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社会

ビルマ人移民13人の窒息死容疑で夫婦を逮捕
2002年3月9日配信 バーマ・クーリエ

ビルマ人移民13人の窒息死容疑で夫婦を逮捕

バーマ・クーリエ(第311号、2002年3月3日~9日)

【バンコク】タイ警察は7日、タイに密輸される途中で窒息死したビルマ国籍者13人の死亡に関わったとして夫婦を逮捕した。警察によれば、ソム・ポーンソンバットと妻のボーンタは不法労働者をビルマからトラフィッキングする犯罪組織の首謀者でもある。2人は移住労働者の密入国と13人を過失死させた容疑で逮捕された。この13人は12歳から25歳で、遺体はプラチンブリ県東部の路上に袋詰めされた状態で遺棄されていた。法医学者筋によれば、13人は密かにタイを目指した過酷な行程の途中で窒息した。

 タイ警察のアムヌアイ副警視総監は「2人はバンコクにバラを運ぶピックアップ(訳注:無蓋小型トラック)に計30人を隠していた。しかしバンコクに到着したところ、うち13人が死んでいたので、プラチンブリ県に死体を遺棄したと証言した」と話している。
 ソムは西部国境のカムペンペット県で逮捕され、ボーンタはピサヌノク県付近で身柄を拘束された。警察は厳しい行程を生き延びた17人を探しており、すべての国境検問所で監視を強化している。また密入国組織のメンバー4人を捜索中で、この中にはメーソットからバンコク近郊のナコンパトムの工場までの労働者の輸送を請け負ったトラック運転手が含まれている。

 移住労働者は、道中にあるチェックポイントで警察の目を逃れるため、米袋に詰め込まれていた。米袋の上には肥料の袋が載せられ、バラと野菜の積み荷がその上に詰まれた。ナコンサワンに到着した運転手が荷台を開けたところ、子ども3人を含むビルマ人13人が窒息しているのがわかった。生き残った17人は下車し、運転手は死体を米袋でくるみ、遺体発見現場のプラチンブリの路上に置き去りにした。検死によって犠牲者は窒息死していることが判明した。また死体にあった打撲の跡は、明らかに13人が脱出しようとした際に付いたものである。

 警察は主に貧しい隣国のビルマ、ラオス、カンボジアから年間100万人が密入国していると推計している。タイ国会労働委員会のプレムサク委員長は、人のトラフィッキングの背後には警察の有力者の存在があり、そこから莫大な利益を得ていると話している。

 一方、タイ国家人権委員会は2月に国境付近の小川で発見されたカレン人17人の死亡について調査を行っている。NGO側は同委員会にこの虐殺の調査を求めていた。カレン人17人はメーラマとメーソットの国境付近の小川で、喉を切られた状態で発見された。警察によれば犠牲者の身元は依然として判明していないが、麻薬密輸組織かトラフィッキング組織との関係があると思われると話している。

訳注:AFP記事を元にして3月8日までの経過を加えたもの。

(訳:箱田 徹)

出典: Couple held in suffocation of 13 migrant workers (Based on news from AFP (with additions): Updated to March 8, 2002), in Burma Courier (No. 311, Mar 3-9, 2002)

(補足)タイのトラッフィッキング事情

【ターク】タイでの人のトラフィッキングは、密入国業者が仲介料として1人当たり3千~5千バーツ(9千~1万5千円)を手にできる繁盛するビジネスだ。巨額の利益に惹き付けられ、労働力不足に悩むタイの工場へと近隣国の労働者を密輸するこのビジネスには多くの有力者が関与している。消息筋によれば、トラフィッキング組織には警察、兵士、政府の役人、弁護士、有力者が含まれている。また犯罪組織のメンバーは、積み荷となった人々を発見されることなく国境検問所を通過する手口を心得ている。外国人労働者が僧りょを偽装して、あるいは偽の国境通過証を使って入国する場合もある。

 ビルマとの国境には、タイに密輸される移住労働者が通り抜ける国境検問所が400カ所も存在する。最もよく用いられるのはコータウン-ラノーン間、タチレク-メーサイ間、タヴォイ-カンチャナブリ間の各ルートだ。タイ南部行きを希望する人々はラノーン港行きの船舶に乗るよう告げられ、そこからトラックに乗せられてタイ南部やマレーシアの工場へと運ばれている。

訳注:2002年3月8日付バンコク・ポスト紙記事を編集・抄録したもの。

(訳:箱田 徹)

出典: Supamart Kasem, Lucrative human trafficking business on the increase (in Bangkok Post (edited and abridged), March 8, 2002), in Burma Courier (No. 311, Mar 3-9, 2002)