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社会

箱田徹「ビルマ・サイクロン被災地支援 軍政の妨害を乗り越える僧侶と市民」
2008年8月31日配信 『âyus(アーユス)』、アーユス仏教国際協力ネットワーク、vol. 83, 2008年8月号、pp.8-9.

 ビルマ(ミャンマー)を5月2日未明に襲ったサイクロン「ナルギス」は、同国史上最悪の自然災害を引き起こした。死者行方不明者は13万人、被災者は240万人をそれぞれ超えるとされる。サイクロン後の同国で対照的なのは、被災者支援を規制するだけでなく、救援と復興を通して一儲けを企む軍事政権と、独自のネットワークを通して支援活動に取り組む国内外のビルマ人と、仏教僧など聖職者の動きだ。以下、両者の動きをまとめてみたい。

本文

 1988年の民主化運動を武力弾圧して政権の座についた現在のビルマ軍事政権は、アウンサンスーチー氏や元学生らの民主化勢力を封じ込める一方、抵抗する民族武装勢力を停戦交渉と軍事作戦の両面で追い込んだとの自負を持つ。また天然ガスなどの天然資源を安定的な収入源として確保している。その軍政にとって最大の政治課題は、国軍支配の「合法的」な永続化だ。すなわち、憲法草案の確定(07年9月)から、憲法承認の国民投票(08年5月)を経て、総選挙(10年)と新政権発足に至る、軍政版「民主化」の実現である。サイクロン襲来のわずか8日後の5月10日に国民投票を予定通り実施したのも、自らの政治日程を被災者救援よりも優先させるという独善的な姿勢の表れなのだ。

 ビルマ政府が救援の初期段階で人的支援の受け入れを拒み、その後も様々な規制を加えていることは国際社会を驚かせている。だが軍政は基本的に、外国人とくに西洋人を潜在的な治安かく乱要因とみなしており、国際機関やNGOの活動にこれまでも頻繁に制約を加えてきた。ただし今回について言えば、国民投票実施という政治的事情と、軍政の外国人嫌い体質以外の他に、軍政が支援受け入れを資金援助獲得の交渉材料とし、そこから利益を得ようと考えていることも考慮に入れなくてはいけない。たとえば外国人支援要員へのビザ発給制限の緩和は、ASEAN主催の第1回支援国会合の直前、潘基文国連事務総長のビルマ訪問中の5月23日に表明されているのだ。

 また、これに遡る5月半ば、国際的には緊急援助の拡大が叫ばれる一方で、軍政は突如「救援」から「復興」への移行を宣言し、国内の政商たちに「復興」事業を手早く振り分けた。前後して、被災者の避難所からの追い出しや住民の強制移住、民間の土地の強制収用も発生している。ここにも困窮する国民を無視し、仲間内の利害を優先するかれらの姿がはっきり見てとれる。

 さらに最近では援助額の目減りというスキャンダルもある。国際機関などは資金をビルマに持ち込む際、米ドルを政府指定の銀行に入金し、同額面の外貨兌換券(FEC)で引き出すことしかできない。FECは名目上米ドルと等価だが、ドルに再両替できないなどの事情から、現地通貨チャットとの実勢交換レートがドルより2~3割低い。つまり資金をビルマに送金し、引き出すだけで価値が目減りするのだ(1)。

 ところで被災直後には、軍による支援物資の横領や横流し、販売などが次々に報じられた。こうした事件の根底には、国民の福祉よりも自らの組織的・個人的利害を最優先する国軍の体質がある。非ビルマ民族居住地域では、住民への強制労働や略奪、暴行といった人権侵害が数十年も続いているのだ。組織的指示の有無はさておき、当局の一部が、支援物資を被災者に届けるという最低限の仕事を行わなかったとしても、何ら不思議ではない。

 今回のサイクロン支援で目立つのは、市民ボランティアと僧侶の姿だ。最大都市ヤンゴンでは、人々が自発的に被災地に赴いており、若者を対象にした講習会も組まれているという。だがこうした活動も自由に行えるわけではない。軍政は当初から一般市民が被災地に入ることも、被災者が被災地から出ることも規制していた。支援者や被災者を通じて被害の実態が明らかになることを嫌い、支援者と被災者や、被災者同士が結びつくことを強く警戒しているためだ。じっさい数百人のボランティアを組織していた有名な喜劇俳優ザガナ氏や、遺体埋葬作業をしていた学生活動家が逮捕された事件なども起きている。

 こうした状況下で、仏教僧の果たす役割はユニークなものだ。もちろん僧侶は2007年の反軍政・民主化運動(サフラン革命)の主役である。このため軍政は出家者と在家信徒の関係強化に神経をとがらせている。とはいうものの、住民の強い反発を恐れて、僧侶の動きを強引に規制することもできない。この間隙を縫って、多くの僧侶が信徒を巻き込み、活発に活動している。僧院は村落で最も堅牢な建物の一つで、全壊を免れたケースも多い。僧院を避難所とし、必要があれば修復を行い、支援の拠点とすることは効果的な支援の一つの形だ。もちろん僧院の修復自体、仏教徒にとって大きな心の支えともなる(2)。

 アーユスが支援対象とする仏教救援協会(BRM)とビルマ救援のための国際ネットワーク(INBR)は、現地のボランティアと協力しながら、僧院と僧侶を通じた支援を行っている。チョーティン博士(INBR代表)によれば、同ネットワークの手がける僧院の修復作業が現地で知られるようになり、付近の村の僧院から支援を要請されるようになった。だが有名になることは同時に、当局の妨害を受けるリスクが増すことでもあるため、今後は注意が必要な場面も出てくるとのことだ。

 サイクロン被災者支援は微妙なバランスの上で行われている。だが僧侶や市民の担う活動は、柔軟な発想に基づき、機動的に展開されている。その経験は、将来的にビルマが変わっていく上で必ず重要な役割を果たすことになるだろう。皆さんには今後とも一層の支援をお願いしたい。

(1) なお国連筋は当初、損失額を1000万ドル(10億8千万円)と推計したが、8月15日に最大156万ドル(1億6800万円)へと訂正した。軍政は対応を行うと発表したが、これまでに生じた為替差損の補償などは発表されていない。
(2) 被災地域には、カレン人の住む地域が多くあるが、カレン人の一部を占めるキリスト教徒への救援態勢について筆者は情報を持っていない。