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懐中電灯の光〜心の壁をとかすために!

渡邉 彰悟 (在日ビルマ人難民申請弁護団・事務局長)
2003年12月4日

 この間の皆様の熱いメッセージと署名へのご協力に心から感謝します。

  私は先日,長野において埼玉大学の暉峻淑子先生の講演を聴く機会に恵まれました。暉峻先生の話はすばらしく,今回のこの署名の取り組みに多く共通する話でありました。
  暉峻先生の著書の「豊かさの条件」(岩波新書)には次のような記述があります。

 1997年8月6日,福岡県の小学校2年生の女の子が登校途中に行方不明になったときに,夜になっても行方のわからないその子を心配して同じ学校の父母や地域の人たち1000人余りが懐中電灯をもって学校の校庭いっぱいに集まり手分けして夜中遅くまで探したという話です。

「懐中電灯の光がゆらゆらと,まるで海のようにはるか彼方までひろがり,子どもを探してくれたその光景を,両親は,娘が他殺死体で見つかったあとも思い出しては,なぜか心が支えられたという。 悲しみのどん底にあるとき,多くの人がその悲しみを共有してくれたことが,その後の人生を支えてくれたと,母親はのちのちまで語っている」(125頁)。

 私はこの文章を読んで,いまのキンマウンラ家族にとって,署名のひとつひとつが,メッセージのひとつひとつが懐中電灯の光なのだと思いました。この光はキンマウンラ家族を支えているし,そしてなによりも子どもたちの心の傷を癒していると思います。

 だから,もっともっとこの懐中電灯の光を増やしたい。増やさなければ,この家族もいま回りで彼ら家族を支えている人たちも,大きな力に押し流されてしまいます。皆さんの協力が必要です。いま署名は3万人に近づいています。5万人10万人の光にしたい。 そのときキンマウンラは必ず家族の元に返ってきます。

 「豊かさの条件」の中に,石川さんという人で子どもが筋ジストロフィーと告げられた後に介護に専心した人物のことが書かれています。
  この方は息子の介護を通して,経済価値とは違うもうひとつの人間の価値を「心の壁をとかし,心をふれあわせ,人と人とが連帯する場をつくりだし,生きる意味をあたえる行為」(133頁)と表現したそうです。
  いまこの家族を支えようとする日本の市民のメッセージは,この「心の壁をとかし,心をふれあわせ,人と人とが連帯」しようとする人間の価値に支えられた行為そのものだと思います。そして,その集積は必ず法務大臣の心の壁をもとかすと信じています。

 もう一回り皆さんの周りに連帯の輪を広げていただきたいと思います。よろしくお願いします。

 なお,「法治国家・日本」〜子どもたちから信頼される日本でありたい〜という文章を書いてみました。読んでみてください。この間のいろいろな皆さんからのメッセージに刺激されました。


「法治国家・日本」

〜子どもたちから信頼される日本でありたい〜

渡邉 彰悟 (在日ビルマ人難民申請弁護団・事務局長)
2003年12月4日

1.「法治主義」の実践とは?

  キンマウンラ家族に関する署名活動をつうじて,様々な熱いメッセージが寄せられている。以下は国会での答弁がなされたあとに寄せられたものである。

法律は,人間を幸せにするためにあるのであって,意地悪な存在ではありません。そのような意味に於いて,矛盾が生じたときの超法規的判断が行えるよう,僕たちは内閣を通じ法務大臣を信任しています。

本当の意味での「法」というものを考えさせられました。人が幸せに生きるために,どうしたらいいのか。難民とか不法滞在といった言葉さえ最近のことで,がんじがらめに「法」だからといって人道を逸する日本が,こんな国であっていいのでしょうか?

野沢法相が,これを国際化のいい機会だと思って,バイリンガル,トリリンガルになる機会だと思って考えて欲しい云々と言っていた,その無神経さには具合が悪くなりました。キンマウンラさんご一家のような人々が日本にいてくれれば,日本人がバイリンガル,トリリンガルになる良いチャンスではないでしょうか。

 この間の国民の関心とは逆に,政府はこの家族に対する退去強制を執行するという姿勢を崩していない。しかし,法務大臣は11月26日の政府答弁の場で「法治国家」という言葉を用いている。

  では,キンマウンラ一家に対する「退去強制処分(1998年発付)」を違法とせず,訴えを退けた東京地裁(今年5月)および東京高裁(同10月)の判決は,果たして法務大臣のいう「法治主義」にふさわしい内容をもっているのだろうか。
  地裁判決では,『児童の権利に関する条約3条1に規定する「児童の最善の利益」及び同9条1に規定する「児童がその父母の意思に反してその父母から分離されないことを確保する」との原則は,在留制度の枠内において主として考慮されるものというべきであって,本件各裁決が比例原則に反し,原告D及びM(原告子どもらのこと)の「最善の利益」を考慮していないことから,児童の権利に関する条約の各規定に反して違法であるとする原告らの主張は理由がない』と判断している。
  しかし,条約上の権利である「子どもの最善の利益」を法律によって枠付けられる「在留資格の範囲内」でしか認められないとすることは,「憲法−条約−法律」とそれぞれの持つ価値から導かれる段階構造に合致しているとは考えられない。

  つまり,「法律だけがすべてではなく,憲法に反する法律も条約に反する法律も認められない。そして,法律の運用が憲法的価値や条約によって守られるべき価値を犯すものであってはならない」。
  これが法の支配であると同時に日本国憲法の予定している「法治主義」なのだ。つまり,法治主義の「法治」は,「法律」だけを指しているのではない。
  この「法治主義」の本質を直感的に感じ取っているメッセージが多いことに驚く。あたかも「法治主義」を法律の枠内にとどめようとし,本件を突き放そうとする答弁に説得力が見出せないのは,この直感に反しているからなのである。

  キンマウンラ一家の高裁判決がなされる直前の9月と10月に,東京地裁では2つの「退去強制令書発付処分」の取消しを認める判決が相次いだ。一つはイラン人家族であり,もう一つは韓国人家族である。
  その判決の中では,まさに「子ども最善の利益」が考慮されて結論が導かれた。イラン人家族のケースでは,「(退去強制は)原告長女のこれまで築き上げてきた人格や価値観等を根底から覆すものというべきであり,それは本人の努力や周囲の協力等のみで克服しきれるものではないことが容易に推認される。・・・イランに帰国した場合には,在学を維持することにすら相当な困難が伴い,就職等に際しても,日本で培われた価値観がマイナスに作用することが十分に考えられる。・・・原告長女に生じる負担は想像を絶するものであり,これらの事態は,人道に反するものとの評価することも十分に可能である」との事情を斟酌して子どもの最善の利益を導き出している。この判決は,まさに条約のもつ価値を実現しているものであると,私は思う。キンマウンラ家族に対する判決だけを司法判断の絶対的なものとすることは,できないのである。

2.1998年以後の時間

  私たちは,一家に関するこれまでの裁判の見直しだけを求めているのではない。裁判では,「1998年当時」の退去強制処分の適法性が問われていた。しかし,この家族には,その後の5年間の蓄積もある。長女は既に小学校4年生で日本人の子どもたちと一緒に成長している。
  この5年の蓄積も加味すれば,改めて法務大臣の裁量によって,この家族を日本において保護することは十分に可能なのである。

3.即時仮放免を

  以上,法的な枠組みを論じてみた。
  野沢法務大臣は,今般一家を離散させるような退去強制手続をとらないと答弁した。法務省もさすがにこの一家を離散させることがあまりに人道に反する結果になるかを考慮したのであろう。つまり,法務省・入管当局も家族の統合を認めたのである。それでも強制送還を行うという。送還先はフィリピンしかない。
  しかし,なぜ,家族統合まで認めながら日本で蓄積された家族・子どもの平穏を根こそぎ奪おうとするのか,まったく理解できない。
どうして,日本における生活を保護することができないのか,なぜ,他国にこの家族の保護を押し付けなければならないのか。日本にこそ彼ら家族の基盤があり,社会的環境がある。

 直ちにこの問題に決着がつくとも思えない。今回,家族統合を認めた日本政府の判断を私は評価したい。しかし,どうしても日本での保護を拒否する意味がわからない。他国に押し付ける内容ではない。家族統合・子どもの利益からみて,夫婦共同の11年間,9歳になる長女の9年間,6歳の次女の6年間を見れば,おのずと日本社会の中で作り上げてきたものに気づくこととなる。これを奪うべきではない。
 
  子どもたちが父親を切り離されて,既に一ヶ月が経過した。子どもたちは今もキンマウンラの枕を抱いて寝ているという。そして,突然に涙を流すときがあるという。子どもたちを国際社会の一員として育てたいと思うのなら,子どもたちが日本という国と社会を,将来において信頼できると思えるような判断こそが求められている。
  そのためになすべきことは,第1に,キンマンラを家族の元にかえすこと,そして,この家族を日本で保護すべきことである。





(c) ビルマ情報ネットワーク(BurmaInfo) 1997〜



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