| ビルマ情報ネットワーク | |
|
|
|
|
声 明本日ビルマ人難民Zに関する国家賠償請求事件の判決がなされ,東京地方裁判所民事3部(藤山裁判長)は,法務大臣の難民不認定処分の違法性と責任を明確に認定し,法務大臣に対し,Zが長期間収容され,難民認定を受けるまで不安定な身分に置かれ,送還の恐怖にさらされ続けたことなどを理由とする慰謝料等として950万円の支払いを命じた。本判決は,国家賠償請求事件であるが,難民事件に関連した判決として画期的な意義を有するものである。 Zは1998年3月に来日,庇護を求めたもののそのまま収容され,3日後に難民申請をしたものの,結局難民としては不認定となり6月には退去強制令書が発付された。そして収容そのものは99年3月まで約11ヶ月に及んだ。 当初の訴訟は難民不認定処分取消しを求めるものであったが,2002年2月に結審を目前に控えて,法務大臣はZを難民として認め,敗訴判決を回避した。そこからZは難民として正当に扱われてこなかった損害の回復を求めて国家賠償請求事件に切り替えて訴訟を遂行した。 Zの願いは難民認定によって一定かなえられたが,しかしなぜ11ヶ月も収容され,そして難民としての正当な扱いを受けられなかったのか,責任を明確にし今後同じようなことが回避されるための判断が示されるかが問題であった。 本日の判決は,立証責任は難民認定申請者のみが負うという国の主張を退け,「法務大臣においても…必要な範囲内での調査を行う義務がある」とした上で,「難民調査官が…本件難民認定申請を退去強制を免れるためのものとの疑念にこだわり,…当初の思い込みに影響されて…原告の供述について公正かつ慎重な評価,吟味を欠いたまま,信用できない供述であるとの誤った判断に至った」「難民認定のあり方について正しい認識を有する者ならば容易に発見することが可能であったと考えられるのであるから,(法務大臣の)上記義務違反は,基本的,初歩的な義務違反であるといわざるを得ない」と法務大臣の責任を厳しく指摘し,Zの思いに正面から十分に応えるものとなっている。 Zは難民であった。判決は,日本の難民認定のシステムが,難民を難民として保護するために正しく機能していなかったことを明らかにした。 今般法務省は難民に関連して,仮滞在と在留資格の点で改正案を提出している。しかし,残念ながらシステムや難民認定の質をどのように向上させるかについては全く今回の改正案は示していない。Z事件判決は,この改正案に対しても本来求められている議論の方向性を示すものである。 2003年4月9日 申 入 書2003年4月9日 私たちは,ビルマ人の難民申請手続きに関する法的な援助をしている 弁護団であります。1992年に結成され,現在も活動を継続しております。 既にご承知のように,当弁護団が代理人を務めました原告Zに関する 国家賠償請求事件につき、4月9日に東京地方裁判所民事3部(藤山 雅行裁判長)は,法務大臣の難民不認定処分の違法性と責任を明確 に認定し,法務大臣に対し,Zが長期間収容され,難民認定を受けるま で不安定な身分に置かれ,送還の恐怖にさらされ続けたことなどを理由 とする慰謝料等として950万円の支払いを命じました。 この判決の中で,裁判所は,立証責任について「法務大臣においても …必要な範囲内での調査を行う義務がある」と難民申請を審査する側 の責任を明確に認め,そして「難民調査官が…本件難民認定申請を 退去強制を免れるためのものとの疑念にこだわり,…当初の思い込みに 影響されて…原告の供述について公正かつ慎重な評価,吟味を欠いた まま,信用できない供述であるとの誤った判断に至った」「難民認定のあり 方について正しい認識を有する者ならば容易に発見することが可能であっ たと考えられるのであるから,上記義務違反は,基本的初歩的な義務違 反であるといわざるを得ない」と難民認定手続の内容を厳しく論じています。 私たちは,この判決が契機となって,日本の難民認定手続が庇護を求 める者にとって公正で透明性が高く,また難民条約が要求する水準におい て機能することを願ってやみません。 私たちは,これらの司法の判断を重大な問題提起として貴庁が受け止め, 今後の難民認定行政に生かされることを要望します。 そのために必要なことは第一に本判決の責任を認め,控訴をしないという 判断をされることであると考えます。 Zは、判決も指摘するとおり、難民でありながら11ヶ月もの長きにわたって 収容され、収容を解かれた後も約3年にわたり、在留資格を与えられず、 不安定な地位を強いられてきました。控訴をしないという判断は、このZの 被害の回復を一日も早くなすという観点からも、強く求められています。 法務大臣におかれては、ぜひともこの判決の内容を吟味され,現場に おいて判決を生かすことこそが急務であるというご判断をされたくお願いする 次第です。
Z事件判決を迎えるにあたって〜ビルマ人難民に関する初判決
|
| 年月日 | 内 容 | |
| 1998/3/29 | 成田空港到着。上陸申請を行うが、日本で行おうとする活動が虚偽であるとされ、成田空港内の上陸防止施設において上陸防止措置をとられる。 | |
| 1998/4/2 | 退去命令が出される。同日、難民認定申請をする。 | |
| 1998/4/20 | 退去強制手続(違反調査)が始まる。 | |
| 1998/4/21 | 収容令書発付。 | |
| 1998/4/22 | 収容令書の執行で成田空港支局収容場において収容。同日、退去強制手続き(違反審査)が行われる。 | |
| 1998/4/30 | 退去強制手続き(違反審査)が行われる。 | |
| 1998/5/12 | 退去強制手続き(口頭審理)が行われる。 | |
| 1998/6/1 | 東日本入国管理センター(茨城県牛久市)に移収。 | |
| 1998/6/12 | 法務大臣裁決、告知。難民不認定処分(6/9付)通知。退去強制令書発付、執行。 | |
| 1998/6/13 | 難民不認定処分に対する異議申出。 | |
| 1998/7/23 | 退去強制令書発付処分等取消訴訟提起。同執行停止申立。 | |
| 1998/8/31 | 退去強制令書の送還部分につき、執行停止決定(収容部分の執行停止は認められず)。 | |
| 1998/10/13 | 難民不認定処分、異議申出につき理由がない旨の裁決告知(10/5付)。 | |
| 1999/1/8 | 難民不認定処分取消訴訟提起。 | |
| 1999/3/4 | 5度目の仮放免申請が認められ、11ヶ月ぶりに身柄拘束を解かれる。 | |
| 2000/6/19 | UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)よりマンデート。 | |
| 2001/5/28,30 | ニュージーランド難民の地位控訴局議長ロバート・アラン・マッキー氏証人尋問。 | |
| 2001/11/19 | 原告本人尋問。 | |
| 2002/2/23 | 法務大臣より、「難民の認定をしない処分取消処分(2/20付)」が通知。 | |
| 2002/3/5 | 12回の弁論、11回の進行協議・弁論準備手続を経て、当初結審の予定。現在は国に対する損害賠償請求に変更。 | |
| 2002/3/15 | 「難民認定」を受ける。 | |
| 2002/3/18 | 「在留特別許可(定住者1年)」を受ける。 | |
| 2002/12/16 | 結審 | |
| 2003/4/9 | 判決 |
|
(c) ビルマ情報ネットワーク(BurmaInfo) 1997〜年
|
|
(c) ビルマ情報ネットワーク(BurmaInfo) 1997〜年 |