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民族・難民

ロヒンギャ民族組織指導者へのインタビュー
1998年12月17日配信 BurmaNet News

ロヒンギャ(ロヒンジャ)民族の組織の指導者であるヌルル・イスラム氏と、モハメド・ユヌス博士へのインタビュー。これは、二つの組織の指導者に対して別々に行ったインタビューを、つい最近、一つにまとめたものである。それぞれのインタビューは、1998年11月に国境地域で行われた。聞き手は、「プロジェクト・マジー」のディレクターのE・ミランテ。このインタビューは、ビルマで何が起きているのかを知りたがっている人々に、同国西部地方での民主化運動の現状を伝えるためにおこなわれた。

インタビューを受けたのは二人の民族運動指導者:
モハメド・ユヌス氏 53歳(RSO:ロヒンギャ連帯機構)
ヌルル・イスラム氏 50歳(ARIF:アラカン・ロヒンギャ・イスラム戦線)

――どのくらいの間、反政府運動にたずさわってこられたのですか。

モハメド・ユヌス(MY):1975年以来です。
ヌルル・イスラム(NI):1975年からです。

――それ以前はどんな仕事をされていたのですか。

MY:五年間、医局員として公務に就いていました。その後、運動にくわわりました。

NI:私は法律畑の出身で、卒業後、弁護士として開業していたのですが、やがて運動にくわわりました。

――現在の組織について教えてください。どんな背景をもった組織なのですか。現在、その位置づけはどうなっているのですか。

MY:今まで、お互いの組織は別々に行動してきました。近い将来、両組織は合併する予定です。私の組織の名前はRSO(ロヒンギャ連帯機構)といいます。目下、さまざまな活動を展開しているところです。社会面から、経済面から、教育面から、いろいろなやりかたで人々を支援しているのです。それは同時に、アラカン州の人々の権利と自由とを取り戻すための活動でもあります。今では、両組織は合併することが決まっています。近い将来、一つの組織になるのです。私たちは、このアラカン州の人々が正当な権利と自由とを取り戻すまで、たたかいを続けます。

NI:私たちは、今のところ、合併後の組織をアラカン民族機構(ANO)と名付けようと考えています(実際には「アラカン・ロヒンギャ民族機構:ARNO」として発足)。私たちが追求しているのは、ごく簡単にいえば、アラカン州の人々の自己決定権だということになるでしょう。もちろん、連邦制の枠組みのなかでの自己決定権です。ビルマにはさまざまな民族がいますが、みんな、平和のうちに共存できるに違いないのです。

――そういった活動は、ビルマの民主化運動とどういうつながりをもっているのですか。

MY:たしかに、私たちは、ビルマの民主化勢力と接触をとりつづけています。しかし、彼らとの間に公的な関係をもつにはいたっていません。私たちの組織は、今のところ、DAB(ビルマ民主連合)やNCGUB(ビルマ連邦国民連合政府)のような反政府組織の連合体の公式なメンバーにはなっていないのです。ビルマの民主化運動のなかで重要な役割を果たしているわけではないのです。私たちは彼らの民主化闘争を支援し、関係をたもっています。でも、さしあたり、彼らにはじつに失望させられています。目下進行中の民主化闘争の一翼を担おうと最善をつくしてきたのに、なかなか私たちのことを認めてくれないのです。ほかの地方の組織だけでなく、近隣の勢力でさえも。アラカン州のエスニック・グループとしての権利を奪われているのではないかと感じるほどです。独自のアイデンティティー、独自の文化、歴史的な背景をもっているのですから、それ相応の立場を認めてもらう必要があるのです。

 それでも、私たちは、現在すすめられている民主化運動には賛同しています。アウンサンスーチーさんが先頭にたってすすめていらっしゃる闘争を応援しています。彼女のたたかいには声援をおくります。けれども、彼らの姿勢には本当にがっかりさせられています。――私たちは一生懸命がんばってきたし、このたたかいのなかで重要な役割を果たしたいと訴えてきました。それなのに、彼らは、私たちが正当な地位をしめることを認めてはいないのです。

――組織のメンバー・財政・活動内容について教えてください。

NI:両組織の合併のための正式な手続きは、現時点で、もうほとんど終わっています。また、両組織にはそれぞれの活動家たちがいますが、対立関係はまったくありません。ですから、勢力を統合してこれまでどおり活動を続けていくのは、けっして難しい仕事ではないのです。私たちは、ロヒンギャ民族みんなの発展のためのプログラムを推進しています。社会面から教育面・政治面まで、あらゆる領域におよぶものです。

 これからの道筋ですが、勢力や人的資源を統合するのはそれほど骨の折れることではありません。すばらしい合併計画ですから、実行段階では士気もあがることでしょう。財政面についてですが、私たちの組織は、おもに、私たちロヒンギャ民族自身の資金で運営されています。なんといっても、おもな財源は私たち、ロヒンギャ民族自身なのです。

――国外にいるロヒンギャ民族の人々も、この活動にかかわっているのですか。

MY:私たちは今、圧倒的大多数の人たちから支持されています。みんな、いやというほど知っているからです。運動に参加することなしに、ビルマで生きていくことはできないのだということを。人々は今、難民として、全然未来のない生活をおくっています――つらい生活です。家族や家を故郷に残してきているのです。外国へむかう不法移民や国籍のない人々をとりまく状況には厳しいものがあります。近頃ではもう、10年前や20年前のようにうまくはいかないのです。今はどの国も問題をかかえています。難民たちにとって、そういう状況に順応して生きていくのは大変なことなのです。だからこそ彼らは私たちを支持し、この運動に期待を寄せているのです。故国に帰れるようになるまで、彼らはこの運動を支持しつづけてくれることでしょう。

――バングラディシュにいる難民たちの近況について教えてください。

NI:この難民問題――ロヒンギャ問題とは要するに難民問題なのだと理解されていることでしょう。たしかに、難民問題というのはロヒンギャ問題の結果なのです。悪循環なのです。この問題、出口はまるで見えません。十一年の間に二回、バングラデシュへの難民流出がありました。1978年に一度、そしてもう一度は1991年から92年にかけてです。どちらのときも、難民の数は約30万人にのぼり、ビルマ政府はバングラデシュ政府との間に難民の本国送還のための協定を結びました。ところが、この本国送還協定はあまりに一方的なものでした。難民やその代表者たちは協定の内容をとり決める作業に参加できなかったのです。ロヒンギャ民族の利害は協定に反映されませんでした。協定は、本来の目的のために、つまり難民問題を解決するために結ばれたものではなかったのです。バングラデシュ側は、たぶん、やっかいな問題にまきこまれるのがいやだっただけなのでしょう。ビルマ側も、国際世論の圧力をかわしたかっただけなのです。

 そうこうしている間も、難民たちのつらい生活はずっと続いています。多くの人々はビルマ側に戻りましたが、今でも、1991年の難民のうち約21000人がバングラデシュ側のキャンプに残っています。他の人たちは帰還しました。でも、戻ったところで、仕事ができるわけではありません。強制労働を二倍やらされるからです。「おまえは1年間(または2年間・3年間)難民キャンプにいてノルマを果たさなかっただろう。――そのかわりに二倍働け」といって責め立てられるのです。いくら国連の指示でも、これを「自主帰還」なんてとても呼べません。

 難民キャンプはピリピリしています。UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)のスタッフやバングラデシュの官憲との衝突も起きています。いつも新しい事件が起きているのです。それなのに、真相がぜんぜん報道されないのですからたまりません。真相はけっして表沙汰にはならないのです。難民、その指導者、それに代表者たちは不利な立場におかれていますから、報道機関に真相を伝えることができません。私たちの実像はいつもゆがめられ、まるで悪い集団ででもあるかのように報じられています。これでは、今まで国際社会から受けてきた支持や協力も期待できなくなってしまいます。

 本国送還がすすむ間にも、新たな難民たちがやってきている――最悪です。バングラデシュの官憲やビルマの警備隊はたくさんの人々を逮捕し、追い返しています。一方、国際社会からの委任を受けたUNHCRのスタッフたちはといえば、こういう難民たちに容赦なく「経済難民」の烙印を押すのです。難民たちが故郷で耐えしのんでいる問題や迫害がどんなに大きなものなのか、その本質を知りもしないで。いやはや、本当に悲しい問題です。

 難民たちはなおもやってきます。多人数ではなく少人数で。警備隊に見つからないように気をつけながら、毎日、国境を越えてやってくるのです。そして地元の人たちのなかにまぎれこんでいっているのです。それに、たくさんの行き倒れがでているという情報さえあります。身をかくす宿もなく、食べるものもありません。これが現実なのです。もう絶望的です。たとえ難民が全員本国に送還されたとしても、それで問題が解決されたということはできません。もうこんなことは二度と起きないと、そのとき誰が保証できるでしょうか。

――アラカン州北部の内情はどうなっているのでしょうか。

MY:アラカン州の人々をとりまくおおまかな状況はというと、ますます、日を追って悪くなっています。軍は、とくに国境地帯で増強されました。1991年から1992年の時点に比べると、今では五倍くらいになっているのです。では経済状況のほうはどうなったでしょうか。軍はさまざまな口実を作って、イスラム教徒の、ロヒンギャ民族の土地を奪いつづけてきました。アラカン州内の仏教徒、それにバングラデシュの仏教徒までがそこに入植するように仕向けられています。私たちは彼らのために家をたて、土地をたがやさなければなりません。そしてそのために、人々はもうほとんど土地なしになってしまっているのです。

 その一方で、私たちには移動の自由もありません。ある場所から別の場所へと自由に移動することができないのです。村から村へと移動することさえできません。それから、事実上、農作業のほかには仕事がありません。農業で食べていくしかないのです。ところがその収穫は、税として政府に納めてしまわなければなりません。政府との間にそういう取り決めがあるのです。毎年納めなければなりません。そう、ロヒンギャ民族だけに課せられているのです。結局、私たちロヒンギャ民族は、一方では働き口がないし、政府機関に採用されることもない。かといって事業を起こすことも自由にはできないのです。

 ですから、経済状況はますます悪くなりつつあります。そのうえこの地域は経済封鎖され、通商が禁止されていますから、アラカン州やビルマの他の地域から食糧を持ちこむこともできません。そうすることで政府は、一つには、この地域にわざと飢饉のようなものを起こすことを狙っているのです。米価が暴騰し、1キロあたり70タカになったこともありました。私たちの生活は本当に苦しくなり、たくさんの人々がバングラディシュへと逃げ出しました。

 人権侵害についてはどうかというと、それはそれは怖ろしいものがあります。非合法な処刑。ほんのささいなことで殺されてしまうのです。でたらめな逮捕。それから女性への虐待――暴行やレイプが絶えません。しかも、れっきとした政策のもとでおこなわれているふしがあります。警備隊はそうするように指示されているのです。私たちが現状にあきあきし、最後には国から出ていくようにと。そして、そういうことは続いているのです。人々に残された道は一つしかありません。けれど逃げ出すことさえできないのです。バングラデシュへの越境にだってお金がかかるのですから。

 ときどき、UNHCRがまちがった情報をひろめます。そもそも彼らは、どの地域にでも自由に入れるというわけではありません。アラカン州のなかでも、一部の町や都市にしか入れないことになっているのです。これでは、何が起きているのかをもれなく観察するのは無理というものです。それに彼らは、町はずれに行くことさえできません。政府が許さないのです。治安がそんなによくないから、というのが政府の言いぶんです。殺人、逮捕、むち打ち、略奪、そういうことがみんな、おおっぴらに続けられているというのにです。

 強制労働の実態はすさまじいものです。いたるところでおこなわれています。UNHCRからの情報で、強制労働は月に四日間かそこらだというのがありました。あきらかなまちがいです。なにしろ、何ヶ月間も働かされつづけている人たちが実際にいるのですから。強制労働に行った人たちのなかには、労働中に死んでしまった人もたくさんいるのです。崖や山から転落して死んでしまうとか、そういうことがよくあるのです。

――強制労働は、どんなことをさせられるのですか。

NI:おもに、荷物運びをやらされます。軍需物資を国境のほうまで運ぶのです。兵舎の建設をしたり、それに道路、そこでは道路を造らされているし、ときどき、たくさんのエビの養殖場でも働かされます。それらは、じつは、政府がイスラム教徒から奪い取った養殖場です。今では政府が養殖をしているのですが、養殖場には毎年塩水が入りこむので補修しなければなりません。そのために、人々が強制的に働かされるのです。それから、いろいろなものをあれこれと集め、軍のために、ゴルフ場に持っていかされます。

――ビルマ政府軍のうち、強制労働に関わっているのはどの部隊なのですか。

MY:まず、あらゆる部隊が関わっています。「軍は何でもやりたい放題」という言いまわしがありますが、ロヒンギャ民族との関係にはとくによくあてはまります。私たちにどんなことをしても、軍は誰にも責任を負わないのです。政府が、政策として、公然と後押ししているのです。ですから、軍、ロン・デイン国境警備隊、国軍情報局、それに警察まで、ありとあらゆる勢力が強制労働をやっています。

――アラカン州の情勢は、近隣諸国にどんな影響を及ぼしているのですか。

NI:まず、バングラデシュは近隣国ですが、人権侵害のような問題が起きると、かならず難民問題が深刻化します。地域の安定をおびやかすします。バングラデシュは貧しい国で、経済は疲労していて、そこに難民たちがおしよせるのですから、重荷になるにきまっています。人々が場所から場所へと殺到するのですから、おそらく、いわゆる社会問題になっています。それは日常的な現象になっています。

 アラカン州の状況はバングラデシュに影響を与えるし、その近隣諸国にも影響を与えることになります。国境のラフ川からはじまって、まずバングラデシュへ、それからしばしば徒歩でインドとの国境を越え、さらにパキスタンへと達する、人々の逃避行のルートがあるのですから。そう、私たちの問題は、つねにバングラデシュに影響を与えます。お互いは利害関係にあるのです。関係国として、バングラデシュはロヒンギャ問題への対策をたてるべきです。

――去年(1997年)ビルマがASEANに加盟したことについて、どう考えていらっしゃいますか。

MY:この組織についていえば、私たちは、ビルマの加盟には不満であり承認できないと表明してきましたし、さらに、ニューズレターに声明を発表してできる限り抗議しました。絶対に認めることはできません。アセアン加盟国の中にはイスラム教国もありますが、それらの国々がとった行動は、どう考えても、ビルマのイスラム教徒、とくにロヒンギャ民族の利益にかなうものではないのです。ですから、これを受け入れるわけにはいきません。アセアンは選択をあやまってしまいました。

――ビルマでは、イスラム教徒がこうむっている人権侵害はとくにひどいものなのですか。

NI:軍事政権が支配している現在のビルマは、実際、世界でもっとも人権の尊重されていない国となっています。ビルマでは誰もが苦しめられています。人権侵害は全国で起きているのです。とくに、アラカン州では、ロヒンギャ民族こそが最大の被害者です。というのも、何か問題が起こるといつでも、政府は、人々の関心をそらすために私たちを攻撃のまとにするのです。何か問題が起こるといつでも、きまってロヒンギャ民族をやり玉にあげるという、そういう戦術なのです。

 私たちはビルマ国内での自治を奪われてしまいました。何百年、何千年ものあいだ、この地に暮らてきたにもかかわらず。私たちは、輝かしい過去を、歴史を築いてきました。イスラム教徒とは、平和をこよなく愛するものです。本当のイスラム教徒は人権をおかしたりしません。マスコミの報道のなかで実像がゆがめられているのは残念です。イスラム教徒であるかぎり、誰でも、隣人の幸せのために尽くす責任があります。私たちは、平和的な共存の理念を掲げています。私は、イスラム教徒の一人として、全人類の兄弟愛を信じないわけにはいきません。

――ロヒンギャ民族は、ビルマの人々ためにどういう貢献をすることができるのでしょうか。

MY:私の考えるかぎりでは、国の平和、安定、繁栄、それに未来は、さまざまな要因によって左右されます。真実を理解しなければならないのであって、民族主義や排外主義のようなものに走ってはならないのです。今日のビルマの状況はというと、そういうことがみんな起きています。そう、とくにロヒンギャ民族は――みんな民族主義に苦しめられているではありませんか。民族上の差別、宗教上の差別の犠牲になっているのです。民主主義を取り戻そうとがんばっている反政府勢力の主流派とともにたたかうことをつうじて、私たちもビルマのために貢献できること、力になれることを身をもって示していくことができたなら、彼らも少しずつ、私たちのことを理解してくれるようになるのではないかと期待しています。

 そのうえ、今のところ、過去のために、たくさんの誤解が生じています。ラカイン民族でさえ、私たちのありのままを理解してきませんでした。彼らはいくらかの誤解にとらわれていますが、いっぽう、私たちの社会も彼らのことをいくらか誤解しています。ですから少しずつ、少しずつ、お互いの間の溝を埋めていかなければなりません。今はたくさんの誤解があるのです。アラカン州の二つの民族のあいだには、認識のずれがたくさんあるのです。アラカン州に限ってみても、お互いの誤解をとくのは根本的に重要なことです。

 さらに、ビルマ全国にかんしていうと、他の人々、他のエスニック・グループがいて、そのなかで最大の民族はビルマ民族ですが、彼らは、ビルマには文化的、宗教的に異なった人々も住んでいるのだということを忘れるべきではありません。ビルマ民族と仏教徒だけではないのです。今の状況は危機的な局面をむかえつつあり、「ビルマは仏教徒だけのもの」とか、「ビルマ人であることは仏教徒であることだ」とか、その手のスローガンがまかり通るようになっています。ご存じのように、ほんの一年前にはたくさんのモスクが壊され、イスラム教徒が殺され、財産もなにもかもめちゃくちゃにされてしまいました。あまりに排外的ではありませんか。いっぽう、イスラム教徒の生活態度はじつに低姿勢です。ビルマでは彼らは低姿勢なのに――いったいどうしてこんなことになるのでしょう。

 それでも私たちは、スーチーさんの率いる現在の民主化闘争が、状況の全体像をみきわめ分析することができるような、よりよい段階に達するだろうと信じています。異なった人々の感情に気をくばり、意志を尊重するようになるだろうと。そして、これらのことの重要性が本当にかえりみられたとき、はじめて未来に希望をもてるのです。しかし、今の状態がこのまま続くなら、民族差別や排外主義を彼らが温存するのなら、ビルマの未来はそれほど明るいものではないといえます。

 いずれにしても、私たちは楽観的で、ビルマをよりよくするための力になれるのだということを身をもって示したいと考え、この地で民主化闘争の一端を担うことを認めてもらいたいと申し入れています。エスニック・グループとしての権利を保障してもらうという条件で。権利についてはゆずれません。本当のビルマをつくるためにたたかう人々は、私たちのことを無視してはならないのです。彼らは、私たちを受け入れる寛大さも持つべきなのです。ビルマには、たくさんの民族、文化、言語があります。ビルマ民族と仏教徒だけの国ではありません。そういうことが全部、本当に誠実に教えられればいいのにと思います。

 それからもう一つ。私たちはイスラム教徒として、世界中の、びっくりするほどたくさんの人々からの同情を集めています。イスラム世界は私たちに注目しています。ビルマにイスラム教徒がいること、彼らがどういう状況におかれていて、今どうしているのかはとてもよく知られているのです。ですから、イスラム教徒が民主化運動の陣営に加われば、軍事政権にイスラム世界からの圧力をかけることができ、反政府勢力にのぞましい結果をもたらすはずです。現実には、まだ、そういうことが理解されていません。実際、私たちは大きな力になれます。

 私たちがビルマの反政府勢力の一員になれば、このASEAN(東南アジア諸国連合)はもちろん、全世界のイスラム教国に、それにイスラム教徒としての立場から、ビルマやアラカン州の友人の力になりたいと切望している人々みんなに援助を求めることができます。本当に頼もしい力になります。私たちが反政府勢力の一員として名をつらね、その一角をしめたなら、力強いてことなって反政府勢力の地位をおしあげるでしょう。しかし、まだ、残念ながら、彼らは私たちを歓迎してはくれないのです。ですから、徐々に、お互いのあいだの溝を埋めていきたいと思います。私たちは、反政府勢力の連合体のなかで重要な役割を果たしたいとのぞんでいます。少しずつ、少しずつ、信頼と正義にもとずいた社会を実現していきたいのです。とくにアラカン州で、そしてビルマ全国で。

――1996年、軍事政権はイスラム教徒に対する反感をかき立てようとしましたが、ほとんどの人々はだまされませんでした。ここに、未来に対する希望を見いだせないでしょうか。

NI:未来には最大限の希望を託しています。ただ、問題はリーダーシップです。大衆のレベルでは問題はありません。というのは、イスラム教徒に対して起こされた1996年の騒ぎから明らかです。たいていの人々はおどらされなかったのです。しかし、問題はリーダーシップです。ここでいうリーダーシップには、反政府勢力の指導部のことも含まれます。というのも、私たちは、反政府勢力の主流派の一員として力をあわせてたたかうことを認めてほしいと、ずっと彼らに申し入れてきたという経緯があります。ビルマを解放し、平等、平和、そして平静の行き渡った民主的な国にしたいのです。差別のない、すべての花の咲きみだれる庭、すべての人々のためのビルマに。

 でも、こちらの希望はまだ、反政府勢力の人々によく理解されていません。たとえば、私たちは今まで、彼らのひらく、国内の、あるいは国際的な公開討論会への出席を求められたことがないし、参加することも認めてもらえません。ずっと距離を置かれたままなのです。これは正しいやり方ではありません。彼らに強調したいのは、私たちがもっている潜在的な力を見誤るべきではないということです。それに、アラカン州の事情の上からも、ロヒンギャ民族を協力関係からしめだすことはできないはずなのです。彼らがこんなことをつづけるなら、これからも考えをあらためないつもりなら、こちらとしても、「民主的ではない。ひどいやりかただ」と決めつけずにはいられません。SLORCのことではありません――反政府勢力のほうにも、まったく同じことがいえるのです。

 簡単な例を一つあげましょう。数年前、NGCUBが国連総会に報告書を提出したことがありました。その報告書にはつぎのように書かれていました――願ってもない、じつにすばらしいレポートでした――ロヒンギャ民族はビルマの国民である、立派な民族である、かがやかしい歴史をもった民族である、などと。ところが彼らは、総会がおわって国連から帰ってくると、国内での配布用に、べつの、私たちのことをまるで問題集団ででもあるかのように書いたレポートを作りました。二枚舌を使っているのです。

 今すすめられている民主化運動、これは支持できます。私たちも参加したいと思います。ロヒンギャ民族の権利と自由とがないがしろにされないというのなら。この点がいちばん重要なのです。ビルマの未来がどうなるかは、リーダーシップにかかっています。私たちは今、どんな時代を経験しようとしているのでしょうか。ビルマはまだ、ほんの小さな子供にすぎないのかもしれないし、学生にすぎないのかもしれません。しかし、たとえどんな段階にあるにしても、私たちはみんな、同じ時代を生きているすばらしい友人同士なのです。たくさんの、たくさんの人々――シャン民族、カチン民族、ビルマ民族、それにモン民族――みんな親友です。大丈夫、きっと共存していけます。

 しかし、政治の世界のこととなると話は別です。むこうは頭がかたいのです。最近、国じゅうの反政府勢力の連帯をめざす委員会が結成されました。じつにすばらしい委員会です。というのも、国じゅうのあらゆる組織が参加しているのです。学生戦線でさえも、どの民族の組織でさえもも代表を送っています。軍事政権よりの組織までも。みんな参加しているのです。残念なことに、私たちはこの委員会に参加させてもらえません。けれど、私たちが参加しないかぎり、この委員会は完全なものにはならないはずです。ロヒンギャ民族の代表がいないのです。ほかの誰も、私たちの代表のかわりにはなれません。人々の利益を守ることができないのです。

(了)

翻訳:石川浩士

出典: 'Nurul Islam and Dr. Mohammed Yunus: Rohingya Leaders', Special Issue: Western Front Interviews, BurmaNet News, December 17, 1998 at: http://www.burmalibrary.org/reg.burma/archives/199812/msg00272.html.