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国際人権NGO資料

アムネスティ 年次報告2002-ビルマ
2002年5月1日配信 アムネスティ・インターナショナル 

『アムネスティ・レポート 世界の人権 2002』(編訳:社団法人アムネスティ・インターナショナル日本)のビルマ(ミャンマー)に関する国別報告をアムネスティ日本ビルマ調整チームの許可をいただいて転載したものです。

アムネスティ・インターナショナル 年次報告2002
ビルマ(ミャンマー)連邦

ビルマ(ミャンマー)連邦
首都:ヤンゴン
人口:4840万人
公用語:ビルマ語
国家元首兼首相:タンシュエ上級大将
死刑制度:存続

1月にビルマ(ミャンマー)に派遣されたミャンマー問題担当国連事務総長特使は、国家平和発展評議会(SPDC)と国民民主連盟(NLD)の指導者アウンサンスーチーとの間で、2000年10月に非公開の対話が開始されたことを発表した。この対話は2001年も続けられたと思われる。国際機関の代表のアウンサンスーチー訪問は許されたものの、彼女は事実上の自宅軟禁状態に置かれていた。前年までに逮捕された政治囚のうち220人近くが釈放されたが、約1600人がいまだ収監され続けている。3人が麻薬密売で死刑宣告を受けた。少数民族居住地域の州で、とくにシャン州およびカイン(カレン)州で、超法規的な処刑や強制労働が引き続き報告された。

背景
 これまでも政府軍は、カレン民族同盟(KNU)、カレニー民族進歩党(KNPP)、シャン州軍(南部)(SSA-South)との間でたびたび衝突をくり返してきた。戦闘員の少ないモン州の2つの武装勢力もSPDCとの小競合いに巻き込まれた。前年までに国家平和発展評議会(SPDC)と様ざまな少数民族の反政府武装勢力との間に交わされた16の休戦協定は維持されている。
国際労働機関(ILO)の派遣団が9月と10月に訪れ、新しく任命されたミャンマーに関する国連特別報告者も4月と10月にビルマ(ミャンマー)を訪問した。


政情の変化
 2月、SPDCの幹部であったティンウー将軍がヘリコプターの墜落事故で死亡した。彼が務めていた第2書記のポストは2001年末時点でも空席であった。11月、閣僚7人が解任された。そのなかには汚職による解任もあったとのことである。軍管区司令官12人のうち10人が解任された。
 SPDCとアウンサンスーチーとの会談の内容は明らかにされていないが、まだ信頼関係を築く段階で、今後の政治的取り決めにまでは至っていないと思われる。双方とも3者会談の時期ではないとして、この話し合いに少数民族は参加していない。政府の管理下にあるメディアで、以前のようにたびたびアウンサンスーチーの性格やNLD全般を攻撃することはなくなった。NLDは政府に批判的な声明発表を避けた。8月、NLDは公にアウンサンスーチーとその他すべての政治囚の釈放を求めた。ヤンゴンおよびマンダレー管区にあるNLDの郡事務所数カ所が再開を許された。

政治囚
 2001年もNLDやその他の政党の党員数百人を含む約1600人の政治囚が拘禁されていた。アウンサンスーチーの側近であるウィンテイン、NLDの創立者であるウィンティン、優秀な学生指導者であるポーウートゥン別名ミンコーナインらは2001年末の時点でも拘禁されている。ポーウートゥンなど少なくとも52人が刑期を終えたにもかかわらず、拘禁され続けている。少なくとも150人の学生活動家が拘禁されている。NLD所属の国会議員7人も引き続き拘禁されている。  2001年に釈放された大多数は刑期を終えたか、あるいは起訴も裁判もなく拘禁されていた人びとであった。2000年9月、アウンサンスーチーがマンダレーに行こうとしてヤンゴン駅で阻止され、事実上の自宅軟禁になったときに、100人以上がヤンゴン駅で逮捕され、拘禁されていたが,彼らも釈放された。ヤンゴンで会合を開こうとしたとして逮捕され、起訴も裁判もなく1998年9月から拘禁されていた39人の国会議員も釈放された。
 7月に釈放された人のなかには、外国人と接触しようとしたため1994年に逮捕され10年の刑を言い渡されたジャーナリストのサンサンヌウェ、アウンサンスーチーの邸内で開かれた会合でのコメディの演技に関連して1996年に逮捕され7年の刑を言い渡されたビルマ伝統のコメディアンのパパレイとルーゾーがいる。


刑務所の状況
 刑務所の状況は、1999年に赤十字国際委員会(ICRC)が訪れるようになってから改善されたと思われる。しかしながら、定員超過と不十分な医療について依然として懸念される。1997年にSPDCが発令した囚人の取り扱いに関する11項目の指示により、いくらか改善されたと伝えられているが、その指示内容は公表されていない。1988年からこれまでに、少なくとも64人の政治囚が死亡した。

強制労働
 軍は7つの少数民族の州において相変わらず民間人を強制労働に徴用している。一部の地域では労働に対して賃金が支払われ、また強制労働命令が減少するなどの改善が報告されているものの、ラカイン州ではイスラム教の少数民族ロヒンギャ人がマウンドー郡とブーティーダウン郡において労働を強制され続けている。強制労働はカイン(カレン)、モン、シャン州および東部のタニンダイー管区の一部地域でも続いている。作業としては警備隊物資の運搬、軍所有の畑や基地での労働などがあるが、これらの地域の少数民族の反政府武装勢力に対する軍の作戦行動と関連している。刑事犯罪で有罪判決を受けた人びとも労働キャンプで強制労働に従事させられている。過労や医療が不十分なために死亡した例が報告され続けている。

超法規的処刑
 戦闘行為に何ら関係していなかった少数民族の民間人への超法規的処刑が引き続き報告されている。とくに軍の作戦行動中、反体制勢力と接触があったとされる民間人が懲罰のために処刑された。

国際社会の反応
 4月に国連人権委員会は、ミャンマーに関する国連特別報告者の任期を1年延長するとした10回目の決議を全会一致で採択した。この決議文は、一部改善がみられたことは歓迎しているが、相変わらず続いている著しい人権侵害に懸念を表明している。11月には、国連総会においても同様の決議が全会一致で採択された。
 7月、国連の経済社会理事はビルマ(ミャンマー)における強制労働に関するILOの活動に注目して今後の成り行きを継続的に報告するよう要望した。
 11月、ILOの高官チームはILO理事会に報告を提出した。報告書は2000年10月に出されたSPDCの新しい命令、すなわち強制労働の責任があると判断された民間人と軍当局の双方に処罰を科すことによって強制労働禁止を強化する「SPDC令99年第1号補則」にもかかわらず、とりわけ、軍キャンプ付近で民間人への強制労働が続いていると述べている。報告書はSPDCが強制労働中止に向けて前進したことを認めているが、反政府武装勢力との戦闘地域では今もなお続く問題であるとしている。報告書は、ILOが長期にわたってこの国に滞在し強制労働に関する不平を聞き取り、強制労働を根絶するための政府の実践活動に対して、支援するよう勧告している。SPDCは、ILO調査団の訪問を受け入れる用意はあるが長期滞在を受け入れる立場にはないとの声明をもって回答した。
 5月に米国はビルマ(ミャンマー)に対する経済制裁の期限を更新した。欧州連合(EU)加盟国内のSPDCの資金凍結を含む加盟国の共通政策は4月に更新された。10月に再び更新された際には、政治情勢がわずかに改善されたことを認めるという、控えめながら、重要な意思表示がされた。1月、EU代表3人がビルマを訪問した。
 ミャンマー問題担当国連事務総長特使は同国を4回訪問した。特使は、政治囚を釈放するように訴え、とくに、1990年の総選挙で当選したにもかかわらず就任を許されなかった国会議員や、老年者、女性、刑期を終えた人びとなどを直ちに釈放するよう、SPDCに強く求めた。SPDCは、釈放は個々のケースによって考慮されるといっている。
 オーストラリアは警官や軍人などのビルマ(ミャンマー)政府の当局者向けに一連の人権教育研修を継続的に主催している。研修は7月、9月、10月に行なわれた。

アムネスティ報告書
Myanmar: Min Ko Naing - student leader and prisoner of conscience (AI Index: ASA 16/001/2001)
Myanmar: U Win Tin - journalist and prisoner of conscience (AI Index: ASA 16/005/2001)
Myanmar: Prisoners of political repression (AI Index: ASA 16/006/2001)
Myanmar: Ethnic minorities - targets of repression (AI Index: ASA 16/014/2001)
Myanmar: Torture of ethnic minority women (AI Index: ASA 16/017/2001)