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社会

スーチー氏は「待ち伏せ」された 米大使館職員、襲撃現場を検証
2003年6月6日配信 BBCニュース

スーチー氏は「待ち伏せ」された 米大使館職員、襲撃現場を検証
BBCオンライン
2003年6月6日

 米国国務省は、現在ビルマ軍事政権に拘束されている、反政府政党・国民民主連盟(NLD)のアウンサンスーチー書記長の支持者を巻き込んだ30日夜の衝突は、「政府に関係する暴漢」によって計画されたものだとの見解を発表した。

 アウンサンスーチー氏は、ビルマ北部サガイン管区内で起きたこの衝突の後に「保護のために拘束」されており、軍政は衝突で死者4人、負傷者50人が出たとしている。

 国務省は声明の中で、駐ラングーン米国大使館の職員は暴力事件の現場を検証し「計画的な待ち伏せ攻撃」であることを裏付ける証拠を発見したと述べた。

 同省のリーダー副報道官は「現場に残っていた破片物は、多数の負傷者を出した可能性を十分にもつ、激しい衝突があったことを物語る」とした。

 目撃証言によればこの事件で60人以上が死亡している。

 声明はビルマ政府に対し「死者、負傷者および行方不明者について完全な報告」を求めている。またスーチー氏の拘束を「言語道断なことで、受け入れることはできない」とし、政府に対し、6日から5日間の予定でビルマを訪問する、国連のラザリ特使にスーチー氏との会談を許可するよう求めている。

 外交団は何度も申し入れをしているがスーチー氏との面会は実現していない。氏は現在、首都ラングーンから程近い軍施設に収容されていると見られている。

 国務省は「ラザリ特使がアウンサンスーチー氏と単独で会うことができなければ、米国は国連によるビルマの国内和解に向けた一連の活動の有効性を査定する必要がある」と警告した。

 特使は2000年10月、NLDとビルマ政府との長期間に及んだ政治的こう着状態を打開する仲介役を果たした。これによってスーチー氏は約20ヵ月に渡る自宅軟禁から解放されたが、昨年秋以降、事態は行き詰まっている。

 自宅軟禁から解放されたスーチー氏は、地方の支持者向けに遊説を行い、大勢の人々を集めてきた。

 世界中の国々がビルマ軍事政権指導部に対し、スーチー氏を始め拘束中の反政府指導者を釈放するよう求めている。

 氏はこの14年間の大半を自宅軟禁状態で過ごしている。

 アウンサンスーチー氏率いるNLDは1990年総選挙で圧勝したが、62年からビルマを支配する軍事政権は権力委譲を拒否した。

(訳、箱田徹)