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民族・難民

アイリーヌ・マーティー監督が語る『ビルマ、パゴダの影で』 潜入取材が映す軍事政権の闇
2008年3月14日配信 週刊金曜日

アイリーヌ・マーティー監督が語る『ビルマ、パゴダの影で』 
潜入取材が映す軍事政権の闇
山本宗補
週刊金曜日
2008年3月14日号
「きんようぶんか 映華館」欄

 今年二月二〇日のバンコク発共同通信の記事は、ビルマ(ミャンマー)の軍事政権の体質と、日本政府の外交能力の欠如、アジアの人権状況を積極的に改善しようとする意志の欠如を伝えていた。

「昨年九月、反政府デモを取材中に映像ジャーナリスト長井健司さんが射殺された事件で、現地入りした日本の外務、警察当局の担当者が一九日、ミャンマー警察幹部らと協議。日本側は至近距離で銃撃されたとする鑑定結果を説明したが、ミャンマー側は、偶発的な事件で『発砲は合法』だったと従来の主張を繰り返し、見識の隔たりは埋まらなかった」

 『ビルマ、パゴダの影で』は二〇〇四年の作品だが、長井さん射殺事件がなければ日本では公開されなかっただろう。大半の国民が政治家同様、軍政下で何が起きているか関心を払わないでいたからだ。

 この映画はスイス人のアイリーヌ・マーティー監督によるドキュメンタリーで、ビルマにおける民族的、宗教的マイノリティーに対する人権弾圧に焦点を絞っている。ビルマ国軍の攻撃によってジャングルで避難生活を送る国内避難民(IDP)や難民キャンプの生活と証言、国軍に親を殺されたシャン民族難民の証言が中心だ、ビルマ西部ラカイン州に住むイスラム教徒のロヒンギャとイスラム教徒全般に対する蔑視についても、取り上げられている。黄金色に輝いて林立するパゴダ(ビルマ様式の仏塔)がイメージされる仏教国の、隠された「もうひとつのビルマ」に絞っている。

 映像の説得力と取材視点の確かさに、子どもたちへのインタビューシーンでは思わず目頭が熱くなった。たとえば、農民の両親をビルマ国軍により殺害され孤児となったシャン民族の少年が両親を回想する場面だ。「勉強ができることは幸せだと思う。おかげで読み書きを覚えられた。でも嬉しくはない。親がいないんだから。親孝行もできない、『ありがとう』も言えないんだ」

 監督は、撮影に取り組んだきっかけはビルマ国内の人権侵害と政治状況にあった、とインタビューで答えた。

「ビルマ国内では取材に応じた相手がその後に捕まってしまう可能性が高く、辺境地域と国外で取材することにしました」

 この映画により、〇七年秋に発生した僧侶を中心とした非暴力の抗議デモを武力弾圧した軍事政権の素顔が、改めてくっきりと浮かび上がってくる。日本のテレビメディアによる長井さん射殺事件の検証を中心とした軍政非難報道では欠如していた視点だ。その意味で、この映画はビルマ問題の本質が民主化を唱えるだけでは解決しない少数民族問題を併せ持つことを知るための格好の入門編となっている。

 いま、首都ヤンゴンでは、ハリウッド映画『ランボー4』の海賊版DVDが人気で、当局が販売を禁止したという。同作は、国境地帯のカレン民族難民に食糧と薬を届ける米国人のキリスト教徒の救援グループがビルマ国軍に拉致され、シルベスター・スタローン演じるランボーが国軍兵士らを撃ち殺し、人質一行を救出する――というシナリオだ。試写をたまたま観る機会があったが、国軍の悪道ぶりを強調して描いている点を除き、人を暴力的に殺すことだけに徹するおぞましさに辟易した。救いも希望もない殺戮シーンの連続で、辺境のカレン民族などに対して軍政が実行している「静かな民族浄化策」の実態を伝えようとしても無理がある。

 アイリーヌ監督はビルマで次作を撮るとしたら、「映画で証言してくれた子どもたちのその後を撮りたい」と話していた。ランボーが難民支援や民主化活動支援に本当に貢献したいのならば、アイリーヌ監督の次作映画の制作費を無償提供し、日本政府の軍政支援を糾す内容のものを作ったらどうか。インタビューの最後に監督はこう念を押した。
「長井健司さんを忘れることはありません」
 奇しくも長井さんが射殺された九月二七日が、監督の誕生日だった。

文・監督写真/山本宗補(フォトジャーナリスト)

【映画について】
『ビルマ、パゴダの影で』(In the Shadow of the Pagoda - The Other Burma)
監督:アイリーヌ・マーティー
撮影:マティアス・ケリン2004年/スイス/1時間14分
東京・アップリンクX( 03-6825-5502 )で公開中。
公式サイト:http://www.uplink.co.jp/burma/