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国際人権NGO資料

アムネスティ・レポート 世界の人権2010:ビルマの項
2010年5月27日配信 アムネスティ・インターナショナル日本

ビルマ(ミャンマー)連邦
UNION OF MYANMAR

国家元首:タンシュエ上級大将兼将軍
政府首班:テイン・セイン将軍
死刑制度:事実上廃止
人口:5000万人
平均寿命:61.2歳
5歳未満の死亡率(男/女):120/102人(1000人中)
成人の識字率:89.9%

背景

アウンサンスーチーは8月、米国上院議員との会見を認められ、10月には政府の渉外担当者と2008年1月以来初めての会見を行った。11月には米国から来た高官レベルの代表団とも会見した。
国家平和発展評議会(SPDC、軍事政権)は4月、政府との停戦に合意した少数民族の武装勢力に、SPDCの指揮下で国境警備隊として活動するよう提案した。これは1990年以来、初めての総選挙が2010年に行われることを見据えての提案だったが、武装勢力との交渉や戦闘は年間を通じて続いた。年末までにこの提案を受け入れたのは9つの集団だけで、ほとんどの集団が拒絶の理由として、自分たちの土地や支配権を失うおそれがあることを挙げた。
2008年のサイクロン・ナルギスのあとの救援や社会復帰、再建が続けられる中で、チン州とアラカン州は深刻な食糧難に.見舞われた。ビルマはバングラデシュとの国境沿いにフェンスの建設を始め、両国間の緊張を高める結果となった。国際社会はビルマ政府が核開発能力を模索するおそれがあるとして懸念を表明した。

政治囚

政府は2月と9月に1万3000人以上の囚人を釈放したが、その中で知られている政治囚は5人の良心の囚人、マキンキンレー、ウーソウナインナイン、ウーソーハン、コーアウントゥン、カインカウンサンなど158人だけだった。いずれもすでに10年前後服役していた。9月の釈放から年末までに少なくとも50人が逮捕され、ほぼ2200人の政治囚が獄内に残されている。
・裁判所は1月、全ビルマ学生連盟連合のメンバー、ボミンユウコウ(ピョウジー)に移民法に基づく6訴因をはじめとするさまざまな訴因で104年の刑期を言い渡した・5月、身元不明の米国人男性がアウンサンスーチーの自宅敷地内に立ち入った。2003年以降続いている自宅拘禁の条件に違反したとして、当局は彼女を逮捕した。彼女はヤンゴンのインセイン刑務所で行われた一部非公開の裁判で重労働3年の刑を宣告されたが、直後に18カ月のさらなる自宅拘禁に減刑された・9月、当局は米国籍をもつビルマ人男性チョウゾウルイン(ニーニーアウン)を、彼が家族と会うためにビルマ入りした際に拘禁した。彼の家族のうち、4人は良心の囚人である。治安職員は被拘禁中のチョウゾウルインに拷問を加え、医療手当てを行わなかった。彼は10月、詐欺と偽造の容疑で裁判にかけられた。当局は、有罪判決が下されれば死刑になる可能性があると公言した

刑務所の状況

当局は3月の国連人権理事会で、囚人が訪問や必要な医療手当てを受けていると説明したが、依然として政治囚を家族や友人から遠く離れたところにある監獄に拘禁していた。2008年11月以降、少なくとも220人の政治囚が遠隔地の刑務所に移送され、その結果、家族が必要不可欠な援助を行うことが極端に難しくなった。刑務所内の状況は依然として極端に劣悪で、食糧や水、医療手当ても不十分だった。当局者はまたしばしば政治囚を独居拘禁下においた。
・3月には、自宅から1500キロ近く離れた場所で投獄された活動家、ラミョウナウンが視力を完全に失う危険にさらされた。専門医による医療手当てを拒まれたため、すでに片方の目は見えなくなっている・家族から1100キロ以上離れた場所に拘禁された学生指導者コテイチュエは3月以降、隔離されて独居拘禁下におかれた。刑務所当局は、彼と会話を交わせば重罰に処するといってほかの囚人たちを脅した・NLD活動家のスースーヌウェは3月、自宅から1000キロ以上離れた監獄で入院措置を受けた。刑務所当局は彼女に精神病の薬を与え、その結果病状はいっそう悪化した。彼女はさまざまな違反行為への刑罰として断続的に独居監禁下におかれ、家族による面会も認められていなかった・5月には自宅から1400キロ以上離れた場所に拘禁されていたコメディアンで活動家のザーガナーが、心臓肥大などのさまざまな健康問題から緊急手当てを受ける必要に迫られた。ザーガナーは4月に意識を失い、10日後にようやく病院に運ばれた。12月7日に刑務所を訪れたザーガナーの義妹は、ザーガナーが皮膚病によるかゆみに苦しんでいたと語った漂的とされる少数民族政府は少数民族の活動家を標的にしつづけた。
政治や環境、宗教上の問題で運動したことや、事実か濡れ衣かはともかく、民族の政治・武装勢力を支持したという理出である。
・当局は1月、少なくとも19人のアラカン民族の男女を逮捕し、殴打した上で投獄した。人権や民主主義に関する文書を所持し、政治団体を組織したことがその理由とされた。彼らは5年から7年の刑期を言い渡された・1月、兵士たちが、シャンの反乱派に米を与えガイド役を務めたとしてシャンの女性を非難し、数回殴った・2月、警察はビルマ国内の禁止サイトを巡回したとして、カチン民族の青年2人を逮捕した・当局は3月と4月上旬、モン州全域で停戦派勢力の新モン州党(NMSP)への監視を強化し、メディアとの接触に関して彼らを定期的に尋問した・アラカン州当局は6月、亡命中の反対派勢力と接触した容疑でソウソウを逮捕し、6年の刑を宣告したアラカン州では少数民族ロヒンギャへの徹底的な弾圧がなおも続き、数千人がバングラデシュやタイ、マレーシアに船で逃れる結果となった。1月にはビルマ海軍がビルマを発ったばかりの1隻の船を享捕し、船内にいたロヒンギャ民族78人を6目問にわたって拘禁し、激しく殴打したあと海上に送り返した。ビルマ政府は4月、バリ・プロセスの地域会合席上で、ロヒンギャ民族を現存する少数民族として、またビルマ国民として認めることを公式に拒否した。

サイクロン・ナルギスに関連した逮捕や投獄

2008年5月にサイクロン・ナルギスがビルマを襲ったあと、民間の救済活動を支援していた少なくとも29人が、当局が政治的と見なす活動を理由に投獄されたままだった。そのうち少なくとも18人が10年から35年の刑を宣.告された。
・10月には海外からの救援金を受け取ったことを理由に、少なくとも10人が逮捕された。そのうち少なくとも7人は救援や社会運動を目的とした国内組織「輝ける星」のメンバーだった

武力紛争と強制退去

ビルマ軍はさまざまな少数民族の武装勢力への攻撃をつづけ、民間人を標的にすることも多く、大規模な強制退去を引き起こした。6月には軍と政府に支援された民主カレン仏教徒軍(DKBA)による攻撃で、少数民族カレンの民間人数千人が国内避難民となり、4800人がタイに逃れた。DKBAは攻撃の際、人びとを強制徴用して運搬役や軍役に就かせ、放棄された村を破壊し、退去の際には地雷を埋設した。8月、反政府武装勢力のシャン州軍(南部方面軍)とシャン州の民間人に対して行われたこの10年間でもっとも激しい攻撃では、10万人以上が移動を強いられ、そのほとんどが国内避難民となった。攻撃では超法規的処刑や性的虐待も行われた。8月にはまた、軍がビルマ民族民主同盟軍を攻撃し、ほとんど少数民族コーカンからなる3万人以上が中国に逃れた。その大多数はのちにビルマに帰った。国内避難民の数は50万人以上に増えた。

開発に絡む暴力

軍は公的な開発計画に関連して強制労働や殺害、殴打、上地収用、農作業の強制、移動規制、財産の没収などの人権侵害を行った。タニンダーリ管区とカレン州にあるヤダナ、エタグン、カンボウミアンカレイの.各天然ガスパイプラインで保安業務を請け負う大隊は、民間人に兵舎や道路、歩哨小屋建設の労働を強制した。当局はまたアラカン州のシュエガス開発計画に絡んで補償を行わずに土地を接収し、この計画に反対したり、疑問をもつと見なされる村民を標的にした。当局は地域の村民を逮捕、拘禁、尋問し、村民の一部は現地から逃げなくてはならなかった。

子ども兵士

ビルマ軍と政府に支援された準軍事組織は、直接あるいは代理人を通して子ども兵士を組織的に徴用、投獄しつづけた。いくつかの少数民族の武装勢力も、子どもを徴用しつづけた。政府は2007年9月に口頭で「近い将来」実現すると約束したにもかかわらず、子ども兵十の徴用を防止するための国際基準に沿った行動計画を作らなかった。政府はまたすべての子ども兵士を釈放し、家族のもとに帰すことを保障する公的な武装解除・復員・社会復帰計画の策定に向けて動き出すことはなかった。
国際労働機関(ILO)には、当局による子ども兵士徴用の報告が依然として届いた。ILOは2007年2月から2009年の末までに131件の未成年者徴用に関する中し立てを受けた。59人は軍役を解除されていた。当局は子どもが自発的に入隊していると主張しつづけ、未成年者を徴用した加害者の処罰も叱責だけで済ませるのが通例だった。当局はまた、軍からの脱走を理由に刑を宣告され、投獄されていたことがわかっている4人の.了ども兵士のうち、3人を監獄から釈放し、除隊した。

国際的な監視

1月と2月に国連事務総長特別顧問がビルマを訪れ、翌月にその概要を国連安全保障理事会に報告した。2月、国連のビルマの人権状況に関する特別報告者が同国を訪れ、3月に国連人権理事会に報.告書を提出した。同じく2月には、タイ外相がビルマ政府の許可を得て、カレン民族同盟(KNU)と非公式会見を行った。国連難民高等弁務官も3月、ビルマを訪れた。4月と6月には、アジア太平洋地域での人身売買や密入国を食いとめ、不法移民を防ぐことを日的にバリ・プロセスの会合が開かれ、ビルマのロヒンギャ民族の状況が論議された。国連安全保障理事会は5月のアウンサンスーチーの逮捕を受け、懸念を表明するプレス声明を出し、すべての政治囚の釈放を呼びかけた。
ASEANと国連人権高等弁務官、国連のビルマの人権状況に関する特別報告者も、彼女の逮捕について声明を出した。ヨーロッパ連合(EU)はビルマへの経済制裁を強化した、6月には国連事務総長が、7月には子どもと武力紛争のための国連代表がビルマを訪れた。国連は8月、安保理決議1612号と1882号に基づき、武力紛争にさらされた子どもに対処するための合同行動計画の策定についてビルマ政府と話し合った。10月には国連安全保障理事会の作業部会が両決議に基づき、ビルマの子どもと武力紛争についての結論を発表した。国連総会は12月、ビルマの人権状況に関連する決議を採択した。
米国は1月、経済制裁の対象となる個人や事業ネットワークのリストを拡大し、2月には対ビルマ政策を見直す方針を明らかにしたが、9月にはひきつづき経済制裁は行うものの、ビルマ政府との対話を開始することになるだろうという結論を下した。8月、米国の上院議員がビルマを訪問した。また11月には高官レベルの代表団を派遣した。

死刑

シャン州のラオガイ裁判所は10月、少なくとも1人の子ども兵士に同じく子ども兵士だった可能性がある人物の殺害を理由に、死刑を言い渡した。

アムネスティ訪問/報告書

Open letter to the governments of Bangladesh, India, Indonesia, Malaysia, Myanmar and Thailand on the plight of the Rohingyas
Myanmar: Daw Aung San Suu Kyi's new sentence "shameful", 11 August 2009