| ビルマ情報ネットワーク | |
|
|
|
|
「再審情願の申立」資料より、本件の主張内容について2003年5月23日 東京地方裁判所民事2部の判決(2003年5月8日)を受けて、控訴日(5月22日)の翌日に在日ビルマ人難民申請弁護団が法務大臣宛てに提出した「再審情願の申立」資料より、本件の主張内容についてお伝えします(編注:この申立ては、2003年9月29日に法務大臣より却下されました)。 申立人家族を問題となっている退去強制処分によってそれぞれキンマウンラをビルマへ、マリアら妻子をフィリピンへ送還することは、人道上回避されるべきであります。 その理由は、基本的にキンマウンラの難民性と、家族の統合の利益、そして子どもの最善の利益であります。 確かに、以上の点は東京地裁民事2部の判決(平成15年5月8日)では認められませんでした。ここでは判決の当否をおいて、現時点で退去強制を執行すること、もちろんその前提としての収容手続をとることは、現実の申立人らの日本社会の中での安定的な生活基盤を根本から奪い、非人道的な結果になるものと考えます。 申立人キンマウンラが難民不認定となり収容されたのが1998年7月でありました。そのときですら、長女のデミは父親のおかれている状態が家族にとって危険なものであることを直感的に感じ取り、キンマウンラの妻のマリアとともに非常に不安定な時間をすごしました。 そして、キンマウンラが1998年10月に収容を解かれたとき、デミは大粒の涙を流しキンマウンラを迎えたのであります。 その後、裁判が遂行され、この判決のときまでに5年半以上の時が経過しました。 キンマウンラの難民性〜その政治的活動の故の迫害の可能性キンマウンラは現在もLDB(ビルマ民主化同盟)のメンバーとして活動を継続しています。もともとBAIJ(在日ビルマ人協会)の原始メンバーとして1988年以来活動を継続しているキンマウンラについて、判決は、その難民性を否定しましたが、帰国した際の「危険」が全くないということは誰にも判断できるはずもありません。 私たち代理人はキンマウンラのこれまでの経歴から難民該当性ありと判断しておりますが、仮に判決の判断を前提とするにしても、キンマウンラがこれまで活動を継続しており、もともと日本における民主化活動家として把握されている可能性が否定できない以上、キンマウンラに対する「迫害の危険性」はパーセンテージは別としても、0%であると言い切れるものではありません。 在日の民主化を求めるBAIJをはじめとする民主化グループは精力的に活動を当時もそして現在も継続しており、彼らの活動は軍事政権から忌み嫌われています。 多くの活動家のビルマにいる家族が在日の活動のゆえにMI(軍情報部)等から質問を受けたり拘束を受けている話はいまも続いています。そうであるがゆえに、在日の活動家はビルマの自分の家族に直接電話で話したりすることを避けているし、できない状態なのであります。 キンマウンラがビルマに帰国した場合に、彼が身柄を拘束される可能性は皆無ではありえないのです。 家族統合の原則次に、家族統合の利益です。 この家族の統合はまさに日本においてのみ保障されています。日本であればこの家族は安心して統合して生活を送ることができます。 キンマウンラがビルマへ、そして妻子がフィリピンに送還されてしまった場合、キンマウンラが身柄を拘束されてフィリピンに出国することは不可能になるかもしれません。拘束されなかった場合でも、外国人との結婚をこころよく思わないビルマ政府がキンマウンラに出国を認めるかどうかは保障できません。 また、外国人の出入国は国家の裁量によって決定されるという前提からすれば、フィリピンがキンマウンラの入国を認める保障もまったくありません。実際、当職らは、キンマウンラがビルマに送還後、家族のいるフィリピンへの入国を希望した場合、フィリピンはキンマウンラの入国を認めるか否かにつき、在日本フィリピン大使館に対して照会をしたものの、その回答は得られませんでした。 逆に、妻子がフィリピンからビルマに入国する可能性はもっと低いか不明であると言うしかありません。やはり外国人との結婚を受け入れるのかどうかが問題です。ちなみに、キンマウンラは1993年に大使館に結婚の件で相談にいっていますが、そのときには結婚のことについてまともな対応をしてもらえず、結婚は認めないと言われています。 このように考えると、送還後の家族統合にはきわめて困難を伴うことは容易に想像できます。この家族をあえて切り離しばらばらにする結果になる手続を選択するべきではありません。 子どもの権利の側面から第3は、子どもの権利の側面からであります。この点でも判決は、子どもの権利条約の適用を在留資格の範囲内と絞ってしまいました。この判決の解釈に賛同することはできませんが、これをおいたとしても、やはり子どもの利益という観点から申立人らの状況を判断することは可能なことであります。 特にここでは訴訟提起後の5年以上の年月のもつ重みも十分に斟酌いただきたいと存じます。 長女デミは現在小学校4年生であります。次女のミッシェルは幼稚園の年長で来年小学校に上がる年齢になりました。両名ともとても明るく活発な子どもらしい子どもたちです。彼らの「母語」は日本語です。当然のことながら、家族のコミュニケーションは日本語です。 キンマウンラは子どもたちにビルマ語を教えたいと思っており、マリアはタガログ語も学んでほしいという思いを持っています。それらは親として自分の母語を知ってほしいわかってほしいという自然の感情ですが、現実は生活の基盤である日本で生活をしている子どもたちは、これらの言葉を修得しておらず、日本語を修得し学んでいます。 家族の中で現在日本語の能力が最も高いのは長女のデミです(資料としてデミの書いた文章を添付)。 この子どもたちにとって、父親とともに生きると同時に母親ともともに生きる道は日本で暮らしていくことしかありません。デミもミッシェルも自分たちの能力を開花させているのがまさに日本での生活なのです。 この子どもたちがいまフィリピンに送還されてしまったらどうなってしまうでしょうか。まず言語の壁にぶつかり、教育を受ける機会が損なわれることは確実です。そしてもっとも大きいことは父親が日々の生活の中からいなくなるということであります。精神の安定を欠くことになることは火を見るよりも明らかです。 この家族をずっとみてきている私たち代理人はデミやミッシェルを、自分たちではどうすることもできない、彼らにとってみれば理不尽としか思えない事態に直面させて涙を流させるような事態を避けたいと思います。彼らが涙を流すのは、まさに彼らの子どもの最善の利益が侵されるからではないのでしょうか。 キンマウンラらを取り巻く社会的環境以上のように、申立人らの家族の置かれている状況だけでも十分にその在留を認めるべき事情が存在します。さらに彼らを取り巻く社会的な環境もその在留を安定的なものとしており、判断の際には当然考察の対象としていただきたく存じます。 一つは、キンマウンラの稼動状況です。義兄も勤める会社で社長から絶大な信用のもとで勤務を続けています。 次に、妻マリアの姉妹も日本で暮らしており、かえって帰国するよりも日本での生活を続けることが姻戚関係者の援助を受けうる状態です。 まとめ以上の点を斟酌され、ぜひとも法務大臣におかれては、申立人らの家族を日本で保護し、現時点において申立人らの在留について、ここで再度精査をされ、特別在留許可を付与されたくお願いする次第であります。 なお、加えて、少なくとも本件の再審情願の内容を考慮され、当該家族の収容は回避されたく重ねてお願い申し上げます。 |
|
(c) ビルマ情報ネットワーク(BurmaInfo) 1997〜年
|
|
(c) ビルマ情報ネットワーク(BurmaInfo) 1997〜年 |