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社会

スーチー氏らの自宅軟禁解除
2000年9月17日配信 ビルマ情報ネットワーク

スーチー氏らの自宅軟禁解除
最終更新日:2000年9月17日

【自宅軟禁解除へ】

 スーチー氏ら国民民主連盟(NLD)幹部らの自宅軟禁措置は、14日昼に解除されました。すでに英米の外交官がスーチー氏を自宅に訪問し、無事を確認しています。また首都ラングーンのNLD党本部も再開され、不通だった電話も回復しました。これによって2日から続いた自宅軟禁状態とNLD本部の閉鎖は12日ぶりに解除されたことになります。ビルマ軍事政権側の発表によれば、14日午前に軍政のキンニュン第1書記がアウンシュエNLD議長と会談し、自宅軟禁の解除を伝えました。キンニュン中将は声明の中で、この会談は「実りあるものだった」としていますが、アウンシュエ議長は、行動制限の解除が口頭で伝えられたに過ぎないと反論しています。
 しかしアムネスティ・インターナショナルによれば、2日の強制送還時に逮捕されたNLD青年部メンバーの消息は依然不明であり、インセイン刑務所に収監されたままであるとみられています。なお、アナン国連事務総長は14日に声明を発表し、移動制限の解除を歓迎するとともに、ビルマ軍政に政治対話実現に向けて努力するよう求めています。

【スーチー氏、再度の市外移動を示唆】

 NLD側は15日に党本部で記者会見を開催し、スーチー氏らNLD幹部も解放以来始めて公の場に登場しました。会場には党員約200人と記者が参加し、外交官の姿もあったとのことです。スーチー氏は疲れから若干体重を減らしたものの、心身ともに健康そうであったと伝えられています。
 スーチー氏は「今後の戦略は明らかにできない」としながらがも、現状に決して満足しているわけではなく、10日以内に再度ラングーン市外への移動を試みたいと述べました。

【スーチー氏ら、1日夜に強制排除】

 国民民主連盟(NLD)のアウンサンスーチー書記長、ティンウー副議長らの一行は8月24日、首都ラングーン郊外での党支部の会合に出席するため車で移動していたところ、ビルマ軍事政権側によって移動を阻止され、引き返すよう命じられました。一行はこれに抗議してラングーンのダラ近郊に留まっていました。
 しかし現地時間の9月1日深夜、一行は軍政当局によってラングーンに強制排除されました。当局は強制排除時にスーチー氏、ティンウー氏一行らと支持者の手を縛ろうとしました。これに抵抗したNLD青年部メンバーが警官に激しく殴打され、9人が重傷を負いました。軍政は負傷者の手当てをしないまま、負傷者を含む計16人をインセイン刑務所に連行しています。連行された党員は現在も釈放されていません。

【軍政、NLD幹部を自宅軟禁】

 2日朝にはラングーンのNLD党本部が、厳戒態勢の中で軍と情報部による家宅捜索を受け、大量の文書などが押収されました。これに前後してNLD党員に対して、投獄を含めた激しい弾圧が加えられています。軍政は強制捜査の理由を、党員の一部がテロ行為に関わっていたためと説明していますが、これはNLDを弾圧するときに軍政が頻繁に用いる口実であること、家宅捜索が強制排除と連動して行われたことを考えれば、信憑性に欠けるものです。NLD側もこれを否定しています。
 連行後、スーチー氏と外部の連絡は遮断されており、面会ができないほか、電話も不通となっていました。これは事実上の自宅軟禁状態であり、外交官だけでなく家族さえもが安否を確認できない状態にありました。なおNLD中央執行委員全員が同様の状態にあり、同党の国会議員も当局の監視下に置かれています。軍政側は今回の措置を自宅軟禁ではなく、捜査協力のための措置だとしながらも、スーチー氏らに行動制限を行っていることを認めています。軍政当局は4日には、外交官にスーチー氏との接触を行わないよう要請しました。

【国際社会の反応】

 今回の事態が明らかになった直後からEU議長国のフランス、クック英外相、オルブライト米国務長官、ゴア米副大統領らは、軍政による今回の強制排除を厳しく批判するとともに、スーチー氏らに対する行動制限を解くよう求めています。またアナン国連事務総長も3日、スーチー氏への処遇に対して深い懸念を示しました。韓国、オーストラリア、カナダ各政府や欧州議会なども軍政の対応を批判し、スーチー氏の状態に憂慮を示しています。
 5日にニューヨークの国連本部で行われた女性首脳会合では、スーチー氏への連帯が表明されました。また6日からの国連ミレニアムサミットでは、クリントン米大統領とブレア英首相がそれぞれスーチー氏の処遇に関してビルマ軍事政権を批判しています。国連総会でもオルブライト米国務長官が軍政側の主張に反論し、スーチー氏とNLDへの弾圧を停止するよう求めています。
 なお日本政府は4日の段階で「事態を注視する」との見解を表明するに留まっていましたが、11日の事務次官会見では軍政に申入れを行ったことを明らかにしました。しかしこの会見でもその後の具体的な対応については触れられていません。

【移動阻止事件の概要】

 スーチー氏は1989年7月から95年7月まで自宅軟禁状態に置かれていましたが、この措置が解除されて以降も、スーチー氏の行動には非常に厳しい制約が加えられており、軍政はスーチー氏がラングーン市外へ出ることを許していません。今回と似たような出来事が98年夏にも起きています。このときは郊外に出ようとしたスーチー氏一行を軍政側が4度にわたって制止したため、スーチー氏は2度の車中ろう城を行い、軍政に抗議の意思を示しています。
 今回の移動阻止が発生した8月24日以降、米英仏やノルウェー、EU各政府は、軍政に対してNLDの政治活動の権利を保証するとともに、対話を行うよう求めていました。29日にはタイのスリン外相が、問題の長期化はASEANとEUの関係改善ムードに悪影響を及ぼすと懸念を表明しました。同日にアナン国連事務総長は、スーチー氏の健康状態に懸念を示すとともに、軍政側に事態の早期解決をはたらきかけていました。一方ワシントン、ロサンゼルス、シドニーなど世界の数カ所で、軍政の対応に抗議するデモが行われています。
 日本では、在日ビルマ人の民主化団体、ビルマ民主連盟(LDB)が、日本政府に対して事態打開をはたらきかけるよう求めています。また9月1日には社民党の女性議員団が外務省に対して、ビルマ政府に強い態度で望むようにとの要請を行いました。8月29日には東京・品川のミャンマー大使館で、大使館の正門と自分の手首を手錠でつなげたビルマ人活動家6人が逮捕・拘留される(後日さらに1人が逮捕された)事件も起きています。逮捕された活動家7人は9月8日に全員釈放されました。