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社会

ヤンゴン(ラングーン)で語り合った二人のノーベル平和賞受賞者、ジョディとスーチー
2003年2月18日配信 ノンバイオレンス・インターナショナル東南アジア事務局

ヤンゴン(ラングーン)で語り合った二人のノーベル平和賞受賞者、ジョディとスーチー
ビルマの民主化の推進、地雷問題の解決について意見交換
ノンバイオレンス・インターナショナル東南アジア事務局
ヨシュア・モーゼ発
2003年2月18日

 1997年にICBL(地雷廃絶国際キャンペーン)と共にノーベル平和賞を受賞したジョディ・ウィリアムズ氏が2月第3週にビルマを訪問した。ウイリアムズ氏はこれまでのノーベル平和賞受賞者であるリゴベルタ・メンチュ(グアテマラ)、ツツ大司教(南アフリカ)、O.A.サンチェス博士(コスタリカ)、J.ロートブラット(イギリス)、N.E.ボーローグ(アメリカ)、ベティ・ウィリアムズ(北アイルランド)、M.マックガイア(北アイルランド)からの支援メッセージを、ビルマ国内に閉じ込められているアウンサン・スーチー氏に手渡した。アウンサン・スーチー氏がノーベル平和賞受賞者の訪問を受けるのは、1991年に彼女が自宅軟禁中に同賞を受賞してから初めてのことだ。

 ウィリアムズ氏はビルマ首都ヤンゴンのインヤー湖近くにあるスーチー氏の自宅を訪れ、ビルマの平和活動の様子、人道的支援の必要性をどのように満たしていくか、また国内紛争で使われている地雷の数が増えてきている問題などを話し合った。

 スーチー氏は「もし平和への移行を平和的に行いたいのなら、SPDC(現軍事政権国家平和発展評議会)は『対話』という手段を避けて通ることはできない」と述べ、ビルマの民主化プロセスを団結して支援していく必要性を訴えた。また会合後、ウィリアム氏は「ビルマ国外では、外部からのプレッシャーが両者の対話を促進するか? 遅らせるか? という、長年行われてきた議論が繰り返されている。今回の会合でスーチー氏は、ビルマに民主主義をもたらすには、外部からと内部からの両方のプレッシャーが必要であり、そういったプレッシャーはすでに変化をもたらしてきている。」と述べた。

 また、会合後ウィリアムズ氏は、ビルマで近年良い方向への変化が起こってきたからといって国際社会はビルマから目を離すべきではないと強調した。スーチー氏が所属するNLD(国民民主連盟)は、NLDの方針と競合する国際社会への要求がビルマ国内で多々あるのにもかかわらず、スーチー氏が自宅軟禁から開放された後であるにもかかわらず、「ビルマへの制裁解除や観光業の解禁、外資投入を受け入れる時期にはまだ至っていない」とする従来の方針を変えることはなかった。政府とNLDの間で中身のある対話が行われ、ビルマが民主化への道を進みだした時が正しい時期であるとNLDはみている。

 この機会を利用してウィリアムズ氏は、スーチー氏とNLD、人民議会代表委員会が、もし彼らの代表が選出され、政権を握ったならば地雷禁止条約に参加するという表明したことに対し、地雷禁止活動を代表して感謝の意を述べた。ビルマでは、隣接国との国境地帯で起こっている国内紛争で双方の軍が地雷を埋設しており、地雷に汚染された土地は増加し、地雷の被害者も年々増え続けている。

 スーチー氏はウィリアムズ氏に対して、地雷問題を解決するには表面に見えている問題だけでなく根本となる原因を解決するのが大切だと述べた。更に、ビルマで平和と和解が実現すれば、人々は自分たちの意見の違いを武力に訴えることなく、民主的な方法で表現できるようになるので地雷を埋める必要もなくなるだろうと付け加えた。

 長年にわたる困難な闘争にもかかわらず、スーチー氏は彼女が個人的に経験した試練をものともせずにビルマの将来は明るいと再確認した。スーチー氏は、民主化への闘争は長引きすぎた感がある、ビルマの人々はこれ以上待つべきではないと述べ、民主化はいつか必ずビルマに訪れると固く信じている。

(訳 加藤美千代)