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社会

タンシュエ上級大将とSPDCのメンバーたちに訴える
2006年1月1日配信 サライ・トゥンタン博士

訳者(シュエバ=田辺寿夫さん)による追記:
 この文章はサライ・トゥンタン博士自身がインターネットを通じて2006年1月に公表した声明を雑誌「アハーラ」編集委員会の依頼で日本語に翻訳したものです。日本語として完全に理解しきれない部分もありましたが、そのままにしてあります。それから日本のメディアの慣行から言って差別的表現になる部分もありましたので、その部分はやや表現を変えて訳出いたしました。
  なお博士は日本、韓国、タイを経て2006年6月19日、アウンサンスーチーさんの誕生日にヤンゴンに入る予定で行動されています。
BurmaInfoによる追記:
 その後、博士はビルマへの入国を試みましたが、軍政側に拒否されたため断念せざるをえませんでした。

タンシュエ上級大将とSPDCのメンバーたちに訴える
サライ・トゥンタン博士
2006年1月

タンシュエ上級大将ならびに国家平和発展評議会のみなさん・・・。

 私は自分の信念の故に一年半にわたってインセイン刑務所に収容された経験を持つ、78歳のアショウ・チン(Asho Chin。ビルマ平原部に住むチン民族の自称)民族の退職大学教授サライ・トウンタン博士(Dr. Salai Tun Than)です。1943年から1945年にかけて私はビルマ独立義勇軍(BIA)の予備隊員でした。その後特別選抜部隊の一員となり、1946~47年には学生イエガウンとともに、アショウ・チン民族防衛軍(CDO)の県軍事リーダーをつとめました。1969~74年にはマンダレー大学において予備学生部隊の部隊長でありました。1949年には当時まだ学生でしたが、フモービー農場附近におけるビルマ共産党軍との戦いやダニンゴンにおけるKNDO(カレン民族防衛軍)との戦いにおいて、第一ビルマ連隊とともに戦闘に加わった経験もあります。

 軍が1962年にクーデターによって権力を掌握した後、今日に至るまでに、社会にもたらした驚くべき、また悲しむべき事態の数々についてはあらためて述べる必要はないでしょう。私は、あなたがたSPDCのみなさんが祖国ビルマとすべての民族を愛してやまない愛国的な軍人であるといまも思っています。現在見られるような窮境におちいったのも、子どもを溺愛する裕福な父親が知らず知らずのうちに息子を駄目にしているような状況であると考えています。

 こうした困難から脱出するために、「(木の上に)蜂は巣を作れるし、りすも走れる{おたがいにとっていいように計らう}」ような方策を実行されるよう要望します。みなさんが現在とっておられる路線に固執されるならば、そのうち、みんなが一蓮托生災厄の大渦の中にのみこまれてしまうでしょう。さしあたって私が提案したいのは以下の三項目です。

(1)さまざまな法律条項を適用して逮捕・拘束しているすべての政治囚を即時釈放すること。
(2)そうした政治囚たちに対して、自由な往来、自由な活動を認め、政党設立をも認めること。
(3)武力によって不法に掌握した国権を本来の主権者である国民大衆のもとに速やかに返還すること。

 以上三項目については4ヶ月以内に完全に実行されたい。そうすれば、思いがけず政治的変化を目の当たりにした国民大衆はあなたがたのこれまでの誤りを許すことでしょう。それから、政府各省庁に身をおいて恩給を貰っている退役軍人らと現役の将校・下士官・兵士らはまとめて兵営に連れて帰りなさい。

 第三項目については、以下にあげる三つの手順のうち、あなたがたにとって一番都合のよいやり方で選んで実施されるよう望みます。

(イ) まず第一のやり方。1990年総選挙において勝利をおさめた政党に即時・無条件に政権を委譲すべし。そうすれば国民大衆からも、アセアンおよびアジア各国、ヨーロッパなどの各国や国連からも賞賛と喝采を浴びることでしょう。もし誠意をさらにあらわしたいのであれば、かつて韓国の全斗煥(Chun Doo-hwan)元大統領がそうしたように、テレビカメラや記者団の前に立ち、国民に対して謝罪すれば、その誠意、その謙遜した態度を国民大衆がほめたたえるに違いありません。みずから頭を垂れる行為は、勝手気ままにふるまうよりも、はるかに高潔であり、勇気のいることであることをあなたがたは知るべきであります。みずからの人生の終末にあたっても、歴史の進路においても、人からも神からもあなたがたの冥福を祈ってもらうためにはそれしかありません。

(ロ) もし第一の方法を好まないのであれば、第二の手段としては、文民による暫定政府を樹立し、その政府の手によって六ヶ月以内に総選挙を実施することであります。その総選挙はアセアンの国々や国連機関によって監視(モニタリング)を受けるべきであります。総選挙には法的に疑義がないかぎり誰しもが参加できるものでなければなりません。あながたがもそれぞれ文民として参加なさることを望みます。総選挙の勝者に対して速やかに、無条件で政権を委譲しなければなりません。選挙の監視にあたったアセアンや国連の関係者らは、新しい政府が正常に機能するようになってから離任すべきであります。

(ハ) 上にあげた二つの方法のどちらもいやだというのであれば、第三の方法としては、活動が公然、非公然であるかを問わず、135の民族を真に代表できる人たち、1990年総選挙において勝利をおさめた政党、それにあなたがた軍事政権の代表の三者が、将来のビルマについての対話を実施するという道を選択しなければなりません。この三者対話においては、前提条件をもうけず、自由な話し合いを実施する必要があります。期間についても、むやみに引き延ばすことは避け、三ヶ月のうちにきちんとやりおえなければなりません。

 現在、あなたがたが実施している(制憲)国民会議については、会議そのものの前提条件、代表の選出方法、際限のない時間の引き延ばし、さらには軍事政権の要求などに関して、世界から、それこそ記録的な非難を浴びています。これ以上ビルマの恥をさらすことなく、速やかに国民会議を廃止すべきであります。憲法は、国民が投票によって選んだ代表のみが起草できるものであることをあなたがたはきちんと認識しなければなりません。

 あなたがたが誠意をもって国民大衆に向き合うことをせず、国民の気持ちを無視している状況を知っている私としては、これ以上見過ごすことはできず、かといって時間も限られているところから、国民が街頭に出ず、家の中にいてもできる方法による5段階の権力への反抗行動を開始します。第一の段階はきわめてシンプルの行動であり、みなさま方は一笑にふされることでしょう。しかし、一段また一段と力を強めて行くことによって、みなさんはあまりのことに驚愕されるでしょう。要は民主主義実現のために平和的な方法を実践するということです。妻が夫に「マウンマウン(年下の男性への親しみのこもったよびかけ)」とよびかけるように、国民があなたがたに親しみをもてるようになってほしいものです。あなたがたと国民の関係が、妻が夫を「アウンチョー(男性の名前)」などと呼ぶような他人行儀な、冷え切ったものになってしまってはなりません。

 国民大衆が参加するかたちでの民主化実現についてあなたがたが依然として関心を払わないならば、最後の手段として、私自身が白い囚人服を身にまとい、真昼間に事前に日時を予告して「爆弾」を仕掛ける決意であります。なんのために昼日中、白い囚人服を身にまとうのかと疑問に思われるでしょう。ディペイン暗殺事件においては、あなたがたはアウンサンスーチーさんを暗殺しようとして、夜の夜中に、アウンサンスーチーさんの顔も良く知らない人たちを差し向けました。そのため、あなたがたはかかわりのない人たちを大勢殺してしまいました。私は真昼間に白い囚人服であらわれますから人違いは起こりません。それでもほかに白い服を着ている人がいる可能性もあるでしょう。人違いをしないよう私の人品骨柄を説明しておきます。年齢は78歳。腰はまだ曲がっていません。身長は五フィート三インチ。どうぞお間違いのないように。

 私を殺した人については、私の家族からも、いずれ登場する民主主義政府からも、あるいは国民大衆からも決して告発しないように手紙をしたためておきます。その手紙は関係者のほか、ワシントンD.C.にあるミャンマー大使館、国際連合本部、それにあなたがたのもとへ届けます。それから私の遺体が身にまとっているシャツのポケットにも手紙は入れておきます。私の死骸についてはあなたがに好きなようにあつかってもらって結構です。

 私を殺したものたちについては、現世において赦しを与えるつもりはありません。来世のどの段階かで赦しを与えてくださるよう永遠の神に伝えておきます。来世において、めぐりあわせのゆえに、殺人者たちと出くわすことがあったとすれば、私の方がはるかに優位に立っているはずです。殺人者たちは飢えさらばえ、ボロをまとい、業病に苦しんで暗黒の世界をさまよっていることでしょう。そんな殺人者たちと出会った時には、食べ物をあげ、きれいな着物を着せてあげ、病気も治療してあげて暗黒の世界からとこしえの光にみちた世界へと引き出してあげる、そんな人に私はなりたい。

 私はヒーローのようにふるまうつもりはありません。殉難者にもなりたくありません。ですからはじめから次のように順序を踏んできています。

(イ)文書による声明書を出す。
(ロ)軍事政権自身が行いをあらためるよう猶予を与える。
(ハ)国民大衆にも活動の場を与える。
(ニ)最後の最後、止むに止まれず自ら行動する。

 十段階もある最後の段階で私自身が行動することになるから、私のことを臆病者と決め付けられても否定はしません。しかし、国民大衆のために命を捧げることをためらうつもりはありません。

 私のいう「正義の爆弾」とはほかでもありません。私がビルマに到着し航空機から下りた途端に「不法に奪い取った国家権力をただちに本来の持ち主である国民大衆のもとに返しなさい!」と大声で叫ぶことです。あなたがたが私を殺戮するまで、声が出なくなるまで、叫びつづけます。命あるかぎり、あなたがたに慈愛の念を送りつつ、私の口から声が出ますように。叫びつづけられますように。

 粗野ではあるけれど誠心誠意の行動をビルマの大衆は否定はしないでしょう。上に述べた私からの忠告を、よくよく考えて勇気をもって正しく対処していただきたい。国民大衆にとっても、あなたがたにとってもよいことがすなわち正しい道です。そうした良き行ないを誠心誠意勇気を持って実行にうつせば、必ずやうまくゆきます。

 最後にあなたがたに嘘いつわりのない忠告をしておきます。私の血が大地に吸い込まれたならば、必ずやそこからたくましい蔓を持った民主主義の大樹が育つことでしょう。その蔓はあなたがたの首に巻きつき、あなたがたは呼吸すらできなくなるでしょう。そのことを警告しておきます。あなたがたはウー・ネウィン以上に悪しき結末を迎えることになりかねません。十分に注意しなさい。来世に備えて今から準備をしておきなさい。ビルマの国民のことを充分に考えて行動しなさい。まもなく訪れるであろう輝かしいビルマの未来にともに手を差し伸べようではありませんか。

どうぞお元気で

正義はかならず勝利する
野蛮な軍事独裁はかならずや打ち倒される
国民運動は勝利する

親しみをこめて

サライ・トゥンタン博士
退職大学教授
現在アメリカ滞在中