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国際社会

秋元由紀「賭けに出たアウンサンスーチー氏」
2012年1月30日配信 毎日新聞朝刊オピニオン面

2012年1月30日付の毎日新聞朝刊オピニオン面「核心」に、ビルマ情報ネットワーク秋元由紀の寄稿が掲載されました。本文は以下の通りです。

賭けに出たアウンサンスーチー氏

 ビルマ(ミャンマー)の民主化運動支援に15年来関わっている。最近「おめでとう、努力の甲斐があったね」と言われる機会が増えた。昨年3月に同国で新政府が発足してからのことだ。気持ちはありがたいが、その度に当惑する。

 確かに最近のビルマでは政府が一定の改革を行っている。民主化運動指導者アウンサンスーチー氏が、今春の補欠選挙に参加できることになった。長期刑を受けた優秀な元学生活動家たちも釈放され、厳格な事前検閲制度も緩和された。私も個人的に知る政治囚が釈放されたことを知ったときは目頭が熱くなった。報道が好意的なことも考えれば「ビルマはもう大丈夫」という印象が広まるのも一面では無理はない。

 しかしビルマの現状は民主化からは程遠い。「文民政府」といっても、元陸軍大将である大統領の他、大臣30人のうち26人が軍出身者だ。国会でも、上下院の8割以上を軍出身者が占める。議席の25%は選挙の対象外の軍人枠である上、不正まみれだった一昨年の総選挙で前軍事政権の翼賛政党が圧倒的勝利を収めたからだ。さらに憲法には、非常事態時に国軍最高司令官が全権を掌握できる規定もある。憲法改正も、国軍の合意なしでは不可能に近い。法の支配や司法の独立は確立されていない。政府は「政治囚ゼロ」を宣言したが、実際には全国の刑務所に政治囚が残る。また「和平合意」の報道とは裏腹に、辺境地域では国軍による少数民族の迫害が続く。

 新政府発足後も国軍が実質的な支配権を握るという構図に変わりはない。国軍にとってもっとも重要なのが地位の確保と既得権益の保持だという点も同じだ。こうした国軍の基本的発想は、筆者が最近翻訳した『ビルマの独裁者タンシュエ 知られざる軍事政権の全貌』(白水社)に詳しい。ただ一つ軍政時代と異なるのは、国民の不満や反抗を武力だけで抑えるよりも、国民や国際社会に「民主化する姿勢」を強調し、不満や反抗の爆発を未然に防ぐ方が利益となると判断した点だろう。

 他方、国際社会では豊富な天然資源を有するビルマへの経済進出の動きが急だ。だがこのまま開発や工業化が野放図に推進されれば、筆者が以前から指摘するように、人権侵害と環境破壊がさらに深刻化する恐れも大きい。

 現政権は真の民主化など目指していない。この「本音」は、改革派の筆頭などとされるテインセイン大統領の発言からも明らかだ。氏は先日ワシントン・ポスト紙の単独インタビューで、米国の読者にメッセージをと言われて「我が国の民主化を望むなら、まず制裁を解除してほしい」と述べた。しかしこれでは話があべこべだ。経済制裁はビルマが一向に民主化改革を進めず、組織的な人権抑圧を続けたから科された。制裁のせいでビルマが非民主的になったのではない。それに主体的に民主化を目指すなら、制裁解除を条件にしたりはしない。

 アウンサンスーチー氏が選挙に出るのも、民主化運動家がそれを支持するのも、今の政府をあっさりと認めたからではない。彼女たちは、国の政治・経済・社会的な仕組みの不公平さを十分承知している。にもかかわらず、今ある機会を最大限に活かすことが、国民が自由に参加できる真の民主的社会の誕生につながるかもしれないという望みを持ち、いわば賭けに出ているのだ。ビルマの外にいる私たちはそのことを理解し、彼女たちの願いの実現に向けた支援を続けるべきだ。(秋元由紀)