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在日ビルマ人

難民の光と影~「難民迫害国」ニッポン!?
1998年7月19日配信 入管問題調査会

難民の光と影~「難民迫害国」ニッポン!?
98/7/19 弁護士 渡邉彰悟

一 日本は1981年から難民条約を発効させ、難民(亡命)の受入をする意思を表明した。この[1998年]4月に法務大臣がこの問題について難民受入の拡大を指示したことは、これまでの狭隘さを改めようとする動きとして大きな意味を持ち、難民認定を待っている申請者には朗報となった。しかし、残念ながら右の指示は現場で生かされているとは思えない状況も続いている。入国を拒否されたあとで難民保護を求めることを表明し、入管にいまも収容されているビルマ人Zは、入国に際して虚偽申請をしているという理由で入管から素行が「不良」であると評された。しかし、右評価は日本が難民受入国として機能していないことをそのまま物語っている。迫害を恐れている者が、偽造パスポートや不正なビザ取得によって本国を出国し他国に入国しようとしてくるのは当然で、これを処遇の決定に当たってマイナスに評価しようという考えは国際的には存在しない。Zが成田に降り立ってもう3カ月を経過した。

 6月12日、Zは第一次審査において難民不認定処分をうけた。直ちに彼は異議申出をしたが、その後の私との面会の際に涙を流して「私はなぜ日本政府からこのような仕打ちを受けなければならないのか。私が祖国で民主化運動をしてきたことで迫害の恐れがあるということをなぜ理解しようとしないのか。どうして私は3カ月も拘束されなければいけないのか。私が何か犯罪を犯したとでもいうのですか」と訴えた。私は返す言葉がなかった。

二 私はこれまで日本が難民鎖国状態にあると常々言ってきた。しかしこの表現は正確ではなかった。ある人が私に教えてくれたところによれば、日本は「難民迫害国」と揶揄されているそうである。まさに保護を求める難民に迫害を与える状況が続いている。日本が難民条約を批准してから16年以上が経過する。しかし、日本は国際的には難民条約批准国としての真っ当な評価を得ていないのである。94年からは毎年認定者一人というまことにお寒い状態が続いている。

三 日本には難民調査官はいるが、彼らには直接の認定権は与えられていない。今回私はこれが極めて大きな問題であることを理解できた。Zを例にとってみよう。Zは成田に身柄を留め置かれていたことから、第一次の難民審査は成田支局の審査管理部門のW氏が担当した。ただし、W氏には自分が担当していたという自覚はない。理解困難ではあるが、第一次審査においてインタビューをしたのは東京入国管理局(大手町)の難民調査官A氏だった。しかしA氏に問い合わせてみても自分は要請を受けて補助でインタビューをしただけで、自分が担当なのではないという。結局本庁の難民認定室に尋ねたところ、これまた明確な回答はなかったが(ここでもいろいろな実はやり取りがあったが)、成田支局が責任部署であったことを認めていたので、W氏以外には責任者がいないことになる。ところがW氏にはその自覚がなく、しかもインタビューすらしておらず、更に、A氏がインタビューした後で判明した事実関係については入管当局の誰もZ本人に事情聴取をしていなかったことが確認できた。このような無責任体制の中で難民不認定とされたことに怒りを禁じ得ないが、ここでは次の問題に移ることにする。

 異議申出をしてからしばらくして成田支局の審査管理部門のN氏から異議申出手続におけるインタビューを実施したいと連絡が入った。私にはこれまた理解困難な連絡であった。第一次審査はW氏に自覚がないとはいえ、W氏が担当したと、客観的にはそう判断せざるをえない。その第一次審査の責任部署の同僚から異議申出手続のインタビューをおこないたいと言ってきたのである。どう考えても異議申出の手続が形骸と化すことはあきらかというべきではないだろうか。そうでなくとも日本で異議申出手続で判断が覆った例はこれまでに一件しかないのである。弁護団は、このインタビューの申出を拒否し、他の部署において担当されるように申し入れた。この手続ではZの異議申出の利益は全く無に帰することは目に見えていたからである。
 しかし、入管はこのインタビューをあくまでも強行すると言ってきた。私たちは本人とも話しをして、結局インタビューのはじめにこの手続が違法であることの申入れをした上でやむを得ず本人に不利益となることを避けるためにインタビューを受けることをN氏に告げた。

四 この一連のやり取りの中で、私はどうして異議申出制度の意義が入管には理解できないのだろうかと考えた。裁判において地裁のある部における判決に対して、同じ部の他の裁判官に控訴するというような制度を考える人がいたら、非常識と言われるに決まっている。第一次の判断に対して客観的公正さを保ちうる異議申出のシステムはどのようなものであるのかということをちょっとでも考えようとしたら、今回のような入管の対応はあり得なかった。

 しかし、入管はこの対応に何らの問題も感じていないのである。それは、どの手続段階においても現場の担当者に認定権が与えられていないことに起因する。日本においては第一次審査を甲氏が担当しても、甲氏は上役に自分の意見を進達できるにすぎない。しかし、それは最終結論ではない。最終結論は、法務省本庁の8人の合議体・難民認定諮問委員会で決せられる。この難民認定諮問委員会の構成員は、入国管理局長、法務大臣官房審議官、総務課長、政策課長、入国在留課長、審判課長、警備課長、登録課長、入国管理調整官等である(「日本の難民認定手続き~改善への提言」難民問題研究フォーラム23頁[現代人文社、1996年])。だれ一人として本人から事情を聴取したこともないし、難民調査のための専門的な訓練も受けていない、にもかかわらずである。しかも、構成メンバーをみればわかるように、その判断は極めて政治的な判断に流れやすいものとなる。否、まさに政治的な判断をするために現在のようなシステムとなっているとも言いうる。

 この合議体が第一次審査においても異議申出の判断においても、最終的な決定を下すことになる。したがってこのようなシステムをとっている帰結として、現場において第一次審査をどこが行ない、異議申出手続をどこが行なうのかはたいした問題ではなくなるのである。

 私は今回のZの問題を通して、日本の難民制度の歪みの根本に横たわっているのは、これまでは排外主義等の理念の次元の問題も大きいと思っていたが、現状での最大の問題は制度的にこの合議体によって最終決定が下されているというところにあるのだということが体感できた。現場の人間は自分の判断が最終のものとならないのであるから、当該任務を遂行する上でのやりがいもない。私は現場の人たちにもどうしてもっと難民認定を前向きにしていけないのかと意見を述べることも多い。それでも、現場の人たちの中には、やはり心情としてはもう少し胸を張れる認定をしたいという気持ちがあるのではないかということを感ずることもある。直截にインタビューをして申請者のおかれている困難な状況やその人間性に触れるとき、この人間を保護してあげたいという心情が湧きあがってくるのが普通の感性だろうと私は思う。またそれが真っ当な国際感覚なでもあろう。その判断に外交的判断が混ざってはいけないのである(先日の新聞に谷川元法務大臣がビルマで投資をしようとして不成功に終わったという記事があった。この記事は日本の難民制度の歪みと無関係のものとは到底思えないであろう)。

五 私は強く訴えたい。現場に決定権を与えよ、と。
 そうすれば少なくとも日本は「難民迫害国」ではなくなるはずである。少なくとも、明らかに一見して難民申請に値しないものを除けば、Zのような申請者を申請以来何ヵ月も収容を続けることは、どんな名目であろうと難民への「迫害」であることは明白である。日本は難民申請者への法的な保護を何ら与えないことによって、或いはZに対するように身柄の拘束をすることによって、難民申請を抑制している結果になっている。収容を長期化することがどれほどの肉体的心理的負担を申請者に対して強いているのか考えてもほしい。あまりに日本の入管は身柄の収容について無頓着にすぎる。長期の収容が人間の精神に強烈に作用し、拘禁反応を起こしている例のあることも入管は知っているはずである。

 現在の運用が法務大臣の意図したところに反するものであることは明らかである。ぜひ、多くの皆さんに難民問題にご理解をいただきたいし、入管当局にも難民申請者に対する抜本的な姿勢の変化を求めたい。

(入管問題調査会98年7月 Vol.13に掲載)

注1:渡邉彰悟弁護士は、在日ビルマ人難民申請弁護団の事務局長を務めています。
注2:なお横書き時の見やすさを考慮して漢数字の一部をアラビア数字に変更し、明らかな誤記を訂正しました。原文はすべて漢数字で表記されています。

(ビルマ情報ネットワーク 箱田徹)