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社会

箱田徹「疑問符だらけのビルマ総選挙を越えて」
2010年10月31日配信 『Ayus』特定非営利活動法人アーユス仏教国際協力ネットワーク、第94号、2010年10月、5~6頁

私は投票できないはず――スーチー氏の「遵法」闘争

投票は許可するが、選挙当日の外出は許可しない――一休さんのとんちのようだが、ビルマ(ミャンマー)軍事政権は11月7日に予定される総選挙で、アウンサンスーチー氏の投票を許可すると発表した際にこう述べたという。国際社会に譲歩したつもりだろう。だが選挙自体の有効性を否定し、ボイコットを呼びかけるスーチー氏の答えはふるっていた。
「私が投票できるわけがない。選挙法によれば、現在服役中の者には投票権がないのだから。」 映画『ビルマVJ 消された革命』で有名になった亡命メディア・ビルマ民主の声(DVB)は10月14日、代理人を通じた本人の声をこう伝えた。なお数日前には、1万1千人の刑事囚を選挙直前に釈放し、投票を許可するとの発表があった。この理屈にしたがえば、国家防御法に基づいて自宅軟禁中のスーチー氏が投票できないのは当たり前だ。軍政は自ら作った法律を無視し、都合良く運用することを何とも思っていない。ならば法に則って選挙をボイコットさせていただく、これがスーチー氏の立場だ。

ねらいは軍政支配の合法化

選挙と言えば事前予想で盛り上がるのが世界の多くの国では常識だろう。だが今回のビルマ総選挙に予測は不要だ。結果は実施前から決まったも同然――国軍系政党の大勝利だ。今回2010年の総選挙は1990年以来20年ぶりと言われるものの、前回の総選挙とはまったく異なる。軍事政権は90年当時、最大の民主化勢力・国民民主連盟(NLD)の指導者スーチー氏やティンウー氏を自宅軟禁しておけば楽勝だろうと高をくくり、おおむね自由で公正な選挙を行ない、大敗を喫した。したがって今回は前々から用意した筋書きに沿って事を運んでいる。選挙のねらいが国軍支配の正当化である以上、不安定要因はできるだけ排除したいのだ。
11月の総選挙は2003年に現軍事政権・国家平和発展評議会(SPDC)が提示した「7段階の民主化行程表」の第5段階に位置する。これにより、憲法に則り国民議会を召集するために自由で公正な選挙が実施されることになっている。ここでいう憲法とは、2008年5月のサイクロン「ナルギス」の襲来から10日も経たずに行なわれ、有権者の98.12%が参加した国民投票で、92.48%という圧倒的多数の支持で承認された2007年憲法を指す。もちろんこうした数字は軍政の創作だ。とはいえ国内反体制派を押さえ込み、国内の民族武装勢力に対して軍事面では明らかに優位に立っていてもなお、国民の圧倒的な支持なるものを過剰に演出してしまう事実は、最高指導者として独裁的な地位にあるタンシュエ将軍の俗物ぶりをも表している。

不自由で不公正な総選挙

『アーユス』読者の皆さんにご理解いただきたいのは、今回の総選挙はきわめて不自由で不公正なものであり、NLDなど民主化勢力や民族組織の多くがボイコットを掲げ、または消極的な参加に留まっていることには十分な理由があることだ。代表的な問題点を挙げておきたい。新憲法の規定によれば、大統領や国防相など主要閣僚は実質的に軍人しか就任することができない。しかも大統領には憲法停止や戒厳令の布告など強大な権限が与えられる。二院政となる議会では、軍人に各25%の議席が割り当てられた上で、憲法改正には75%以上の賛成が必要とされる。つまり国軍の意にそぐわない憲法改正はありえない。
しかも今回の選挙では、軍政の支配下にある大衆組織・連邦団結発展協会(USDA、公称会員数2、400万人=総人口の約4割)の資産と組織を引き継ぐ「連邦団結発展党」(USDP)が政府のあからさまな支援を背景に、もう一つの大規模な国軍系政党・国民統一党(NUP)と共に全国で選挙運動を展開する。反面、非国軍系政党は高額の供託金や軍政の妨害などで満足に候補者すら立てられていないのが実情だ。NLDから分派して選挙に参加する国民民主勢力(NDF)にも勢いがない。なお複数の民族政党が正当な理由なく政党登録を拒否されているが、これは政府が新設する国境警備隊への編入を拒否した民族武装組織への報復と見られている。
また周知のように、NLDはスーチー氏ら政治囚を除名しなかったため、軍政の定める政党資格要件を満たさない任意団体とされた。そもそも選挙活動を行おうとしても、演説会の開催はおろか選挙ビラの文面に至るまで、すべて当局に届け出て事前許可を得なければならない。他方で非ビルマ民族住民が多い民族州の中でも、反軍政の機運が強い地域では投票が一方的に中止され、約150万人が参政権を行使できない(Altseanの資料による)。つまり今回の選挙とは「近代的で、発展した民主国家の建設」(民主化行程表の第7段階にはこう書かれている)とは無縁な、軍政の自作自演行為なのだ。海外マスコミが「盛り上がりに欠ける」と形容するのも無理はない。

総選挙後を見据えた取り組み

選挙後の新体制が形を変えた国軍支配であり、タンシュエの独裁的な権力が維持されることは間違いない。その反面で20数年ぶりに議会と憲法がビルマに現れることもまた確かだ。とはいえお手盛りの選挙で国際社会を説得できるはずもなく、制裁措置がかえって強まる可能性すらあるだろう。他方で軍政は天然ガスや電力開発の輸出によって安定した収入を確保している。したがって、民主化と国民和解に向けた三者対話の実施を求めている民主化勢力と民族勢力に対し、軍政側が直ちに譲歩すべき理由は、残念ながら見当たらない。中国やロシア、インドなど周辺の大国は引き続き関係強化に動く一方で、ASEAN諸国には有効な手立てがない。国連や欧米の働きかけも功を奏していない。
だが手をこまねくわけにもいかない。ビルマ関係のNGOなどは、全政治囚釈放や対象限定型の制裁措置の実施と共に、戦争犯罪と人道に対する罪に関する国連調査委員会の設置に向けた国際キャンペーンを展開している。日本でも9月21日に、ビルマ情報ネットワークも加わって、ビルマ民主化に関わる国内の団体が前原外相に対し、日本政府として今回の国連総会で調査委員会設置を支持するよう求める書簡を提出した。ビルマでの人権侵害に関し、国連は過去20年間で数多くの報告書を発表し、毎年決議も行ってきた。しかし状況は一向に改善されず、実行者の処罰もなされていない。この負のサイクルを断ち切ることを通じて、ビルマの民主化を側面から促すことが国際社会の果たすべき重要な役割の一つだ。
翻って最近の日本のメディアは、タイ・ビルマ国境の難民キャンプから来日したカレン人難民のニュースを大きく扱っている。もちろん第三国定住による難民の受け入れを通じて、「難民鎖国」を支える現在の入管・難民体制を根本から見直し、難民と移住労働者の社会的包摂に向かうことが、日本社会のあるべき方向性だろう。だがビルマについて忘れてはならないのは、難民を生み出す原因である本国の現状に積極的に働きかけてこそ、支援が本来の効果を発揮することだ。アーユスと会員の皆さまからは2007年のサフラン革命と2008年のサイクロン被災者支援に際して大きなご支援を賜った。ビルマの状況についてこれからも関心をお寄せいただくと共に、内外の取り組みを応援していただければ幸いである。

著者について

箱田徹(はこだてつ)
ビルマ情報ネットワーク・ディレクター、立命館大学グローバルCOE「生存学」ポストドクトラル・フェロー。
神戸大学大学院総合人間科学研究科博士課程修了。専門は社会思想史、哲学・倫理学。1997年、大学在学中にタイ・ビルマ国境を訪れて以来、ビルマ問題に継続的に取り組む。ビルマ情報ネットワーク創設メンバー。最近では2007年のビルマ民主化蜂起を描いた映画『ビルマVJ 消された革命』の日本公開を記念するトーク・イベントに出演するほか、原作者との鼎談にも参加。

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