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社会

学生指導者ミンコーナイン氏が15年半ぶり釈放
2004年11月20日配信 ビルマ情報ネットワーク

ビルマ軍事政権は18日、キンニュン前首相が率いていた軍情報局が「不適切に拘束」した3937人を解放すると発表しました。続報を簡単にお伝えします。

ミンコーナイン氏が釈放される

 最大のニュースは、1988年民主化運動を率いた学生運動指導者ミンコーナイン氏(42)の釈放である。当時ビルマ学生連盟連合(ABFSU)の議長を務めていた氏は、1989年3月に逮捕、投獄されたままで、健康状態の悪化などが心配されていた。国際社会は4年以上前に刑期が満了していた氏の釈放を求めており、自宅軟禁中のアウンサンスーチー・国民民主連盟(NLD)書記長と並び、民主化運動を象徴する存在である(詳しい経歴はメールの最後をご覧ください)。

釈放された政治囚は10数人

 アムネスティ・インターナショナルは19日付の声明で、政治囚はこのうち少なくとも20人とした。  一方、米国ビルマ・キャンペーン(US Campaign for Burma)は、釈放が確認された政治囚を14人とし、釈放された囚人の全体数は600人程度であると発表した。  NLDのルウィン報道官は同日、当初報じられた同党中央執行委員で著名な政治囚ウィンティン氏(74)の釈放を否定した。

国際社会は政治囚全員の釈放を要求

 国連のエックハルト報道官は19日、囚人の釈放を歓迎するとし、軍政に政治囚全員の釈放を改めて求めるとするアナン事務総長の声明を発表した。  英国のアレキサンダー副外相は、ウィンティン氏釈放の報道に基づき、これを歓迎するものの小さな一歩に過ぎないと評した。また今回の動きを、政治囚全員への釈放へとつなげ、国民和解と民主化に至る大きな足がかりとすることを軍政側に求めた。

釈放された政治囚の氏名一覧

米国ビルマキャンペーンの19日付発表に基づく、釈放された政治囚のリストは以下の通り

NLDメンバー
チョーサン(国会議員)*1
オーンマウン(国会議員)*1
アウンジン(弁護士)*1
トーボー(国会議員)*1

新社会のための民主党(DPNS)メンバー
ソータン *2
ヤーチョー *2
ティンマーニー(イェ?) *2
オーンマー *2
ゾーゾーリン *2

その他
ミンコーナイン *3
クンサイ(ミョートゥン) *4
テットナイン
ニャンフラ
ミンゾーテイン

(注)
国会議員:90年総選挙で当選した人
DPNS:新社会のための民主党。1989年に学生主体で結成された政党の一つ
収容されていた刑務所名:*1:インセイン、*2:マンダレー、*3:シットウェ、*4:シュエボー

ミンコーナイン氏略歴

ミンコーナイン(本名:ポーウトゥン):1962年10月18日生まれの42歳。1988年の民主化運動を指導した学生指導者の1人で、当時全ビルマ学生連盟連合(ABFSU)議長。1989年3月23日に逮捕された後、1950年の緊急事態法第5条j項違反で15年の刑を宣告される。その後に刑期が10年に減刑されたため、2000年3月の時点で刑期は満了していた。釈放は4年半以上も遅れていた。

 当初はラングーン郊外のインセイン刑務所に収監されたが、1998年にアラカン州(ラカイン州)シットウェー刑務所に移送された。拷問と長期の独房拘禁によって、肉体面・精神面での健康状態の悪化が懸念されている。

 氏はビルマで最も知られた政治囚の1人で、民主化勢力と国際社会が繰り返し釈放を求めている。アムネスティ・インターナショナルは、彼を「良心の囚人」として長年釈放キャンペーンを展開してきた。最近では2001年4月に米下院議員49人がビルマ政府に彼の釈放を求めた。国連の恣意的拘禁に関する作業部会(UNGWAD)は、ミンコーナイン氏の「自由の剥奪は恣意的なものであり、国連人権宣言9条、19条、20条に違反する」としている。ジョン・ハンフリー自由賞(1999年、モントリオール)、チェコ共和国ホモ・ホミニ賞(2000年)、国際学生平和賞(2001年、ノルウェー)などを受賞。