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国際人権NGO資料

アムネスティ 年次報告2005-ビルマ
2005年6月16日配信 アムネスティ・インターナショナル 

『アムネスティ・レポート 世界の人権 2005』(編訳:社団法人アムネスティ・インターナショナル日本)のビルマ(ミャンマー)に関する国別報告をアムネスティ日本ビルマ調整チームの許可をいただいて転載したものです。書籍版とは若干表現が異なる可能性もありますので、正式な引用は書籍から行ってください。

アムネスティ・インターナショナル 年次報告2005(仮訳)
ビルマ(ミャンマー)連邦

ビルマ(ミャンマー)連邦
首都:ヤンゴン
国家元首:タンシュエ上級将軍
政府首班:ソーウィン上級将軍(10月にキンニュン上級将軍から代わる)
死刑制度:存続
国際刑事裁判所設置規程:未署名
女性差別撤廃条約:留保付き批准
女性差別撤廃条約選択議定書:未署名

2004年1月から12月の出来事についての報告
 10月、首相が自宅軟禁下に置かれ、他の国軍将校が首相の座に就いた。多数の囚人の釈放が11月に発表されたにも関わらず、1300人以上の政治囚が未だに獄中におり、また平和的な政治活動のために逮捕、投獄される人があとを絶たない。国軍はモン、シャン、カイン(カレン)州、タニンダーイ管区で軍事政権に反対する勢力の掃討作戦を行ない、その際に少数民族の民間人に対し引き続き深刻な人権侵害を行なっている。国内の移動の自由の制限は主に少数民族の人びとの農業、商業、雇用を妨げ続けており、特にラカイン州のロヒンギャは影響を受けている。それらの地域に住んでいる少数民族の民間人は軍により引き続き強制労働に従事させられている。
背景
 5月、軍事政権は新憲法の草案を作るため、国民会議を召集した。その会議には、国民民主連盟(NLD)を含むほとんどの政党が参加しなかった。停戦中である28の組織が参加し、その内、13の組織が更なる自治を求めて問題を提議した。会議は7月に中断し、未だ再召集されていない。

 首相であり、また軍情報部(MI)を率いていたキンニュン上級将軍は10月に政権から追放された。キンニュンは40年の懲役刑を宣告され、流刑地であるココ島で拘禁されている。現在、首相の座には国家平和発展評議会(SPDC、軍事政権)の第1書記ソーウィン上級将軍が就いている。内務大臣ティンライン大佐を含むキンニュン上級将軍と結びつきがあると考えられる他の閣僚も追放され、自宅軟禁されている。同月、SPDCは2003年8月にキンニュン上級将軍により発表された民主化への7段階の「ロードマップ(行程表)」を実行することを表明した。

 2004年、軍事政権に反対するカレンの武装組織であるカレン民族同盟(KNU)とSPDCによる停戦交渉は不定期に続けられたが、停戦合意には至っていない。カイン(カレン)州、タニンダーイ管区ではKNUと国軍の小戦闘が続いている。国軍とシャンの軍事政権に反対する武装勢力であるシャン州軍(南部方面軍)による戦闘はシャン州南東部で続いている。停戦中の新モン州党(NMSP)から分離した党派のホンサワティ党が中央政権と戦闘を行なってきたモン州イェー郡では国軍が駐留を拡張している。

 NLD本部は5月に再開されたが、他のすべてのNLD事務所は閉鎖されたままであり、他にもSPDCによるNLD党員への抑圧が報告されている状況である。そのような抑圧の手段として平和的で軍事政権に反対する政治活動に関わるメンバーの事業資格取り消しや短期間の拘禁、旅行制限が含まれる。

政治的な理由による逮捕、投獄
 ビルマ国内では、すでに刑期を満了した多数の人びとを含め1300人以上の政治囚が未だに獄中にいる。NLDのアウンサンスーチー書記長は1年中自宅軟禁状態に置かれている。NLD副議長のティンウーは2月にカレー刑務所から自宅軟禁に移された。刑期を満了した後に釈放された囚人がいる。

 少なくとも33件の懲役が政治的な理由で宣告された。その中にはマンダレー管区やイラワディ管区、シャン州出身のNLD地方幹部や元政治囚、学生活動家が含まれている。少なくとも政治活動家の2つの集団が4月と5月に7年から22年の禁固刑を宣告された。伝えられるところによると、その罪は軍事政権に反対する亡命中の政治団体と接触したことだった。

 少なくとも3人が拘禁中あるいは刑務所から釈放直後に死亡した。

 広範囲にわたる汚職が報告される中、数え切れないほどの軍情報部員や軍政幹部が逮捕された。防衛省情報部のラーミン大佐とその他3人が22年の懲役を宣告されたが、その罪やどの法律に基づいて科したのかが不明である。

釈放
 11月後半に釈放された9248人の囚人の中に良心の囚人、その可能性がある者を含む約40人の政治囚が含まれていた。SPDCは、それらの人びとは10月22日に廃止された国家情報部(NIB)により不当に逮捕されていたと述べた。しかしながら、SPDCはその釈放が刑事囚、政治囚のどちらのものであるかは明確にしなかった。

少数民族に対する人権侵害
 ロヒンギャの大多数が引き続き1982年ビルマ国籍法により事実上、国籍の所有が与えられていない。ラカイン州北部のロヒンギャは村から離れるためには決まって許可を得て、お金を払わなければならならず、それは彼らが交易したり、雇用を探すことを非常に妨げている。また、ロヒンギャは頻繁に強制労働に従事させられている。

免責
 2003年5月30日にザガイン管区ディペインで起き、多くの死傷者が出た軍政支持者によるNLDへの攻撃について、法廷で裁かれた者はおらず、独立した調査も行なわれていない。

死刑制度
 2003年11月、軍政幹部の暗殺と軍政の建物の爆破を企てたという容疑により大逆罪で死刑を宣告された9人の刑がその年のうちに減刑された。その中には、5月に3年の懲役に減刑された良心の囚人であるスポーツ雑誌「ファースト・イレブン」編集長のテッゾーや弁護士のエーミン、ミンチーが含まれていた。同月、同じ事件の4人目の良心の囚人であるシュエマンは「終身流罪」に減刑された。エーミンとミンチー、シュエマンは他にも国際労働機関(ILO)に強制労働に関する情報を渡した罪でも起訴されていた。ILOはインセイン刑務所でこの3人と面会を行なった後、3月にSPDCへこの3人の問題を提起した。3人は、2003年7月に逮捕された後、最初の尋問で拷問を受けたと述べている。10月、その4人はさらに2年の懲役に減刑された。同事件で死刑を宣告された他の5人は5月に終身刑に減刑され、その内の1人は10月にさらに5年の懲役に減刑された。死刑の執行は報告されていない。

国際社会の動き
 ミャンマーに関する国連事務総長の特使は3月にビルマを訪問する許可を受け、NLD指導者のアウンサンスーチーと面会した。彼女はキンニュン上級将軍の政権と協調していくことに意欲的だった。ミャンマー問題特別報告者はビルマの訪問が認められなかった。

 4月、国連人権委員会はミャンマー問題特別報告者の任期をさらに1年延長した。12月に国連総会はビルマで「続いている組織的な人権侵害に深刻な懸念」を表明する決議を採択した。

 SPDCがはじめてメンバーとして出席した10月のアジア欧州会合(ASEM)の後、ビルマに対し制裁を課しているEU共通見解はビルマ国内での政治活動への抑圧の撤廃が進んでいないことを理由に制裁を強化した。

 3月、国際労働機関(ILO)理事会はビルマで強制労働に関する苦情の聴き取りや解決方法を模索する世話役を設ける行動計画の履行を延期した。この決定はILOに情報を提供した3人が死刑判決を宣告された(上記)ことを考慮して下された。11月、ILO理事会は、2000年6月のILO総会で元来採択された方策の再開を発表した。その方策はすべてのILOメンバーや国際組織に彼ら自身のSPDCとの関係、ビルマ国内での活動を、それらが結果として強制労働に結びついていないことを確実にするために調査することを求めている。

アムネスティ報告書、調査団派遣
ビルマ(ミャンマー):Myanmar: The administration of justice - grave and abiding concerns (AI Index: ASA 16/001/2004)
ビルマ(ミャンマー):少数民族ロヒンギャ-基本的人権の否定 AI Index ASA 16/005/2004)
Myanmar: Facing political imprisonment-Prisoners of concern to Amnesty International (AI Index:ASA 16/007/2004)