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ビルマ新憲法:サイクロン被災無視の国民投票

2008年6月2日
毎日新聞・朝刊(文化欄「現在を読む」)掲載

根本 敬
(上智大学外国語学部教授 ビルマ近現代史)

 四川省大地震のニュースに隠れてしまった感があるビルマ()のサイクロン災害だが、5月2日から3日にかけて同国沿岸を襲った「ナルギス」は、13万人を超える死者・行方不明者と260万人にのぼる被災者を出し、いまなお救援は遅々として進まない現状にある。  状況はもはや人災化しており、その原因は同国の軍事政権(国家平和発展評議会SPDC)の誤った対応にあると言ってよい。 外国からの人的支援拒否の姿勢を3週間近くもとり続け、単身乗り込んだパン・ギムン国連事務総長による説得を経てようやく支援の全面受け入れを認めた後も、被害が最もひどいデルタ地帯への救援要員の移動を制限したり、物資の効率的運送を阻んだりしている。すでに雨季入りした現地では食糧や薬品の不足のため感染症が広がり、二次的な犠牲者が数多く出ている。

 軍政はこの間、サイクロン被災から8日後の5月10日、新憲法承認のための国民投票を強行した。以前からの日程に従ったものとはいえ、独立後最大規模の天災に苦しむ国民の救援を後回しにして、新憲法の承認を急いだのである。被災が特にひどかった地域は24日に投票が延期されたが、26日、軍政は国営放送を通じて最終投票率98.12%、賛成票92.48%に達したと発表した。誰が見ても異常なこの「高投票率」「高賛成率」は、国民投票自体が茶番であったことを象徴している。投票前の威圧的な働きかけによって賛成票を投ずるよう国民に強要し、投票所でも様々な不正がおこなわれた今回の国民投票は、アウンサンスーチー率いる国民民主連盟(NLD)が圧勝した1990年5月の総選挙のときと違い、公正な投開票がなされたとは言いがたい。法的な正統性に欠ける軍政が自分たちの都合に見合った憲法を何が何でも承認させるため、なりふり構わず強行した政治的儀式であったといえる。

 新憲法の最大の特徴は、軍がひきつづき国家の指導者的役割を担うことを「合法化」している点にある。二院制の議会は両院とも議席の25%が軍関係者の指定席とされ、75%だけが一般選挙で選ばれる。その議員にしても外国と深い関係にあると判断された者については議員資格が与えられず、配偶者(故人)が英人であったアウンサンスーチーは立候補できない。現代ビルマを象徴する民主化運動指導者が同国の政治から恒久的に排斥されてしまうのである。議会が選出する大統領は軍事に通じていることが条件づけられ、軍出身者が就任する可能性が高い。さらに、国防大臣、内務大臣、国境担当大臣の三ポストについては大統領ではなく国軍最高司令官に指名権があり、内政の要所における軍の直接的コントロールが保障されている。そのうえ、国内治安が悪化したと大統領が判断した場合は国軍最高司令官に全権を委譲することができ、あたかも「合法的」に軍がクーデターを起こせるかのような規定になっている。そしてこの憲法は事実上改正できない。両院議員の75%以上の賛成、国民投票における全有権者(投票者ではない)の過半数の承認という高いハードルがあり、それをクリアすることはまず無理だろう。

 国際社会はサイクロン被災者の一刻も早い救援のためにできる限り支援をおこなうべきである。しかし、軍政が天災の影に隠れて推し進める自らの権力の「合法化」については、別の目で厳しく判断する必要がある。被災者救援のために軍政と妥協せざるを得ない面があることは認めるが、今回の国民投票を国民による賛成の意思表示として受け止めることだけはあってはならない。サイクロン被災下での軍政の「合法化」を許すことなく、自宅軟禁下にあるアウンサンスーチーを早期に解放し、民主化に向けた建設的な話し合いをすすめるよう一致して説得すべきである。特に日本政府にはこの認識をしっかり持ってほしい。

(注)見出しの「ビルマ新憲法」の部分のみ掲載原稿では「ミャンマー」表記です。





(c) ビルマ情報ネットワーク(BurmaInfo) 1997〜



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