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社会

箱田徹「サイクロン後のビルマ――草の根支援活動を恐れる軍政」
2008年7月31日配信 『オルタ』、特定非営利活動法人アジア太平洋資料センター、2008年7月号、34~35頁

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「ザガナが捕まったでしょう。支援活動を控える人も出てきますよ」。ビルマ(ミャンマー)最大の都市ラングーン(ヤンゴン)の住民からこのような話を聞いた。ザガナは人気喜劇俳優だが、政治風刺や社会活動で何度も弾圧されてきた顔も持つ人物だ。サイクロンの数日後に始まった氏の活動は、四〇〇人以上のボランティアを組織し、被害が大きく、援助が届きにくい地域の被災者を積極的にカバーしていた。そうした中での六月四日夜の逮捕である 。人道支援活動が取り締まりの対象になるという事態は、ビルマ軍事政権=国家平和開発評議会(SPDC)のサイクロン被害への対処の特徴をよく表わしている。かれらの最優先事項とは治安と権力維持なのだ。

五月二日~三日にビルマを襲ったサイクロン「ナルギス」は、死者・行方不明者一三万人以上、被災者二四〇万人という未曽有の被害をもたらした。それから一月半後、六月一三日の時点で、国際NGO・赤十字・国連機関の援助を受け取ったのは一三〇万人だ 。つまり一〇〇万人がいまだ援助を一切【ルビ】受け取れずにいる。親兄弟や友人・知人を失い、家を破壊され、家畜は流され、田畑がめちゃめちゃになり、全財産を失い、一月以上も途方に暮れている人がどれだけいるのか、被害の実態はいまだ不明である。

救援が遅れる原因は、軍政による数々のサボタージュ とともに、被害が甚大だったイラワディ・デルタ地域へのアクセスの悪さにある。街を車で出ても、途中で小型船に乗り換え、何時間もかけて集落に着くといった具合で、奥地ほど支援が届きにくい。だが国連の物資輸送といえば、六月二日の輸送ヘリ増派(六月一二日時点で一〇機態勢 )で被災地への空輸が本格化する以前は、船が主役だった。また五月末までは国連機関や人道NGOの支援要員にはビザが出ず、六月上旬になってもNGO要員は入国を待たされていた。ビルマの現実を前にすると「時間とのたたかい」という決まり文句は虚しいばかりだ。

サイクロンは軍政によって「人災」となった。その直接の理由は、軍政が被災者支援よりも、憲法制定のための国民投票を優先したことにある 。じっさい投票は一部被災地で二週間延期された以外は、予定通り五月一〇日に行われ、三〇日には、投票率九八パーセント、賛成票九二パーセントという明らかに作り物の「最終結果」が発表された。つまり、投票は完全なやらせだった。簡単に状況をまとめてみたい。軍政が新憲法制定を急いだのは、形式的な民政移管を通して、国軍による支配の恒久化を確立するためだ。このことは当初からはっきりしていたため、反政府勢力や民族団体は、投票の棄権ないし反対を呼びかけていた。また準備段階から数々の不正行為が報告されてもいた 。他方で一般市民は数年来の大幅なインフレに苦しめられている。生活状態への不満は昨年九月の民主化デモが支持される大きな要因でもあった。しかし軍政は、この声には一切耳を貸さず、多数の仏教僧や学生・市民を弾圧した 。この事件の印象も鮮やかなところに、サイクロン被災者を放置した、独善的な国民投票の強行である。多数の国民が軍政を支持することなどありえない。

ビルマを牛耳る将軍たちは、いわゆる開発独裁型国家を率いる「軍服姿の政治家」ではない。敵と味方、兵站と前線といった軍事的発想に取り憑かれ、軍備強化と国内治安管理を最優先とする百パーセントの軍人だ。サイクロンの対応に関して言えば、潘基文【ルビ:パン・ギムン】国連事務総長のビルマ訪問は五月二二日と二三日であり、軍政はこの日に外国からの援助の受け入れを承諾した。そして二五日には、国連とASEANが共催する支援国会合が行われた。こうした事態の大きな進展は、被災地で国民投票が行われた五月二四日に前後している。投票終了を最優先とし、それまでは外国人の立ち入りすら許さないという軍政の立場はここでもはっきりしている。

さらに軍政は支援国会合で、支援の現状は「救援」から「復興」段階に入ったと主張し、何の根拠もなく一〇〇億ドルの復興資金の手当を求めた 。なるほど軍政は五月後半から、着の身着のままの被災者を仮設避難所から追い出し、強制的に帰郷させている 。復興特需で荒稼ぎしたい軍政幹部と政商 にとっては、避難所に被災者がいては困るというのだろう。また軍政は国際社会に資金を無心する前に、推計四〇〇〇億円の外貨準備と、毎月約一五〇億円の天然ガス売却代金を国民のために使うべきだ。

ザガナが前回逮捕されたのは昨年九月だ。デモに参加した僧侶に、水や食べ物を寄進したことが理由とされた。現在ビルマでは、多くの市民や宗教関係者が自発的に被災者支援に取り組む。なかでも仏教僧は率先して奥地まで分け入っている。今回のザガナの逮捕劇には、活発化する草の根の動きを警戒し、水を差そうとする軍政の意図が見てとれる。軍政が警戒するところに変革の可能性があるとの経験則に従うなら、ボランティア活動は人々が自ら組織し、活動する力を蓄えることに直結するだろう。災害への緊急支援を一時の資金援助で終わらせるのではなく、まともな民主化への中長期的な展望と結びつけていくために、日本の私たちに何ができるのかが今問われている。

(1) Asian Human Rights Commission, ‘BURMA: Leading comedian working for cyclone victims arrested,’ June 5, 2008.
(2) United Nations Office for the Coordination of Humanitarian Affairs (OCHA), 'Myanmar: Cyclone Nargis OCHA Situation Report No. 31,' June 13, 2008.
(3) ビルマ情報ネットワーク「ビルマ軍政による驚愕の援助配布法」2008年5月19日、http://www.burmainfo.org/article/article.php?mode=1&articleid=9
(4) United Nations Joint Logistics Center, ‘Helicopters Operation update - 12th June 2008,’ June 12, 2008.
(5) 根本敬「ビルマ新憲法:サイクロン被災無視の国民投票」、『毎日新聞』、2008年6月2日、http://www.burmainfo.org/article/article.php?mode=1&articleid=7
(6) ビルマ情報ネットワーク「ビルマ国民投票 当局による不当な圧力・脅迫行為の例」、2008年5月、http://www.burmainfo.org/article/article.php?mode=0&articleid=11
(7) 箱田徹「精神の革命:ビルマ民主化蜂起と「理念」の力」、『オルタ』、2007年11月号、http://www.parc-jp.org/alter/2007/alter_2007_11_tetsugaku.html。情勢報告や関連記事は次にまとめた。ビルマ情報ネットワーク「ビルマ2007年反軍政・民主化蜂起」、【転載時の注:いまはありません】
(8) ビルマ情報ネットワーク「『復興』支援は早すぎる 日本政府は慎重に検討を」、2008年5月23日、http://www.burmainfo.org/article/article.php?mode=1&articleid=371
(9) Amnesty International, ‘Myanmar government puts cyclone survivors at increased risk,’ June 5, 2008. ; UNICEF, 'External situation report Myanmar cyclone Nargis,' June 9, 2008.
(10) 「ミャンマー復興、軍政系企業が独占 被災者に強制労働懸念」讀賣新聞、2008年6月9日。具体的な事業区画分担と受注先のリストも存在する。