| ビルマ情報ネットワーク | |
|
|
|
|
なぜ送還、署名2万人難民申請のミャンマー人男性収容(入管発)
2003年11月15日 難民認定を申請中のミャンマー(ビルマ)人男性が、「不法滞在」を理由に東京入国管理局に収容されてちょうど半月。フィリピン人の妻と日本で生まれた2人の子どもにも国外退去処分が出ており、「このまま家族が離ればなれになるのか」と不安を募らせている。10年以上まじめに働き、税金も納めてきた。その一家が直面する事態に、「強制退去をさせないで」という法務省あての署名が異例の2万人あまりに膨らみ、海外メディアも報じ始めた。 パパいつ帰る?「パパに会いたい。パパは入かんに行く前、ぜったい帰ってくるからっていった。入かんの人、パパを返して下さい」 来日して15年を超す会社員キンマウラさん(46)が身柄を拘束されて4日目。小学4年の長女デミちゃん(9)は、こんな作文を書いた。妻マリアさん(36)はその夜、奮発して、子どもたちの大好きなエビフライを作った。 が、父親不在の食卓は会話もとぎれがち。次女の幼稚園児ミシェルちゃん(6)までが「ママ、お金あるの」「パパはいつ帰ってくるの」と心配し始めた。 一家には確かに在留資格がない。民主化運動をしてきたキンマウラさんはミャンマー当局の目を気にしてパスポートの更新を断念した。 しかしこの11年間勤めてきた運送会社の吉田勝彦社長(59)は「彼は40人いる運転手のリーダー役。こんな人物を国外追放したら、日本の恥だし、損失だ」と憤る。 退去処分となれば夫はミャンマーへ、今は仮放免中のマリアさんと子どもたちはフィリピンへと、ばらばらに送還される可能性が高い。子どもたちが話せる言葉は、日本語だけだ。 海外からも批判キンマウラさんが収容されたとのニュースが新聞やテレビで伝えられると、「一家を離ればなれにしないで」との声が数日のうちに広がった。反響は国内にとどまらず、海外にも及んでいる。 英紙フィナンシャル・タイムズは10月31日付で「一家の苦境は、日本政府の難民条約に対するかたくなな狭い解釈と閉鎖的な入管政策を浮き彫りにした」と批判。昨年、英国が8100人の難民を受け入れたのに対し、日本はわずか14人だったと紹介した。(記事本文) ブラジルのテレビ局も、「日本の難民政策の遅れの象徴」とみて取材に来た。 一家が住む東京・蒲田の地元では、住民たちが「強制退去にしないで」と嘆願署名を始めた。子どもが通う小学校や幼稚園のPTAや、日本語学校の先生も走り回った。口コミやメールで話が伝わり、署名は半月で2万1500人分に達した。 添えられた書面には、こんな声もあった。 「この家族が日本にどんな不利益を与えているの? これは不法という形で彼らを置き去りにしてきた国の責任」 「私にも小学4年の娘がいる。子どもが健全に育つ権利は、超過滞在や不法入国の処分より優先されるべきこと。それが法治国家です」 難民認定に大差01年の日本の難民受け入れ数は26人。2万人を超す米国やドイツなどには遠く及ばない。「日本は難民出身国から遠く、申請数が少ないため」というのが法務省の説明だ。が、「日本がなかなか認定しないから申請者が増えないだけ」。そんな声も根強い。 15日、マリアさんは夫に会えないまま誕生日を迎える。 <キンマウラさん一家> 帰国すれば迫害の恐れがあるとして、キンマウラさんは94年、難民認定を申請したが却下。いま家族全員に退去強制の命令書が出ている。取り消しを求める裁判も起こしたが10月末、東京高裁で退けられた。 各国の難民受け入れ数
(01年。国連難民高等弁務官事務所のデータから) 日本にいる超過滞在者とビザが切れた時点での在留資格
(03年1月1日現在。法務省調べ) |
|
(c) ビルマ情報ネットワーク(BurmaInfo) 1997〜年
|
|
(c) ビルマ情報ネットワーク(BurmaInfo) 1997〜年 |