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社会

箱田徹『精神の革命:ビルマ民主化蜂起と「理念」の力』
2008年2月1日配信 『月刊オルタ』2007年11月号 哲学はわからないものだから心配するな 10

精神の革命:ビルマ民主化蜂起と「理念」の力

『月刊オルタ』2007年11月号 
哲学はわからないものだから心配するな 10

箱田徹

「こっちは命がけなんだよ!」 

  ビルマ(ミャンマー)の旧首都ヤンゴン(ラングーン)で八月下旬に行われたデモを撮った動画の中には、見るものに強い印象を残すクリップがある。スースーヌウェ氏の堂々とした姿だ。氏は国際労働機関(ILO)に対し、軍事政権による強制労働を告発したことを理由に逮捕・投獄された経験のある、国民民主連盟(NLD)の若手女性活動家である。
  スースーヌウェ氏は、私服公安や軍政の御用組織の男たちに囲まれて身動きできない中、一〇〇人もいないスクラムの先頭で一歩も退かずこう叫んでいた。心臓に持病のある氏はじじつ、デモが強制解散させられた際に意識を失い、病院に運び込まれた。その後、軍政の追及を逃れて活動を続けていたが、一一月一三日に軍政に再び拘束された。
  九月末に街頭での行動は「沈静化」させられたが、軍政の民主化勢力への弾圧の手は全くゆるんでいない。今日もなお、男女を問わず多くの活動家が逮捕・投獄され、または潜伏や亡命を余儀なくされている。また僧院内の僧侶の数は激減したままだ。

  ビルマに自由と平和、民主主義を――。軍事政権に反対し、民主化を求めるビルマ国内外の人々と支援者はこう訴え続けてきた。あまり意識されることはないが、ビルマ出身者による日本での運動は、ニューカマーの外国人が担う政治運動としては国内最大の規模である。にもかかわらず、こうした文字通り身を削り、命がけでなされている訴えが、今日もなお日本に浸透しているとは言えない。そこには「理念」が「現実」に対して批判的な力を失っている、日本国内の空気が色濃く反映されている。関心が蜂起の「後」に移り、国連の動きがビルマの民主化を促す唯一の道であるかのように扱われるのを見るにつけ、その印象はいっそう強くなる。
  ビルマ反軍政・民主化運動は、長年の歴史を通じて自らのたたかいを「革命」と呼んできた。その究極の目的は、政治制度の変更よりも先にある「精神の革命」(アウンサンスーチー)である。そこでは「理念」が力となり、権力が生じさせる恐れから自らを解放しようとする勇気を培うことが問題となる。というのは、この運動は政治をめぐる争いであり、宗教と政治の区分を揺るがすものであり、そこに居合わせる人々の感性を変えてしまうものだからだ。

  確かに八月から九月の街頭デモが軍政を追い込みきれなかったことをもって、蜂起を「失敗」と結論づける向きもある。だが今回の民主化蜂起は、一九六二年から続く軍政支配に対する抵抗運動の歴史の内部に自らを位置づけている。したがって数カ月の動向で結論を出すのは事実認識として誤りであり、また無礼というものだろう。ビルマ国外の私たちに求められているのは、運動の射程と可能性に着目し、そこから学び、支援していくことであるはずだ。
  今回の蜂起は「政治」の舞台が街頭であることを改めて示した。もちろん街頭行動自体は、軍政が二〇〇三年から名目的に掲げる「民主化への七段階行程表」への拒否である(註)。その初期段階である憲法起草作業が、一四年(!)かかって完了しようとするそのときにデモが起きたことは、当事者の思惑いかんにかかわらず象徴的だった。人々は「ここにはデモクラシーがない」と口々に語り、「デモクラシーこそ我らの大義」というスローガンを連呼する。
  だがこの訴えは、単なる事実の確認ではない。民主主義とは議会や憲法を通じて、将来どこからかもたらされるものではなく、今ここにあるべきだという主張であり、訴えること自体が理念に形を与え、現実を生み出す発話行為である。人々は軍政主導で進められる民主化プロセスの中に自分たちの居場所がないことをよく知っている。だからこそ街頭を埋め尽くす。そしてここにいる我々が民主主義の主役であり、ここにある行動こそが民主主義だと身体を張って示すことで、「デモクラシー」を実演する。

  こうした数万人の街頭行動の大きなきっかけとなったのは、仏教僧の行進だった。数千の僧侶が一斉に歩く光景は人々の勇気を強く鼓舞した。だが僧侶たちは、自分たちに政治的な意図はなく、仏教の教えに則り、すべての人に慈しみの念を送っているのだと言う。托鉢の鉢を逆さまにすること(覆鉢行)で、軍政からの布施をボイコットするのは、道に外れた為政者を諌めるためなのだと説明する。
  たしかに僧侶の行動は、当事者の片方を排斥する「政治」ではない。だが明らかに政治的な効果を生み出した。軍政に正しい道に戻れと諭すことは、民主化勢力および民族勢力と対話を行えというメッセージ以外ではあり得ないからだ。ここから窺えるのは、鉢を上に向ければ宗教で、鉢を逆さにすれば政治になるという西洋近代的な二元論ではなく、「鉢を抱える」という僧侶のあり方自体の潜在的な政治性である。他方でビルマには、反英独立闘争で僧侶が果たした歴史的役割が語り継がれている。この両者が常に結びつこうとするからこそ、軍政は事あるごとに仏教界への統制を強めるのであり、覆鉢行が仏教的であるだけに、それに関わる僧侶を「偽坊主」と呼ぶことで、政治が生じる場を消し去ろうとする。
  しかし一〇万を超す人が街頭を埋め尽くしたという事実は、そこに関わるすべての人に一つの体験として残る。ビルマでは一九八八年の民主化運動から一九年が経ち、経験の継承や風化が問題にされていた。そうした中で、特に二〇代以下の若者にとって、上の世代の「昔話」が、突然目の前に現れたことの意義は深い。

  アウンサンスーチー氏は「恐れからの自由」(一九九一年)で、ビルマ社会になじみ深い上座部仏教の考え方を下敷きにし、恐れこそが人間と社会の腐敗の根源にあると論じて、次のように述べていた。

「真の革命とは精神の革命です。それは、国家の発展のあり方を決める精神的な姿勢と価値観を変える必要があると知的に確信することから生じるものです。物的諸条件の改善を目的として政策や制度を変えることだけを目的とする革命が、ほんとうの意味で成功することはほとんどないでしょう」。
  政府の政策が劣悪であるから、生活が困窮しているからといって、人々は必ず立ち上がるわけではない。むしろ人々が立ち上がるのは、自らが単なる経済的な存在ではないと感じるからではないか。そのことはまた、自分が長い歴史の中に身を置いており、かつその流れに、今このときに加わっていると自覚することでもあるはずだ。
  スースーヌウェ氏は今回、国連人権理事会のピネイロ特別報告者が滞在するホテルにビラを置こうとして逮捕された。彼女の行動が教えるように、ビルマの将来を左右するのは、国連での会議や関係国の利害関係の調整、イデオロギーの宣伝合戦という「国際政治」の奇怪な枠組ではなく、街頭で上演される政治にほかならない。それを生じさせるのは理念の力であり、恐れの原因を冷静に分析し、それを克服しようとする人々の勇気ある意志なのである。

(追記)スースーヌウェ氏は一一月一五日、インセイン刑務所を訪れたピネイロ氏と面会した。

(註)1988年の民主化運動を弾圧して政権を握った軍は、1990年総選挙で国民民主連盟と民族政党に大敗したが、「新憲法制定が政権移譲の条件」として政権移譲を拒否。新憲法の基本原則を審議する国民会議を1993年に設置したものの会議は中断。2003年に発表された「民主化への7段階行程表」を機に国民会議を再開、2007年9月3日に審議を終了した。

はこだ・てつ/1976年生まれ。ビルマ情報ネットワーク・ディレクター。神戸大学大学院博士課程(社会思想史)。共著に『フーコーの後で』(慶應義塾大学出版会)、共訳書にトニ・ネグリ他『非対称化する世界』(以文社)、ビルマ連邦連合政府『ビルマの人権』(明石書店)。