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キンマウンラさん一家の在留問題に関する報道

更新日: 2004年3月21日

2004年3月分

2004年1月分

2003年12月分

2003年11月分

2003年10月分


英文記事(記事ごとのページに収録)


<在留特別許可>ミャンマー人一家に対し
入管が交付

2004年3月9日
毎日新聞

 東京入管は9日、難民と認めていないミャンマー(ビルマ)人、キンマウンラットさ ん(46)一家4人に対して、在留特別許可証を交付した。

 一家は、祖国の民主化運動にかかわっていた父親のキンマウンラットさん、妻のフィ リピン人、マリアさん(37)がいずれも不法滞在と認定され、2人の子供とともに強 制送還の危機にあった。しかし、一家4人を離散させることに対して、全国から非難の 声や署名が集まり、今月5日、野沢太三法相が「人道的見地から」との理由で在留特別 許可を与えることを明らかにしていた。一方で、同入管は、難民申請については、改め て許可しないことを通知した。【伊藤正志】

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ミャンマー人一家に在留特別許可

2004年3月9日
TBS

 難民申請を認められず、国外退去を求められていたミャンマー人のキン・マウン・ ラットさん一家に9日、在留特別許可がおりました。

 許可は、政府がこれまでの姿勢を 一転させ、人道的な理由から出したもので、難民申請から10年、 入管に2度収容された キンさんは、妻マリアさんとともに在留特別許可証を手に 喜びをかみしめていました。

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難民申請却下のミャンマー人一家に在留特別許可

2004年3月9日
読売新聞

 難民と認定されず、強制退去処分が出ていたミャンマー国籍、キンマウンラさん(46)と家族3人に対し、東京入国管理局は9日、在留特別許可を出した。

 キンマウンラさんは東京・霞が関の司法記者クラブで会見し、「本当にうれしい。支援してくれた多くの皆さんに感謝したい」と語った。

 会見には、フィリピン国籍の妻マリアさん(37)、長女デミさん(10)、二女ミッシェルさん(6)も同席。デミさんは在留資格証明書を手に、「これからずっとお父さんと一緒にいられて、うれしい」と笑顔を見せた。

 今回の許可で、キンマウンラさんにはミャンマー、妻子にはフィリピンへの各強制退去処分が1998年に出されていたが、撤回された。

 キンマウンラさんは88年に来日、92年に在留資格を失った。来日後、ミャンマー政府への抗議デモなど民主化運動に参加したため、帰国すると迫害を受ける恐れがあるとして、94年に難民認定を申請したが、却下された。95年にマリアさんと結婚し、現在は東京都大田区の運送会社に籍を置いている。

 東京入管は「家族の状況や本人の素行などを総合的に考慮し、許可した」としている。

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在留許可で10年ぶりの安住 ラットさん「心から感謝」

2004年3月9日
共同通信

 野沢太三法相は9日、不法滞在で強制退去処分を受けていたミャンマー人男性のキン・マウン・ラットさん(46)一家4人に人道的配慮から在留を特別に許可した。ラットさんは1994年4月に難民認定を申請して以来、10年ぶりに晴れて安住の地を手に入れた。

 これを受け、ラットさんは同日夕、フィリピン人の妻マリアホープさん(37)、長女デミさん(10)、二女ミッシェルさん(6つ)らとともに東京・霞が関の司法記者クラブで会見。

 ラットさんは「法相や関係者の皆さん、支持者に心から感謝したい。ぼくみたいに問題を抱え収容されたビルマ(ミャンマー)人のため、法相に解決をお願いしたい」と語った。(共同通信)

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多事総論 「よき隣人」

2004年3月8日
TBS News 23

 ここに雇い主から非常に信頼を受けて、家庭でも良き親であるという人がいる。その一方で子育てというのは非常にやっかいだということで、子供を虐待して、時には死に至らしめる人がいる。どちらが自分の、私達の隣人として、欲しいということを問われれば答えは明らかだろうと思います。

 にもかかわらず、その良き隣人の方は、日本人でないために国内に留まることはなかなか出来ない。一方は罪は取り調べられるとしても日本人の身分というのは変わらない。非常に不公平に見えるのですが、なぜかといえばもちろん「国家」という壁が、依然として「グローバル化、国際化、人間は皆同じだ」と言っても存在するからであります。しかし中でも日本の壁というのは高いということがあります。    その一方で、その私達の日本、あるいは日本人というのはあと2年しますとピークを過ぎてだんだん減り始めます。つまり日本人というのは自然な形で純血主義を保つ限りは減っていく訳でありまして、ある推計によればこのままの事が続けば3000年には日本人はたった1人になると言われております。

 だとするならば、そういう中で日本という国を保つためには、例えばミャンマー系であり、フィリピン系であり、中国系でも、コリアン系でも、ケルト系でも、つまり新しい日本人というのと一緒に暮らすということがたぶん私達の国にとって大事なテーマになってくるのではないかと思います。

 いずれそういう日がくるということを考えた上で、難民対策、難民政策というものをそろそろ考え出していいんじゃないでしょうか。

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ミャンマー人一家に在留特別許可 人道的観点から判断―法相

2004年3月5日
東京新聞

 野沢太三法相は5日の閣議後の記者会見で、退去強制手続き中に仮放免されているミャンマー人男性(46)とその家族について、人道上の観点から、法相判断で在留特別許可を与えることを明らかにした。法相は、男性の妻がフィリピン国籍であることから、夫婦をそれぞれの母国に強制送還すると、一家が離ればなれになることなどを指摘、「日本にいてもらうのが最善」と述べた。

 福田康夫官房長官も同日の会見で「一家4人が離散するのは人道上、人権尊重の見地から取るべきではない」と強調した。

 このミャンマー人男性は1988年に来日。国内で妻と結婚し、現在は娘2人と合わせ4人家族。退去強制処分の取り消しを求めた訴訟で上告中だが、在留特別許可が与えられると、退去強制処分は取り消される。一家はマスコミにも取り上げられ、入管当局の対応が注目されていたため、法相自らの異例の発表となった。

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国外退去処分のミャンマー難民 週明けにも在留特別許可

2004年3月5日
東京新聞

 東京都内で運輸会社の管理職をしていた在日ミャンマー人キン・マウン・ラットさんが、日本政府に難民申請を「不認定」とされたうえ、不法滞在だとして国外退去処分を求められていた問題で、野沢太三法相は五日、週明けにも在留特別許可を与えることを決めた。

 ラットさんは、日本国内で母国ミャンマーの民主化運動を進めている「在日ビルマ人協会」のメンバー。同協会は民主化運動指導者アウン・サン・スー・チー氏を支持している。一九八八年に来日し、帰国すれば迫害を受けるため難民認定申請したが、不法滞在(オーバーステイ)であるとして不認定とされ、逆にフィリピン人の妻、九歳と六歳の娘(ともにフィリピン国籍)ともども、日本政府からフィリピンへ国外退去するよう求められていた。

 このため、ラットさんの勤務先企業「吉田運輸機興」(東京都大田区)、娘の同級生の父母ら、合計三万人以上が「娘たちは日本語しかできず、フィリピンでは暮らせない」などと、法相の裁量で在留特別許可を出すよう運動。難民受け入れに積極的な公明、民主、社民各党も政府への説得を続けてきた。

 法務省は表向き「人道上の理由」としているが、フィリピン政府との受け入れ交渉が思うように運ばず、在留特別許可を出さざるを得なくなったとの事情もあるようだ。

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<在留特別許可>ミャンマー人一家に人道上の理由で

2004年3月5日
毎日新聞

 野沢太三法相は5日、難民と認めないまま仮放免していたミャンマー人、キンマウンラットさん(46)一家4人について、在留特別許可を与えると発表した。東京入国管理局が来週中にも手続きを取る。 一家は、退去強制命令を受け、命令の取り消しを求めて国を相手に係争中。不法滞在と認定している外国人夫婦に対し、退去強制処分を取り消したうえで在留特別許可を与えるのは異例だが、野沢法相は「人道的な配慮から決めた」と説明している。

 キンマウンラットさんは、技術研修のため88年に来日、92年に在留資格を失った。祖国の民主化運動を支援するデモに参加したため、「帰国すれば迫害を受ける」と難民申請したが不認定とされた。フィリピン人妻は87年に不法入国した。2人の子供を含めた一家4人については、連合や地域などから、在留を求める署名が約430万人分集まっていた。

 政府は、ミャンマー、フィリピンに対し、一家の受け入れを打診したが難航。一家4人を離散させてまで送還した例が先進国にないことや、二女が今年小学校に入学することなどから、在留特別許可を決めた。一家に対する退去強制処分を取り消し、「定住者」の資格で在留を認める方針。

 一家が国を相手取り起こした訴訟は、1、2審で棄却され、最高裁に上告中。この問題をめぐっては、民主党や公明党も在留を許可するよう求めていた。

 野沢法相は「不法滞在者は、帰ってもらうのが原則だが、一家がそろって暮らすことは、一つの権利だと判断した」と述べた。【伊藤正志】

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「人道上の配慮で」法相がキンマウンラさんに在留特別許可

2004年3月5日
朝日新聞

 難民認定申請をしたが認められず、退去強制命令が出ていたミャンマー(ビルマ)人のキンマウラさん(46)一家4人=東京都大田区在住=に、野沢法相は5日、在留特別許可を与える方針を示した。

 退去強制の場合の送還先がキンマウラさんはミャンマー、フィリピン人の妻と日本で生まれた2人の子どもはフィリピンとなるため、「人道上、一家を別々の国に離散させる措置をとるべきでない」と判断した。

 家族の送還先が異なることを理由に在留特別許可が出るのは異例だ。

 キンマウラさんは88年、研修の在留資格で来日後、祖国の民主化運動に参加。92年以降は在留期限の更新をしておらず不法滞在状態だった。妻マリアさん(37)は87年に偽造旅券で入国した。

 キンマウラさんは「帰国すれば迫害される」と難民認定を申請したが認められず、退去強制命令の取り消し訴訟も昨年10月、東京高裁で棄却、現在、最高裁で係争中だ。

 このほかキンマウラさんが10年以上、運送会社に勤務し、雇用主も在留の継続を求めていることや、一家が地域社会にとけ込んで生活していることなども配慮したとみられる。

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法相 ミャンマー人家族に「一家離散」を避け在留許可

2004年3月5日
NHK

 野沢法務大臣は、不法滞在者として国外退去の処分を受け、取り消しを求めて最高裁判所に上告しているミャンマー人の夫とフィリピン人の妻の家族について、人道上の理由から、大臣の職権で在留を認めることを決めました。

 この家族は、ミャンマー人の夫とフィリピン人の妻、それに日本で生まれた二人の娘の四人で、夫と妻はおよそ十六年間日本に滞在していますが、在留期間を過ぎていることから、国外退去の処分を受け、取り消しを求めて最高裁判所に上告していました。

 この問題で、野沢法務大臣は、人道上の理由から、大臣の職権で国外退去の処分を取り消し、在留を特別に認めることを決め、閣議の後の閣僚懇談会に報告しました。

 野沢法務大臣は、記者会見で、今回の決定について、▽家族が離れ離れにならないよう、ミャンマーとフィリピンに、一家を受け入れてもらえるかどうか打診したものの、いずれも難しいことが分かったことや▽他の先進国で、本人の意向に反して別々の国に送還した例がないことなどを考慮したと説明しました。

 その上で、野沢法務大臣は、同様のケースが出た場合の対応について、「原則的には、ルールに従って帰国してもらうが、一家揃って暮らすことは人間の一つの権利であり、個別の審査は十分行う」と述べました。

 これに関連して、福田官房長官は、記者会見で、「不法滞在者の在留を安易に特別許可することは好ましくないが、強制退去にすれば、一家が離散することになり、人道的な問題が大きい。良かったと思う」と述べました。

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不法滞在に在留許可 新学期控え人道的配慮 ミャンマー人一家

2004年3月5日
共同通信

 野沢太三法相は五日の閣議後会見で、不法滞在で強制退去処分を受けていたミャンマー人男性のキン・マウン・ラットさん(46)一家の在留を特別に許可することを明らかにした。来週中には東京入国管理局で手続きを終える予定で、就労もできる「定住者」の在留資格が与えられる見通し。

 法相は、ラットさんはフィリピン人の妻(37)、長女(10)、二女(6つ)の四人家族である点を踏まえ「小学校の新しい学期も控えており、人道的配慮を優先させた」と強調した。法務省はこれまで夫婦それぞれの母国に受け入れの可能性を打診していたが、受け入れは難しく「日本にいるのが最善」(法相)となった。

 これに関連し、福田康夫官房長官も「良かった。強制退去になれば一家四人が離散してしまう。これは人道上、人権尊重の見地からとるべきではない」と述べた。

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仮放免のミャンマー人一家に在留特別許可=人道的観点から

2004年3月5日
時事通信

 野沢太三法相は5日の閣議後の記者会見で、退去強制手続き中に仮放免されているミャンマー人男性(46)とその家族について、人道上の観点から、法相判断で在留特別許可を与えることを明らかにした。法相は、男性の妻がフィリピン国籍であることから、夫婦をそれぞれの母国に強制送還すると、一家が離ればなれになることなどを指摘、「日本にいてもらうのが最善」と述べた。

 福田康夫官房長官も同日の会見で「一家4人が離散するのは人道上、人権尊重の見地から取るべきではない」と強調した。 

 このミャンマー人男性は1988年に来日。国内で妻と結婚し、現在は娘2人と合わせ4人家族。退去強制処分の取り消しを求めた訴訟で上告中だが、在留特別許可が与えられると、退去強制処分は取り消される。一家はマスコミにも取り上げられ、入管当局の対応が注目されていたため、法相自らの異例の発表となった。(了)

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仮放免ミャンマー人男性が連合の会合に

2004年1月16日
TBS

 難民申請が認められず、東京入国管理局が仮放免しているミャンマー人のキン・マウン・ラットさんが、連合の中央執行委員会に出席しました。

 「働いちゃいけないと。働けないと自分の生活をどうするのか不安ですね」(キン・マウン・ラットさん)

 連合は野沢法務大臣宛てに427万人分の署名を提出していて、キンさんは「入管から仮放免の条件として就労は認めないと伝えられ、貯金を切り崩している」と述べ、引き続き在留特別許可を求めていくと訴えました。(16日 16:10)

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収容のミャンマー人男性が仮放免に

2003年12月19日
TBS

 クリスマスを前に妻と子どもたちの祈りが届きました。難民申請が認められず、入国管理局に収容されていたミャンマー人の男性が19日に仮放免を認められ、49日ぶりに家族の元に戻りました。

 19日午後、49日ぶりに妻と2人の娘との再会を果たしたミャンマー人のキン・マウン・ラットさん。日本で妻マリアさんと知り合い、2人の娘をもうけたキンさんは難民申請を出していましたが、これを認めてもらえず、10月31日に東京入国管理局に収容されました。

 一家の大黒柱を失った49日。しかし、この間は妻や子どもは父を取り戻すため、支持を訴える講演を行ったり署名活動などをしてきました。その結果、クリスマスを目前に控えた19日、家族は再会を果たしたのです。

 「一応、出ることができたけれど今日もまだ仮放免という形だったから、この次にどうなるか、まだはっきりとは分からないです」(キンさん)

 法務省はキンさんに逃亡の恐れがないなどとして今回、仮放免を認めました。今後、弁護団はキンさん達の本当の希望「法務大臣の特別在留許可」を求めていきたいとしています。(19日 15:33)

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キンマウラさん、仮放免へ 法相、強制退去方針は改めず

2003年12月19日
朝日新聞

 難民認定申請をしたものの認められず、強制退去処分になって東京入国管理局に収容中のミャンマー(ビルマ)人の会社員キンマウラさんについて、野沢法相は19日の記者会見で、同氏を仮放免する考えを明らかにした。国内に家族や雇用主がいて「逃亡のおそれがない」と判断した。

 キンマウラさんをめぐっては、フィリピン国籍の妻を含む一家がこのまま日本で生活できるよう求める議論が国会などで起きている。

 野沢法相は「(退去強制によって)一家離散とならないよう、ミャンマーやフィリピンなどに受け入れを求める協議をしている」と述べ、強制退去の方針を改めていないことを強調した。(12/19 13:32)

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キンマウラさんの在留求め427万人の署名を提出 連合

2003年12月16日
朝日新聞

 難民認定を申請したが強制退去処分になり東京入国管理局に収容されている ミャンマー(ビルマ)人の会社員キンマウラさんについて、日本労働組合総連 合会(連合)は15日、家族とともに日本で生活することを認めるよう求める 427万人分の団体署名を野沢法相あてに提出した。

 連合側は、キンマウラさんの妻の国籍がフィリピンであるため強制退去となっ た場合、家族がばらばらになる恐れがあるとして人道的な配慮から特別在留許 可を求めている。これに対し、法務省側は「(退去強制処分をめぐる)最高裁 の判断を待ちたい」と述べるにとどまった。(12/16 00:46)

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ミャンマー人一家の在留求め署名活動

2003年12月15日
TBS

 難民申請が認められなかったミャンマー人の男性が入国管理局に収容され、妻と娘にも国外退去処分が出ている問題で、妻や支援者による街頭署名活動が始まりました。

 この問題は難民申請が認められなかったミャンマー人のキン・マウン・ラットさん(46)が入国管理局に収容され、フィリピン国籍の妻と娘にも国外退去処分が出ているもので、妻や会社の同僚らが1カ月半に渡って収容され続けているキンさんの仮放免と、一家への在留特別許可を求める街頭署名活動を始めました。

 また、労働組合の連合は一家が日本で暮らせるよう求める427万人分の団体署名を法務省に提出しました。

 政府は一家をフィリピンへ送還する意向を示していますが、野党をはじめ与党内からもこの対応に批判が出ています。(15日 16:22)

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政府、民主化運動のミャンマー人家族『国外退去』 届かぬ“難民の声”

2003年12月8日
東京新聞

  ミャンマー民主化運動に携わる在日ミャンマー人の会社員一家に、法務省が国外退去を求めたことをめぐり、野党の民主党ばかりか与党の公明党からも批判が出ている。小泉内閣は退去の方針を崩しておらず、問題の火種は大きくなる一方だ。(社会部・市川隆太)

難民認定せず

 焦点の人物は、ミャンマー国籍のキン・マウン・ラットさん(46)。東京都大田区の輸送会社「吉田運輸機興」でトラックの運行管理を担当する管理職。ミャンマー民主化運動指導者アウン・サン・スー・チーさんに共鳴し、日本でミャンマー民主化運動を進める「在日ビルマ人協会」の創設以来のメンバーでもある。

 一九八八年に来日し、「研修」の在留資格も得たが、民主化運動に携わったことから資格更新をあきらめ、九二年七月から不法滞在(オーバーステイ)の状態が続く。帰国すれば軍事政権の迫害を受けるのは確実と九四年、法務省に難民認定を申請した。

 しかし、東京入国管理局は九八年に「難民不認定」の通知を出し、妻マリアさん(37)、長女デミちゃん(9つ)、二女ミッシェルちゃん(6つ)=いずれもフィリピン国籍=を含めた一家四人の国外退去を求めた。マリアさんには不法入国という事情があったからだ。処分取り消しを求めた裁判の判決は、一審の東京地裁(今年五月)、二審の東京高裁(同十月)とも、入管の判断に軍配を上げた。マリアさんと二人の娘は収容を免れたものの、ラットさんは十月末以来、入管施設に収容されている。

法相も譲らず

 法務省が難民認定しなかった理由の一つに、「ラットさんが日本で結婚した際、ミャンマー政府は独身証明書を発行した」という判断がある。それが「現政権はラットさんを危険視していない」との認定につながった。だが、在日ビルマ人難民申請弁護団の渡辺彰悟弁護士は「証明書はミャンマー政府が発行したものではない。大使館を通さず、知人経由で地元の自治体から取得したものだ」と法務省の調査の落ち度を指摘する。「在日ミャンマー大使館前のデモにも参加したラットさんの顔は監視カメラで撮られており、軍事政権が許すはずがない」という不安もある。

 民主党の江田五月氏は先月二十六日、参院予算委で「法相の裁量で特別在留許可を出し、一家の日本滞在を認めるべきだ」と追及した。しかし、小泉純一郎首相は「法律の専門家に任すべき問題」と、いつもの“丸投げ答弁”に終始。野沢太三法相も勝訴判決を盾に譲らず、一家をマリアさんの母国フィリピンに退去させる考えを示唆した。江田氏は「裁判で争ったのは難民認定。特別在留許可は、法相の裁量でできる問題で(両者は)違う」と批判する。

 特別在留許可を求める声は公明党の中からも出ており、神崎武法代表が野沢法相を訪ね、その旨を伝えたが「私の裁量で(司法判断を)左右してはいけない」との法相の考えは変わっていない。

本末転倒

 小泉内閣の姿勢を、渡辺弁護士は「子どもたちは地元になじんでおり、日本語しかできない。子どもの権利条約や国連人権規約から見ても、一家には日本で暮らす権利がある。それより下位法規の入管難民法で、日本から出てけというのは本末転倒」と批判する。

 ラットさんの人柄にほれ込む勤務先の吉田勝彦社長も「迫害を恐れ、父の葬儀の時も帰国できなかったラットさんを難民認定しないとは。もしスー・チーさんが政権を握ったら、両国の懸け橋になる人物をなぜ大事にしないのか」と悲しむ。

 だが、マリアさんの元には特別在留許可を求める署名が、全国から二万五千以上も寄せられている。「この国の役人は駄目だけど、国民は捨てたもんじゃありませんね」。社長の目が潤んだ。

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ミャンマー男性の国外退去 妻、日本残留訴える

2003年12月5日
東京新聞

 法務省に難民認定申請したところ、逆に国外退去処分となったミャンマ一人会社員キン・マウン・ラットさん(四六)の妻が四日、東京・有楽町の外国人特派員協会で記者会見し、日本に残留したい気持ちを訴えた。

 会見したのはマリア・ホープ・ラットさん(三七)=フィリピン国籍。キンさんはミャンマー民主化をめざす「在日ビルマ人協会」メンバーのため、帰国すると軍事政権に迫害されるとして、一九九四年に難民認定申請したが認定されず、反対に、夫妻と子ども土人の一家四人とも国外退去処分を受けた。いつたん仮放免されたが、キンさんは今年十月、東京入国管理局に再収容された。

 会見したマリアきんは流ちょうな日本語で「夫を家族の元に戻してほしい」と、目を潤ませた。

 付き添った渡辺彰悟弁護士(在日ビルマ入難民申請弁護団)は「今後も仮放免などを求めていく」と述べた。

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ミャンマー人男性の妻、夫の釈放訴える

2003年12月4日
TBS

 難民申請が認められなかったミャンマー人の男性が入国管理局に収容された問題で、フィリピン人の妻が外国特派員協会で会見し、内外のメディアに夫を返して欲しいと訴えました。

 「夫が入管に収容されるのは2度目だが(5年前収容された時より)10倍つらいです」(キン・マウン・ラットさんの妻マリアさん)
 
  マリアさんの夫でミャンマー人のキン・マウン・ラットさんは、難民申請が認められず、10月末、東京入国管理局に収容され、マリアさんと娘2人も不法滞在を理由に、強制退去を命じられています。
 
  「娘たちが『パパはいつ帰ってくるの?』と、1日何回も聞いてくるが私自身もパパがいつ帰ってくるか答えられない」(キン・マウン・ラットさんの妻マリアさん)
 
  日本政府は一家をフィリピンへ送還する意向を示していますが、一家はこれを望まず、日本での在留許可を求めています。弁護団は収容中のキンさんに、日本政府がフィリピン行きを受諾するよう強制しているのではないかと危惧しており、今後、一家が日本で暮らせるよう、あらゆる可能性を探りたいとしています。(4日17:30)

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法相「一家の退去手続きを進める」

2003年11月28日
TBS

 難民申請が認められず、入国管理局に収容されたミャンマー人男性の一家はどうなるのでしょうか。野沢 法務大臣はJNNの単独取材に応じ、「一家の退去手続きを進める」との考えを改めて示しました。

  「規則に従ってお帰りいただく。粛々と(退去処分)手続きを進めていただく以外にはありません」(野沢 太三 法務相)

  難民認定が認められずに先月末、東京入国管理局に収容されたミャンマー人のキン・マウン・ラットさん。不法滞在を理由にフィリピン人の妻と娘2人も強制退去を命じられていますが、キンさんに法務大臣の裁量権で在留特別許可を出すのかどうか、大臣はこう答えました。

  「在留特別許可を出す、出さないの裁量権も含めた判決が出てますが、私の判断、裁量でくつがえすほどの新しい材料が現段階ではございません。国の方針として『不法滞在をこの数年で半減させる』という大きな方針も出ているなかで、今年はその最初の年でもありますから。バイリンガル・トリリンガルというような新しいこれからの時代を担っていく子供たちが逆に育つチャンスではないかと。まさにこういう難局に出会った時に、それに負けずに自分たちの運命をまさに自分たちで切り開くべきです」(野沢 太三 法務相)

  一方、坂口 厚生労働大臣は28日朝、閣僚としては初めて「一家が日本で生活できる道を探る」という意向を示しました。
  「日本で居住したいというご希望があるようですし、お子さんも日本語、日本の文化の中で育ったということです。残された道で何か良い道がないか考えることができればと思います」(坂口厚労相)

  キンさんの弁護団は在留特別許可を出すよう引き続き求めていく方針です。(28日 17:19)

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ミャンマー人一家「道ないか」と厚労相

2003年11月28日
TBS

 難民申請が認められなかったミャンマー人の男性が、入国管理局に収容され、フィリピン人の妻と娘にも国外退去処分が出ている問題で、坂口厚生労働大臣は、子供の福祉の観点から何らかの手段で一家が日本に留まることができないかとの考えを示しました。

 この問題は、都内に住むミャンマー人男性の難民認定が認められず、フィリピン人の妻と娘2人が、それぞれの国への強制退去を命じられているもので、男性は先月、東京入国管理局収容されました。

 これに関して野沢法務大臣は、今週、国会で家族をフィリピンへ送還する意向を示しましたが、坂口厚生労働大臣は28日の閣議後の会見で、一家が日本に留まれるよう、何らかの措置ができないか、との考えを示しました。

 「日本で居住したいというご希望があるようでございますし、お子さんも日本の文化の中で育っておみえになったということでございますから、残された道で何かいい道がないのか、その辺のことろを考えることが出来ればと思っています」(坂口力厚生労働相)

 坂口大臣が家族が日本で生活できる道を探る意向を閣僚として初めて明らかにしたことで、家族の今後に新たな展開も考えられます。(28日11:33)

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ミャンマー人退去、小泉首相「やむを得ず」

2003年11月27日
朝日新聞

 難民認定を申請中のミャンマー(ビルマ)人、キンマウラさん(46)が不法滞在を理由に強制退去処分を受け、東京入国管理局に収容されている問題が26日の参院予算委員会で取り上げられた。民主党の江田五月参院議員が在留特別許可を求めたのに対し、小泉首相は「非常にお気の毒な面もあるが、やむを得ない措置ではないか」と述べ、処分を見直す考えがないことを明らかにした。

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難民認定で自公にズレ

2003年11月27日
東京新聞

神崎代表『特別在留許可出すべきだ』
野沢法相『手順を踏んで来ればよい』

 強制送還されると軍事政権から迫害されるとして、ミャンマー国籍の男性が求めた難民認定が法務省に許可されなかった問題が二十六日、参院予算委員会で取り上げられ、野沢太三法相は日本への特別在留許可は出さず、運転手の妻の母国フィリピンに送還する考えを示した。江田五月氏(民主)の質問に答えた。この問題は、公明党の神崎武法代表が「特別在留許可を出すべきだ」と野沢法相に直接要求した経緯があり、難民問題をめぐる自公の食い違いが露呈した。

 この男性は東京都大田区の運輸会社でチーフ運転手兼運行管理補助者をしているキン・マウン・ラットさん(四六)。妻とニ人の子ども=いずれもフィリピン国籍=がいる。

 ミャンマー民主化を求める在日ビルマ人協会の創設メンバーであるため、軍事政権からの迫害を恐れているが、−九九四年に難民認定申請したが認められず、逆に「退去強制命令書」を発付された。「発付処分取消訴訟」を起こしたが、東京地裁、東京高裁ではともに国が勝訴した。

 野沢法相は、二審判決を理由に、フィリピンへの強制送還を示唆し「日本が好きなら手順を踏んで来ればよい」と述べたため、江田民が「ラットさんは日本企業の管現職で、ニ人の子どもは日本語しか語せない」と、特別在留計可を出すよう食い下がったが、法相は、「子どもは(フィリピンの)環境に適応できる年齢だ」などと突っぱねた。

恥ずかしい日本人
ラットさんが勤める「吉田運輸機興」の吉田勝彦社長の話 これまでは小泉首相を支持していたが、法相答弁を聞いて、海外から冷酷な国民と思われるだろうと日本人として恥ずかしくなった。ラットさんは部下の信頼も厚い管理職で納税義務も果たしている。社会保険に加入するなど厚生労働省は国民として扱っているのに、なぜ法務省は異なる対応なのか。

例外的配慮すべき
公明党難民問題プロジェクトチームの遠山清彦事務局長の話 法務省の法律論は分かるが、今回は、役人に嫌われても政治決断で例外的に配慮すべきケースだ。

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ミャンマー人一家送還問題、国会でも

2003年11月26日
TBS

 難民申請が認められなかったミャンマー人の男性が、入国管理局に収容され、フィリピン人の妻と娘にも国外退去処分が出ている問題が、26日の国会で取り上げられ、野沢法務大臣は、一家全員をフィリピンへ送還する意向を明らかにしました。

 この問題は、ミャンマー人のキン・マウン・ラットさんの難民認定が認められず、不法滞在を理由に、フィリピン人の妻と娘2人がそれぞれの国への強制退去を命じられているもので、キンさんは先月、東京入国管理局に収容されました。

  この問題が26日、参議院予算委員会で取り上げられました。

  「粛々と退去強制手続きを進めることになります」、「送還先につきましては、本人の希望や受け入れ国の意向にもよりますけれども、家族全員が同一国に送還するよう最大限の努力をすると、入管当局から報告が来ております」(野沢法相)

  「私はそれはいけないと思いますね。子供2人は日本語で育ってる子供なんですよ。なぜ日本から追い出さなきゃいけないんですか」(民主党、江田五月議員)

  「非常にお気の毒な面もありますが、やむを得ない措置ではないかなと思っております」(小泉首相)

  「(法相が)個別に裁量権を発揮して、それをやれと法律で特別在留許可という条例を入れてるわけですから」(民主党、江田五月議員)

  「私の裁量で左右してはいけない課題であると」(野沢法相)

  野沢法務大臣が答弁した「同一国」は妻の母国、フィリピンをさすとみられますが、こうした考えについて妻のマリアさんは、夫が収容される前の先月、次のように、答えていました。

  「(Q.全員でフィリピンで暮らすのは?)、大変難しいです。(子供と夫は)言葉もわからない。仕事もみつかるかどうかもわからないし」(キンさんの妻、マリアさん)

  「家族が統合して良いというのであれば、なぜ家族が日本で統合できないのかということですよ。なんでフィリピンに押しつけなければいけないのか。なんでフィリピンに押しつけずに日本で保護できないのか、こういう気持ちですね」(キンさんの弁護を担当する渡辺彰悟弁護士)

  父親が収容されてまもなく1カ月。家族が日本で暮す手だてはないのでしょうか。(26日18:00)

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神崎氏が在留特別許可要請 「難しい」と法相

2003年11月18日
共同通信

 公明党の神崎武法代表は18日午後、法務省内で野沢太三法相と会談し、 難民認定を申請中で「不法滞在」を理由に東京入国管理局に収容されている ミャンマー人男性(46)に対し、法務大臣の在留特別許可を与えるよう要 請した。  神崎氏は「人道的立場から、是非、政治決断をしてほしい」と求めた。  これに対し、法相はこの男性が退去強制処分の取り消し訴訟を提起し、 1、2審とも原告敗訴している点などから「判決を超える判断をするのは率直にいって難しい」との認識を示した。  公明党によると、男性は1988年に来日し、フィリピン人女性と結婚。 2女をもうけ、日本に定着しており、一定期間、納税もしているという。

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ビルマ人の強制退去、仮放免求め申請 1万5千人余の署名も

2003年11月5日
朝日新聞

 ミャンマー(ビルマ)の民主化運動に参加し、難民認定申請中の会社員キンマウラさん(46)が、不法滞在などを理由に強制退去処分を受け、東京入国管理局に収容された問題で、弁護団は4日、野沢法相あてに「収容には正当な目的がない」として仮放免と在留特別許可を求める申請書を提出した。妻と小学生、幼稚園児の2人の子どもにも強制退去処分が出ており、学校や幼稚園の関係者、近所の人や報道で知った人たち1万5千人余の署名も添えた。

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外国人拘束――一家を離散させるな

朝日新聞
2003年11月9日
社説

 東京の下町で、ある外国人一家に起きていることに目を向けてほしい。

 日本人の経営する小さな運送会社で11年間、まじめに働いてきたミャンマー(ビルマ)人が、東京入国管理局に不法滞在で拘束された。先月末のことだ。

 88年に来日し、98年には退去強制令書が出された。軍事政権が続く祖国の民主化運動に加わっているため、帰国すれば迫害を受けるおそれがあるとして難民認定を求めたが、退けられた。

 妻は偽造旅券で入国したフィリピン人。小学4年生と幼稚園児の子どもがいる。子どもたちは日本語しか話せない。

 今回の拘束で、父親が母国に送り返される可能性が高まった。母親と子どもにも退去強制令書が出ており、この一家は離ればなれになりかねない。

 職を持ち、日本人の友人に囲まれ、ささやかな家庭を築いてきた。厚生年金にも入り、住民税も納めてきた。そんな人たちを、不法滞在だからという理由だけで追い出すのはあまりに酷ではないか。

 「彼は会社にとってなくてはならない存在。子どもたちの将来も心配だ。入管当局のやり方は同じ日本人として恥ずかしい」 そう語る勤務先の社長は、拘束を解き、在留資格を与えることを法務大臣に求める署名運動の先頭に立っている。

 私たちも同じ思いだ。

 今回の措置のタイミングも気になる。

 一家は入管当局を相手に退去強制令書の取り消しを求めて裁判を起こしていた。父親の身柄が拘束されたのは、訴えを退けた二審判決が出た直後のことだった。

 外国人の引き起こす犯罪が増え、不法滞在との関連も指摘されている。犯罪の温床になっているようなケースには厳しく対応していかなくてはならない。

 だが、外国人犯罪を懸念する空気に乗って、様々な事情をもつ不法滞在者を十把一絡げに扱うような入管当局や、それを追認した司法のやり方はうなずけない。

 例えば、犯罪組織とのつながりが疑われる外国人と、このミャンマー人一家のように長年、問題を起こさず暮らしてきた人たちを一緒にするのはおかしい。日本での生活ぶり、家族とりわけ子どもの利益を考え、一定の基準に達すれば在留資格を与える。そうしたルール作りを急ぐべきだ。

 似たような境遇にある韓国人が退去強制令書の取り消しを求めた裁判で、東京地裁は「長い間、善良な市民として生活の基盤を築いていることは、特別在留許可を与えるうえで前向きに考えるべき要素だ」という見解を示した。その通りだと思う。

 高齢化と人口の減少が一緒に訪れるこれからの日本社会で、外国人に頼まなければならない分野は増えていくだろう。

 一家がどうなるか、この件をどうするかは、私たち自身にかかわる問題であると同時に、日本社会を映し出す鏡にもなる。

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難民認定せずミャンマー人父親を収監 東京入国管理局

2003年10月31日
朝日新聞

 ミャンマー(ビルマ)人の会社員、キンマウラさん(45)一家=東京都大田区在住=に対し、不法滞在などを理由に強制退去処分が出されている問題で、東京入国管理局は31日、仮放免の延長手続きのため出頭してきたキンマウラさん を拘束して収監、妻のフィリピン人マリア・ハミリさん(36)と小学生(9) と幼稚園児(6)の娘の3人については11月28日まで仮放免を継続した。弁護団や支援者らは「子どもたちから父親を切り離す措置だ」と抗議している。
  民主化運動に参加し、難民認定を求めているキンマウラさんの仮放免の延長が 許可されず、そのまま収監されたことから、弁護士が理由の開示を求めたのに対し、入管側は「事情を総合的に判断して延長を認める理由はない」と説明した。
 キンマウラさんの勤務先の運送会社社長は同日、釈放して滞在を認めるよう求める嘆願書を法相あてに提出。法相の特別在留許可などを求める学校関係者や近 所の人々の署名も同日までに4000通を超えた。

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ミャンマー人の父親、入管が収容

2003年10月31日
TBS

  いつもは明るく元気一杯の長女デミちゃんは31日朝、どうしても涙が止まりませんでした。11年前から日本に住み、都内の運送会社で働くミャンマー人のキンさん一家。フィリピン出身の妻マリアさんと2人の娘はこの数日間、不安な夜を過ごして来ました。

  祖国ミャンマーの民主化運動に参加するキンさんは94年に難民認定を申請しましたが認められず、国が不法滞在を理由に家族全員に強制退去を命じたため、5年前にキンさんは一度、収容されました。その後、キンさんは仮放免となり、裁判で強制退去処分の取り消しを求めましたが、29日の2審で1審に続いて敗訴したのです。

  このままではキンさんはミャンマーへ、母と娘達はフィリピンへとバラバラに強制送還される可能性があります。現在「仮放免中」のキンさんは月に1度、東京入国管理局へ出頭しなくてはならず、その日が31日でした。弁護団は入管当局に署名を提出するなどして、一家を収容しないよう求め続けてきました。

  涙にくれながら入管を後にした妻マリアさん。キンさんの姿はありません。午前11時前、キンさんは東京入管に収容されたのです。妻マリアさんは自宅に戻り、学校と保育園から帰宅していた娘たちに声をかけました。しかし、娘たちを前に、「父親が入管に収容された」という事実をなかなか切り出すことができません。

  弁護団はキンさんの仮放免と一家4人に在留資格を与えるよう求め、週明けにも入管当局を訪れて要請するとともに、署名活動を続ける方針です。キンさんを支援する市民グループなどには28日にJNNが最初の放送をして以降、家族を強制退去させず、在留を認めてほしいという署名が次々と寄せられ、この4日間でおよそ4000通にのぼっているということです。(31日 17:34)

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超過滞在の一家、控訴棄却される 東京高裁

2003年10月30日
朝日新聞

 超過滞在のミャンマー(ビルマ)人で会社員キンマウラさん(45)一家が国を相手に強制退去処分の取り消しなどを求めていた訴訟の控訴審判決が29日、東京高裁であった。一家側は、民主化運動をしていたキンマウラさんが送還されると迫害され、フィリピン人の妻や子どもたちと離散すると主張していたが、秋山寿延裁判長は「理由がない」と述べ、訴えを退けた一審・東京地裁判決を支持し、控訴を棄却した。

 一家側の弁護団は30日、改めて法相に在留の特別許可を求める要請書を支援者らの署名を添えて提出するという。

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難民認定求める家族が離散の危機に

2003年10月28日
TBS

 都内のアパートに暮らす一家。父親はミャンマー人のキン・マウン・ラットさん(46)。11年前、フィリピン出身のマリアさん(36)と結婚し、2人の子供をもうけました。幸せそうな4人の家族ですが、家族は今、離散の危機にさらされているのです。
 
  1988年、ミャンマーで起きた軍事クーデター。民主化を求めた多くの人々が銃弾に倒れ、「難民」として、国外へと逃れていきました。キンさんも軍事政権に抵抗し、88年に日本へ。祖国の民主化運動に参加し続けています。
 
  「帰国すれば逮捕されてしまう」、キンさんは94年、難民認定を申請しましたが、国は認めず、逆に不法滞在を理由として家族全員に日本からの強制退去を命じました。キンさんは、異議申し立ての裁判を起こしましたが、一審は敗訴。二審でも負けると、キンさんがミャンマーへ、母と子供たちはフィリピンへと、バラバラに強制送還される恐れが出てくるのです。
 
  実は、5年前にも一家が引き裂かれる出来事がありました。キンさんが難民不認定の処分を受けた際、3ヶ月近く入国管理局に収容されたのです。
 
  幼い娘にあの時の悲しい思いを2度とさせたくない。キンさんは切に願ってきました。現在、姉のデミちゃんは小学校に、妹のミシェルちゃんは保育園に通っています。日本で生まれ育った子供たちは日本語しか話せず、家族の会話も日本語です。
 
  キンさんは11年間、自宅近くの運送会社で働いてきました。上司や同僚の信頼も厚く、今ではチーフドライバーを任されています。
 
  「彼はもう面倒見はいいですし、一人の人間としてホットな心をもっていますよね」、「うちの会社にとっては欠かせない人間ですし、彼を還すような日本の国だったら恥ずかしい」(キンさんの勤務先の社長)
 
  刻一刻と近づく判決の日を前に行われたミシェルちゃんの運動会が行われました。そこには、ごく普通の家族の幸せな姿がありました。
 
  「来年も再来年もずっと、こういう幸せな日にずっと参加できればいいかなと思っています。バラバラは勘弁して・・・」(キンさん)
 
  キンさんは今月、家族の置かれた現実を初めて娘たちに明かしました。このままでは家族が離れ離れになってしまうかもしれない。それを聞いた日、2人は夜更けまで泣き続けました。
 
  家族の命運を分ける判決は29日、言い渡されます。(28日18:00)

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ミャンマー・比夫婦に家族離散の危機 国外退去の可能性

2003年10月25日
朝日新聞・夕刊

超過滞在のミャンマー(ビルマ)人の夫と不法入国したフィリピン人の妻が東京の片隅で知り合い、結婚して11年。日本で生まれた2人の子どもは小学4年生と幼稚園児になった。その幸せそうな家庭に、国外退去と家族離散の危機が迫っている。

ミャンマー・比夫婦に家族離散の危機 国外退去の可能性
2003年10月25日(朝日新聞・夕刊)
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「万一、パパが捕まってビルマに送り返されたら、お約束を守ってママを困らせないようにね」

今月初め、意を決したキンマウラさん(45)は東京都内の自宅で、長女デミちゃん(9)を傍らに呼び、入国管理局による拘束と国外退去強制処分の可能性を説明した。

 4歳の時、入管による父の拘束を経験して覚えていたデミちゃんは、事態を理解したのか、大粒の涙をぽろぽろ流した。

 「パパは何も悪いことしていないのに、何で捕まるの?何で行かなきゃいけないの?」

 キンマウラさんは自分がビルマ人でよその国にいるときにはビザという許可証が必要なことを説明した。

 寝床に入ったデミちゃんは、隣で寝ていた妹のミシェルちゃん(6)に「パパが行っちゃうかも」と話した。キンマウラさんと妻のマリアさん(36)は、2人の忍び泣きの声が午前0時ぐらいまで続くのを聞いた。

 キンマウラさんは母国の軍事政権を嫌い、88年に来日。「研修」の在留資格でコンピューター専門学校に通った後、今の運送会社に就職した。

 来日直後から在日ビルマ人協会のメンバーとして祖国の民主化運動に参加。このため92年7月以降は、在留期限の更新手続きもあきらめ、超過滞在状態が続いていた。

 フィリピン生まれのマリアさんは、86年ごろから偽造旅券で何度か入国し、都内のスナックやクラブで働いた。

 そんな2人が知り合って恋に落ちたのが91年。翌年から都内のアパートで一緒に暮らし始めた。

 ミャンマー政権は外国人との結婚を制限しており、2人の子どもは母親のフィリピン国籍を取った。2人は日本語しか話せないし、夫妻も共通の言語は日本語だ。

 キンマウラさんは94年、難民認定を申請したが、98年に却下され、いま家族全員に退去強制令書が出されている状態だ。異議申し立ての裁判を起こしたが、一審は全面敗訴。29日に二審の高裁判決が予定されているが、支援の弁護士らの見通しも「相当厳しい」。

 退去処分ではキンマウラさんがミャンマーへ、マリアさんと子どもはフィリピンに強制送還される可能性が最も高い。

 家族がバラバラになるだけでなく、「帰国したら逮捕される可能性がある」というキンマウラさんの祖国を、彼が再出国できる保証も、マリアさんらが訪ねられる保証もない。日本語しかできない子どもたちがフィリピンで適応していけるのか不安もある。

 キンマウラさんの職場の上司やデミちゃんの担任教師らが、法相あてに在留の特別許可を求める上申書を書き、近所の人たちが署名してくれた。法相からの返事はない。

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(c) ビルマ情報ネットワーク(BurmaInfo) 1997〜



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