| ビルマ情報ネットワーク | |
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それでも外国人を捕まえるのですか?〜勾留理由開示公判におもう〜
2004年11月5日 勾留理由開示公判とは勾留理由開示公判という聞きなれない裁判の通訳をこのところ三回つづけさまにする機会があった。東京地裁で開かれた三つの公判の被疑者はいずれもビルマ人で、容疑は出入国管理及び難民認定法違反、早く言えば不法在留である。弁護人は三件ともビルマ難民弁護団のT弁護士であった。 現在、外国人不法滞在者に対する取り締まりはたいへん厳しい。入国管理局、警視庁、それに東京都は昨年後半以来、「日本の治安を乱す」からと、およそ25万人にのぼるとされる不法滞在外国人をむこう五年間のうちに半減させるとの目標をかかげて摘発に力を入れている。毎日のように多くの外国人が駅で、職場で、アパートで、時には路上で職務質問にあい、捕まっている。そのほとんどは警察から入国管理局の収容施設に送られたのち、数週間のうちに国籍国に送還される。彼ら、彼女らに科せられるペナルティーは今後5年間日本へ入国できないというだけのものである。こうしたいわゆる単純オーバーステイの場合、長期間勾留されたうえ起訴処分になり、裁判にかかることはめったにない。 どんなケースが起訴されるのだろうか? 法廷通訳としてつきあった三件のビルマ人被疑者はいずれも「不法入国」をしたと疑われ、「不法在留罪」に問われていた。つまり、他人名義のパスポートや偽造した査証(ビザ)で来日していたり、韓国から貨物船に乗り、入管を経由しないで密入国していたり、船員として働いていて寄港した日本の港で上陸し、そのまま日本に住みついてしまうといったケースである。 ちなみに難民認定を申請中の人たちが逮捕されるケースは最近増えてきている。普通人の感覚からすれば、保護を求めている人たちを逮捕するのは納得が行かない。おまけに勾留し、起訴をするなどもってのほかだとのおもいはある。しかし法廷通訳としては「良心に従い真実のみを」通訳すると宣誓している。個人的なおもいはさておいて通訳に没頭した。 A君が難民認定を申請するまで2004年11月、東京地方裁判所でビルマ人A君についての勾留理由開示公判が開かれた。A君は30代半ばの青年でビルマ人女性と一緒に東京近郊に暮らしている。都内の飲食店で働く一方、在日にビルマ人組織のひとつビルマ民主化同盟(LDB)のメンバーとして母国民主化の運動に加わっている。 1988年ビルマで民主化運動が高揚した時期にはA君も加わった。この民主化運動を力で鎮圧して国権を掌握した軍事政権のもとでも、A君は学生時代の仲間たちとともに活動をつづけた。政府からすれば「非合法」な活動のために捕まり、投獄されたこともある。刑務所から出所したのちも友人たちとともに活動をつづけていたが、1993年になって、活動仲間が次々に捕まり、自分の身辺にもMI(軍情報部)の手がのびていることを察知したA君は陸路国境を越えてタイ国へと逃れた。そして、バンコクで他人名義のパスポートを入手したA君は1994年後半に成田空港へ着いた。日本は民主主義国であり、ビルマ人による民主化活動も盛んであるときいていたから日本へ行って母国民主化の運動に参加したかったとA君は話した。 日本で活動(ビルマ政府側からすると、反政府活動であり、国家反逆罪を適用できる)をつづけていたA君が国へ帰れば、政治活動の故に迫害を受けるという理由で、日本政府に難民認定を申請したのは2004年になってからである。来日してから数えればすでに十年近くが経過している。現行の規定では難民認定は自分が難民となる事由が発生してから60日以内に申請しなければならない。これは、普通には命からがら国籍国から逃げてくる人が難民であるから、第三国を経由せず日本へ到着した日から60日以内と解釈されている。どうしてA君はすぐに難民認定申請をしなかったのか? この点については、勾留理由開示公判や不法在留についての公判では、さして取りあげられることはないが、難民審査にあたっては、問題になるだろう。 ビルマではアウンサンスーチーさんを含む民主化勢力弾圧を狙ったディペーイン虐殺事件が2003年5月30日に起こった。民主化勢力への活動制限、弾圧はますます強まっている。アウンサンスーチーさんですら政治活動を封じられ、いまだに自宅に軟禁されたままの状況である。活動家はつぎつぎに逮捕され、長期刑を言い渡されて投獄されている。一方、日本では2003年の後半から不法在留外国人への取り締まりが厳しくなってきた。滞在期限超過者である以上摘発されれば本国に送還されることになる。本国に帰れば「反政府活動」の故に捕まり、長期刑を宣告される。拷問され、投獄されることになるだろう。 勾留の必要はあるのか?法廷にはA君の知り合いやビルマ人の活動仲間男女合わせておよそ10人が傍聴に来ていた。一様に心配そうな面持ちである。普通の入管法違反の刑事裁判は被告人がイヤホンをつけ、通訳人は胸元のマイクを通じて、ほとんど同時通訳的に通訳する。この公判の場合はそうではなかった。A君は通訳人席のすぐ目の前に座っている。声を張り上げる必要はない。それでも傍聴席にいるビルマ人たちにも聞こえた方がいいだろうとのおもいがあり、すこし声を張りぎみにして通訳した。公判には検事側は出ていない。まず裁判長が勾留の理由を説明する。被疑者には「逃亡」と「罪証隠滅」のおそれがあるからというのが理由である。これに対してT弁護士は勾留を不当とする主張を展開した。 ……日本政府に保護を求めているA君が逃亡することは考えられない。罪証隠滅のおそれもない。そうした人物を長期にわたって勾留するのはおかしい。A君はすでに入国管理局へ出頭して難民認定を申請している。この時点でA君はみずから自分が不法入国をした不法在留者であることを明らかにしている。そのA君を入国管理局は拘束しなかった。在宅のまま難民認定の手続きが進んでいる。つまり法務省入国管理局はA君が不法在留者であることを承知したうえで、難民認定についての法務大臣の判断が出るまで、日本に住むことを実質的に承認しているというべきである。政府機関のひとつである法務省入国管理局がA君の在留を実質的に認めているのに、同じ政府機関のひとつである警察がA君を逮捕し、勾留し、おまけにさしたる刑罰(不法在留の場合、初犯であれば執行猶予つきで懲役2〜3年の判決が出されるのが普通である)の対象でもない不法在留で起訴するのは矛盾している…… 罪証隠滅についても、A君はすでに難民認定申請にあたって、自分の入国の経緯や目的、さらには日本での活動や生活について詳しく述べている。難民審査官との面接(インタビュー)もすでに5回を数えている。このうえ何を隠すことがあるのかと弁護人は反論した。 さらにT弁護士は日本国政府も批准している「難民の地位に関する条約(難民条約)」第31条を引用して、勾留の違法性を追及した。 ……難民条約第31条は、難民は迫害を逃れるために不法入国などをせざるを得ない場合が多いこと、難民申請者はすでに出身国でなんらかの迫害、もしくは他の苦難を経験した可能性を考慮して逮捕拘禁のような苛酷な取り扱いからも保護されるべきであること、庇護を求める者を逮捕拘禁することは、庇護を求めるという在留目的をすでに阻害していることなどの趣旨にもとずくものである。この趣旨からすれば、具体的・現実的な逃亡・罪証隠滅の虞がない限り、単なる不法残留・不法在留の罪の捜査・公判のために難民申請者を勾留することはできないというのが難民条約第31条の要請するところである…… 裁判所の判断公判ではこうしたT弁護士の主張は採用されなかった。勾留理由開示公判というのはいわば手続き的なものであって裁判所の判断が覆ることはないというのは関係者の話である。公判を請求しても時間の無駄だと考える弁護士もいる。さっさと「不法在留」についての判決を受けて、入管の収容施設に移り、そこで難民認定の手続きを進める方が良い。警察の留置場に入れられているよりは入管の収容施設の方がましではないかと指摘する人もいる。それはともかく、A君の勾留が正当であるとする裁判長の見解は以下のとおりである。 逃亡のおそれと罪証隠滅のおそれについては…… まずA君は有効な旅券などを所持しないで入国し、そのまま日本国内に居住し、いわゆる不法在留を犯したと疑うに足りる相当な理由が認められる。この疑いについて捜査をしている段階であるから、その罪状に影響を及ぼすような重要な事実について罪証(証拠)を隠滅するおそれがある。また稼動状況(働いている状況)などを併せて考慮すると逃亡するおそれもあると認めらる。 T弁護士が強く主張した難民申請との関係については裁判長は次のように述べた。 「難民認定の申請をしているという事情を十分に考慮しても、そのことと刑事手続は別の手続であり、難民申請に係わる具体的な事情も明らかでないことなどから、勾留の必要性がないということはできないと判断しました」 こうした裁判長の言葉はそのままビルマ語に置き換えて通訳した。言葉としては分かっても、もうひとつすっきりしない、A君や傍聴席のビルマ人たちが納得しただろうか心配になった。A君自身は発言を許された時にこう述べた。 「民主主義国である日本で難民認定を申請したわたしがなぜ逮捕され、勾留されるのわからない。早く勾留を解いて欲しい。そして難民として認定してもらいたい気持ちでいっぱいです」 このA君の言葉も、先に紹介した弁護士の主張も言いっぱなしで、裁判長がとくに説明を付け加えることもなく勾留理由開示公判は一時間ぐらいで終了した。A君の勾留はつづくことになった。 これからのA君公判が終わって、まず傍聴者たちが退廷を促された。そのあとふたたび手錠をかけられたA君が法廷を後にし、留置されている警察の留置場へと連れられて行った。廊下に出てみると、ビルマ人たちが帰らすに待っていた。やはり事情がもうひとつわからなかったようだ。この公判の結果とA君はこれからどうなるのだと質問攻めにあった。 勾留理由開示公判の結果、A君の拘束はつづくことになった。このあと不法在留について審理する裁判が開かれることになる。裁判が一度で終わるかどうかは分からない。その間、何ヶ月かA君の留置場暮らしがつづく。裁判で予想される判決は執行猶予つきのものである。執行猶予がつけば、判決のあと、今度は入国管理局の収容施設にA君は移ることになる。収容の身で難民認定についての法務大臣の判断を待つことになる。この間、運が良ければ仮放免が認められて、シャバに出られるかもしれない。それと前後して難民として認定されるかもしれない。もし不認定という決定が出れば、退去強制令が出され、本国送還ということになる。 質問をはさみながら熱心に訊いてくるビルマの人たちに説明しながらあらためて思った。難民認定を申請しているA君のような外国人に対する日本(ビルマ人からすれば警察も入管も裁判所もすべて日本である)のこうした処遇はこれでいいのだろうかと。 (おわり) |
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