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国際社会

秋元由紀「ビルマ軍政のイメージ戦術」
2010年12月15日配信 特定非営利活動法人WE21ジャパン「WEスマイル・ネット56号」

以下、特定非営利活動法人WE21ジャパンのEmailニュース、WEスマイル・ネット56号(2010年12月15日発行)に掲載されました。

 2010年11月、軍事政権下のビルマ(ミャンマー)では重大な動きが2つ続いた。「20年ぶりの総選挙」と、自宅軟禁されていたアウンサンスーチー氏(以下、スーチー氏)の「7年ぶりの解放」だ。選挙が実施され民主化運動指導者が制約付きながら自由の身となったことは、日本のメディアにも大きく取り上げられた。ビルマが良い方向に向かっている印象を持った読者も多いのではないだろうか。

 実際はそれほど単純ではない。そもそも軍政は、民主化改革を進めるために民意を問う選挙を行ったのではない。これは選挙手続きの詳細や、新憲法が定める選挙後の統治体制で軍が実権を握り続けることを見れば明らかである。ではなぜ選挙をしたのか。統治者としての正当性を手に入れた上で存続しようとするために「国民に選ばれた」という既成事実を作り上げることが必要だったのだ。

 11月7日に投票が行われた総選挙は、軍政があらゆる手を尽くして翼賛政党である連邦団結発展党(USDP)の圧勝を導いた出来レースだった。USDP以外の候補者の選挙運動は厳しく制限され、厳密には選挙と呼ぶに値するのかさえ疑わしい。事実、スーチー氏が率いる国民民主連盟(NLD)はこの選挙を正当な手続きと認めず、参加を拒否し、国民にも棄権を呼びかけていた。

 投票日後、軍政当局やUSDPによる不正行為があったとの報告が全国から寄せられた。日本を含む多くの政府や国連も、選挙が自由・公正に行われなかったことに懸念を示した。その後何も起きなければ国民の不満が募り、国外でも「ビルマでは不正だらけの選挙が行われ、民主化改革も進みそうにない」という印象が現在も支配していただろう。

 そこで軍政は、選挙から一週間後の13日、民主化運動の象徴で国民に絶大な人気のあるスーチー氏の自宅軟禁を解除するという手に出た。解放時や翌日の公開演説には数千もの人が集まり、世界中のメディアが氏の姿や、支持者が涙を流して氏の解放を喜ぶ姿などを報じた。その扱いが選挙のよりもずっと大きかったことも手伝い、つい一週間前に行われた選挙が一気に過去のものとなってしまった。

 しかし選挙が民主化のためでなかったのと同様、氏の解放も軍政の柔軟化や妥協を示すわけではない。民主化しようとしていたならスーチー氏を選挙後ではなく選挙前に解放し、選挙を自由・公正に行う努力をしていたはずだ。軍支配を継続させるための手続きとして選挙を強行した後、スーチー氏を解放しメディアをうまく利用することで選挙への不満や批判を軽減させ、「ビルマが良い方向に向かっている」という印象を持たせることが軍政の思惑だったと言える。

 ビルマでは今も抑圧体制が続いていて、すぐには変わりそうにない。外国の市民や政府が軍政の創り出すイメージに惑わされず、実際の状況に基づいた判断をしていくことが、スーチー氏を初めとした民主化勢力を支えることにつながる。

ビルマ情報ネットワーク
秋元由紀