トップページ >  ビルマの現状:政治 >  社会 >  国民会議を再考する

社会

国民会議を再考する
2003年9月3日配信 イラワディ誌

国民会議を再考する
イラワディ・オンライン
2003年9月3日
アウンモーゾー

ビルマの民主主義とすべての国民の権利を保証する新しい憲法作成について話し合おう。国民のすべての代表に平等な声を届ける、公正で有効な国民会議を召集しよう

 上の言葉は、軍政が独自に示した方向性に基づく憲法の策定を命じた1993年の国民会議が開かれる前に並べられた言葉にそっくりだ。キンニュン首相の指導で、再び、国民会議を召集する動きが見られるが、一体、10年前と何が変わったというのだろうか?

 1993年の時点で、公正な選挙で選ばれた国民の代表は国民民主連盟(NLD)の議員であることは明らかだった。10年後の2003年の今も、NLD指導者のアウンサンスーチー氏の政治視察を、圧倒的支持者が歓迎していることからもわかるように、NLDこそ国民の代表としての権限を持っていることは明らかだ。

 新憲法は、ビルマの運命を担うもので、憲法作成の過程は、人々に開かれたものでなくてはならない。国民会議も、全国民の合意と、国民和解を基盤として召集されるべきである。しかし、まずはスーチー氏を釈放し、関係機関代表による対話の再開が先決だ。

 1997年のタイの新憲法施行は、ビルマの良い見本である。当時、タイ国民は、一枚の紙切れで投票をするのではなく、バイクや窓、衣服に緑のリボンと旗をつけて意思表示した。現在のタイ憲法は、多くの人々の参加によって、改定されたものだ。ビルマでも同じことが実現しない理由はない。

 ただし、歴史が繰り返されなければ、の話だ。1990年、キンニュンは法令1/90に署名し、、選出議員への権力委譲を拒否した。しかし、同法令の20条では、国民会議の開催と憲法草案の策定作業は、選挙で選ばれた代表に委任されることになっていた。

 翌年91年10月、ビルマのオンジョー外相は、国連総会で、選挙で選ばれた議員、少数民族の指導者、政治指導者および知識人が参加する予定の国民会議の概要を発表した。実際に国民会議が開催されたのは、1993年1月になってからだった。

 この会議には、702人が召集された。そのうち、147人は各政党代表と選出議員だったが、大半を占める505人は、軍政が勝手に選んだメンバーだった。総選挙でNLDは80パーセント以上の議席を獲得したのにも関わらず、当時の「国民会議」では、全体のたった12パーセントを占めていたにすぎなかった。軍政側は、憲法策定に関して会議で採決を行う際には、かならず圧倒的多数を確保できるようになっていた。

 しかしこれはたいした問題にはならなかった。なぜなら、国民会議で討議し、決定すべきことなど実際にはほとんどなかったからだ。軍政側があらかじめ憲法の6つの基本的な枠組みを準備しており、そこから脱線することは認められていなかったからだ。中には、独裁的指示のもとでの憲法策定は出来ないと考える議員もいたが、それを口にした途端、逮捕、拘留の恐れに直面した。それでもNLDを含む、選挙で選ばれた代表の多くが会議に残り、可能性が少なかったにもかかわらず、国民会議を成功させようと努力した。

 スーチー氏が最初に自宅軟禁から解放された1995年、スーチー氏、アウンシュエ氏およびNLD指導者は、議長のミョーニュン将軍に、国民会議で演説できるかどうかを問い合わせた。これは、国民会議の公正な運営を求めるNLD党員の合法的な要求だった。11月28日、党の代表は軍政当局の回答を待っていたが、回答はなかった。NLD党員は、国民会議での投票権を持っていたにも関わらず、NLD党員が意見を述べる機会は与えられなかった。

 そのためNLD代表は議場から退席し、打開策を探るため緊急会議を開いた。しかし同日、軍政はNLDは国民会議を欠席して自らの権利を放棄したと非難し、同党を国民会議から追放した。軍政にはNLDに返答する政治的意思もなかったし、妥協もしなかった。NLDが追放されて間もなく、国民会議は延期となり、召集された代表団は何も決定できなかった。

 1996年以降、NLDへの政権移譲は、ますます現実味を失っている。今や、NLDの国会議員の一部は亡くなり、投獄中の者もいる。そして、多くが海外に亡命している。

 ビルマ当局は日常的に国中の反政府政党の事務所を閉鎖し、NLD支持者と特定されている人々は恒常的に嫌がらせの標的にされる。スーチー氏が再び拘束されている今、軍政は、弾圧の手段として古い政策を持ち出すことができる。

 今回軍政は、関心をそそるために指導部を再編し、計画を7点からなる「政治的解決策」にしたてあげた。しかし、これはロードマップなどではなく、タイム・ワープの中のユーターンのようなものである。

アウンモーゾー氏は、タイ・ビルマ国境を拠点とし、ビルマ民主化勢力と民族抵抗勢力の幅広い連帯のもと活動を行うビルマ連邦民族評議会(NCUB)の書記長である。(訳、久保 忠行)