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国際社会

インタビュー 「声なき人たちの声になりたい」ベネディクト・ロジャーズ氏 
2011年9月28日配信 ビルマ情報ネットワーク

2011年9月、北朝鮮の人権問題に関する国際会議に参加するために来日したイギリスの人権活動家ベネディクト・ロジャーズさんに、ビルマ情報ネットワークのインターン、神田が話を聞いた。以下、神田によるレポート。

ビルマ問題にかかわるようになったきっかけ

ベネディクト・ロジャーズさんは国際人権団体クリスチャン・ソリダリティ・ワールドワイド(CSW)の東アジアチームのリーダーであり、10年以上ビルマ(ミャンマー)問題に関わっています。中でも少数民族問題に詳しく、ビルマのタイとの国境地域などを定期的に訪問しています。またイギリスの保守党人権委員会の副議長としても活躍中です。


神田:どうしてビルマ問題に関わるようになったのですか。

ロジャーズ:1995年頃、CSWを通して初めてビルマの状況、特にカレン民族が置かれている状態を聞き、とても興味を持ちました。しかし最初にビルマ問題に取り組んだのは香港にいたときで、CSWのカレンやカレンニーに関する活動に触れたこと、またジェームズ・モーズリーという、ビルマで民主化を求めるデモを行って投獄された若いイギリス人活動家のことを聞いたのがきっかけでした。2000年初めに、CSWオーストラリア支部のトップで23年以上タイ・ビルマ国境で活動してきたマーティン・パンターと一緒に東ティモールに行きました。そのときにパンターさんは国境沿いに暮らしている少数民族の状況について詳しく話してくれたのです。話を聞いて私も是非国境に行きたいと思い、パンターさんに、今度国境に行くときに付いて行ってもよいかどうか尋ねました。

 初めて国境を訪問してから、私はビルマのために働くことを固く心に決めました。苦しみの規模、人々の気高さや勇気、当時ビルマや少数民族の状態はほとんど国際社会から注目されてなかったということから、私はこの問題に関わらなければならないと確信したのです。そこから私のビルマへの関わりは大きくなり、ビルマのタイ以外の国境沿いに暮らす他の少数民族について知るようになり、すべての国境地帯やビルマ国内を定期的に訪問し始めました。

「声なき人たちの声」になりたい

神田:マーティン氏と一緒にタイ・ビルマ国境地域に行ったことがベンさんにとってビルマ問題に関わる強いきっかけとなったようですね。

 さて、私は現在大学4年生で将来のことを考えないといけない時期なのですが、今後の参考にするため、そもそもどうしてベンさんはNGOに興味を持ち、そこで働こうと思ったのかを教えてください。

ロジャーズ:NGOに興味を持ったのは1994年、大学生の時です。CSWのパトロンであるバロネス・コックス(イギリスの議員)が大学のチャペルで話すのを聞いてじっとしていることができなかったのです。その数か月後に、私はコックスさんとアメリカの国会議員と一緒に戦争で荒れたアルメニア人居住地のナゴルノ=カラバフ自治州に行きました。大学卒業後は香港に行き、ジャーナリストとして働きましたが、空いている時間を使いCSWの香港支部設立を手伝ったりしていました。香港にいる間に東ティモール問題に関わるようになり、シスター・ルルドというすばらしい東ティモール人のカトリック修道女の仕事に触発されました。私は数か月間、シスター・ルルドとともに仕事をし、その後ビルマに関わるようになったのです。

 2002年頃には、自分の活動の優先順位を変えなければと思うようになっていました。つまり、フルタイムでジャーナリストの仕事をして空き時間に人権活動をするのではなく、フルタイムで人権問題に取り組む仕事をし、空き時間で執筆やジャーナリズムの仕事を続けようと思ったのです。2003年にCSWから、CSWの支部を設立するために米国のワシントンDCに行ってくれないかと頼まれ、それが私の初めてのCSWでのフルタイムの仕事でした。2004年にCSWのロンドン本部で働き始め、主にビルマやパキスタン、スリランカを扱う仕事をし、2009年に東アジアチームのリーダーになりました。

 私の原動力となっている情熱というのは、抑圧、迫害され、自由を否定されて不公平な扱いに苦しんでいる人に代わって声を上げようとすることです。CSWのモットーは「声なき人たちの声」になることなのですが、まさにそれがこうした活動をするようになった理由でもあります。

学生時代は

神田:勉強以外で学生時代はどのように過ごしていましたか。

ロジャーズ:ディベート部や、学生新聞、保守党学生グループでかなり活発に活動していました。ディベート部では部長、学生新聞では政治編集長、保守党学生グループでは委員長でした。またCSWのために募金を集めたり関心を高めたりする呼びかけをしたり、大学のチャペルやキリスト教徒連合にも積極的に関わっていました。でも友人たちと、ごく普通の学生がするような遊びもよくしていました。


神田:とても活動的な学生生活を送っていたのですね。私もビルマ情報ネットワークでインターンシップを始めて3か月が経ちましたが、国会議員向けの勉強会や国際会議のお手伝いといった、普通の学生生活ではなかなかできないことをしいます。

 国際人権団体クリスチャン・ソリダリティ・ワールドワイド(CSW)では普段どのようなお仕事をしているのですか。

ロジャーズ:CSWでは東アジアのチームリーダーとして東アジア全体に関するCSWの仕事を監督しています。私自身はビルマ、北朝鮮、インドネシアを担当していますが、中国やベトナム、ラオスを担当している同僚の指導もしています。CSWは人権問題について政策提言をする団体で、特に信教の自由の問題に重点を置いています。私たちの活動はアジア、アフリカ、中東・北アフリカ、ラテンアメリカの多くの地域を含む20以上の国々に渡ります。人権侵害状況についての直接の情報や証言を得ることが私たちの政策提言にとってきわめて重要であり、人権侵害状況を記録するために紛争や迫害が起きている地域を訪問するのにかなりの時間を費やします。そうして集めてきた情報をまとめ、イギリスやEU、アメリカ、国連、その他の場で政策立案者や国会議員、政府、メディア、NGO、そして一般市民に提供します。定期的に政策立案者や国会議員に情勢説明し、メディアにも情報提供し分析や解説を行います。また教会や学校、大学その他の公共の場で人権問題に関する認識を高める努力もしています。

 CSWが活動する国々の中には、CSWの取り組みが信教の自由の問題に限られない所もあります。例えばビルマや北朝鮮では、信教の自由の問題を他の人権侵害問題から切り離して考えることは不可能です。従って、そうした国でCSWは幅広く人権に関する問題に取り組みます。他方でパキスタンやインドネシア、イランといった国では信教の自由は他と区別された問題として認識されているので、そのような国ではCSWは信教の自由の問題に焦点をあてます。もちろん、常により広く政治的・社会経済的な文脈の中で信教の自由の問題をとらえるようにしていますが。CSWは誰もが信教の自由を享受できるように働き、世界中で迫害されているキリスト教徒だけでなく、パキスタンやインドネシアのアフマディ派(イスラム教徒)や、ビルマのロヒンギャ(イスラム教徒)や仏教徒、イランのバハーイ教徒、中国のウイグル人や、法輪功、チベット系仏教徒といった人たちと共にに、そしてその人たちのために活動しています。

将来は議員に

神田:ロジャーズさんは将来、国会議員になりたいと考えていると伺っていますが、議員になって何がしたいのですか。

ロジャーズ:声を上げられない人たちの代わりに政治舞台で発言し、国内外で社会的公正や国際的人権について訴え、政策や立法を動かすことによって違いを生み出すために国会議員になりたいと考えています。

ビルマから強制退去に

 実はロジャーズさんは今年の3月にビルマを訪問中に強制退去処分を受け、タイに送還されました。この事件は日本のメディアで取り上げられませんでしたが、以下のような経緯をたどったようです。

 ビルマ滞在もあと2日を残すのみという夜、ロジャーズさんの泊まっていたホテルにビルマ国軍の情報局員が来て、ロジャーズさんに「当局から明日の朝、強制送還せよという指令が出ている」と告げました。ロジャーズさんは理由を尋ねましたが教えてくれません。情報局員らはロジャーズさんの部屋に入り、荷物やカメラなどを調べましたが、何もないことが分かると部屋を出て行きました。

 翌朝、ロジャーズさんはラングーン(ヤンゴン)の空港まで連れて行かれました。そこで初めて、軍情報局員から「強制送還の理由は『ビルマの独裁者タンシュエ』など、ミャンマーに関する本を何冊も書いているからだ」と聞かされました。そこでロジャーズさんは「ミャンマーでは昨年11月に選挙が行われて、民主化したのだと思っていたが、民主主義の下では本を自由に書くのは普通ではないか。ミャンマーは民主化していないのか」と尋ねたところ、「いや、民主化はしていない」との答えが返ってきました。そしてロジャーズさんはタイ行きの飛行機に乗せられました。(参考:British activist deported from Burma, DVB, March 25, 2011)


神田:ロジャーズさんは今年の3月にビルマから強制送還されてしまいましたが、それは私たちに何を物語っていると思いますか。

ロジャーズ:要するに、総選挙の実施や新憲法の制定、アウンサンスーチー氏の解放などにかかわらず、状況はあまり変わっていないということです。実際に軍の情報局員は私に「何も変わっていない」と言いました。私が強制退去させられたこと自体はビルマ国民の苦しみと比べるとたいしたものではないですし、私は丁重に扱われました。しかし、政府は変わっておらず、政府に対する批判や反対を許さないということが示されました。

日本に期待すること

神田:昨年11月の総選挙以降、ビルマは民主化したと思っている人もいますが、今回のロジャーズさんの強制送還からも分かるように、ビルマはまだ真の民主化をしたとは言えない状態にありますね。

 強制退去の直接の原因となった、ロジャーズさんが書いた「ビルマの独裁者タンシュエ」の日本語版が今秋、日本で白水社から発売されます。どうしてそのような本を書こうと思ったのですか。

ロジャーズ:ビルマ政府に光をあて、独裁政権の特質や行動を国際社会によりよく理解してもらうため、そして軍事政権の下でビルマの人々がどのように苦しんでいるかを明らかにするために書きました。


ロジャーズさんは実は来日が4回目です。2008年の初来日から毎年、日本を訪れ、ビルマの人権問題や少数民族問題について国会議員や報道関係者と会合を持ち、情報交換を行っています。2009年の鳩山政権発足に際しては、日本のビルマ政策の見直しを求める記事をウォールストリート・ジャーナルに寄稿しました(ビルマ情報ネットワークの秋元由紀との共著)。そんな日本との関わりが深いロジャーズさんですが、先日発足したばかりの新政権にどんな想いを持っているのでしょうか。

神田:ビルマ問題に関して日本政府に期待することはなんですか。

ロジャーズ:ビルマ政府が民主化に向けてさらに進み、実質的な行動をとるように、日本に影響力を行使してほしいと思っています。日本はビルマ政府に対し、すべての政治囚の解放や全国的な停戦、少数民族に対する攻撃の停止、アウンサンスーチー氏や民主化運動勢力、少数民族との真の対話を始めるよう働きかけてほしい。日本は、ビルマ政府がほんの少し改革のそぶりを見せたからといって変化があったと結論づけるべきではありません。真の変化は言葉ではなく行動によって示さなければならず、先に挙げたような、政治囚の解放などをビルマ政府が実行に移したときに本当の変化が起きたということができるでしょう。

インタビューを終えて

今回の来日で私はロジャーズさんと初めてお会いしたのですが、とても気さくで素敵な方でした。インタビューを通して特に印象に残っているのはCSWのモットーであり、ロジャーズさんがNGOの活動にかかわるきっかけにもなった「声なき人たちの声になる」という言葉です。特に社会的弱者と呼ばれる人たちの声は世の中には届きにくい。そんな人たちの声を代弁しようと活動しているロジャーズさんのお話を聞き、あらためてNGOで働くことについて考えさせられました。またロジャーズさんの強制送還の話から、表面的には民主化へと動いているが現実にはビルマにはまだまだ自由がなく、人権侵害が続いているのだと分かりました。

 ロジャーズさん、インタビューに協力してくださりどうもありがとうございました。