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社会

NLD一行への襲撃で数十人が死亡との情報
2003年6月1日配信 ビルマ連邦国民連合政府(NCGUB)

NLD一行への襲撃で数十人が死亡との情報
ビルマ連邦国民連合政府(NCGUB)情報部
2003年6月1日

 NCGUB情報部のニュース・デスクは6月1日、ビルマ国内の情報筋が、ビルマ北部でアウンサンスーチー氏および国民民主連盟(NLD)党員がビルマ国軍と軍政支持者に襲撃され、死者が70人に達した可能性があることを確認したと述べた。

 5月30日にマンダレー近郊のモンユワを出発したアウンサンスーチー氏一行がジドーゴン村に着き、国軍の北西指令部そばを通過すると、軍のトラックの一団が突然現われ、行く手をふさごうとした。一行は氏の乗った車を含めて自動車が約20台、オートバイが約25台を連ねていたが、封鎖を避けるのに成功し、進行を続けた。

 真夜中頃、一行はタバインを過ぎた後、イェウーに入る直前のチーイワ村かパヤトウェッゴン村で、巨大な丸太で道路がふさがれていたため一旦停止した。一行は別のルートを取ることに決め、道路のすぐ脇の林の中を進んだ。

 約250人の一行が通っていくと、武装した兵士と、軍政の大衆翼賛組織である連邦団結発展協会(USDA)のメンバー、合わせて約500人、そしてマンダレー刑務所から賞金や釈放を約束されて雇われてきた囚人ら(人数不明)が押しよせ、一行を襲撃した。乱闘は約1時間続き、この間に襲撃者らはNLD党員を殴り、石を投げつけた。また兵士は発砲し、多数の党員が死傷した。

 NLDのティンウー副議長も発砲され溝に落ちたが、大きなけがはなかった。しかしアウンサンスーチー氏は頭を殴られ重傷を負った。

 死亡したNLD党員の数はまだ確認できないが、200人以上が逮捕され、モンユワ近くの軍の北西指令本部に連行された。

 事件の知らせを聞いたモンユワ市民は翌31日、USDA事務所に押しかけたが、軍の兵士、USDA、警察その他の軍政機関関係者にひどく殴られた。このとき銃声も聞かれた。

 オッカントーヤ寺院のパニャティリ院長は、1人の学生と共に、暴動を止めるために双方の間に立って和解させようとしたが、2人ともその場で殺された。別の学生も重傷を負い、後に死亡した。

 モンユワ市民はパニャティリ院長の遺体を確保し、壮大な葬式を計画しているが、学生2人の遺体は軍政とUSDA関係者らが持ち去ってしまった。

 本発表が出た時点では、モンユワへの電話線はすべて切られていた。

 モンユワでの事件だけでも死者が3人出た。これに加え、北西指令本部内の情報筋によると、31日に65体以上の遺体が同本部の構内で秘密裏に火葬された。また、200人以上のNLD党員が同本部で拘束されたままだ。

 軍政の第二書記であるソーウィン中将が、今回のNLD襲撃の全体を指揮していたとされる。中将は北西指令本部を司令部として使っていた。

 軍政は各地のNLD事務所を閉鎖したり、NLD幹部、郡レベルのNLD役員を逮捕したりしているが、これはすべて、今回の大量殺人と残虐な抑圧行為がエスカレートし、制しきれなくなったのを隠すために行われている。(訳、秋元由紀)

出典:National Coalition Government of the Union of Burma (NCGUB): Scores killed in Junta crackdown on NLD (1st June, 2003)