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国際人権NGO資料

アムネスティ・レポート 世界の人権2011:ビルマの項
2011年5月11日配信 アムネスティ・インターナショナル日本

ビルマ(ミャンマー)連邦
UNION OF MYANMAR

国家元首:タンシュエ上級大将
政府首班:テイン・セイン将軍
死刑制度:事実上廃止
人口:5050万人
平均寿命:62.7歳
5歳未満の死亡率(男/女):120/102人(1000人中)
成人の識字率:91.9%

表現の自由、平和裏に集会を行う権利、結社の自由が厳しく制限されたなかで選挙が行われた。当局は、政府に批判的な人びとや民族的少数者の活動家を政治活動を理由に逮捕した。約2200人の政治囚が拘禁されたままで、多くが体調不良に苦しんでいる。政府は村の住民や地域全体を強制移住させ、政府が運営または支援する開発やインフラ計画を推し進めた。

背景

11月、広範囲で不正や違反が行われたとの信頼できる報告がされるなか、ビルマは20年ぶりに総選挙を行った。この選挙手続きは軍部が権力を掌握し続けようと計画されたもので、軍幹部の多くが軍を辞して選挙に立候補し、民間人として新政権に参加しようとした。軍が支持した政党が圧倒的な得票数で勝利したと伝えられている。
1990年の選挙で勝利した、アウンサンスーチー率いる国民民主連盟(NLD)は選挙をボイコットした。選挙の翌週、政府は7年半に及んだ自宅軟禁からアウンサンスーチーを解放した。8月の間、政府は停戦に合意した少数民族の武装集団に対し、(国軍傘下の)国境警備隊に組織替えするよう圧力をかけ続けた。選挙前後は散発的な紛争が起き、住民が国内避難し、一部はタイとの国境を越えて避難した。
1年を通して、国際的な調査委員会を求める声が高まり、国内で行われた人道に対する罪や、戦争犯罪の疑いを調査することが求められた。

選挙に関連して起きた人権侵害

3月に発布された選挙法や年の後半に発表された追加指令は、表現の自出や平和裏に集会を行う権利、結社の自由に対する権利を踏みにじるものだった。そうした法や指令は多数の個人やグループの公民権を剥奪し、排除した。アウンサンスーチーや多くの政治囚もその対象となり、政党への参加や投票、立候補も禁じられた。国営報道機関で放送された選挙演説では、政府を批判したり、国の問題に触れたりすることが禁止された。当局は、投票前後に選挙に関連する話題や政府を批判する発言をした数人を逮捕した。
・9月27日、当局は、1月に逮捕したモン民族の僧侶、アシンオッカンタに、選挙反対運動を行い、国内のすべての政治囚を釈放するよう求めたことを理由に15年の拘禁刑判決を下した
・9月最後の2週間で、当局は、投票をボイコットするよう呼びかけるチラシをヤンゴンで配布していた学生11人を逮捕した。そのうちの6人はいまだに拘禁されたままである

政治囚

2010年、ビルマ国内の政治囚は推定2200人になった。名前も事件も明らかになっていない民族的少数者の囚人を考慮すれば、はるかに多いと思われる、大半は良心の囚人だ、少なくとも64人の政治活動家が拘禁刑を言い渡されている。この年に逮捕された49人の一部もこの数に含まれている。38人が刑務所を移送され、遠い場所に移送された人もいる。裁判前拘禁や刑務所内で拷問や虐待が行われているとの報告がある。
政治囚38人が釈放された。NLD広報担当のウー・ティンテインもその一人だが、刑期満了後2ヵ月経ってからの釈放だった。また、NLD副議長のウーティンウーは自宅軟禁が7年続き、その後解放された。11月13日、アウンサンスーチーは刑期を満了し、白宅軟禁から無条件で解放された。違法に土地を接収された件を提訴した農民を手伝ったとして、2008年と2009年に収監されていたミンマウンとトゥラアウンが、上告により刑期を短縮され、8月に釈放された。
投獄されたままの良心の囚人には、以下の人びとがいる。
・ミンコーナインはかつての学生運動のリーダーで、政治活動家としての経歴も長い。彼は2007年にデモを企てたとして65年の拘禁刑を下され、独居拘禁されている。1988年から2004年までの16年間も独居拘禁だった
・ノーオウンララ、チョーチョールィン、チョーチョーエー、サンサンミンは、ヤンゴンにあるシュエダゴン・パゴダでアウンサンスーチーなどの政治囚の釈放を毎週祈念していたとして、2月に強制労働を伴う2年の拘禁刑判決を受けた
・28歳のヌグウェソーリンは、国外メディァである「ビルマ民主の声」の記者で、許可なく撮影をしたとして1月に13年の拘禁刑判決を受けた刑務所内では十分な治療が受けられないか、受けさせてもらえない状況だという報告がある。多くの刑務所には医療設備が整っていないからだ。
政治囚の多く、なかでも、治療を受けられないような遠く離れた刑務所に拘禁されている人びとは体調不良に苦しんでいる。そうした人びとはシャン民族の政治家などすべて良心の囚人で、2005年に国民会議を批判して刑を受け、刑務所内で適切な治療を受けられずにいる。
・クントゥンウー(67歳)はシャン民族民主連盟(SNLD)の議長で、プータオ刑務所で93年の刑期を務めている。糖尿病を患っている
・サイラーアウン(66歳)はSNLD幹部で、チャウッピュー刑務所で79年の刑期を務めている。皮膚病にかかっている
・ソーテン将軍(74歳)はシットウェー刑務所で106年の刑期を務めている。8月の1週間で、3度も別の刑務所へ移送させられた。移送中に手かせをはめられた際、脱臼した。心臓病、白内障、糖尿病を患っている
・ミャエー(44歳)は狭心症、高血圧、胃炎を患っており、タウンジー刑務所にいる

強制立ち退き

軍は村の全住民を強制的に立ち退かせている。主には民族的少数者が居住する村で、同国におよそ50万人いるとされる国内避難民の数を押し上げている。
・1月、北力チン州に軍キャンプを設置すると、政府軍は10の村を襲撃し、4人を殺害し、少なくとも1000人が家屋を捨てて避難を強いられた
・2月中旬、バゴー管区の軍が多数の家屋や診療所を焼き払い、約2000人の村人が家屋を捨てて逃げざるをえなかった
・7月、軍がカイン州パープン郡ドゥタド村を砲撃すると、約500人が家屋からの避難を余儀なくされた。明らかにKNLAを狙った攻撃だった。その後、軍は村に侵入し、およそ70軒の家屋、学校、教会を焼き払った
・11月、ミャワディで民主力レン仏教徒軍の分派組織とビルマ軍とが交戦した。それ以外に、軍は、スリー・パゴダ・パスの近くで他の民族的少数者の武装集団を攻撃し、一時的に2万人が難民となった。その他数千人が国内避難した

開発に絡む人権侵害

軍は、石油、ガス、鉱山、水力発電などの開発計画に関係して、強制労働、殺害、殴打、土地収奪といった人権侵害を行った。当局は計画に反対したり、疑問を持っていると疑った村人を標的にしている。
・5月終わりから6月はじめにかけて、当局は、イラワディ・ミッソン・ダム計画の一環としてカチン州のいくつかの村を強制的に立ち退かせ始めた
・当局は、シュエ・ガス石油輸送パイプラインの建設を始めるにあたり、ラカイン州のいくつかの村で補償することなく±地を接収し、強制的に立ち退かせた
・タニンダーイ管区及びカイン州にあるヤダナ、イェタグン、カンバウッミンカレー天然ガスパイプラインを警備する大隊が、兵舎や道路、その他多くの計画に民間人を強制的にかりだしている。また、少なくとも2件の超法規的処刑を行った

国際社会による監視

2月、ビルマの人権に関する国連特別報告者が同国を5日間訪問した。2008年に任命されてから3度目である。3月、ジュネーブの国連人権理事会(HRC)に出した報告書で特別報告者は、人権侵害は「執行部、軍部、司法のあらゆるレベルの当局者を巻き込んでいる」国の政策の結果だと強調した。そうした人権侵害のなかには、国際法上の人道に対する罪や戦争犯罪に該当するものもあり、国連調査委員会を設置するよう求めた。
HRCは3月にビルマに関する決議13/25を採択し、自由で透明性の高い選挙を行い、すべての良心の囚人を釈放するよう政府に要請した。年末までに、特別報告者が行った調査委員会に関する要請について、オーストラリア、カナダ、チェコ共和国、エストニア、フランス、ギリシア、ハンガリー、アイルランド、リトアニア、オランダ、ニュージーランド、スロバキア、英国、米国の14ヵ国が支持した。7月、特別報告者は4度目となるビルマ訪問のビザ発給を拒否された。
3月、選挙法の発布に対し、国連事務総長はタンシュエ上級大将に書簡を送り、選挙前にすべての政治囚を釈放するよう要請した。
4月、EUはビルマに対する制裁を1年延長した。
5月、米国も制裁を延長し、7月にはビルマからの輸入禁止を更新した、その一方で、ビルマ当局に働きかけるという政策は維持した。
5月、恣意的拘禁に関する国連作業部会は、アウンサンスーチーの拘禁は恣意的であり、世界人権宣言第9、10、19、20条に違反するとした。これらの条項は恣意的逮捕を禁じ、公正で公開された裁判を受ける権利、表現や集会の自由を得る権利を保障している。
9月、国連事務総長はビルマに関する人権状況についての報告書を発表し、政治囚の拘禁が長期に及んでいることを深く懸念し、信頼性があり包括的な選挙手続きを取るよう要請した。事務総長特別顧問は、選挙後の11月終わりに同国を訪問することが許可された。彼は、政治移管には選挙に参加しなかった者も、参加できなかった者も関わらせるよう勧告し、政治囚の釈放を繰り返し要請した。
1年を通し、選挙と人権に関するASEANの公式声明は控えめなままで、信頼性が高く包括的で、「自由で公正」な手続きを求めるだけに終わった。しかし、5月に発表されたEUとASEANの閣僚による合同声明では、被拘禁者の早期釈放は、選挙をより包括的なものとし、平和的な政治移管を促すものだとしていた。この声明は10月の第8回アジア欧州会合(ASEM)の議長声明でも繰り返された。
12月、国連総会はビルマに関する20番日となる決議を採択し、政府が自由で公.正な、透明性の高い、包括的な選挙を行わなかったことは非常に残念だと述べた。この決議は、選挙後の状況ではあらゆる人を関わらせ、すべての良心の囚人を釈放するよう求めるものだった。

アムネスティ訪問/報告書

Myanmar: End repression of ethnic minorities
Myanmar's 2010 elections: A human rights perspective
Myanmar elections will test ASEAN's credibility
India's relations with Myanmar fail to address human rights concerns in run up to elections
Myanmar opposition must be free to fight elections, 10 March 2010
ASEAN leaders should act over Myanmar's appalling rights record, 6 April 2010
Myanmar: Political prisoners must be freed, 26 September 2010
Myanmar government attacks on freedoms compromise elections, 5 November
Myanmar should free all prisoners of conscience following Aung San Suu Kyi release, 13 November 2010