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社会

軍政、NLD弾圧を強化
2003年6月1日配信 BBCニュース

軍政、NLD弾圧を強化
BBCワールド・サービス
2003年6月1日

ビルマ軍事政権は、国内最大の反政府政党・国民民主連盟(NLD)のアウンサンスーチー書記長を首都ラングーンに送還した。地方遊説中だったスーチー氏ら一行を30日に拘束したことに続き、軍政はNLDへの弾圧を強化している。

 伝えられるところによれば、スーチー氏はラングーンにある政府施設に収容された。またスーチー氏以外のNLD幹部の自宅周辺には治安部隊が配置され、幹部(注:アウンシュエ議長らNLD中央執行委員全員)は実質的な自宅軟禁状態に置かれている。

 軍政当局は大学と専門学校の無期限閉鎖を命じ、2日から始まる新学期の開講は延期された。BBCのビルマ担当、ラリー・ジャーガン特派員によれば、大学はこれまでも政治活動の拠点になっており、軍政は、スーチー氏の拘束に反発した学生が抗議行動を起こすことを恐れている。

 全国にあるNLD支部の大半は当局によって閉鎖された。NLD筋によれば、軍政当局によって、ビルマ各地の中心的な同党指導者の多くが拘束され始めている。首都ラングーンの党本部は31日に封鎖された。

 ビルマ(ミャンマー)軍政当局は31日、NLD支持者と政府系の反NLD組織が30日夜、サガイン管区のイェウー(ラングーンから北に約560キロ)で衝突したことを受け、スーチー氏らを「保護のため拘束」していることを明らかにした。また同時に、スーチー氏に同行していたティンウー副議長ら党員19人が拘束された。

 英国政府はスーチー氏の即時釈放を要求し、国連のアナン事務総長は、スーチー氏の拘束を解き、実質的な対話を開始するようビルマ政府に求めた。

高まる緊張

 今回のNLDへの弾圧強化が、軍政指導部によるスーチー氏の再度の自宅軟禁につながるのではないかとの懸念が広がっている。

 今回の事態は、スーチー氏が長期に及ぶ自宅軟禁から釈放されてほぼ一年後に発生した。昨年の自宅軟禁解除は当時、軍政が政治改革を受け入れる兆候だとして歓迎されていた。しかしスーチー氏は最近、変化のスピードを早めず、政治対話をあからさまに引き伸ばしていると軍政を批判、ここ数週間はスーチー氏ら反政府勢力と政府の間で緊張が高まっていた。

 5月24日には民主化運動活動家10人について新たに有罪判決が下され、接収された土地の返還を求める手紙を、農民が政府に出すのを手伝ったとして、1990年総選挙で選ばれた国会議員を含むNLD党員3人が2年の刑、地下活動に関わっていたとしてNLD活動家7人が5年から28年の刑を宣告された。

 ジャーガン特派員によれば、ビルマ政府当局はスーチー氏の支持者に対し、地方遊説中に社会不安を煽るような行動をするなとの警告を行っており、今回の衝突をスーチー氏の責任にしようとしている。

スーチー氏への根強い支持が背景に

 アウンサンスーチー氏率いるNLDは1990年総選挙で圧勝したが、62年からビルマを支配する軍事政権は権力委譲を拒否した。氏は過去10年間の大半を自宅軟禁状態で過ごしたが、ビルマ人の間での人気は衰えていない。

 NLDと軍政との政治対話は昨年10月に途絶えた。7ヵ月の空白を経た今年5月、軍政はスーチー氏との会談を希望していることをほのめかし、両者の対話が再開されることへの期待感が生まれた。しかし今回のスーチー氏の拘束、このところの暴力的な妨害行動、最近の民主化活動家への有罪判決は、こうした希望をひどく損なうものだと受け止められている。(訳・編集、箱田 徹)

【補足(ビルマ情報ネットワーク)】 30日夜にスーチー氏の車が何者かの銃撃を受けた、あるいはミサイルが発射されたとの報道があったが、軍政側は否定している。過去の襲撃や妨害は地元当局だけでなく、軍政の大衆動員組織・連邦団結発展協会(USDA)によって行われてきた。30日夜の衝突では5000人が動員されていた。
 一連の出来事は、ラザリ・イスマイル国連事務総長特使が6月6日から5日間の予定でビルマを訪問し、民主化勢力、民族勢力および軍政との会談を通じて政治対話の再開を仲介すると伝えられていた矢先に起きた。ラザリ特使は1日、記者団に対して、6日からの訪問を予定通り行うと述べたが、軍政が中止を要請しているとの情報もある。