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社会

アウンサンスーチー 連邦団結記念日祝賀会でのインタビュー
2000年2月17日配信 BurmaNet News 2000年2月17日(臨時号)

  2000年2月12日、カンボジア・デイリー紙発行者のバーニー・クリッシャーは、ラングーンの国民民主同盟(NLD)本部で開かれた連邦団結記念日の祝賀会に出席、同党書記長アウンサンスーチー氏に会見を行った。クリッシャー氏はBurmaNetに対し、未編集の原稿を渡してくれた。その全文を紹介する。なおこのうち一部は、2月17日付の「インターナショナル・ヘラルド・トリビューン」紙に掲載された。
  アウンサンスーチーへの未編集のインタビューに続いて、NLDの連邦団結記念日の祝賀会に参加したクリッシャー氏に対し、BurmaNetが行ったインタビューを紹介する。

本日のあなたのメッセージの主題は何か、また、ビルマの国民に対してさらに付け加えておっしゃりたいことはありますか。

  ビルマの連邦団結記念日を祝うにあたり、私は協調こそが互いの信頼と理解にとって不可欠であり、協調がなければ、平和と繁栄を望むことはできないという事実を語ったのです。まずは国家としての協調から始めなくてはいけないということ、それが連邦団結記念日そのもののメッセージです。

ビルマ国内において、今日、あなたへの支援の程度をどのように判断されていますか。

  私としては、私個人への支援という形でそのことを考えたくはありません。むしろ民主化勢力の力がどれほどであるかという観点で捉えられるべきであろうと私は考えます。ビルマ国民の90%は民主化を求めている、と大いに自信を持って言えるでしょう。むろん、そのうちほんとに勇気を持って行動をなし政治的な闘いに加わっていける人々は少数ではあります。これは、軍事政権による抑圧がそれほど過酷であり、大きな脅威になっているからにほかなりません。

  しかし、われわれNLDには、あなたも今日の集会でご覧の通り、極めて強力な核となるグループがあります。われわれが国民議会代理委員会を創設した1998年秋の頃から、われわれの側の記念祝典などを開くことはとても困難になっています。通常、こうした式典はわれわれにとって、政治的なメッセージを訴え、われわれの協調をアピールするよい機会であるはずなのですが、1998年9月初旬の国民議会代理委員会創設以降、1999年も通年を通し、当局はわれわれのいかなる記念式典をも妨害する試みを続けているのです。例えば、昨年であれば、あなたがたは入国すらできなかったはずです。当局はNLD本部前の道路を封鎖し、訪れる外国人すべてを排除しました。また、他の諸政党代表の訪問も阻止したのです。
  外交官たちも同じ目に遭いました。NLDのメンバーですら各々の国民登録証を作り、自分が党のメンバーであることの証明を求められました。広範囲の道路封鎖は人々を遠ざけました。こうした事態は昨年一年間続きました。けれども、それでも国民の側はわれわれのもとへやってます。思いますには、おそらくわれわれ党メンバーの忍耐の結果、当局の方でも、この種の政策をとり続けることの無意味さを自覚したようです。先月になって、われわれが独立記念日の祝賀集会を行ったところ、軍政当局は外交官や外国人の訪問を認め、バリケードの使用をやめたのです。

これらのつまづきや嫌がらせに出会ったとき、どうやってあなたは精神力を維持するのですか、またそれを可能にさせるものは何でしょうか。

  われわれの義務である大義を別にすれば、わが同胞のユーモアの精神というほかはないでしょう。多くの者がユーモアのセンスを持って障害を乗り越えたのは事実ですが、基本的には確信のようなものというべきでしょう、なぜなら笑わなくてはならないということ自体は正常ではありません。国民は笑いを湧き上がらせることで、その中で生きているのです。
  恐怖の中に生きること、これは普通の姿ではありませんし、われわれはこうした事態からのがれようとしているのです。われわれは軍政を破壊もしくは殲滅しようとしているわけではないのです。もっとも彼らの方が常にわれわれを殲滅しようとしてはいますが、われわれの運動の目的はそれではありません。われわれが目的とするのは、軍隊を含んだあらゆる国民に対して安全を提供できる社会を形成することです。

あらゆる国家が民主主義を受け入れる準備ができているわけではない、とする人々もいます。ビルマ国民は民主主義の下で生きていく用意がある、とするあなたの論議を支えるものは何です

あなたがそうした意見を取り入れるのでしたら、こういう言い方ができるでしょう、つまり、完全な民主主義はあり得ないと。アメリカ合衆国ですら民主主義は完全でありません。1945年の時点では、日本人にも民主化への準備は出来てなかったと言えます。しかし、日本国民には民主主義が与えられ、しかもそれを機能させ享受してきました。たまに、これは議論の余地があるところですが、私には、幾つかの面でビルマ国民こそ今日、民主主義への準備ができていると思うのです。1945年の日本国民以上にずっと。なぜなら当時、日本には民主主義を目指す闘争も運動も存在しなかったのですから。
  民主主義は戦後処理の一環として、皿の上に乗せて日本国民に差し出されたものに過ぎなかった。闘い取られたものではないのです。さて、ビルマに関して言えば、ビルマがかつてかなりの年月に渡って英国の植民地領として一定の民主政体を形成し、法の支配といった民主的制度を導入し、総選挙、政党というものを始めたという事実を別にすれば、独立の後に、われわれビルマ国民は、議会制民主主義国家としての民主国家独立を達成したのです。
  したがって、われわれは民主主義を実現した経験があるわけですし、ビルマ国民がビルマ社会主義計画党の統治下に長くおかれたことを除外して考えても、国民の、より開かれた社会をという願い、そして民主的制度への回帰をという願いが消滅したことはなく、われわれはこの12年におよぶ間ずっと、また今なお果敢に民主化を求めて闘争を続けてきていると言えるのです。つまり、もしビルマ国民には民主化への準備ができてないと言う人があるならば、日本人はどうなるのでしょうか。彼らが1945年にその準備ができていたとすれば、今やビルマ人はその数倍もの準備ができていると言えるのです。

ビルマに対する日本の政策に関してどうお感じでしょうか。

  われわれとしては、日本国民の多くに、もしわれわれの主張を知ればそれに強く共感してくれる人がいることを知っています。日本国民の中には極めて強い支援をしてくれる人々、組織があります。ただまだ、ビルマで何が起きているかということに関する情報が十分であるとは言えません。

日本政府に関してはどうお感じですか。

  日本政府は往々にして産業界の思惑に左右されています。それだけというわけではありませんが。私の印象としては、日本政府は、相手国がどの党派に握られているにせよ、相手がどんな国家であれ、友好な関係を持とうとしているように受け取っています。私には、それが日本という国の政府の伝統であるように思えます。また、おそらくは日本の産業界の圧力団体が日本政府に対し、今の軍事政権との友好関係を確立するよう働きかけるのではないでしょうか。

これまた日本政府が韓国に対して行ってきた常道ではあるのでしょうが、今回もまた奇妙なことに、かつては拉致事件に遭った日本には冷たくあしらわれた金大中大統領ですが、今は日本か

 そうでした。加えて言いますと、われわれは金大中氏に大変感謝をしております。われわれは、人々は、野にいる時と同様に政権を握っても同じように行動するとは限らないことを承知しております。しかし、金大統領はビルマの民主化に対し、絶えざる支援を下さっており、われわれは深く感謝をしております。氏は、政権を握っても変わらない、世界でも極めてまれな人物であります。

あなたもそうありたいと思われるのではないですか。

そうありたいとは思っています。…思うに、政治に長く関わり過ぎると、人はあまりに奇妙な現象を見聞きするため、屈辱的な態度を身につけてしまうのではないでしょうか。

日本の話に戻りますが、日本国民と政府に訴えたいことがおありでしょうか。彼らが軍事政権への支援と投資促進をしていることがどういう誤りなのだと考えますか

 ここで問われているのは、ビルマと日本の将来の関係であると思います。日本はビルマを軍事政権の視点で見るのではなく、国民の視点で見るべきであります。日本政府がビルマ国民の利害を考えようとするならば、二国間の真の友好関係を結ぶにあたって、有力な立場を得ると言えるでしょう。

もしビルマが民主化すれば、ビルマへの投資はだめになるとお考えでしょうか。新たな民主政権はそうした投資に関する合意を尊重し続けるのでしょうか。

  われわれはビジネスに反対しているわけではありません。この種の誤解は多くの方に見られます。そうした方々は、NLDと民主化を求める諸勢力は一般にビジネスに反対していると考えています。われわれは反ビジネスの立場にはありません。むしろ自由な市場主義経済に賛成しています。わが党の綱領の一部ですらあります。ただ、今は、われわれには純粋な市場経済がありません。自由市場経済がまったくないのです。現軍事政権にコネのある人々への優遇がありすぎるのです。
  したがって、われわれが現時点で投資に反対しているのは、投資それ自体への反対ではなく、われわれが今は投資にふさわしい時期ではないと考えるからに過ぎません。現在投資を行うと、ビジネスは現軍事政権の支援をする結果となります。投資の真の利益はいま軍事政権側とその取り巻きに廻るだけです。政権側の特権的なエリートに集中し、国民にはほとんどその恩恵がありません。いわゆるトリクルダウン理論[訳注:政府資金を大企業に流入させると、それが中小企業と消費者に及び景気を刺激するという理論]がありますが、現状ではそれが極めて小さな規模であるがゆえに、最も下層の人々にまで達する以前に消えてしまうのです。

人道援助を与えたいと願う人々が実際、援助を必要とするビルマ国民に対し、軍事政権の手を経ないで助けの手を延べるにはどうすればいいのでしょう。

  最初のご質問は、人道援助はどう効果的であるかということでしょうか。ここでおっしゃる人道援助の中身とはどういうものでしょう。どういう援助を指しているのでしょう。また援助を必要とする人々の数をどのくらいとしているのでしょう。一般に、NGOが供与できる人道援助なるものがどんなものであれ、ビルマに真に必要なものと比較すればそれらは大海の一滴に過ぎない可能性があります。われわれが真にビルマで必要とするものとは、自立への変化です。すなわち、国民が自立を果たしうるような類の変化なのです。

  よく知られた諺に、食べる魚をやるより漁のやり方を教えろ、というでしょう。つまり、われわれとしては国民に自助のあり方を学んで欲しいし、われわれも人々が自助を果たすのに何の妨害もないような社会を創造したいと思っています。しかし、現在供与されているたぐいの人道援助は、市民社会を強化する方向で与えられていると言えるでしょうか、これについては多くの疑問があるのが事実です。

  もしも軍事政権側と協力、いえもっと率直に言って、ビルマでの事業を行うために軍事政権との協力を強制された場合、あなたがたは真にどれだけ強力な市民社会の形成に貢献していると言えるのでしょうか。つまり、人々が人道援助を語る時に、われわれとしては、こうした疑問点があるということなのです。

では極貧層を助ける手段を見つける試みを放棄せよということですか。

  いいえそうではありません。全体主義的な体制を変革する手助けをすべきだということです。さまざまな方法が可能です。例えば、日本の指導層に対し、ビルマの貧しい民を助けたければ、ビルマの現軍事政権に日本が協力するよりむしろ、ビルマの民主化の過程を促進させることこそ最善である、ということを理解してもらう、というのもひとつの方法でしょう。軍事政権との協力による人道援助は微々たるものであり、ビルマ国民への援助としては全く本質的な策となり得ないでしょう。従って、もしも国際社会が一致して、国連のビルマ決議の要請に基づく変革をもたらそうというのであれば、大きな助けとなるでしょう。われわれの場合とカンボジアの場合を比較してみてください。
  ごく最近、私はある東南アジア国際借款団に属するビジネスマンとお話することがありました。その方は、カンボジアにおけるビジネスの見通しは、ビルマの場合とはるかに違う、なぜなら、カンボジアにも多くの問題や欠陥があるけれど、カンボジアはビルマと比較してはるかに、開かれた社会になりつつある、というのです。ビルマは未だにずっと全体主義的、権威主義的な国家でありますが、カンボジアはおびただしい私企業の参入を認め、NGOや人道団体もかなり自由にその活動ができる、しかしビルマではそのようにいかない、と。ビルマでは、あるNGOのメンバーが私スーチーに会おうというだけで一悶着起きているわけです。

われわれジャーナリストは、ここへやってくる時に写真を撮られましたし、私自身、このテープやフィルムが、ここからの退去時か空港で没収されるのではと恐れています。

  毅然としていてください。常に暴虐に対して。基本的に全体主義政権なるものは、例外なく暴虐なものなのです。

ビルマにおいて、最も深刻な経済上の、あるいは社会的な問題は何でしょうか。

  経済は惨憺たるものです。世銀への報告書を再度ここで挙げることもできますが、経済をここまで悪化させた問題点は山のようにあります。最初に頭に浮かぶのは、軍事政権はまるでマクロ経済という概念をわかっていないということですね。かれらのどこを見渡しても、マクロ経済という視点が見あたらない上に、きわめて非現実的な交換レートというものが横行しています。
  公式には1ドルは5チャット80ということになっています。しかし実際には約330チャットでしかない。ドルはこの数カ月下落していますね。一時はそのせいでドル当たり380チャットにまでなりました。これは公式レートの60分の1にまで行ってしまったということです。これはあまりにも非常に現実から離れた交換レートと言うほかありません。また、依然として社会主義政権の負の遺産としての、非生産的な産業がすべて残っていますし、文民による行政、つまり公務員が制限なく活動することが不可能なままです。軍がすべての領域に首を突っ込んでおり、効果的でないわけです。

産業部門で文民が活動しているということはないんですか。

  あります。でも軍事政権側は必ずしも耳を傾ける必要がありません。それが問題なんです。わが国には大変よく訓練を積んだ公共部門がありますが、軍政当局は公共部門および専門家層の助言を聞こうとはしません。外交部門でも実情は変わりません。当局では外務官僚の代わりに軍人と元軍人を配属しているのですから。

この間、他のアジア諸国に起きたことを考えてみますと、例えば、フィリピンではマルコス政権、インドネシアではスハルト政権が崩壊しました、さらには今やインターネットという新たな

  ビルマの現体制の崩壊がそう遠いとは思いません。言い換えてみましょうか、私は占い師でもないし未来を見通す力もない、けれども遠からずわれわれビルマ国民もまた、正義や自由、平和といった全世界の人々が熱望してきたものを享受できると考えます。なぜなら国民の大多数がそれらを求めているからです。人々は恐れながら生きること、安全を脅かされて生きること、経済混乱の中に生きること、そういうことにうんざりしているのです。むろん、うまくやっている人々もいます。ご存じのように、そうした国では、ごく少数のエリートが多大な富を独占し、残りの民衆は貧困に喘いでいる。ビルマもそれと何ら変わりません。
  こうした体制の下で良い暮らしをしている人もいます。しかし実際には国民の大多数が苦しんでいる。こうした人々にはまともな暮らしを営むだけの余裕がないのです。先に、社会上の、あるいは経済上の問題は何かと問われましたね? 経済の問題には触れましたので、社会に関する問題に移りましょう。中でも最悪なのが教育制度です。常々主張してきたことですが、国家運営の成功不成功は、国民の健康と教育という点で決まります。高層ビルやホテル、記念碑や公園がいくつあるかという問題ではありません。 人々がまともに暮らしているかが知りたければ、国民の健康状態や教育状況を見ればよいのです。この二つの分野はともに悲惨な状況にあります。既にお聞きのことと思いますが大半の大学は閉鎖され、一部の学部が開講されているにすぎません。

  学校のおかれている水準を見れば、どう教育制度が悲惨であるのか一目瞭然です。教師たちの給与水準は極めて低く、学校の器具も適切に揃っているとはとても言えません。現政権はコンピューターの展示会場などの建設を計画しています。しかし一方では教科書も買うお金がない子どもたちがおり、国内すべての学校に行き渡るだけの教科書がそもそもありません。教育制度がなってないというのはそういうことです。
  また、健康状態についていうと、例えばあなたがラングーンのどこかの病院に入ることができたとして、院内を歩けば、ショックを受けられることでしょう。医療器具がない、薬剤がない。病院へ通う患者は薬を全額自己負担しなくてはならない。機材まで自弁しなくてはならない。ひどい場合には、外科用ゴム手袋から包帯、外科用アルコール……そういうもっとも基本的な用具すら患者が自弁しなくてはならない。そうして病院はどこも専門技術と、専門医自体を必要としている。病院医は皆薄給であるばかりか、人手不足でさえあるのですから。

器材の援助や医薬品に関しての支援はないんですか。

  ありません。よい薬が病院へ寄付されているとは聞いています。しかし結局これらは民間の店へ流れてしまうのです。病院のスタッフが困窮しているため、病院のシステム全体が腐敗してしまっているからです。彼らスタッフもまた、何とか暮らしをやりくりしていかねばならないのです。あなたがラングーン市内のどの病院であれ、中をぶらついてみることがあるとしましょう。いったん当局側が病院構内に外国人を見かけたなら、あなたがたは病院からの即時退去を命じられると思います。またあなた方に話しかけてみようとするスタッフがいるとも思えません。

ビルマが対外開放に転じたとき、大学教育の欠如が次世代にもたらす影響はどのようなものになるでしょうか。国を治めるにあたって助けとなる有為の人材は得られるでしょうか。

  そうなれば、多くの国民の再教育をしなくてはなりませんが、肝心なことはビルマの民主化を早急に進めることなのです。先に、人道援助ということでお話しましたね、例えば、どこかに新しい校舎を建設することと、教育を受けずにきた世代がそっくり登場するという事実とを比べてみましょうか。
  物事に正しい優先順位をつける必要があります。どこかに新校舎を建設することが可能だとしても、給与水準が低いため、その学校には有能な教師集団が得られず、世代全体が中途半端な教育を施されるというのでは、大した意味はありません。目的とするのは民主的な変化、これこそ、ビルマ国民の福祉を追求する者すべてに共通する最重要課題でなくてはいけません。
  日本人の親御さんに尋ねてみて下さい。子どもは小さなかやぶき小屋の床に座らせなくてはならないが、きちんとした教育が与えられるのと、新築の煉瓦造り校舎の席に座れるけれど、教えてくれる先生がいない、そのどちらがいいのか。どんな方もただちに、まともな教育が施されるのなら、あずまやの方がいいと言うのではないでしょうか。ですから物事に正しい優先順位をつける必要があるのです。教育を受けないで、あるいは十分な教育を受けられなかった世代をわれわれはどうしていけばいいでしょうか。すべての人にもう一度教育が必要なのです。変革は早く遂げられる方がいいのです。変革が早いほど、国全体のリハビリが容易になるからです。

ビルマのASEAN加盟がもたらす影響は、肯定的なものでしょうか、あるいは否定的なものでしょうか。

  ASEANはビルマに何ら肯定的な影響を及ぼしていません。二年前、ASEANがビルマを常任メンバーと認める前ですが、ASEAN諸国はビルマを加盟させれば、現政権もまともな態度を取るようになるだろうし、ASEANとしても、ビルマにはたらきかけやすい立場、ビルマを正しい方向に導くことができる立場に立てると強調しました。
  われわれは、ビルマが加盟してもそうはならないと主張しました。いったんビルマがASEANの一員になってしまえば、むろんこれは軍政が望んでいたことですが、そうしていったん望んでいた状態を手にすれば、もはや軍政側は聞き分けよくふるまおうなどとはしなくなる――より抑圧的になり、わき目も振らずに望み通りのことを推進し、ASEAN諸国からの助言などには耳を貸さなくなると考えました。これはまったくの真実であることが既に明白になっていると思います。1998年から現在に至るまで、軍政の体質は最も抑圧的なものになっています。ASEANの一員となって以降、抑圧は顕著に深刻化しているのです。

しかし、フィリピンはビルマを批判するようになったではありませんか。

  でも軍政が耳を貸していると言えますか。むろんASEAN諸国が一致してものを言うということもありません。加盟各国は共同して行動すべきではありますが、同時にどの国もそれぞれ国内に問題を抱えているのです。

個人的なレベルのお話になりますが、スーチーさんは、ご主人の葬儀に出席できなかたことを悔いておいででしょうか。

  プライベートな質問にはお答えしません。

通常、どのように日々を過ごしておられるのでしょうか。

  主に働いています。いわゆる常勤ですね。ここ(NLD本部)が私のオフィスです。自宅の書斎で大量の原稿を書いています。

海外とはどのようにして接触をもっていらっしゃるのでしょうか。

  何とか方法、手段を見つけなくてはならないところです。電話はたいてい切られてしまっています。これまで国際電話を直通で使えたことはありません。国際ダイヤル通話に申し込まなくてはならないのです。しかし交換台は私の申し込みに応答しません。向こうが申し込みを拒否するのではなく、ただ返答しないのです。

最近海外で反政府派が起こした事件はどうお感じでしょうか。民主化勢力によるバンコクのビルマ大使館占拠事件や、病院人質事件に関してです。

  この二つの出来事に関連はあります。前者はタイ政府がきわめて賢明に処置されたと思いますし、その自制的な行動と平和的解決を歓迎しています。しかし後者の出来事には喜ぶことはできません。病院を占拠したグループは「神の軍隊」と自称していましたが、タイ政府によって冷酷にも処刑されました。NLDと国民議会代理委員会としては、この件に関する調査を要求しました。冷酷な処刑など行われてはならないからです。(翻訳:ビルマ翻訳グループ、西村勝也/全体チェック菅原秀)