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国際社会

キリスト者としての提言
2007年10月28日配信 キリスト者政治連盟 常任委員会

キリスト者としての提言
「ビルマ(ミャンマー)軍政と日本―日本外交を動かそう!」集会に際して
2007年10月28日
キリスト者政治連盟 常任委員会

 キリスト者として9月末にビルマで起きた聖なるデモにおける仏教の僧侶の方々と良心ある市民の方々の非暴力の戦いに心から共感し、連帯します。同時に、日本の政府のミャンマー連邦政府に対するもっと責任ある姿勢を強く要求します。

 あの素手の僧侶の方々と市民に銃口を向け、流血に至らしめたビルマ国軍の前身は、かつてのアジア太平洋戦争の時に、日本軍の指導のもとにつくられた軍隊であります。そして現在のビルマ国軍の強制労働等の人権を無視した国民抑圧は、かつての日本軍のビルマ占領時のやり方を引き継いでいると言われています。その戦争において、日本はビルマの独立を援助するという大義名分を掲げてビルマへ侵攻し、三年半に渡って軍政を敷き、32万人を超える日本兵を送り、ビルマの人々を拷問、婦女暴行、強制労働など、さまざまに虐待しました。独立後のビルマの歴史教科書には、“ファシストによる統治”として、これらのことが忘れてはならない事実として記述されています。

 今日の日本でもまた、政権は代わりましたが、現在の平和憲法をかつての大日本帝国憲法の内容に近づく国家主義的な憲法に改正しようという動きに伴い軍事化が進められ、国民を無視し圧殺する暴虐な政治が行なわれつつあることは、戦前と変わらぬ国家主義的姿勢を固持していると言わねばなりません。つまり現在の日本の政府とビルマの政府は歴史的にも深い次元で共通し、つながっているのです。そのことは、日本国政府がビルマ軍事政権にシンパシーを感じることにつながる根源であると察します。ビルマ軍事政権にその政権強化につながるような垂れ流しの経済援助をするかと思えば、一方で正義を正さなければならない肝心な時に強い態度で臨まない、というあいまいな姿勢につながるのです。自らの分身のような相手に、日本政府は強く迫れないのであります。

 今回、日本政府はその歴史的事実を強く反省し、自らを悔い改め、ビルマに暴虐を尽くしたかつての日本軍の残滓を自ら清算するためにも、今度こそは本当に尽くす国として、ビルマの民主主義の確立のために働かねばならないのです。何よりも、軍事的圧政、経済の悪化に苦しむビルマ市民にこそ目を向けねばなりません。そして軍事政権に制裁が必要ならば制裁を加え、倫理を正すところでは倫理を毅然と示し、愛と真を持ってビルマに貢献する国として臨まなければなりません。

 また日本には、ビルマの民主化のために戦っている在日ビルマ人の方々がいます。この真理の責任を担っている方々の自由と人権を、正義を貫く国として、難民条約に批准している日本国政府は誠実を尽くして護らねばなりません。

 自宅軟禁の措置を受けながら非暴力の抵抗を貫いているアウンサンスーチーさんの解放と、ビルマ民衆の自由と人権の回復のため、私たちキリスト者は在日ビルマの兄弟姉妹と受難の苦しみを分かち合い、手をたずさえてビルマの民主化運動への支援を続けて行く所存であります。

そこでイエスは一同を呼び寄せて言われた「あなたがたも知っているように、異邦人の間では支配者たちが民を支配し、偉い人たちが権力を振るっている。しかしあなたがたの間では、そうであってはならない。あなた方の中で偉くなりたい者は、皆に仕える者になり、一番上になりたい者は、皆の僕になりなさい。」(マタイによる福音書20章25-27節)