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国際人権NGO資料

ヒューマン・ライツ・ウォッチ年次報告書(2006年版)
2006年1月1日配信 ヒューマン・ライツ・ウォッチ

おことわり:この翻訳は権利者であるヒューマン・ライツ・ウォッチから許諾を受けて掲載しているものです。この文書は個人的な、または非商業目的にのみ使用することができます。それ以外の場合については、権利者の許可なしに改変、表示、配布することはできません。

ビルマ
ヒューマン・ライツ・ウォッチ年次報告書(2006年版)
ヒューマン・ライツ・ウォッチ
2006年1月

 ビルマに独裁政治を敷く軍事政権=国家平和発展評議会(SPDC)は政治改革と国民和解の実施を公約しているにもかかわらず、強力な警察国家型の支配を続け、基本的諸権利と自由に著しい制約を加えている。軍政は民主化運動指導者ドー・アウンサンスーチーを2003年5月30日以降自宅軟禁状態に置く一方で、民族的少数者との紛争を継続している。軍政は民主化運動を弾圧するとともに、紛争地域では国際社会が禁じた戦術を用いている。

 数十万人(大半が少数民族集団に属する)が国内避難民としてきわめて不安定な生活を送っているほか、2百万人以上が隣国に逃れている。有力な行き先はタイだが、当地のビルマ出身者は庇護申請者あるいは不正規移民として、困難な生活を余儀なくされている。キンニュン首相の2004年10月の解任により、政権内部で強硬派が勢いづいており、民主化勢力と少数民族集団、国際機関への敵対的な姿勢も強まっている。

一向に改善が見られない民主化と人権状況
 軍政は民主化に向けた改革の実施と人権尊重を公約したが、実際には何の動きもない。2003年にはビルマ民主化への「ロードマップ」が登場したものの、事態はまったく進展を見せていない。国民会議の開催は、新憲法制定のための諸原則を議論し、公開することが目的だが、審議は遅々として進んでいない。2005年2月~3月に審議が再開されたが、1990年総選挙で議席を獲得した国民民主連盟(NLD)と複数の民族政党の代表者は会議に参加していない。本報告書作成時点の情報では、軍政が恣意的に指名した代表団による会議が12月5日に、ラングーン郊外のフノービ郡ニャウンフナピンで再開される予定である。

 軍政は依然として反政府的な政治活動を事実上全面的に禁止しており、人権擁護や民主化を求める活動家を迫害している。民主化政党や民族少数者の政党事務所はほぼすべてが閉鎖されたままである。例外として首都ラングーンのNLD党本部は事務所を開けてはいるが、厳しい監視下に置かれている。表現、集会、結社の自由は依然として尊重されていない。

 2005年7月に政治囚249人が釈放されたが、政治的意見を表明したために逮捕や投獄される人は後を絶たず、1990年選挙で当選した反政府政党の国会議員5人も新たに拘束された。ビルマでは1100人を超す政治囚が現在も投獄されている。ドー・アウンサンスーチーは新聞、電話、その他一切の通信手段を奪われた状態で、実質的な独房拘禁状態に置かれている。 2005年5月7日にはラングーン市中心部で爆弾3発が爆発し、公式発表によれば死者11人、負傷者162人を数えた。軍政はこの事件を利用し、全ビルマ学生民主戦線(ABSDF、亡命学生からなる組織)、ビルマ国民連邦連合政府(NCGUB)の他、タイに拠点を置く反政府団体への批判を強め、圧力を加えている。しかしこれらのグループが関与したとの証拠は一切明らかにされていない。

国民和解の不履行と民族集団に対する暴力の継続
 軍政はこれまでに17の組織と停戦協定を結び、一部地域では戦闘が終結している。しかし停戦は政治的解決も、地域住民の日常生活での著しい改善ももたらしていない。2005年には停戦地域の一部でビルマ政府軍が兵員を増強しており、国民会議では民族グループが提起した政治問題が扱われた形跡はない。

 停戦組織の中には停戦の継続を見直す動きもあり、すでに破棄に至った組織もある。2005年前半にはシャン州平和評議会(SSPC)代表、シャン諸民族民主連盟(SNLD)議長ら複数のシャン人指導者が逮捕された。これをきっかけとして、シャン州民族軍(SSNA)は停戦協定を破棄している。またビルマ政府とカレン民族同盟(KNU)との和平交渉は2005年にこう着状態に陥った。これはビルマ軍がカレン人の村への襲撃や破壊を行うほか、地域を支配下に置くために住民の強制移住を続けているためだ。様々な民族集団が自治や自由を求めて軍政と交戦しているが、残虐な戦闘が長期化しており、終息する気配はない。

 軍政は少数民族集団を強制移住させることで、これまでに3千余りの村落を破壊してきた。なかでも民族武装勢力の活動が活発な地域や、インフラ開発の対象地域が被害を受けている。村落丸ごとの強制移住が現在も行われている。

 ビルマ政府は国際機関が紛争地域に入ることを許可しておらず、国際人道法に違反し、国内避難民への人道援助を妨害している。数十万人の住民がポーター(訳注:国軍部隊の物資運搬役)や労務者として強制労働を命じられているが、賃金はほとんどあるいはまったく受け取っていない。割り当てられた労働の供出を拒否すれば、訴追すると脅迫されるか、代わりに金を払うように命じられることも多い。任務を完全にこなさないと、射殺、あるいは撲殺されることにもなりうる。さらに国際労働機関(ILO)に対し、軍政のいう「虚偽の訴え」を行ったことが発覚すれば、訴追の対象となる。ビルマ国軍は超法規的処刑、拷問、成人女性や少女の強かんを依然として行っている。子どもの強制徴兵も続いている。

国際社会の主要アクターの動向
 ビルマ国民を支援する国際社会の取り組みに対し、軍政は大きな障碍を設け、根深い敵意をもって接している。国連特使は2004年3月以来ビルマを訪問できておらず、国連人権委員会の特別報告者のビルマ入国は2003年11月が最後となっている。

 軍政が組織した反ILO集会が行われる中、駐ラングーンのILO代表には殺人予告の脅迫が何度も行われた。2005年10月には、労働大臣がILO事務総長顧問に対して、ビルマ政府がILO脱退を決定したと述べている。ILOがビルマに駐在を続けるかどうかは現在のところはっきりしない。

 国連が行うビルマ国民への人道援助プログラムは様々な困難に直面している。政府内の官僚主義や汚職とともに、支援対象地への担当者の移動と援助物資や備品の輸入に関する広範な規制が存在するためだ。2005年には世界エイズ・結核・マラリア対策基金が9千8百万米ドルのプログラムを取りやめた。その理由は「同国に対する無償援助供与は、プログラムの円滑な実施を確保した上で行うことができない」というものだった。

 ビルマの現状を国連安全保障理事会の議題にしようという取り組みには、2005年の後半になって弾みがついた。報告書「平和への脅威:国連安全保障理事会にビルマ問題での行動を求める要請」が発表されたからだ。バツラフ・ハベル元チェコ共和国大統領とノーベル平和賞受賞者のデスモンド・ツツ枢機卿(南アフリカ共和国)が共同で委託したこの報告書は、国連安全保障理事会に対し、ビルマの現状を変えるために、緊急に新たな多国間外交的イニシアチブを行うよう求めている。

 米国と欧州連合(EU)は対ビルマ制裁を継続している。2005年7月には、東南アジア諸国連合(ASEAN)が、ビルマ軍政側の対応と、欧米とEUからの圧力に困惑した結果、ビルマ政府に働きかけ、2006年のASEAN議長国就任を先送りすることに成功した。ビルマ軍政は他のASEAN加盟国に対し、真の政治改革と国民和解の開始、アウンサンスーチーら政治囚の釈放を公約している。だがASEAN側はこの約束を軍政に果たさせることがいまだできずにいる。他方で中国、インド、タイはビルマ軍政に経済軍事面での支援を続けている。ASEAN内部ではタイが最もビルマ軍政よりの立場で、ビルマ政府に改革を求める国際社会の声をかき消している。

 タイ政府は、ビルマ軍政との関係を強化する目的で、2005年を通じてビルマからの難民、庇護申請者、移民への強硬姿勢を一段と強めている。タイ政府は国内の亡命民主化活動家と人権活動家に圧力を加える一方で、3月には新しい方針を導入し、ビルマ反政府組織に大きな打撃を与えた。ビルマ難民全員に対して、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)に登録し、ビルマ国境の難民キャンプに移動するよう求めたのだ(キャンプに入れば外の世界から孤立させられてしまう)。タイ政府はこの他にも、ビルマからの非正規移民の本国送還を毎月数千人単位で行っている。またタイ軍はシャン人庇護申請者のタイ側への越境を今後許可しないとの態度を表明している。