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キンマウンラさん一家の在留問題に関する報道更新日: 2004年3月21日 2004年3月分
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<在留特別許可>ミャンマー人一家に対し入管が交付 2004年3月9日 東京入管は9日、難民と認めていないミャンマー(ビルマ)人、キンマウンラットさ ん(46)一家4人に対して、在留特別許可証を交付した。 一家は、祖国の民主化運動にかかわっていた父親のキンマウンラットさん、妻のフィ リピン人、マリアさん(37)がいずれも不法滞在と認定され、2人の子供とともに強 制送還の危機にあった。しかし、一家4人を離散させることに対して、全国から非難の 声や署名が集まり、今月5日、野沢太三法相が「人道的見地から」との理由で在留特別 許可を与えることを明らかにしていた。一方で、同入管は、難民申請については、改め て許可しないことを通知した。【伊藤正志】 ミャンマー人一家に在留特別許可2004年3月9日 難民申請を認められず、国外退去を求められていたミャンマー人のキン・マウン・ ラットさん一家に9日、在留特別許可がおりました。 許可は、政府がこれまでの姿勢を 一転させ、人道的な理由から出したもので、難民申請から10年、 入管に2度収容された キンさんは、妻マリアさんとともに在留特別許可証を手に 喜びをかみしめていました。 難民申請却下のミャンマー人一家に在留特別許可2004年3月9日 難民と認定されず、強制退去処分が出ていたミャンマー国籍、キンマウンラさん(46)と家族3人に対し、東京入国管理局は9日、在留特別許可を出した。 キンマウンラさんは東京・霞が関の司法記者クラブで会見し、「本当にうれしい。支援してくれた多くの皆さんに感謝したい」と語った。 会見には、フィリピン国籍の妻マリアさん(37)、長女デミさん(10)、二女ミッシェルさん(6)も同席。デミさんは在留資格証明書を手に、「これからずっとお父さんと一緒にいられて、うれしい」と笑顔を見せた。 今回の許可で、キンマウンラさんにはミャンマー、妻子にはフィリピンへの各強制退去処分が1998年に出されていたが、撤回された。 キンマウンラさんは88年に来日、92年に在留資格を失った。来日後、ミャンマー政府への抗議デモなど民主化運動に参加したため、帰国すると迫害を受ける恐れがあるとして、94年に難民認定を申請したが、却下された。95年にマリアさんと結婚し、現在は東京都大田区の運送会社に籍を置いている。 東京入管は「家族の状況や本人の素行などを総合的に考慮し、許可した」としている。 在留許可で10年ぶりの安住 ラットさん「心から感謝」2004年3月9日 野沢太三法相は9日、不法滞在で強制退去処分を受けていたミャンマー人男性のキン・マウン・ラットさん(46)一家4人に人道的配慮から在留を特別に許可した。ラットさんは1994年4月に難民認定を申請して以来、10年ぶりに晴れて安住の地を手に入れた。 これを受け、ラットさんは同日夕、フィリピン人の妻マリアホープさん(37)、長女デミさん(10)、二女ミッシェルさん(6つ)らとともに東京・霞が関の司法記者クラブで会見。 ラットさんは「法相や関係者の皆さん、支持者に心から感謝したい。ぼくみたいに問題を抱え収容されたビルマ(ミャンマー)人のため、法相に解決をお願いしたい」と語った。(共同通信) 多事総論 「よき隣人」2004年3月8日 ここに雇い主から非常に信頼を受けて、家庭でも良き親であるという人がいる。その一方で子育てというのは非常にやっかいだということで、子供を虐待して、時には死に至らしめる人がいる。どちらが自分の、私達の隣人として、欲しいということを問われれば答えは明らかだろうと思います。 にもかかわらず、その良き隣人の方は、日本人でないために国内に留まることはなかなか出来ない。一方は罪は取り調べられるとしても日本人の身分というのは変わらない。非常に不公平に見えるのですが、なぜかといえばもちろん「国家」という壁が、依然として「グローバル化、国際化、人間は皆同じだ」と言っても存在するからであります。しかし中でも日本の壁というのは高いということがあります。 その一方で、その私達の日本、あるいは日本人というのはあと2年しますとピークを過ぎてだんだん減り始めます。つまり日本人というのは自然な形で純血主義を保つ限りは減っていく訳でありまして、ある推計によればこのままの事が続けば3000年には日本人はたった1人になると言われております。 だとするならば、そういう中で日本という国を保つためには、例えばミャンマー系であり、フィリピン系であり、中国系でも、コリアン系でも、ケルト系でも、つまり新しい日本人というのと一緒に暮らすということがたぶん私達の国にとって大事なテーマになってくるのではないかと思います。 いずれそういう日がくるということを考えた上で、難民対策、難民政策というものをそろそろ考え出していいんじゃないでしょうか。 ミャンマー人一家に在留特別許可 人道的観点から判断―法相2004年3月5日 野沢太三法相は5日の閣議後の記者会見で、退去強制手続き中に仮放免されているミャンマー人男性(46)とその家族について、人道上の観点から、法相判断で在留特別許可を与えることを明らかにした。法相は、男性の妻がフィリピン国籍であることから、夫婦をそれぞれの母国に強制送還すると、一家が離ればなれになることなどを指摘、「日本にいてもらうのが最善」と述べた。 福田康夫官房長官も同日の会見で「一家4人が離散するのは人道上、人権尊重の見地から取るべきではない」と強調した。 このミャンマー人男性は1988年に来日。国内で妻と結婚し、現在は娘2人と合わせ4人家族。退去強制処分の取り消しを求めた訴訟で上告中だが、在留特別許可が与えられると、退去強制処分は取り消される。一家はマスコミにも取り上げられ、入管当局の対応が注目されていたため、法相自らの異例の発表となった。 国外退去処分のミャンマー難民 週明けにも在留特別許可2004年3月5日 東京都内で運輸会社の管理職をしていた在日ミャンマー人キン・マウン・ラットさんが、日本政府に難民申請を「不認定」とされたうえ、不法滞在だとして国外退去処分を求められていた問題で、野沢太三法相は五日、週明けにも在留特別許可を与えることを決めた。 ラットさんは、日本国内で母国ミャンマーの民主化運動を進めている「在日ビルマ人協会」のメンバー。同協会は民主化運動指導者アウン・サン・スー・チー氏を支持している。一九八八年に来日し、帰国すれば迫害を受けるため難民認定申請したが、不法滞在(オーバーステイ)であるとして不認定とされ、逆にフィリピン人の妻、九歳と六歳の娘(ともにフィリピン国籍)ともども、日本政府からフィリピンへ国外退去するよう求められていた。 このため、ラットさんの勤務先企業「吉田運輸機興」(東京都大田区)、娘の同級生の父母ら、合計三万人以上が「娘たちは日本語しかできず、フィリピンでは暮らせない」などと、法相の裁量で在留特別許可を出すよう運動。難民受け入れに積極的な公明、民主、社民各党も政府への説得を続けてきた。 法務省は表向き「人道上の理由」としているが、フィリピン政府との受け入れ交渉が思うように運ばず、在留特別許可を出さざるを得なくなったとの事情もあるようだ。 <在留特別許可>ミャンマー人一家に人道上の理由で2004年3月5日 野沢太三法相は5日、難民と認めないまま仮放免していたミャンマー人、キンマウンラットさん(46)一家4人について、在留特別許可を与えると発表した。東京入国管理局が来週中にも手続きを取る。 一家は、退去強制命令を受け、命令の取り消しを求めて国を相手に係争中。不法滞在と認定している外国人夫婦に対し、退去強制処分を取り消したうえで在留特別許可を与えるのは異例だが、野沢法相は「人道的な配慮から決めた」と説明している。 キンマウンラットさんは、技術研修のため88年に来日、92年に在留資格を失った。祖国の民主化運動を支援するデモに参加したため、「帰国すれば迫害を受ける」と難民申請したが不認定とされた。フィリピン人妻は87年に不法入国した。2人の子供を含めた一家4人については、連合や地域などから、在留を求める署名が約430万人分集まっていた。 政府は、ミャンマー、フィリピンに対し、一家の受け入れを打診したが難航。一家4人を離散させてまで送還した例が先進国にないことや、二女が今年小学校に入学することなどから、在留特別許可を決めた。一家に対する退去強制処分を取り消し、「定住者」の資格で在留を認める方針。 一家が国を相手取り起こした訴訟は、1、2審で棄却され、最高裁に上告中。この問題をめぐっては、民主党や公明党も在留を許可するよう求めていた。 野沢法相は「不法滞在者は、帰ってもらうのが原則だが、一家がそろって暮らすことは、一つの権利だと判断した」と述べた。【伊藤正志】 「人道上の配慮で」法相がキンマウンラさんに在留特別許可2004年3月5日 難民認定申請をしたが認められず、退去強制命令が出ていたミャンマー(ビルマ)人のキンマウラさん(46)一家4人=東京都大田区在住=に、野沢法相は5日、在留特別許可を与える方針を示した。 退去強制の場合の送還先がキンマウラさんはミャンマー、フィリピン人の妻と日本で生まれた2人の子どもはフィリピンとなるため、「人道上、一家を別々の国に離散させる措置をとるべきでない」と判断した。 家族の送還先が異なることを理由に在留特別許可が出るのは異例だ。 キンマウラさんは88年、研修の在留資格で来日後、祖国の民主化運動に参加。92年以降は在留期限の更新をしておらず不法滞在状態だった。妻マリアさん(37)は87年に偽造旅券で入国した。 キンマウラさんは「帰国すれば迫害される」と難民認定を申請したが認められず、退去強制命令の取り消し訴訟も昨年10月、東京高裁で棄却、現在、最高裁で係争中だ。 このほかキンマウラさんが10年以上、運送会社に勤務し、雇用主も在留の継続を求めていることや、一家が地域社会にとけ込んで生活していることなども配慮したとみられる。 法相 ミャンマー人家族に「一家離散」を避け在留許可2004年3月5日 野沢法務大臣は、不法滞在者として国外退去の処分を受け、取り消しを求めて最高裁判所に上告しているミャンマー人の夫とフィリピン人の妻の家族について、人道上の理由から、大臣の職権で在留を認めることを決めました。 この家族は、ミャンマー人の夫とフィリピン人の妻、それに日本で生まれた二人の娘の四人で、夫と妻はおよそ十六年間日本に滞在していますが、在留期間を過ぎていることから、国外退去の処分を受け、取り消しを求めて最高裁判所に上告していました。 この問題で、野沢法務大臣は、人道上の理由から、大臣の職権で国外退去の処分を取り消し、在留を特別に認めることを決め、閣議の後の閣僚懇談会に報告しました。 野沢法務大臣は、記者会見で、今回の決定について、▽家族が離れ離れにならないよう、ミャンマーとフィリピンに、一家を受け入れてもらえるかどうか打診したものの、いずれも難しいことが分かったことや▽他の先進国で、本人の意向に反して別々の国に送還した例がないことなどを考慮したと説明しました。 その上で、野沢法務大臣は、同様のケースが出た場合の対応について、「原則的には、ルールに従って帰国してもらうが、一家揃って暮らすことは人間の一つの権利であり、個別の審査は十分行う」と述べました。 これに関連して、福田官房長官は、記者会見で、「不法滞在者の在留を安易に特別許可することは好ましくないが、強制退去にすれば、一家が離散することになり、人道的な問題が大きい。良かったと思う」と述べました。 不法滞在に在留許可 新学期控え人道的配慮 ミャンマー人一家2004年3月5日 野沢太三法相は五日の閣議後会見で、不法滞在で強制退去処分を受けていたミャンマー人男性のキン・マウン・ラットさん(46)一家の在留を特別に許可することを明らかにした。来週中には東京入国管理局で手続きを終える予定で、就労もできる「定住者」の在留資格が与えられる見通し。 法相は、ラットさんはフィリピン人の妻(37)、長女(10)、二女(6つ)の四人家族である点を踏まえ「小学校の新しい学期も控えており、人道的配慮を優先させた」と強調した。法務省はこれまで夫婦それぞれの母国に受け入れの可能性を打診していたが、受け入れは難しく「日本にいるのが最善」(法相)となった。 これに関連し、福田康夫官房長官も「良かった。強制退去になれば一家四人が離散してしまう。これは人道上、人権尊重の見地からとるべきではない」と述べた。 仮放免のミャンマー人一家に在留特別許可=人道的観点から2004年3月5日 野沢太三法相は5日の閣議後の記者会見で、退去強制手続き中に仮放免されているミャンマー人男性(46)とその家族について、人道上の観点から、法相判断で在留特別許可を与えることを明らかにした。法相は、男性の妻がフィリピン国籍であることから、夫婦をそれぞれの母国に強制送還すると、一家が離ればなれになることなどを指摘、「日本にいてもらうのが最善」と述べた。 福田康夫官房長官も同日の会見で「一家4人が離散するのは人道上、人権尊重の見地から取るべきではない」と強調した。 このミャンマー人男性は1988年に来日。国内で妻と結婚し、現在は娘2人と合わせ4人家族。退去強制処分の取り消しを求めた訴訟で上告中だが、在留特別許可が与えられると、退去強制処分は取り消される。一家はマスコミにも取り上げられ、入管当局の対応が注目されていたため、法相自らの異例の発表となった。(了) 仮放免ミャンマー人男性が連合の会合に2004年1月16日 難民申請が認められず、東京入国管理局が仮放免しているミャンマー人のキン・マウン・ラットさんが、連合の中央執行委員会に出席しました。 「働いちゃいけないと。働けないと自分の生活をどうするのか不安ですね」(キン・マウン・ラットさん) 連合は野沢法務大臣宛てに427万人分の署名を提出していて、キンさんは「入管から仮放免の条件として就労は認めないと伝えられ、貯金を切り崩している」と述べ、引き続き在留特別許可を求めていくと訴えました。(16日 16:10) 収容のミャンマー人男性が仮放免に2003年12月19日 クリスマスを前に妻と子どもたちの祈りが届きました。難民申請が認められず、入国管理局に収容されていたミャンマー人の男性が19日に仮放免を認められ、49日ぶりに家族の元に戻りました。 19日午後、49日ぶりに妻と2人の娘との再会を果たしたミャンマー人のキン・マウン・ラットさん。日本で妻マリアさんと知り合い、2人の娘をもうけたキンさんは難民申請を出していましたが、これを認めてもらえず、10月31日に東京入国管理局に収容されました。 一家の大黒柱を失った49日。しかし、この間は妻や子どもは父を取り戻すため、支持を訴える講演を行ったり署名活動などをしてきました。その結果、クリスマスを目前に控えた19日、家族は再会を果たしたのです。 「一応、出ることができたけれど今日もまだ仮放免という形だったから、この次にどうなるか、まだはっきりとは分からないです」(キンさん) 法務省はキンさんに逃亡の恐れがないなどとして今回、仮放免を認めました。今後、弁護団はキンさん達の本当の希望「法務大臣の特別在留許可」を求めていきたいとしています。(19日 15:33) キンマウラさん、仮放免へ 法相、強制退去方針は改めず2003年12月19日 難民認定申請をしたものの認められず、強制退去処分になって東京入国管理局に収容中のミャンマー(ビルマ)人の会社員キンマウラさんについて、野沢法相は19日の記者会見で、同氏を仮放免する考えを明らかにした。国内に家族や雇用主がいて「逃亡のおそれがない」と判断した。 キンマウラさんをめぐっては、フィリピン国籍の妻を含む一家がこのまま日本で生活できるよう求める議論が国会などで起きている。 野沢法相は「(退去強制によって)一家離散とならないよう、ミャンマーやフィリピンなどに受け入れを求める協議をしている」と述べ、強制退去の方針を改めていないことを強調した。(12/19 13:32) キンマウラさんの在留求め427万人の署名を提出 連合2003年12月16日 難民認定を申請したが強制退去処分になり東京入国管理局に収容されている ミャンマー(ビルマ)人の会社員キンマウラさんについて、日本労働組合総連 合会(連合)は15日、家族とともに日本で生活することを認めるよう求める 427万人分の団体署名を野沢法相あてに提出した。 連合側は、キンマウラさんの妻の国籍がフィリピンであるため強制退去となっ た場合、家族がばらばらになる恐れがあるとして人道的な配慮から特別在留許 可を求めている。これに対し、法務省側は「(退去強制処分をめぐる)最高裁 の判断を待ちたい」と述べるにとどまった。(12/16 00:46) ミャンマー人一家の在留求め署名活動2003年12月15日 難民申請が認められなかったミャンマー人の男性が入国管理局に収容され、妻と娘にも国外退去処分が出ている問題で、妻や支援者による街頭署名活動が始まりました。 この問題は難民申請が認められなかったミャンマー人のキン・マウン・ラットさん(46)が入国管理局に収容され、フィリピン国籍の妻と娘にも国外退去処分が出ているもので、妻や会社の同僚らが1カ月半に渡って収容され続けているキンさんの仮放免と、一家への在留特別許可を求める街頭署名活動を始めました。 また、労働組合の連合は一家が日本で暮らせるよう求める427万人分の団体署名を法務省に提出しました。 政府は一家をフィリピンへ送還する意向を示していますが、野党をはじめ与党内からもこの対応に批判が出ています。(15日 16:22) 政府、民主化運動のミャンマー人家族『国外退去』 届かぬ“難民の声”2003年12月8日 ミャンマー民主化運動に携わる在日ミャンマー人の会社員一家に、法務省が国外退去を求めたことをめぐり、野党の民主党ばかりか与党の公明党からも批判が出ている。小泉内閣は退去の方針を崩しておらず、問題の火種は大きくなる一方だ。(社会部・市川隆太) 難民認定せず焦点の人物は、ミャンマー国籍のキン・マウン・ラットさん(46)。東京都大田区の輸送会社「吉田運輸機興」でトラックの運行管理を担当する管理職。ミャンマー民主化運動指導者アウン・サン・スー・チーさんに共鳴し、日本でミャンマー民主化運動を進める「在日ビルマ人協会」の創設以来のメンバーでもある。 一九八八年に来日し、「研修」の在留資格も得たが、民主化運動に携わったことから資格更新をあきらめ、九二年七月から不法滞在(オーバーステイ)の状態が続く。帰国すれば軍事政権の迫害を受けるのは確実と九四年、法務省に難民認定を申請した。 しかし、東京入国管理局は九八年に「難民不認定」の通知を出し、妻マリアさん(37)、長女デミちゃん(9つ)、二女ミッシェルちゃん(6つ)=いずれもフィリピン国籍=を含めた一家四人の国外退去を求めた。マリアさんには不法入国という事情があったからだ。処分取り消しを求めた裁判の判決は、一審の東京地裁(今年五月)、二審の東京高裁(同十月)とも、入管の判断に軍配を上げた。マリアさんと二人の娘は収容を免れたものの、ラットさんは十月末以来、入管施設に収容されている。 法相も譲らず法務省が難民認定しなかった理由の一つに、「ラットさんが日本で結婚した際、ミャンマー政府は独身証明書を発行した」という判断がある。それが「現政権はラットさんを危険視していない」との認定につながった。だが、在日ビルマ人難民申請弁護団の渡辺彰悟弁護士は「証明書はミャンマー政府が発行したものではない。大使館を通さず、知人経由で地元の自治体から取得したものだ」と法務省の調査の落ち度を指摘する。「在日ミャンマー大使館前のデモにも参加したラットさんの顔は監視カメラで撮られており、軍事政権が許すはずがない」という不安もある。 民主党の江田五月氏は先月二十六日、参院予算委で「法相の裁量で特別在留許可を出し、一家の日本滞在を認めるべきだ」と追及した。しかし、小泉純一郎首相は「法律の専門家に任すべき問題」と、いつもの“丸投げ答弁”に終始。野沢太三法相も勝訴判決を盾に譲らず、一家をマリアさんの母国フィリピンに退去させる考えを示唆した。江田氏は「裁判で争ったのは難民認定。特別在留許可は、法相の裁量でできる問題で(両者は)違う」と批判する。 特別在留許可を求める声は公明党の中からも出ており、神崎武法代表が野沢法相を訪ね、その旨を伝えたが「私の裁量で(司法判断を)左右してはいけない」との法相の考えは変わっていない。 本末転倒小泉内閣の姿勢を、渡辺弁護士は「子どもたちは地元になじんでおり、日本語しかできない。子どもの権利条約や国連人権規約から見ても、一家には日本で暮らす権利がある。それより下位法規の入管難民法で、日本から出てけというのは本末転倒」と批判する。 ラットさんの人柄にほれ込む勤務先の吉田勝彦社長も「迫害を恐れ、父の葬儀の時も帰国できなかったラットさんを難民認定しないとは。もしスー・チーさんが政権を握ったら、両国の懸け橋になる人物をなぜ大事にしないのか」と悲しむ。 だが、マリアさんの元には特別在留許可を求める署名が、全国から二万五千以上も寄せられている。「この国の役人は駄目だけど、国民は捨てたもんじゃありませんね」。社長の目が潤んだ。 ミャンマー男性の国外退去 妻、日本残留訴える2003年12月5日 法務省に難民認定申請したところ、逆に国外退去処分となったミャンマ一人会社員キン・マウン・ラットさん(四六)の妻が四日、東京・有楽町の外国人特派員協会で記者会見し、日本に残留したい気持ちを訴えた。 会見したのはマリア・ホープ・ラットさん(三七)=フィリピン国籍。キンさんはミャンマー民主化をめざす「在日ビルマ人協会」メンバーのため、帰国すると軍事政権に迫害されるとして、一九九四年に難民認定申請したが認定されず、反対に、夫妻と子ども土人の一家四人とも国外退去処分を受けた。いつたん仮放免されたが、キンさんは今年十月、東京入国管理局に再収容された。 会見したマリアきんは流ちょうな日本語で「夫を家族の元に戻してほしい」と、目を潤ませた。 付き添った渡辺彰悟弁護士(在日ビルマ入難民申請弁護団)は「今後も仮放免などを求めていく」と述べた。 ミャンマー人男性の妻、夫の釈放訴える2003年12月4日 難民申請が認められなかったミャンマー人の男性が入国管理局に収容された問題で、フィリピン人の妻が外国特派員協会で会見し、内外のメディアに夫を返して欲しいと訴えました。 「夫が入管に収容されるのは2度目だが(5年前収容された時より)10倍つらいです」(キン・マウン・ラットさんの妻マリアさん) 法相「一家の退去手続きを進める」2003年11月28日 難民申請が認められず、入国管理局に収容されたミャンマー人男性の一家はどうなるのでしょうか。野沢 法務大臣はJNNの単独取材に応じ、「一家の退去手続きを進める」との考えを改めて示しました。 ミャンマー人一家「道ないか」と厚労相2003年11月28日 難民申請が認められなかったミャンマー人の男性が、入国管理局に収容され、フィリピン人の妻と娘にも国外退去処分が出ている問題で、坂口厚生労働大臣は、子供の福祉の観点から何らかの手段で一家が日本に留まることができないかとの考えを示しました。 ミャンマー人退去、小泉首相「やむを得ず」2003年11月27日 難民認定を申請中のミャンマー(ビルマ)人、キンマウラさん(46)が不法滞在を理由に強制退去処分を受け、東京入国管理局に収容されている問題が26日の参院予算委員会で取り上げられた。民主党の江田五月参院議員が在留特別許可を求めたのに対し、小泉首相は「非常にお気の毒な面もあるが、やむを得ない措置ではないか」と述べ、処分を見直す考えがないことを明らかにした。 難民認定で自公にズレ2003年11月27日 神崎代表『特別在留許可出すべきだ』
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今月初め、意を決したキンマウラさん(45)は東京都内の自宅で、長女デミちゃん(9)を傍らに呼び、入国管理局による拘束と国外退去強制処分の可能性を説明した。
4歳の時、入管による父の拘束を経験して覚えていたデミちゃんは、事態を理解したのか、大粒の涙をぽろぽろ流した。
「パパは何も悪いことしていないのに、何で捕まるの?何で行かなきゃいけないの?」
キンマウラさんは自分がビルマ人でよその国にいるときにはビザという許可証が必要なことを説明した。
寝床に入ったデミちゃんは、隣で寝ていた妹のミシェルちゃん(6)に「パパが行っちゃうかも」と話した。キンマウラさんと妻のマリアさん(36)は、2人の忍び泣きの声が午前0時ぐらいまで続くのを聞いた。
キンマウラさんは母国の軍事政権を嫌い、88年に来日。「研修」の在留資格でコンピューター専門学校に通った後、今の運送会社に就職した。
来日直後から在日ビルマ人協会のメンバーとして祖国の民主化運動に参加。このため92年7月以降は、在留期限の更新手続きもあきらめ、超過滞在状態が続いていた。
フィリピン生まれのマリアさんは、86年ごろから偽造旅券で何度か入国し、都内のスナックやクラブで働いた。
そんな2人が知り合って恋に落ちたのが91年。翌年から都内のアパートで一緒に暮らし始めた。
ミャンマー政権は外国人との結婚を制限しており、2人の子どもは母親のフィリピン国籍を取った。2人は日本語しか話せないし、夫妻も共通の言語は日本語だ。
キンマウラさんは94年、難民認定を申請したが、98年に却下され、いま家族全員に退去強制令書が出されている状態だ。異議申し立ての裁判を起こしたが、一審は全面敗訴。29日に二審の高裁判決が予定されているが、支援の弁護士らの見通しも「相当厳しい」。
退去処分ではキンマウラさんがミャンマーへ、マリアさんと子どもはフィリピンに強制送還される可能性が最も高い。
家族がバラバラになるだけでなく、「帰国したら逮捕される可能性がある」というキンマウラさんの祖国を、彼が再出国できる保証も、マリアさんらが訪ねられる保証もない。日本語しかできない子どもたちがフィリピンで適応していけるのか不安もある。
キンマウラさんの職場の上司やデミちゃんの担任教師らが、法相あてに在留の特別許可を求める上申書を書き、近所の人たちが署名してくれた。法相からの返事はない。
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(c) ビルマ情報ネットワーク(BurmaInfo) 1997〜年
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