トップページ >  ビルマの現状:政治 >  社会 >  箱田徹『抵抗は「終息」しない:ミャンマー民主化運動支える諸相』

社会

箱田徹『抵抗は「終息」しない:ミャンマー民主化運動支える諸相』
2007年10月11日配信 毎日新聞

抵抗は「終息」しない:ミャンマー民主化運動支える諸相
箱田徹
2007年10月11日
毎日新聞

 ビルマ(ミャンマー)では現在も軍事政権=国家平和開発評議会による民主化運動への弾圧が続いている。犠牲者は最低2~300人、被拘束者は4000人を超え、その数は今も増えていると見られる。

 8月中旬に始まり、全国66カ所でのべ百万人以上が参加した今回の民主化蜂起は果たして「終息」したのか。短期的にはおそらくそうだ。だが中長期的に見れば、今回の動きは1962年から続くビルマでの軍政支配の終焉を告げる転換点の一つとなるはずだ。

 なぜなら私たちが目撃したのは、現軍政の暴力的な本質と共に、恐怖からの解放を求める人々の過去半世紀に渡る運動が着実に根を張っている姿だったからだ。

 確かに今回の運動を次のようにだけ捉えることもできそうだ。ビルマでは昨年後半来、前年比数十%という急激な物価上昇が発生し、市民は苦境にあえいでいた。他方で毎朝托鉢を行い、住民の良き相談役となり、暮らしの実情をよく知る仏教僧が、その窮状を見るに見かねて軍政に否を唱え、人々の圧倒的な支持を集めたというものだ。

 だが、この図式だけでは今回の蜂起を支える諸相を捉えきれないのも事実だ。まず、抗議行動を始めたのは、ここ数年実力を蓄えつつあった民主化勢力だった。

 運動側はここ数年、アウンサンスーチー氏の釈放と地方遊説(2002年~03年)、88年民主化運動指導者ミンコーナイン氏の釈放(2004年)を契機にし、若手・中堅活動家を再組織化した。

 そして全政治囚の釈放を求める祈りのキャンペーンや、ビルマ問題の国連安保理議題化を求める署名運動を展開し、非ビルマ民族や地方にも波及させることに成功した。また他方で若い世代の活動家による強制労働の告発や、エイズ患者・感染者への支援運動や一般への啓蒙活動など新しい動きも育っている。

 次に僧侶による覆鉢(軍政からの布施・寄進のボイコット)は、上座部仏教の根幹にある慈しみにのっとり、経典解釈に基づいて行われるものだ。実際に軍事政権下ではことあるごとに実践されてきた。

 ここからは、研究者が等閑視してきた近代ビルマ仏教の政治的な一側面が窺える。数千数万の僧侶は「生きとし生けるものが平和でありますように」と読経しながら行進することで、街頭を政治的な舞台へと変えてしまうのだ。

 そして最後にテクノロジーが双方向に人々を結びつけたことがある。在外民主化勢力は、90年代前半からインターネットを通じて国際的な連帯を構築し、88年を契機に海外に出た多くの活動家も国内とのつながりを強めていた。

 今回注目されたブログやカメラ付携帯による情報発信は、この既存の動きと合流することで勢いを得た。国外に発信された情報は現在、ビルマ語の独立メディアや衛星放送を通して、国内外に同時に伝えられている。他方でネットや携帯での世代を超えたやりとりは、特に88年を知らない若者に抵抗の経験と歴史に触れる場を提供することになった。

 人々は日々歩き、祈り、ネットを使い、電話を掛け、僧侶は托鉢に出る。こうした日常的な行為は、軍政によって植え付けられてきた恐怖を人々が自らを克服しようとしたときに、力強い抵抗に変わる。

 ビルマでは国家テロの恐怖が街頭を「制圧」したかに見える。しかし人々の間に広がる宗教を超えた慈しみの念と、自由への渇望、抵抗の経験は新たな展開を模索している。私たちはビルマから目を離してはならないだろう。軍政による人権侵害の激化を防ぐと共に、世界最悪の体制に抵抗する人々の勇気ある動きへの支援が是非とも必要だからだ。

(はこだ・てつ=ビルマ情報ネットワーク・代表、神戸大学大学院・博士課程・社会思想史)