーバーステイ(滞在期限超過者)ではないにせよ、大勢の人が行き交う駅のホームで声をはりあげたことをシュエバは恥じ入った。

「気を遣わせてごめんな。これから気をつけるよ」

Kの誕生日ときいてうれしかったから思わず声が大きくなってしまった。Kは不運な男である。難民認定を申請したが、認められなかった。同じような経歴の民主化活動者仲間が難民認定を受けたり、すくなくとも在留特別許可を得たりしているのに、Kはいまだに仮放免の身で月に一度の入管出頭を義務付けられている。Kはさかんに愚痴る。なんでオレだけこうなんだと。

Kの不器用さ・無骨さ・要領の悪さを愛するシュエバは彼を「息子」のように思って、なにかと相談に乗っている。愚痴の相手にもなる。落ち込んだら励ましもする。まわりの人から見れば、目をかけているように映るだろう。Kの方も頼りにして、「ウー・シュエバはオレの親父だぞ」とまわりの人たちに言ったりもしている。そうした二人のやりとりは在日ビルマ人社会にもだんだん知られるようになってきた。高田馬場のビルマ料理店「ナガニ」やビルマ居酒屋「ルビー」などでは、変な「親子」として格好の話題を提供しているやも知れぬ。

息子さんには困ってます

五月三十日夜、地方遊説中のアウンサンスーチーら国民民主連盟(NLD)の一行は、ビルマ北部ザガイン管区にあるディぺーインという町の近くの田舎道で、政府が動員したとされる御用団体USDA(連邦団結発展協会)らの暴徒集団に襲われ、多くの死者を出した。政府の発表では死者は4人だが、民主化勢力側の情報では死者の数は60人を越える。重傷を負った人も少なくない。そのうえ、アウンサンスーチー書記長、ティンウー副議長をはじめ多くのNLD幹部や活動家たちが拘束された。1990年の総選挙で総議席485のうち、80%を越える392議席を獲得したNLDの党本部や支部事務所はすべて閉鎖され、公党としての活動はストップした。軍事政権には、民主化陣営と対話を進めて、民主化に向かおうとする姿勢などまったくないことが明らかになった。

この「ディペーイン流血事件」とよばれる事件のあと、国際社会は一斉に激しい非難を軍事政権に浴びせた。在外のビルマ人民主化組織も抗議の声をあげた。日本ではビルマ民主化同盟(LDB)、国民民主連盟(解放地域)日本支部をはじめとする民主化組織のメンバーらが事件の翌日から東京・北品川のビルマ(ミャンマー)連邦大使館の門前に立ち、連日抗議デモをつづけた。これまでデモに参加したこともない、いわゆる民主化活動家ではないビルマ人たちも大勢加わった。それだけ憤激の度が強いのだろう。

シュエバが大使館前の抗議デモに顔を出した時のことである。大使館の正門に向かい、道路の端にに20人ばかり、ずらっと並んでいるビルマ人たちに目をやっていたシュエバに、顔見知りのビルマ人が声をかけてきた。Kを探していると思ったらしい。

「ウー・シュエバ、今日は息子さんは来てないっすよ」

「うん。そのようだね」

「奴、来にくいんじゃないかな。なにしろこの前の日曜日の夜はたいへんだったんだから」

「Kがなんかしたの?」

「酔っ払ってたのかな。大声あげて、オレはこれから大使館に乗り込むぞー!って暴れたんですよ」

「へえー。Kらしいじゃないか」

「でも困ったすよ。いくら止めても門を乗り越えようとするから、みんなで必死に抑えてね」

「そう、そりゃ迷惑かけたね。すまん、すまん。今度会ったらよく言っとくよ」

思い込んだら命がけ、時に奇矯な行動に走ったり、抑制がきかなくなったりするKらしいふるまいではある。酒が入っていたのかも知れない。このいきさつを話してくれた人物はKの行為を根に持って告げ口をするつもりではなかったらしい。Kはシュエバの息子のような存在だというから、「親父さん」にも話しておいた方がいいと思ったのだろう。シュエバも行きがかり上、とりあえず謝りはしたものの、まあ、このぐらいはどうってことはないだろうと思った。

しかし、こういうことが重なって、それでなくとも孤高狷介、一人わが道を行きかねないKが在日のビルマ人民主化活動家のサークルのなかで、孤立してしまってはまずい。仲間はずれにはなって欲しくない、みんなの嫌われ者になってもらいたくはない。この話をきいてシュエバはそんなことが少し気になった。

犀(さい)とオオトカゲ

大使館の前で抗議デモをつづけるビルマ人たちがナアパ(SPDCのビルマ語略称=軍事政権)を憎んでいるのは言うまでもない。ディーペイン虐殺事件以後はナアパと並んで「犀とオオトカゲ」が憎悪の対象に加わった。ビルマ人たちは吐き棄てるように「チャン(犀)・プッ(オオトカゲ)の奴らが……」と口にしていた。彼らの会話のなかにしばしば出てくるこの「チャンプッ」は、アウンサンスーチー一行を計画的に襲った暴徒集団であり、軍事政権の御用団体であるUSDAのことを指している。

USDAは英語名称「ユニオン・ソリダリティー・アンド・ディベロップメント・アソシエーション」の頭文字をとった略称である。ビルマ語では「ピィダウンズ(連邦)チャンカインイエネ(団結と)プンピョウイエ(発展)アティン(協会)」という。一息には言えない長さである。そこで軍事政権は、三つの単語の集まりからそれぞれから一語づつ取り出して「ピィ・カイン・ピョウ」という略称を使っている。一方、民主化勢力側はやはり単語を抜き出して「チャン・プン」と呼んでいた。そのチャン・プンがチャン・プッと言い換えられた。チャンプッの方がよりふさわしいと多くの人が思うようになったのには理由がある。

USDAは1993年に軍事政権の肝いりで結成された。メンバーの数はおよそ1200万人というこの組織を軍事政権は政治団体ではなく「大衆団体」であるとしている。しかし、多くの人たちは新版「マサラ」と見なしている。マサラとは1988年に崩壊した軍人主導のビルマ式社会主義の時代に一党独裁体制を布いた「ビルマ社会主義計画党(BSPP)」の略称である。

その時代は「マサラにあらずんば人にあらず」とされた。就職先を見つけるにも、職場で出世をするにも、住居や生活物資・薬などを手に入れるにも、子どもをいい学校へやるにも、つまりはまともな生活を送ろうとするには、ともかくマサラに入党し、軍やお役所、地域の有力者らとの顔つなぎをしないことにはなにひとつできなかった。

今、そのマサラがUSDAと名前を変えただけで、同じことが起こっていると人びとは感じている。USDAのメンバーになれば生活がしやすくなる。入らないと「あいつは民主化派じゃないのか」、「反政府運動とかかわっているんじゃないか」と白い目で見られる。昔の日本で言えば「非国民」あつかいである。だからあっという間に1200万人もの国民が「自主的に」入会した。

USDAは結成当時から今日に至るまで、大いに「国民の声」なるものを張り上げた。政治団体ではないといいながら政治の分野にも踏み込んでいる。地域ごとに集会を開き、「NLDは外国の力を借りて国家を転覆しようとしている」、「アウンサンスーチーは頑固で蛇のように執念深い女だ」、「この地域で選ばれたNLDの国会議員は辞職せよ」などと主張した。言うまでもなく、会員たちは動員され、軍事政権に都合の良い声をあげさせられたのである。いやいや参加し、思ってもいないことを叫ぶ羽目になった人たちも多いだろう。

そして、2002年5月に二度目の自宅軟禁から解放されたアウンサンスーチーがその後地方遊説に出るたびに、軍事政権の意を受けて、あるいは軍事政権の別働隊として妨害をつづけた。妨害は日を追うごとに激しくなって行った。その流れの行き着く先が今回の「デペーイン流血事件」であった。

だからUSDAは今や「チャンプッ」となりおおせてしまったのである。ビルマでは犀(チャン)は体は大きいがアタマが悪い、脳みそがほんの少ししかない動物とされる。オオトカゲ(プッ)の方は見るからに気持ち悪い容姿であるばかりか、時には昼寝をしている赤ちゃんを襲ったりする獰猛さもある。疫病神あるいは貧乏神とされる。しかし、これは人間の見方である。自分たちをUSDAになぞらえられた犀やオオトカゲは「オレたちはそれほどひどくはないぞ」と迷惑千万に思っているだろう。

大使館前の抗議デモででも、シンポジウムででも、このところ目立って増えてきたビルマがらみの集会やデモのなかでも、いろいろな人の口からチャンプッを罵る声をきいた。シュエバはそれを通訳したり、解説したりと大忙しだった。そんな時に、頭をかすめることがあった。

Kはもしビルマにいたとしても、チャンプッには入らないだろう。大して気は強くはないが、百万人といえどわれ行かんと自分の道を貫く男である。生活の利便・利益のために信念を枉げる男ではない。権威に屈するような男ではない。それでも、大使館前のデモの時に見られたような自分勝手なふるまいのゆえに、もう面倒みきれないとみんなから嫌われたり、仲間はずれにされたり、変人視されることはありうる。そうはなってくれるなよとシュエバは少しばかり心配している。

得意技は漢字三つ

Kの誕生日のこと。シュエバはシンポジウムの打ち合わせを終えて高田馬場へ急いだ。すでに夜七時をまわっていた。息せき切ってビルマ料理店「ナガニ」に飛び込んだ。ナガニはけっこうお客さんが入って賑わっていた。ひとわたり客席を見渡したがKの姿はない。厨房の方を覗き込んでいると店のおかみさんと娘さんが出てきた。シュエバの用件は先刻承知のおもむきである。おかみさん曰く。

「Kならさっきまで居たけど、もう出て行ったわよ。何処へ行ったかって。きいてないわ」

娘さんが続ける。

「誕生日だって、女の子と騒いでたよ。出てってくれてよかった。あんまり来てほしくないお客さんよね」

二人ともことKについては突き放した物言いである。同時に、Kのような男とかかわりあいになって気の毒にとシュエバに同情してくれているようなニュアンスも感じられる。この頃こんな反応にしばしば出会う。遠慮がちにではあるが、いったいどうしてウー・シュエバはKにそんなに肩入れするのという問いかけである。

シュエバは時々その答えをさがそうとする。誰にも分かるように理屈で説明するのは難しい。Kについてのおもいは、要するにブキッチョな若者への応援歌のようなものだろうと思っている。シュエバ自身、必ずしも自分の思い通りにこの世の中を生きてきたのではない。星雲の志はあったけれども、属する社会や会社組織、家庭環境などを考えて、志を削ったり、妥協したり、時には心ならずも迎合したりもして、とにかく仕事はつづけてきた。そのために失ったものもずいぶんあるというのが今のシュエバの実感である。

だから、さまざまな困難に出会っても、不器用に、自分なりの正義にこだわって、身すぎ世すぎの策略を弄さずに、立身出世などは考えもせずに、まして他人にごまをするなどとんでもないといった態度で生きようとする若者を見ると、「たいへんだろうけど頑張れよ」とついつい応援したくなるのである。

ナガニにはいなかったKをさがして、シュエバはすぐ近くのビルマ居酒屋「ルビー」に行ってみた。案の定Kは若い日本人女性と楽しく語らっていた。時々ボランティアとして日本語を教えてくれている人だという。Kは得意げに「これがオレのお父さんだ」と紹介してくれる。ビールを飲みながら話は弾んだ。

ことのほか機嫌のいいKは得意の「この漢字三つ重なるとなんて読むんだ?」という話で女性を煙に巻いた。日本語一級検定試験を受けると言って勉強しているはずのKは、検定試験とはほとんど関係がない「漢字三つ」が大好きなのである。まあ外国人からすれば、漢字を学ぶのはパズルやクイズみたいなものかも知れない。Kは街で「贔屓(ひいき)屋」とか「驫(とどろき)」といったこの頃増えてきた和食屋の看板を見つけるたびに、すぐさまシュエバに電話をかけてきた。

「ウー、貝三つはなんて読むんだ?」

「車三つと馬三つはなんで両方ともトドロキなんだ?」

こういう問答にシュエバはもう慣れている。日本人女性相手にKのクイズ出題が始まった。

「木が三つで森、口三つだと品だよね。じゃ、女が三つだとなんて読む?」

もちろん女性は知っている。

「姦(かしま)しい」

「牛が三つだとどう?」

これは若い女性にはちょっと無理だろう。シュエバに回答者のお鉢がまわってくる。

「ウーは知ってるか?」

「犇(ひしめ)くって読むんだよ」

「そうか。じゃ石三つは?」

「豪放磊落のらいだ」

「ゴーホーライラクってなんだ?」

「小さなことにくよくよせずに、きっぱりしていて、やることは大胆にやるってことだよ」

シュエバはそう説明しながら、Kは豪放磊落とはちょっとタイプが違うかなと思ってしまった。愚痴が多すぎるぜ。くよくよするなよ。なあ、どうせなら豪放磊落をめざそうぜと口には出さずにKに語りかけていた。