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社会

人身売買の向こう側 ~被害女性に自由を与える場所作り~
2001年2月1日配信 イラワディ誌

女性の人身売買に対応するためには、女性たちがより自由に活動できて、自分たちの問題を自分たちの手で解決できる場所作りが必要である。

人身売買の向こう側 ~被害女性に自由を与える場所作り~
イラワディ誌 2001年2月号

ジャッキー・ポロック

 現在の女性の人身売買への対応策としては、人身売買組織の法律による禁止、人身売買の被害にあった女性の救出、救出された女性への援助、地域社会と若い女性を対象にした人身売買の危険を啓蒙する予防プログラムなどがある。しかし残念ながら、これらの対応策は人身売買の存在に対する挑戦に失敗し、人身売買に関連した職業にたずさわる女性たちを保護する運動の支援にも失敗している。

 予防プログラムというものはその名前が示すように、狭い範囲の限定的なものである。もしプログラムの目的が、少女たちが人身売買の被害にあわないようにすることである場合、その成功は、少女たちが人身売買の被害にあうかあわないかという数値によって判断されてしまう。売買さえされなければ、少女たちの運命はどうでもよくなってしまう。彼女たちが土地を持たないままに農地に残されていたり、往々にして危険な化学薬品を用いる工場で、最低賃金以下で働いているという事実は重要でなくなってしまう。

 私たちは自分たちの娘を人身売買業者の手から守るだけでほんとうに満足なのだろうか。彼女たちが有意義な形で社会参加することを夢見ていないのだろうか。もし少女たちが教育を受けることで力をつけ自信をつけて、ものごとを理解する力を得ることができるなら、彼女たちは人身売買組織の被害にさらされにくくなるだけでなく、自らの潜在能力を発揮し、自分たちの国の将来に対して、創造的でダイナミックな方法での貢献をすることができるようになるのではないだろうか。

 女性たちの人身売買の被害でもっとも多いのは、家政婦や性産業に、あるいは妻として売り飛ばされるといった形である。こうした労働すべてが、まともな労働として認知されることはほとんどないが、それは偶然などではない。これらは労働法で認知されておらず、職業に対する保護が一切なく、保証も組合もない労働形態である。

 「それに加えて」と、女性に対する暴力に関する国連特別報告官クマラスワミ氏は述べている。「こうした労働の違法な、または半ば違法な性格によって、屈辱的な処遇、低賃金、極端な長時間労働、負債返済型労働、あるいは強制労働などの、強制的で奴隷的で搾取的な労働条件が常態化している」つまり、人身売買組織をはぐくむ理想的な温床なのだ。

 家庭内労働者あるいは性産業で働く女性たちは、仲間が売られてきたことを知ったとき、また小さな子どもが強制的に働かされていることを知ったときに憤りを覚える。しかし彼女たちにはそうした虐待を訴える手段がない。家庭内労働が労働として認知され、その条件が規定されていたり、売春が犯罪ではなく、ある程度の条件のもとで認められていれば、まったく違った話になる。しかしそのためには、支援する価値のないと考えられていた仕事にたずさわる女性たちの運動へのてこ入れが必要である。性産業で働く女性と政治家との交渉、家政婦と雇用者との交渉が必要になる。こうした職業への平等と尊厳を感じることが必要になる。

 現在、人身売買の被害にあった女性が証言をする機会が拡大している。女性一人ひとりが立ち上がり、自分たちのぞっとするような物語を語る場が提供されている。話を聞く人すべてが搾取は間違いであることを知っている。しかしもっとも強くひき起こされる感情は同情であり、その被害者への同情が、はっきりと自分の意見を述べて正当な要求をするサバイバーだという賞賛に変わることはめったにない。性産業で働くある女性は以前こう話した。「私が街頭に売春婦として立ち、明日を乗り切るためにドラッグをやり、野宿し、あらゆる虐待にさらされている間は、社会は私に同情する。でも自分で生き方をコントロールできるようになり、よい収入と安全な条件を手に入れる愛人になったとたん、社会は私を軽蔑する」

 個々人が証言を行うことで、今までこうしたことを認識していなかった人々の意識を高めることはできるだろうし、数人の女性が声を発することもできるだろう。しかし彼女たちがその間に自分たちを組織化し、女性たちを支援することはほとんどできない。人身売買の現状と現行の対応策が意味しているのは、ほんの一握りの女性しか証言を行うことができないということだ。米国で証言を行うために自分の国を離れようとするビルマ人の性産業で働く女性を想像してみてほしい。どちらか一国、あるいは両国が彼女にビザを出し、安全と保護、そして滞在についても保証しない限り、それは不可能であり、安全ではないうえに合法的ではないのである。

 その一方で、安全と法的保護を確保するために、女性たちが集まることのできる場所を地元に作るということは可能だ。そこでは女性たちが経験を伝え合い、自分たちがどういった立場に置かれているかを探ることができる場所でもある。もしそれぞれの国の各地方の女性グループがこうした場所を作るための支援を受けるなら、彼女たちは、自国の政府に場所を提供するように働きかけることができるだろう。彼女たちの仲間である人身売買の被害を受けていない性産業従事者たちは、すでにインターネットを使って、ワシントンをはじめとする世界中のあらゆる場所で自分たちの要求を容易に伝えているのである。

 場所の提供という支援は抽象的に映るかもしれない。しかしスペース(空間、場)は真空ではないのだ。

 家政婦は孤立していることが多い。しかし彼女たちはすでに出会いがある。時には市場で、時には雇用主の子どもを世話している会合の席で、時には寺院あるいは教会など。家政婦には自分たちのネットワークがある。こうした出会いの場所を支援することで、ネットワークが具体的な結果を生み出すことができる。彼女たちの仕事が労働法で権利として保護されることが認められれば、家庭内労働者は、彼女たちと人身売買の被害にあった仲間たちが苦しむ不公正な状態に対処できるようになるだろう。

 性産業で働く女性たちは、すでに性産業のコミュニティで生活している。つまりお互いが毎日会っているのである。そのコミュニティを支援し、こうした労働を犯罪でなくすることによって、性産業で働く女性たちが今までとは別の場所で合法的に会うことができ、平等な権利を持つ労働者として立ち上がることができれば、人身売買組織の力を弱める積極的なステップとなるだろう。

 場所があれば運動が起きる。そして運動によって、女性たちは、一人ひとりが今までの自分だけの世界を乗り越え、直面しなければならない政治的、経済的、社会的問題に対処するために協力することができるようになる。人身売買が現代の奴隷制であるなら、それに対処するためには、思い出したように救出をしたり証言を求めることではなく、労働権と人権を求める運動を行わなければならない。私たちが求めているのは、単に一時的に人身売買の流れの交通妨害をすることではない。私たちが求めているのは女性たちを運転席に座らせることなのだ。

著者について:ジャッキー・ポロック(Jackie Pollock)氏は、NGO「EMPOWER」で長年活動している。

(箱田 徹 訳)

原文: Jackie Pollock, 'Beyond Trafficking Jams: Creating a Space for Trafficked Women', in Irrawaddy, Vol 9. No. 2, February 2001.